A「昨日は久しぶりに対話形式で記事を書いていたようですが、どうしたのですか?」
B「いえ、先日作成したブログ記事にて『今となっては対話形式にて記事を作成することは難しいだろう・・』と書いたのですが、あとになり『実際に試していないので、分からないな・・』と考えまして、それで久しぶりに対話形式にて記事を書いてみた次第です。」
A「はあ、そうだったのですか・・。それで久しぶりに対話形式で記事を書いてみたらどうでしたか?』
A「ええ、面白いことに『思ったよりは書けるな・・』とは思いましたが一方で、その内容に関しては、やはり最初期に作成した対話形式の記事の方が多少深みがあるのではないかとも思いました・・(笑)。」
B「最初期の対話形式の記事は御自分的にも自信があるのですか?」
A「いえ、正確には自信というわけではなく、何といいますか、必死になって書いていたというのが、書いた本人としては思い出されて、それが一種の深みのように感じてしまうのかもしれませんね・・(苦笑)。」
B「そうですか・・たしか当時は文章を書けないことで悩み、それで対話形式にて文章を作成するようになったと聞いていますが、それは必死になるほどであったのですか?」
A「・・ええ、そうですね、おそらくあの当時はうつ病ですとか抑鬱に近い状態であったのではないかと思われます・・また、これは現在においても完全に治癒、寛解したわけではないと思いますが、ともかく、ああいった状態になりますと、もともと決して優秀とはいえない私の脳がさらに動かなくなるのです・・(苦笑)。
そして、そうした状態にて、ある程度の文量のまとまった文章を作成することは極めて困難であり、その一方で何かしら書かないことには精神的に落ち着きませんので、それで対話形式にて記事を書き始めたというわけです・・(笑)。
ですから、現在になり、それらの記事を読んでみますと、中にはかなり稚拙であり恥ずかしくなるものもあるのですが、それでも、そこに書かれている内容は、当時の自身が必死に考えたものであり、そしてまたそれらの内容とは、現在においても決して解決、乗り越えたわけではありませんので、それを笑うことは出来ないのです・・。」
B「なるほど、ある程度の期間、ブログ記事を書き続けていますと、それはご自身の記録のようなものとなり、同時に未だその内容にアイデンティティーを持ち得る記事に関しては、そのように身近に感じるものであるのかもしれませんね・・。」
A「ええ、そうです。しかし、それらを何故か分かりませんが公開してしまっているわけですが、その意味で案外私は目立ちたがり屋あるいは精神的な意味での露出狂であるのかもしれません・・(苦笑)。
B「・・まあ、通常でしたら、そういったものはあまり公開はしませんからね。それでもAさんの場合は、それらを公開していたからこそ、現在までブログの更新を継続出来ているのではないですかね・・(笑)?」
A「はい、それは、まったくその通りです!また、その意味において、やはりこのブログとは、書き続けることによって、続けることが出来ているのであり、その意味からBさんのように文章を多く書く人の気持ちが多少は理解できたのかもしれません・・。」
B「・・そうですか・・まあ、それは私もよくは分かりませんが、しかし、たしかに以前と比べますとブレはあるもののAさんの文章は全体的にはよく書けているようになっていると思われますし、また私がAさんの文章に慣れたのか、書かれた内容も大抵はスムーズに理解出来るようにもなってきました・・(笑)。」
A「ええ、仰る通り、それはBさんが私の作成する文章に慣れてきたためではないかと思われますが、しかし、同時に笑いごとでなく、人に読んで頂く文章とは、まさしくそれが大事なのではないかと最近よく思うのです。
つまり、作成された文章が、多くの方々により理解を伴いつつ読んで頂くということなのですが、これは研究において自分の納得が行く値・傾向が出るまで実験を続けるという暴挙と見られるものの同時に極めて重要と云えることにも共通する何かがあるのではないかと思います。」
B「はあ、そういったものですかね・・。しかし、その根気らしきものが重要ということは私も肯定できますし、あるいはその過程において書かれる文章に何らかのよく分からない変化が生じていくのかもしれませんね・・ともあれ、こういったことは意識的に考えてみたことはあまりありませんでしたね・・(笑)。」
A「おそらくその文章に関することとは、何かしら能動的に行動してみないと分かり得ないことから、既存・既知のさまざまな科学的・客観的な見解・知見とは異なると云えるものの、同時に、それら(既存・既知の)見解・知見が得られる過程の多くは、能動的にして根気のある活動が必要であったことにも似た原理的な何かがあるのではないかと考えさせられるのです・・。そういったものは決して『良いとこ取り』は出来ないようになっているのではないかと思います・・(笑)。」
近年、日本列島各地にて発生した地震・大雨・水害といった大規模自然災害により被害を受けた地域の復興を祈念しています。
昨年から再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
2018年1月12日金曜日
2018年1月11日木曜日
20180111 研究を行う風土の違いについて・・【久しぶりの対話形式】
A「先日は一日で二つのブログ記事の投稿をしました。片方はトーマス・マンの『魔の山』からの抜粋引用でしたが、これが投稿直後から、かなり多くの方々に読んで頂き、それで勢いがつきまして、それに関連させた内容にて新たに記事を作成し投稿しましたところ、さきの『魔の山』からの抜粋引用ほどではありませんでしたけれども、これも私の作成した記事としては、かなり多くの方々に読んで頂けました・・。』
B「はあ、そうですか、今時『魔の山』に反応する方々とは、一体どういう人達なのでしょうか・・?しかし、それはともかくAさんはこの著作をいつ頃に読んだのですか?』
A「ええ、どういう方々に読んで頂いているかはよく分かりませんが、ともかく投稿当日から両方の記事共に100人以上の閲覧者数となりましたので、これにはかなりビックリしました・・(笑)。
それと、私がこの著作を読んだのは、たしか和歌山市から市川市に転居する前後の2006年から2007年の頃であったと記憶しています。」
B「なるほど、もうその頃には読んでいたのですね、たしか私もあの著作は修士課程の頃に読んだ記憶があるので、あの頃は色々と読んでいたのですね・・。それでも今となってはあれだけの長編を読み通すのは難しいかもしれないね・・(苦笑)。」
A「ええ、長編小説や大著の思想書などを読むにはどちらかというと、知力よりも体力や根気の方が必要ではないかと思いますね・・(笑)。ああした著作はとりあず読み続けていれば、そのうちに面白くなってくることが多いのですけれども、そこに至るまでがなかなか面倒で大変なのです・・(笑)。」
B「うん、それはそうだね・・そのことをもう少し表現を変えてみると、一度そうしたコツを掴むことさえ出来れば、あとは自転運動みたいに、どうにか進んでいくのではないかと思いますよ・・ああいったものは結局のところ自分の積極性や能動性が大事ですからね。そしてその枠組みみたいなものとして、文系の場合は博士前期課程もしくは修士課程が案外重要なのではないかと思います・・つまり、小規模な興味本位のグループのようなもので、ある大著に挑んでいくという仕組みですかね・・。」
A「ええ、それは本当によく分かります!ああいったものは始めのうちは結構ピントやハナシの的が外れていることが多いのですけれど、不思議なことに読み進めていくうちに、徐々にそれが合ってきて、そこで為される議論も知らぬ間に学術書などでも指摘されているような高度なものになってくるのです・・。そして、そうしたことを一旦経験しますと、徐々に自分一人でもそうした作業を行うことが出来るようになり、まあ自問自答というのでしょうが、それで、さきほどのBさんの表現にあったような自転運動のような感じになるのではないでしょうか?」
B「そうだね、これは簡単なようだけれど、案外と難しい何かがあるのかもしれませんね・・ところで、そうしたことは理系分野の方ではどうなっているのですか?」
A「ああ、修士・博士課程の違いはよく分かりませんが、あちらでは、それぞれの研究テーマを指導教員から与えられて、それに基づき試料作製・実験などを進めていくのですけれども、この時に同じ研究室・講座の方々の協力がなければ、実験・研究が進展しないと云えます。ですから、多くの場合、彼ら彼女らは連名にてさまざまな発表を行うのです。その意味で、もとから制度的にそのように構成されているのが理系分野ではないかと思いますが・・。」
B「なるほど、理系分野の研究発表の場合、大抵の場合は連名ですからね、それで実際、そういった連名の方々とはどのように協力しているのですか?」
A「・・それは、本当に多種多様ですね。
先ずファースト・オーサーと指導教員がいるのは分かるのですけれども、それ以外の方々との協力関係は繰り返すようですが本当にさまざまです。
実際はかなり実験に協力しているのに、発表する学会に加入していないために連名に名前が出ないといったこともあれば、あまり協力はしていないけれども、同じ研究室・講座であるから連名に入っているといったようなこともあると思います・・。
とはいえ、いずれにしても、この分野での大抵の方々は、周囲の方々のお世話になって発表に漕ぎ着けていると云えますので、あまりそうしたことは詮索する必要がないといった風土があるのではないかと思われます・・。私も夜を徹して試料の作製や観察を手伝ったこともありますし、また人にそうして頂いたこともありますので・・まあ沖縄で云うところの「ゆいまーる」みたいなものではないかと思っています・・(笑)。」
B「・・ううむ『それはどちらかというと南の方限定ではないか?』といった考えが湧いてきますが、とりあえずそれは後日再検討するということにしておきましょう・・(笑)。」
A「・・南の方の限定かどうかはともかく、理系・文系に関しては、うまく表現できませんが、何となく人種が違うと思うことも度々ありました・・。
概して理系分野の方々は議論などをあまりしなくても通じる『よく分からないけれども優秀なところがある人が多い』といった印象があるのですが、その優秀さがまた人それぞれであり、これが面白いかと云えば大変に面白いのです・・(苦笑)。
・・いや、しかし、それでも、これはおそらく文系人間である私から見た意見ですので、実際のところ、私とはその中ではかなりのキワモノであったのかもしれませんがね・・(苦笑)。」
B「はあ、そんなものですか・・あ、そういえば、文系人間で思い出しましたけれども、先日のブログ記事に書かれていた「独裁者云々」は、君の指摘は正しいかもしれませんね、私も確かめてはいないですが・・。
そして、そうした指摘を書籍の記述に対して普通に行うことが出来るのが、まあ文系的という概念があるとすれば、文系的であるのかもしれませんね・・(笑)。」
A「ええ、後になって考えてみたところ、あの指摘を古くから翻訳版が刊行されている『魔の山』に行ったのは(国内で)私が初めてではないかとも思いましたが、しかし、そういったものは本当に大したことではないと思いますので、とりあえず書くだけは書いておきました・・(笑)。」
近年来、日本列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った地域の力強い復興を祈念しています。
昨年より再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
御興味ございましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
B「はあ、そうですか、今時『魔の山』に反応する方々とは、一体どういう人達なのでしょうか・・?しかし、それはともかくAさんはこの著作をいつ頃に読んだのですか?』
A「ええ、どういう方々に読んで頂いているかはよく分かりませんが、ともかく投稿当日から両方の記事共に100人以上の閲覧者数となりましたので、これにはかなりビックリしました・・(笑)。
それと、私がこの著作を読んだのは、たしか和歌山市から市川市に転居する前後の2006年から2007年の頃であったと記憶しています。」
B「なるほど、もうその頃には読んでいたのですね、たしか私もあの著作は修士課程の頃に読んだ記憶があるので、あの頃は色々と読んでいたのですね・・。それでも今となってはあれだけの長編を読み通すのは難しいかもしれないね・・(苦笑)。」
A「ええ、長編小説や大著の思想書などを読むにはどちらかというと、知力よりも体力や根気の方が必要ではないかと思いますね・・(笑)。ああした著作はとりあず読み続けていれば、そのうちに面白くなってくることが多いのですけれども、そこに至るまでがなかなか面倒で大変なのです・・(笑)。」
B「うん、それはそうだね・・そのことをもう少し表現を変えてみると、一度そうしたコツを掴むことさえ出来れば、あとは自転運動みたいに、どうにか進んでいくのではないかと思いますよ・・ああいったものは結局のところ自分の積極性や能動性が大事ですからね。そしてその枠組みみたいなものとして、文系の場合は博士前期課程もしくは修士課程が案外重要なのではないかと思います・・つまり、小規模な興味本位のグループのようなもので、ある大著に挑んでいくという仕組みですかね・・。」
A「ええ、それは本当によく分かります!ああいったものは始めのうちは結構ピントやハナシの的が外れていることが多いのですけれど、不思議なことに読み進めていくうちに、徐々にそれが合ってきて、そこで為される議論も知らぬ間に学術書などでも指摘されているような高度なものになってくるのです・・。そして、そうしたことを一旦経験しますと、徐々に自分一人でもそうした作業を行うことが出来るようになり、まあ自問自答というのでしょうが、それで、さきほどのBさんの表現にあったような自転運動のような感じになるのではないでしょうか?」
B「そうだね、これは簡単なようだけれど、案外と難しい何かがあるのかもしれませんね・・ところで、そうしたことは理系分野の方ではどうなっているのですか?」
A「ああ、修士・博士課程の違いはよく分かりませんが、あちらでは、それぞれの研究テーマを指導教員から与えられて、それに基づき試料作製・実験などを進めていくのですけれども、この時に同じ研究室・講座の方々の協力がなければ、実験・研究が進展しないと云えます。ですから、多くの場合、彼ら彼女らは連名にてさまざまな発表を行うのです。その意味で、もとから制度的にそのように構成されているのが理系分野ではないかと思いますが・・。」
B「なるほど、理系分野の研究発表の場合、大抵の場合は連名ですからね、それで実際、そういった連名の方々とはどのように協力しているのですか?」
A「・・それは、本当に多種多様ですね。
先ずファースト・オーサーと指導教員がいるのは分かるのですけれども、それ以外の方々との協力関係は繰り返すようですが本当にさまざまです。
実際はかなり実験に協力しているのに、発表する学会に加入していないために連名に名前が出ないといったこともあれば、あまり協力はしていないけれども、同じ研究室・講座であるから連名に入っているといったようなこともあると思います・・。
とはいえ、いずれにしても、この分野での大抵の方々は、周囲の方々のお世話になって発表に漕ぎ着けていると云えますので、あまりそうしたことは詮索する必要がないといった風土があるのではないかと思われます・・。私も夜を徹して試料の作製や観察を手伝ったこともありますし、また人にそうして頂いたこともありますので・・まあ沖縄で云うところの「ゆいまーる」みたいなものではないかと思っています・・(笑)。」
B「・・ううむ『それはどちらかというと南の方限定ではないか?』といった考えが湧いてきますが、とりあえずそれは後日再検討するということにしておきましょう・・(笑)。」
A「・・南の方の限定かどうかはともかく、理系・文系に関しては、うまく表現できませんが、何となく人種が違うと思うことも度々ありました・・。
概して理系分野の方々は議論などをあまりしなくても通じる『よく分からないけれども優秀なところがある人が多い』といった印象があるのですが、その優秀さがまた人それぞれであり、これが面白いかと云えば大変に面白いのです・・(苦笑)。
・・いや、しかし、それでも、これはおそらく文系人間である私から見た意見ですので、実際のところ、私とはその中ではかなりのキワモノであったのかもしれませんがね・・(苦笑)。」
B「はあ、そんなものですか・・あ、そういえば、文系人間で思い出しましたけれども、先日のブログ記事に書かれていた「独裁者云々」は、君の指摘は正しいかもしれませんね、私も確かめてはいないですが・・。
そして、そうした指摘を書籍の記述に対して普通に行うことが出来るのが、まあ文系的という概念があるとすれば、文系的であるのかもしれませんね・・(笑)。」
A「ええ、後になって考えてみたところ、あの指摘を古くから翻訳版が刊行されている『魔の山』に行ったのは(国内で)私が初めてではないかとも思いましたが、しかし、そういったものは本当に大したことではないと思いますので、とりあえず書くだけは書いておきました・・(笑)。」
近年来、日本列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った地域の力強い復興を祈念しています。
昨年より再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
御興味ございましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
20180114 中島岳志編「橋川文三セレクション」岩波書店刊pp.84-85より抜粋
中島岳志編「橋川文三セレクション」岩波書店刊pp.84-85より抜粋
ISBN-10: 4006002572
ISBN-13: 978-4006002572
民権運動もしくはナショナリズムと明治文学の関連を見るとき、もっとも興味のある作品の一つとして東海散士の『佳人之奇遇』をあげることができよう。
「同時代の青年の憧れをこれほど純一な熱情で多彩に表現した小説は、その後も我国の近代文学に現れなかった」という中村光夫の評語に見られるように、それは当時の青年知識層の政治意識に、ほとんどロマンティックというべき高揚をもたらしたものであった。また「一時青年の作文と言えば、悉くこの『佳人之奇遇』張りで、たとえば高山樗牛の青年時代の日記の如きも全然この文体である」と木村毅は記し、「其頃佳人之奇遇と云う小説が出て、文字を読む程の者は皆読んだ」と徳富蘆花も書いている。つまり、この小説は、いわゆる文学青年に限らず(そういうタイプも成立していなかったが)、当時の青年一般によって読まれたことが大切である。
もちろん、近代文学の理念に照らして、この作品の未熟を論ずることは容易である。すでに散士自身その「自叙」において凡そ六個の批評類型をあげ、「皇天ノ仁慈ナル、猶オ且ツ万人ノ所望ヲ満タス事能ワズ。何ゾ独リ散士ノ佳人之奇遇ニ疑ワンヤ」と軽くいなしているが、その漢文調の文体、その構成上の欠点、全体の空想性等々の弱点にもかかわらず、いまもなお、一読巻を措く能わざらしめるほどの魅力をそれに認める人々も少なくないはずである。
小島政二郎の文章を引くと、
「それでは『佳人之奇遇』は興味索然たるものであろうか。―いや、決してそうではない。私は読後作者の鬱屈した熱情を身に浴びる思いがした。
それは飽く事疲れる事を知らぬ熱情だ。明るい喜びの熱情ではない。鬱屈した悲劇的熱情だ。独立国を亡ぼす者に対する怒りと憎しみの中に迸り出ている熱情だ。苦境、逆境に敢然として戦う忍苦の生活となって現れている熱情だ。不義を憎み、正義を愛する精神となって襲って来る熱情だ。(略)この熱情は、或いは単純、単調の譏りを免れないかも知れない。併し贋物では決してない。本物である。純粋である。(略)
私はこの評語に同感する。近代文学史における評価がいかなるものであれ、この小説らしからぬ小説の与える感動に匹敵するものは多く見出せないと思う。そして、その純粋な感動の根源をなすものが鬱勃たる明治の精神であることはともかくとして、その内容な政治情勢との関連でいえば、「圧政政府」に対する天賦人権の主張に結晶した政治への迸るような夢想であったといえよう。
ISBN-10: 4006002572
ISBN-13: 978-4006002572
民権運動もしくはナショナリズムと明治文学の関連を見るとき、もっとも興味のある作品の一つとして東海散士の『佳人之奇遇』をあげることができよう。
「同時代の青年の憧れをこれほど純一な熱情で多彩に表現した小説は、その後も我国の近代文学に現れなかった」という中村光夫の評語に見られるように、それは当時の青年知識層の政治意識に、ほとんどロマンティックというべき高揚をもたらしたものであった。また「一時青年の作文と言えば、悉くこの『佳人之奇遇』張りで、たとえば高山樗牛の青年時代の日記の如きも全然この文体である」と木村毅は記し、「其頃佳人之奇遇と云う小説が出て、文字を読む程の者は皆読んだ」と徳富蘆花も書いている。つまり、この小説は、いわゆる文学青年に限らず(そういうタイプも成立していなかったが)、当時の青年一般によって読まれたことが大切である。
もちろん、近代文学の理念に照らして、この作品の未熟を論ずることは容易である。すでに散士自身その「自叙」において凡そ六個の批評類型をあげ、「皇天ノ仁慈ナル、猶オ且ツ万人ノ所望ヲ満タス事能ワズ。何ゾ独リ散士ノ佳人之奇遇ニ疑ワンヤ」と軽くいなしているが、その漢文調の文体、その構成上の欠点、全体の空想性等々の弱点にもかかわらず、いまもなお、一読巻を措く能わざらしめるほどの魅力をそれに認める人々も少なくないはずである。
小島政二郎の文章を引くと、
「それでは『佳人之奇遇』は興味索然たるものであろうか。―いや、決してそうではない。私は読後作者の鬱屈した熱情を身に浴びる思いがした。
それは飽く事疲れる事を知らぬ熱情だ。明るい喜びの熱情ではない。鬱屈した悲劇的熱情だ。独立国を亡ぼす者に対する怒りと憎しみの中に迸り出ている熱情だ。苦境、逆境に敢然として戦う忍苦の生活となって現れている熱情だ。不義を憎み、正義を愛する精神となって襲って来る熱情だ。(略)この熱情は、或いは単純、単調の譏りを免れないかも知れない。併し贋物では決してない。本物である。純粋である。(略)
私はこの評語に同感する。近代文学史における評価がいかなるものであれ、この小説らしからぬ小説の与える感動に匹敵するものは多く見出せないと思う。そして、その純粋な感動の根源をなすものが鬱勃たる明治の精神であることはともかくとして、その内容な政治情勢との関連でいえば、「圧政政府」に対する天賦人権の主張に結晶した政治への迸るような夢想であったといえよう。
2018年1月10日水曜日
20180110 ブログ記事の作成を継続していると何が変わるのだろうか・・?
昨日は比較的屋外に長く居たためか、昨晩より少し風邪気味にて体調が思わしくありません。くわえて、今現在、これといった新たな記事題材の着想もないことから『さて、何を書こうか・・?』といった状態です・・(苦笑)。
大変面白いことに、これまで約2年半程度ブログ記事の作成を継続してきましたが、その期間の間にて比較的スムーズに記事の作成が為されていた時期と、そうではなく、自分なりに苦心しつつ記事を作成していた時期があります。
また、それら時期の平均的な期間は特にありませんが、かなり大雑把に表現すれば、それらは交互に訪れると云え、そして昨年暮の850記事到達から現在に至るまでの期間とは、後者の『苦心しつつ・・』の方に分類されると思われます・・(苦笑)。
また、こうした期間においては、やはり何かしら記事作成のための工夫が必要であり、最初期から現在に至るまでに多用しているそれが、書籍からの抜粋引用であると云えます。
とはいえ、そうした書籍からの抜粋引用である記事が、つい先日のように多くの方々に読んで頂けることは面白いことであると同時に『自身の作成する文章による記事もまた更に充実させてみたい』と考えるに至ります・・(笑)。
そして、書籍からの抜粋引用の次は口語体を用いた対話形式にてある程度の期間、記事を作成しましたが、現在になりますと面白いことに、この対話形式にて記事を作成することが難しくなっていると思われるのです・・。
おそらく現在の自身では、比較的初期に投稿した対話形式の記事のような記事の作成とは相当難しく、そこから文章能力の向上・文体の獲得といったものは、決して一方向的あるいは全面展開的なものではなく、何かしらの目的意識あるいは必要性を起点として徐々に形成されるようなものではないかとも思われました・・(多少言い訳じみていますが)。
何故ならば、対話形式にて記事を作成していた時期とは、これまた現在とは異なり、こうした独白、散文形式にて自身の考えを述べるといったことが困難であり、さらにブログなどのような公表を前提とした文章において必要とされる要素もまた欠いていたのではないかとも思われるのです・・。
もちろん、それらは今なお十全であるとは云えませんが、同時にこれまでの記事作成の経験を通じて、当時と比較すれば、ある程度は改善・向上されたのではないかとも思われるのです。
そして、こうした上手く言語にて表現することは困難であるものの、同時にこれまでの経験により、その存在を(以前と比べ)明瞭に認識し得るものとなった個々人特有の文体、もしくはさまざまな知識・情報が具材として投入されるマトリックスとしての文体の重要性といったものが自分なりにではあれ理解出来たのではないかと思われます。
また、これは以前にも述べたことがあるかもしれませんが、おそらく多くの学問・研究なるものの究極の目的とは、自他のそれを認識し、さらには、それらを判断することが出来るようになることに尽きるのではないかと思われます。
しかし一方で、たしかに『文は人なり』ではあっても同時に必ずしも『人は文なり』ではないところもまた重要であると思われます・・(笑)。
そうしますと、自身がブログ記事として文章を書き続ける意味とは一体どこにあるのでしょうか・・(苦笑)?
とはいえ、今回もまたここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
近年来、列島各地にて発生した地震・大雨・水害といった大規模自然災害によって被害を被った地域の復興を祈念しています。
昨年より再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
そして最後に書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
大変面白いことに、これまで約2年半程度ブログ記事の作成を継続してきましたが、その期間の間にて比較的スムーズに記事の作成が為されていた時期と、そうではなく、自分なりに苦心しつつ記事を作成していた時期があります。
また、それら時期の平均的な期間は特にありませんが、かなり大雑把に表現すれば、それらは交互に訪れると云え、そして昨年暮の850記事到達から現在に至るまでの期間とは、後者の『苦心しつつ・・』の方に分類されると思われます・・(苦笑)。
また、こうした期間においては、やはり何かしら記事作成のための工夫が必要であり、最初期から現在に至るまでに多用しているそれが、書籍からの抜粋引用であると云えます。
とはいえ、そうした書籍からの抜粋引用である記事が、つい先日のように多くの方々に読んで頂けることは面白いことであると同時に『自身の作成する文章による記事もまた更に充実させてみたい』と考えるに至ります・・(笑)。
そして、書籍からの抜粋引用の次は口語体を用いた対話形式にてある程度の期間、記事を作成しましたが、現在になりますと面白いことに、この対話形式にて記事を作成することが難しくなっていると思われるのです・・。
おそらく現在の自身では、比較的初期に投稿した対話形式の記事のような記事の作成とは相当難しく、そこから文章能力の向上・文体の獲得といったものは、決して一方向的あるいは全面展開的なものではなく、何かしらの目的意識あるいは必要性を起点として徐々に形成されるようなものではないかとも思われました・・(多少言い訳じみていますが)。
何故ならば、対話形式にて記事を作成していた時期とは、これまた現在とは異なり、こうした独白、散文形式にて自身の考えを述べるといったことが困難であり、さらにブログなどのような公表を前提とした文章において必要とされる要素もまた欠いていたのではないかとも思われるのです・・。
もちろん、それらは今なお十全であるとは云えませんが、同時にこれまでの記事作成の経験を通じて、当時と比較すれば、ある程度は改善・向上されたのではないかとも思われるのです。
そして、こうした上手く言語にて表現することは困難であるものの、同時にこれまでの経験により、その存在を(以前と比べ)明瞭に認識し得るものとなった個々人特有の文体、もしくはさまざまな知識・情報が具材として投入されるマトリックスとしての文体の重要性といったものが自分なりにではあれ理解出来たのではないかと思われます。
また、これは以前にも述べたことがあるかもしれませんが、おそらく多くの学問・研究なるものの究極の目的とは、自他のそれを認識し、さらには、それらを判断することが出来るようになることに尽きるのではないかと思われます。
しかし一方で、たしかに『文は人なり』ではあっても同時に必ずしも『人は文なり』ではないところもまた重要であると思われます・・(笑)。
そうしますと、自身がブログ記事として文章を書き続ける意味とは一体どこにあるのでしょうか・・(苦笑)?
とはいえ、今回もまたここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
近年来、列島各地にて発生した地震・大雨・水害といった大規模自然災害によって被害を被った地域の復興を祈念しています。
昨年より再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
そして最後に書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
20180109 昨日の投稿記事閲覧者数から・・【書籍からの抜粋引用あり】
昨日投稿した二つの記事は投稿翌日であるにもかかわらず、併せて250人ほどの方々に読んで頂けました。
投稿翌日にて、これだけ多くの方々に読んで頂けたことは、これまでに経験したことがありませんので、これには驚嘆の念を禁じ得ません・・。
とはいえ、多くの方々に閲覧、読んで頂いたことは、作成した本人としては大変ありがたいことであり、そして、書籍からの抜粋引用・自身の作成した文章の何れであれ、読まれた方がそのなかから何かしら得るもの、参考となるものがあれば、それは僥倖であり、くわえて今後しばらく記事を作成する活力もまた与えられます(笑)。
また、昨日の記事投稿により総投稿記事数が860に到達しましたが、この調子を維持して記事作成・投稿を継続することにより、来月終盤迄には900記事まで到達出来る目算が立ちます。
とはいえ、あまり無理はせずに、とりあえずそこまではどうにか継続してみようと考えています。また同時に時折は『面白い!』と(出来るだけ)多くの方々が感じるような記事を作成することを脱抑制の態にて今後も狙っていきます。
くわえて、歯学分野・日本古代史そして民俗学関連を題材とした記事もまた、これまで同様に作成・投稿していきたいと考えていますので、こちらも併せてよろしくお願いします。
また、このように自身が作成するブログ記事の題材の種類を挙げてみますと、いくらかは多岐にわたるようであり、そこから記事題材として多く読まれる傾向がある題材を見ますと、古代から近現代に至るまでの歴史を題材としたものが多いことから、自身の性質・特徴とは、こういったところにも表れることをあらためて認識しました・・(笑)。
また一方で、他の分野における文章作成を通して自身の幅を広げ、異なった文体の作成に慣れることを目標として、これまでにあまり書くことのなかった題材を取り上げてみるのも良いのかもしれないとも考えましたが、こうしたことは漸進的に、そしてあまり意識せずに挑戦し続けるのが良いのではないかと思われます・・。
しかし本日に関しては、あまり記事題材の着想も特に湧かずに、ここまで至ってしまいました・・(苦笑)。
それ故、本日は昨日の投稿記事にて取りあげたトーマス・マン著の岩波文庫版『魔の山』の邦訳をされた一人である望月市恵に関する北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』内の記述を以下に抜粋引用します。
新潮社刊 北杜夫著 『どくとるマンボウ青春記』pp.109-111より抜粋引用
ISBN-10: 410113152X
ISBN-13: 978-4101131528
『ところで、「なんでなぐられたのかわかりませんでしたよ、エへへへ」と面妖な声で笑った先生とは、この暴行事件がきっかけになって、私は親しくお宅に出入りを許されるという妙な因縁になってしまった。
そのお宅で私は、トーマス・マンやリルケについての話をうかがった。
どんなにそれは私にとって貴重なものとなったろう。
もちろん、はじめは彼らはまだほとんど未知の異国の作家にすぎなかった。しかし、もう少しのちになってからの、これらの作家、詩人の著作との運命的な出逢いの萌芽は、たしかにこのとき得られたのである。
松高時代はもとより、大学へはいってからも、アルプスに登った帰りなど、しばしば私は穂高町にある先生のお宅に泊めて頂いた。この先生とは、「魔の山」「マルテの手記」などの訳者である望月市恵先生である。
私たち高校生は、この「先生」という呼称を嫌った。面とむかってはやはり先生だが、かげでも〇〇先生と呼ばれるのは、人気のない取るに足らぬ人物の証拠ですらあった。
望月先生はかでは、モチさん、モチ公、或いはズキ、更にひどいのは「生ける屍」などと呼ばれたものだが、もとよりこれは侮蔑しているのではなく、私らのせい一杯の愛称であり敬称であった。
モチさんは決して声は荒立てないが、教室ではけっこう怖れられていた。当てられて訳せないでいると、静かに、「下調べをしない者は、私の授業には出ないで下さい」と言ったりした。これは怒鳴られるよりももっと胸に応えた。
幸い、名簿で順ぐりに当ててゆくので、そのときだけ勉強してゆけばよい。
あるとき、次に当る順番になっていた私は、特別に綿密に下調べをした、シュティフターの「水晶」がテキストであったが、私はその平明な清浄な文章のいくらかを、五七調の詩として訳しあげた。当てられてスラスラと詩文で訳してやったら、いかなモチさんでも驚嘆するであろう。そう思って勢い込んで教場に出てゆくと、モチさんは私をとばして別の生徒に当ててしまい、私は切歯扼腕した。
と思うと、モチさんは試験のとき、「水晶」の中からまだやっていない先の箇所を出した。私は「水晶」という小説を好きになっていたから、訳本を手に入れて終わりまで読んでしまっていた。それで、どこら辺りだか見当がつき、大意が掴め、私としては上出来の答案を書くことができた。するとモチさんは、西寮の私の友人にこう言ったそうだ。「斎藤君(私の本名)は、滅多に授業に出ないくせにこんな答案を書くのだから、普通に出ていたら一体どのくらいできるのでしょうね」もちろんモチさんの老獪な術策である。しかし私は見事にだまくらかされて、それからモチさんの授業にはせっせと出るようになった、いずれにせよ、このうえなく上等な、しかもなかなか喰えない先生であったことは確かである。』
どうです、この著作もまた、なかなか面白そうではないですか(笑)?
近年、日本列島にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域の力強い復興を祈念しています。
昨年から再び噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
また書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
投稿翌日にて、これだけ多くの方々に読んで頂けたことは、これまでに経験したことがありませんので、これには驚嘆の念を禁じ得ません・・。
とはいえ、多くの方々に閲覧、読んで頂いたことは、作成した本人としては大変ありがたいことであり、そして、書籍からの抜粋引用・自身の作成した文章の何れであれ、読まれた方がそのなかから何かしら得るもの、参考となるものがあれば、それは僥倖であり、くわえて今後しばらく記事を作成する活力もまた与えられます(笑)。
また、昨日の記事投稿により総投稿記事数が860に到達しましたが、この調子を維持して記事作成・投稿を継続することにより、来月終盤迄には900記事まで到達出来る目算が立ちます。
とはいえ、あまり無理はせずに、とりあえずそこまではどうにか継続してみようと考えています。また同時に時折は『面白い!』と(出来るだけ)多くの方々が感じるような記事を作成することを脱抑制の態にて今後も狙っていきます。
くわえて、歯学分野・日本古代史そして民俗学関連を題材とした記事もまた、これまで同様に作成・投稿していきたいと考えていますので、こちらも併せてよろしくお願いします。
また、このように自身が作成するブログ記事の題材の種類を挙げてみますと、いくらかは多岐にわたるようであり、そこから記事題材として多く読まれる傾向がある題材を見ますと、古代から近現代に至るまでの歴史を題材としたものが多いことから、自身の性質・特徴とは、こういったところにも表れることをあらためて認識しました・・(笑)。
また一方で、他の分野における文章作成を通して自身の幅を広げ、異なった文体の作成に慣れることを目標として、これまでにあまり書くことのなかった題材を取り上げてみるのも良いのかもしれないとも考えましたが、こうしたことは漸進的に、そしてあまり意識せずに挑戦し続けるのが良いのではないかと思われます・・。
しかし本日に関しては、あまり記事題材の着想も特に湧かずに、ここまで至ってしまいました・・(苦笑)。
それ故、本日は昨日の投稿記事にて取りあげたトーマス・マン著の岩波文庫版『魔の山』の邦訳をされた一人である望月市恵に関する北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』内の記述を以下に抜粋引用します。
新潮社刊 北杜夫著 『どくとるマンボウ青春記』pp.109-111より抜粋引用
ISBN-10: 410113152X
ISBN-13: 978-4101131528
『ところで、「なんでなぐられたのかわかりませんでしたよ、エへへへ」と面妖な声で笑った先生とは、この暴行事件がきっかけになって、私は親しくお宅に出入りを許されるという妙な因縁になってしまった。
そのお宅で私は、トーマス・マンやリルケについての話をうかがった。
どんなにそれは私にとって貴重なものとなったろう。
もちろん、はじめは彼らはまだほとんど未知の異国の作家にすぎなかった。しかし、もう少しのちになってからの、これらの作家、詩人の著作との運命的な出逢いの萌芽は、たしかにこのとき得られたのである。
松高時代はもとより、大学へはいってからも、アルプスに登った帰りなど、しばしば私は穂高町にある先生のお宅に泊めて頂いた。この先生とは、「魔の山」「マルテの手記」などの訳者である望月市恵先生である。
私たち高校生は、この「先生」という呼称を嫌った。面とむかってはやはり先生だが、かげでも〇〇先生と呼ばれるのは、人気のない取るに足らぬ人物の証拠ですらあった。
望月先生はかでは、モチさん、モチ公、或いはズキ、更にひどいのは「生ける屍」などと呼ばれたものだが、もとよりこれは侮蔑しているのではなく、私らのせい一杯の愛称であり敬称であった。
モチさんは決して声は荒立てないが、教室ではけっこう怖れられていた。当てられて訳せないでいると、静かに、「下調べをしない者は、私の授業には出ないで下さい」と言ったりした。これは怒鳴られるよりももっと胸に応えた。
幸い、名簿で順ぐりに当ててゆくので、そのときだけ勉強してゆけばよい。
あるとき、次に当る順番になっていた私は、特別に綿密に下調べをした、シュティフターの「水晶」がテキストであったが、私はその平明な清浄な文章のいくらかを、五七調の詩として訳しあげた。当てられてスラスラと詩文で訳してやったら、いかなモチさんでも驚嘆するであろう。そう思って勢い込んで教場に出てゆくと、モチさんは私をとばして別の生徒に当ててしまい、私は切歯扼腕した。
と思うと、モチさんは試験のとき、「水晶」の中からまだやっていない先の箇所を出した。私は「水晶」という小説を好きになっていたから、訳本を手に入れて終わりまで読んでしまっていた。それで、どこら辺りだか見当がつき、大意が掴め、私としては上出来の答案を書くことができた。するとモチさんは、西寮の私の友人にこう言ったそうだ。「斎藤君(私の本名)は、滅多に授業に出ないくせにこんな答案を書くのだから、普通に出ていたら一体どのくらいできるのでしょうね」もちろんモチさんの老獪な術策である。しかし私は見事にだまくらかされて、それからモチさんの授業にはせっせと出るようになった、いずれにせよ、このうえなく上等な、しかもなかなか喰えない先生であったことは確かである。』
どうです、この著作もまた、なかなか面白そうではないですか(笑)?
近年、日本列島にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域の力強い復興を祈念しています。
昨年から再び噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
また書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
2018年1月8日月曜日
20180108 さきに投稿した書籍抜粋引用部から思ったこと【トーマス・マン著『魔の山』に関連して】
本日は休日ということもあってか、さきほど投稿した記事(書籍からの抜粋引用)は投稿当日であるにもかかわらず、かなり多くの方々(120人以上)に読んで頂けました。
自身の作成した文章でなく、書籍からの抜粋引用ではあっても、また、それがどのように読まれているかは分かりませんが、それでも自身が興味深いと思い、引用した文章が多くの方々に読んで頂けたことは、少なからず嬉しく感じるところであり、くわえて、そうした経験を持つことにより、現在このように新たな記事を作成する題材そして動機ともなり得るのです(笑)。
さて、さきの抜粋引用部を読まれて、当著作『魔の山』に興味を持たれた方々は御一読されることをおすすめします。
当著作は長編として分類されるほどの文量ですので、出来れば、ある程度の知見・分別があり、且つ若く体力のある時期が最も身を入れて読み進めることが出来るのではないかと思われます。
また、この著作にはいくつかのバージョンの邦訳が刊行されており、私は岩波文庫版を選びましたが、他のバージョンも読み比べ、そこから自身にあったものを選択してみるのも、また何かしらの発見があり面白いのではないかと思われます。
ちなみに当著作の岩波文庫版での邦訳を行った一人である望月市恵は北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』内に登場し、また北杜夫がこの時代から後、トーマス・マンの熱心な読者となり、さらにそこからの影響により著作を著すようになることには、なかなか興味深い『何か』があるのではないかとも思われます。
くわえて、大変些細なことであるかもしれませんが、さきに投稿した抜粋引用部の赤文字部分にて、ひとつ思ったことがありますので、それを指摘させて頂きます。
以下、抜粋引用赤文字部分
『祖父はのちに、十年の亡命生活のあと、ふたたび故国の土をふむことができ、ミラノで弁護士として活動したが、しかし自由の獲得、統一された共和国の建設のために筆と舌、詩と散文とによって国民を鼓舞し、熱情的、(独裁者的な名文)をもって革命的プログラムを起草し、解放された民族が人類の幸福の確立のために団結することを、流麗な文章で予言をすることを決してやめようとはしなかった。』
上掲内にて(太字)部分の独裁者的とは、原書をあたっておりませんので、確証はありませんが、おそらく著者の意図は近現代におけるその用法・意味ではなく、その語源であり原初の意味である、帝政以前の共和制ローマでの非常時におかれる官職であった独裁官(dictator・ディクタトル)を念頭に置き述べられているのではないかと思われました。
また、こうしたことを述べていますと、著者であるトーマス・マンは、本当の近現代における、その用法・意味を持つ独裁者が出現し、政権を掌握するようになりますと、その政権から好ましからざる人物とされ、亡命を余儀なくされることにも皮肉とは云えない、何かしら深い意味あいらしきものがあるのではないかとも不図、考えさせれました・・。
同時にナチス・ドイツがトーマス・マンを好ましからざる人物とした理由もまた、あくまでも漠然とではありますが、さきに抜粋引用した記事からも理解出来るのではないかとも思われます・・。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
近年、列島各地において発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復そおよび復興を祈念しています。
昨年から再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
また最後に宣伝となりますが、昨年暮に師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
自身の作成した文章でなく、書籍からの抜粋引用ではあっても、また、それがどのように読まれているかは分かりませんが、それでも自身が興味深いと思い、引用した文章が多くの方々に読んで頂けたことは、少なからず嬉しく感じるところであり、くわえて、そうした経験を持つことにより、現在このように新たな記事を作成する題材そして動機ともなり得るのです(笑)。
さて、さきの抜粋引用部を読まれて、当著作『魔の山』に興味を持たれた方々は御一読されることをおすすめします。
当著作は長編として分類されるほどの文量ですので、出来れば、ある程度の知見・分別があり、且つ若く体力のある時期が最も身を入れて読み進めることが出来るのではないかと思われます。
また、この著作にはいくつかのバージョンの邦訳が刊行されており、私は岩波文庫版を選びましたが、他のバージョンも読み比べ、そこから自身にあったものを選択してみるのも、また何かしらの発見があり面白いのではないかと思われます。
ちなみに当著作の岩波文庫版での邦訳を行った一人である望月市恵は北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』内に登場し、また北杜夫がこの時代から後、トーマス・マンの熱心な読者となり、さらにそこからの影響により著作を著すようになることには、なかなか興味深い『何か』があるのではないかとも思われます。
くわえて、大変些細なことであるかもしれませんが、さきに投稿した抜粋引用部の赤文字部分にて、ひとつ思ったことがありますので、それを指摘させて頂きます。
以下、抜粋引用赤文字部分
『祖父はのちに、十年の亡命生活のあと、ふたたび故国の土をふむことができ、ミラノで弁護士として活動したが、しかし自由の獲得、統一された共和国の建設のために筆と舌、詩と散文とによって国民を鼓舞し、熱情的、(独裁者的な名文)をもって革命的プログラムを起草し、解放された民族が人類の幸福の確立のために団結することを、流麗な文章で予言をすることを決してやめようとはしなかった。』
上掲内にて(太字)部分の独裁者的とは、原書をあたっておりませんので、確証はありませんが、おそらく著者の意図は近現代におけるその用法・意味ではなく、その語源であり原初の意味である、帝政以前の共和制ローマでの非常時におかれる官職であった独裁官(dictator・ディクタトル)を念頭に置き述べられているのではないかと思われました。
また、こうしたことを述べていますと、著者であるトーマス・マンは、本当の近現代における、その用法・意味を持つ独裁者が出現し、政権を掌握するようになりますと、その政権から好ましからざる人物とされ、亡命を余儀なくされることにも皮肉とは云えない、何かしら深い意味あいらしきものがあるのではないかとも不図、考えさせれました・・。
同時にナチス・ドイツがトーマス・マンを好ましからざる人物とした理由もまた、あくまでも漠然とではありますが、さきに抜粋引用した記事からも理解出来るのではないかとも思われます・・。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
近年、列島各地において発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復そおよび復興を祈念しています。
昨年から再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
また最後に宣伝となりますが、昨年暮に師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
20180108 岩波書店刊 トーマス・マン著『魔の山』上巻pp.264-268より抜粋引用
岩波書店刊 トーマス・マン著 関泰祐・望月市恵 訳『魔の山』上巻pp.264-268より抜粋引用
ISBN-10: 4003243366
ISBN-13: 978-4003243367
ISBN-10: 4003243366
ISBN-13: 978-4003243367
『ハンス・カストルプは不思議な、まったく新しい世界をのぞかせてくれるイタリア人の話を、注意ぶかく吟味しながら、奇異な感じを受けながらも影響をあたえられようとして、傾聴した。
セテムブリーニは彼の祖父のことを語った。
ミラノで弁護士をしていたが、なによりも熱烈な愛国者であって、政治的扇動家、雄弁家、雑誌寄稿家ともいうべき人物であった。
祖父も孫のロドヴィコと同じように反抗家であったが、しかし、孫よりも大きい大胆なスケールで反抗したのだった。
孫のロドヴィコは、彼がくやしそうにいったように、国際サナトリウム「ベルクホーフ」の生活をこきおろし、それに嘲笑的な批評をこころみ、うるわしい行動的な人間性の名によってここの生活に抗議をするだけで満足していなくてはならなかったが、祖父は諸国の政府をてこずらせ、そのころ分割された祖国イタリアを無気力な奴隷状態におさえつけていたオーストリアと神聖同盟にたいして陰謀をはかり、イタリア全土に広がっていた秘密結社の熱烈な党員であった。
―セテムブリーニがふいに声をひそめて、いまもそれを口にするのが危険ででもあるように説明してくれたのによると、炭焼党員(Carbonaro)であった。
要するに、祖父のジュゼッペ・セテムブリーニは、孫の話から二人の聞き手が受けた印象によると、暗い熱情的な扇動家タイプ、首魁、謀反人らしかった。
要するに、祖父のジュゼッペ・セテムブリーニは、孫の話から二人の聞き手が受けた印象によると、暗い熱情的な扇動家タイプ、首魁、謀反人らしかった。
従兄弟は礼儀として感心したふりをするようにしたが、警戒的な嫌悪、いや反撥の色を顔からぬぐいきれなかった。
もちろん事情が特異でもあった。
すなわち、従兄弟がきかされた話はむかしの話であって、ほとんど百年もまえの話、すでに歴史に属している話であったが、その歴史、古い歴史のなかから狂信的な自由の精神、暴政にたいする不屈な敵愾心の本質と現象とが、話の形式で、いままで二人が夢にも考えなかったほど身ぢかくせまってきたのであった。
さらに従兄弟は、祖父の扇動的、陰謀的な活動には、祖父が統一と独立とを祈願していた祖国イタリアへの強い愛情が結びついていたこともきかされた。
―いや、祖父の革命家的活動は、この尊敬すべき結合の産物であり発露であって、この扇動性と愛国心との結合は従兄弟のどちらにも奇異に感じられはしたが―二人は祖国愛を保守的な秩序と同一視していたから―、しかし二人は、当時の彼地の一般情勢からは叛逆は市民道徳を、健実な分別は公共団体に対する怠惰な無関心を意味したのだろう、と心のなかでみとめざるをえなかった。
祖父セテムブリーニは、イタリアの愛国者であったのみではなく、自由を渇望するあらゆる民族と国と志を一つにする人物であった。トゥーリンで計画された襲撃、クーデターの企てが失敗したとき、それに言動のどちらからも加担していた祖父は、メッテルニッヒ公の追手から身をもってのがれ、それから亡命の何年間を利用して、スペインでは憲法の制定に、ギリシャではギリシャ民族の自由獲得のためにたたかい、血を流した。
このギリシャでロドヴィコの父親が生まれたのであった。
―そのために父親はあのように偉大な人文主義者、古典古代の愛好者になったのであろう。
なお、父親はドイツ系の婦人の腹から生まれたのであって、祖父はその娘とスイスで結婚し、それからの波瀾に富む生活にいつもつれ歩いていたのであった。
祖父はのちに、十年の亡命生活のあと、ふたたび故国の土をふむことができ、ミラノで弁護士として活動したが、しかし自由の獲得、統一された共和国の建設のために筆と舌、詩と散文とによって国民を鼓舞し、熱情的、独裁者的な名文をもって革命的プログラムを起草し、解放された民族が人類の幸福の確立のために団結することを、流麗な文章で予言をすることを決してやめようとはしなかった。
孫のロドヴィコの話のなかで、ハンス・カストルプ青年にとくに印象をあたえた事項が一つあった。
それは祖父ジュゼッペが一生いつも黒い喪服姿で同国人のまえにあらわれたということであった。
祖父は常から自分をイタリアのために、悲惨と隷属に呻吟する祖国のために、喪に服する者であるといっていた。
ハンス・カストルプはそれをきいて、それまでにも数回くらべてみたように、彼自身の祖父のことを考えずにいられなかった。
ハンス・カストルプの祖父も、孫が知ってからは、いつも黒い服を着ていたが、しかし、それはイタリアの祖父とは全然ちがった意味からであった。ハンス・ローレンツ・カストルプのひととなり、過去の一時代にぞくしているひととなりが、死によって真実のぴったりした姿(スペインふうの皿形の頸かざりをした姿)へおごそかに戻るまでのあいだ、この世に順応するために、自分がこの世にぞくしていないことをほのめかしながらかりに着ていた古風な服装を、ハンス・カストルプは思いうかべた。
この二人の祖父はほんとうに驚くほどちがっている祖父であった!ハンス・カストルプはそれを考えながら、眼をこらし、用心ぶかく頭をふったが、これはジュゼッペ・セテムブリーニに感心する身ぶりともとれたし、怪訝に感じて賛同しかねる身ぶりともとれた。それに彼は、彼と異質的なものを排撃することをつつしみ、単にくらべたり、分類したりするだけにとどめた。
彼は、ハンス・ローレンツ老人のほっそりした顔が、広間で、とどまりながらしかも動いているあの伝来の器、洗礼盤のうす金色の内面をのぞきこんでいた瞑想的な顔つきを思いうかべ、うつろで敬虔な音の「おお」、私たちが爪だちしながらうやうやしくゆれるように足をすすめる聖所を連想させる「おお」という前綴を発音するためにまるめている唇を思いうかべた。
そしてまたハンス・カストルプは、ジュゼッペ・セテムブリーニが三色旗を小わきにして反りのある軍刀を片手、黒い眼を誓うように空へむけながら、自由の戦士のむれの先頭に立ち、専制政治の方陣へ突入するのを見た。
どちらの祖父にもそれぞれ美しいりっぱなところがあった、とハンス・カストルプは、個人的な、もしくは、なかば個人的な理由から、えこひいきを感じそうだったので、いっそう公平であろうとして考えた。
セテムブリーニの祖父は政治上の権利を獲得するためにたたかったのであったが、ハンス・カストルプの祖父、もしくは先祖たちは、もとからすべての権利をにぎっていたのを、賎民たちが四百年のあいだ暴力と弁舌によってうばいとってしまったのであった、とハンス・カストルプは考えがちだったからであった。
・・・そして、二人は、北方の祖父と南方の祖父とは、いつも黒服を着ていたのであるが、どちらの祖父も彼と堕落した同時代のあいだにはっきりと距離をおくための黒服であった。
しかし、一人の祖父は彼の本性の故郷である過去と死のために敬虔な気持から黒服をつけていたのであったし、それに反して、他の祖父は反抗から、およそ敬虔とは正反対の進歩のために黒服をつけていたのであった。
ほんとうにこの二人は、二つの正反対の世界、もしくは方位ともいえる、とハンス・カストルプは考え、セテムブリーニの話に耳を傾けながらいわば二つの世界と方位のあいだに立って、二つをかわるがわる吟味しながらながめていたが、まえにもいつか同じような気持を経験したことがあるように思った。』
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