2025年4月23日水曜日

20250422 (株)東京創元社刊 コナン・ドイル著 上野 景福訳『勇将ジェラールの回想』 pp10-13より抜粋

(株)東京創元社刊 コナン・ドイル著 上野 景福訳『勇将ジェラールの回想』
pp10-13より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4488511015
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4488511012

 さて、みなさん、このわたしにいささか敬意を示してくださるのは、ともかく結構なことだ。わたしの栄誉は、これすなわちフランスならびにみなさん方の名誉にほかならないから。今みなさん方の目の前でオムレツを食べ、酒杯を傾けているのは、半白の口髭をたくわえた老軍人とも言えるが、また歴史の一齣でもあるのだ。まだ若造のうちから歴戦の勇士となり、剃刀を使う前から剣の使い方を知り、百戦のうち、ただの一度も敵に背中を見せたことがない英雄ーその最後の生き残りが、このわたしなのですぞ。20年のあいだ、わが軍はヨーロッパ各国に真の戦闘とは、どんなものか、いやというほど知らしてやった。それがひとわたり終わったとき、わが征露の大軍をよく崩壊させたのは、ひとえに寒暖計の仕業であって、銃剣では決してなかった。ベルリン、ナポリ、ウィーン、マドリッド、リスボン、モスクワーわが軍はこの都市全部に馬を進めた。いやまったくの話、も一度繰り返すが、お子さん方に花束を持たせてお寄こしなさい。この耳はフランス軍のラッパの響を聞き、この目は、再び翻ることがなさそうな国国にフランスの軍旗がはためくのを見たのですぞ。

 今こうして肘掛け椅子にうとうとすると、勇士たちー緑の軍衣の追撃兵、巨人揃いの胸甲騎兵、ポニャトフスキ将軍麾下の鎗騎兵、白いマントの龍騎兵、黒毛皮の高帽がゆらゆら動く擲弾騎兵などが、次から次へと目の前を通り過ぎ、それから太鼓の低い激しい音が轟き、土煙の舞い上がった渦の中を、かついだ刀剣の合間から、丈の高い戦闘帽をかぶった褐色の顔の列が、長い羽毛をなびかせ、揺り動かしているのが見える。次に馬を進めるのは赤毛のネー将軍、それに顎がブルドッグを思わすルフェーブル将軍、さらにガスコニー地方人らしく、ふんぞり返って歩くランヌ将軍、そして綺羅星のような将軍たちと、派手な飾り羽の最中に、ちらと目にとまったのが、あの人物ーほのかに微笑をたたえ、遠くを見るような目付きをした猫背の男。とたんにわたしの微睡は醒めて、椅子から飛び起き、かすれ声を張りあげ、頼りなく手を指しのばす。ティトー夫人よ、過去の幻影の中に住む老人を笑ってください。

 戦争が終わったとき、わたしはれっきとした旅団長で、師団長に昇進するのも間近だった。だが軍人生活の栄光と苦難を物語るのだったら、むしろ若い時分のことに戻ったほうがよさそうだ。ご存じと思うが、配下に多くの部下と軍馬を抱えた将校は、兵員と馬匹の補充から、飼葉の補給、馬丁の面倒、兵舎のことなどに絶えず追いまくられ、敵と対決していない時ですら、毎日の生活が実に厳しいものだ。ところが、やっとこ中尉とか、やりくり大尉といった青年将校時代には、双肩にかかる重さといえば、肩章以外にはなく、拍車をがちゃつかせ、外套をカッコよく靡かせ、酒杯を飲みほし、女に接吻するのも勝手で、頭の中にあることといえば、ただ優雅な生活を楽しむことだけ。思いもかけない冒険を体験をするのは、むしろこの時代なので、これからお聞かせする物語では、この時代のことをしばしば取り上げることになろう。そこで今晩は、わたしが《陰鬱な城》を訪れた顛末と、デュロク少尉の奇妙な使命と、ジャン・カラバンと名乗り、後にストラウベンタール男爵とわかった男の身の毛もよだつ事件をお話ししよう。

 まず知っておいていただきたいのは、1807年2月、といえばダンチッヒ陥落の直後、ルジャンドル少佐とわたしはプロシアから四百頭の軍馬を東部ポーランドへ補給する命令を受けた。

 厳しい気候に加え、エイローの激戦のため、軍馬の損失がはなはだしく、われらが第十軽騎兵連隊は、軽歩兵連隊に変わってしまう恐れがあった。だから少佐と私は、前線では大いに歓迎されることがわかっていた。しかし、われわれは、はかばかしく前進できなかった。それというのも雪が深くつもり、しかも悪路ときていて、おまけに護衛兵としては前線に復帰する病気上がりの兵員が20人いるだけだった。おまけに飼葉が毎日変わり、ときにはまったくやれないときもあるので、これでは並足より早く馬を動かすことは不可能というものだ。物の本などでは、騎兵は疾風のように、狂乱の駆け足で通過と書いてあるのは知っている。しかしわたしは戦闘を交えること12回にして、わが騎兵旅団がいつも並足で行進し、敵の前だけでは速足で駆けるのに、大いに満足するようになった。これは軽騎兵と追撃兵について言っているのだから、胸甲騎兵や龍騎兵にいたっては、さらにこれに輪をかけて当てはまることになる。

 わたしは馬が好きだ。だからあらゆる年齢、色合い、性質の四百頭の馬を配下に持てて、わたしは大満足だった。馬は大部分ポメラニア産だが、ノルマンディやアルザスからのもいて、馬もそれぞれの地方出身の人間の場合と同様に、その性格が違っているのが認められて面白かった。さらに気がついたことは、これはそれ以後もしばしば認められたことだが、馬の性質はその色合いでわかった。気紛れで過敏な神経を持っ、あだっぽい薄い赤褐色から、胆のすわった栗毛まで、そしておとなしい葦毛から、強情な磨墨まで。こんなことはわたしのこれからの話とは、まったく関係はないが、四百頭の馬が最初に出てくるとなると、騎兵将校はどう話を進めていいものやら。私はまず自分の興味をひくものを話題にすることにしている。こうすればみなさんも興味を感じてくださるものと思う。