pp.599-601より抜粋
ISBN-10 : 4769820267
ISBN-13 : 978-4769820260
古びた近衛歩兵第一聯隊の、ピカピカに磨き込まれた大隊長室に、兄はいた。ドアをノックしてはいってきた私の姿を認めると、いくらかほっとしたように、
「おう、きみか。入れよ・・朝飯は食ったか」
「いや・・」
「じゃ、一緒に食うか」
もう一人前を当番に命じた。
二人だけで向かいあって、しばらくしてから、兄は少しおどけたような口調で、
「やれやれ、俺は命拾いしたらしいよ」と、言った。
私が、眼でその意味をたずねると、
「古賀さんたちが、師団長を殺ったとき・・そのことは知っているだろう?」
「うん、聞いた」
「俺は、司令部の前の植え込みのなかに潜んでいてな、銃声が聞こえたもんだから、こいつはいかん、とまた部隊に戻って来たんだ、もし憲兵が来て、引っぱられるなら、いっそのこと自分でやってしまおうと思ったりしてね」
そう言って、自分の額を指した。彼が抽出しを引くと、そこには剥き出しの拳銃が、ずっしりとよこたわっていた。
「しかし、もうどうやら、その必要もないらしい」
「兄はすべて遠く過ぎ去ったことのように、淡々と語った。
「同志」による師団長の説得がなかなかすすみそうに見えなかったとき、彼は古賀参謀から、「おまえ、殺ってくれんか」と頼まれた、という。
その剣道の腕を買われたらしい。しかし、兄は咄嗟に、
「直属上官ですから、それはやれません」とことわった。その返事は、軍隊ではきわめて筋が通った答えだったから、古賀参謀も、それ以上強いては押しつけるわけには行かなかったのだろう。
それが、兄の生死の訣れみちだった。
椎崎中佐、畑少佐ら、陸軍省の中堅将校たちの発する徹底抗戦の妖気は、近衛師団のわかい参謀たちを巻き込んでいた。
古賀参謀も、けっしてはじめから積極的だったわけではないが、「敗戦」への決定的なタイム・リミットがじりじりと迫ってくるにつれて、ついにクーデターにのめり込んだ。
近衛師団にあって、主動的な役割を果たしたのは、そのとき宮城守衛の上番にあたっていた近衛第二聯隊の大隊長たちであった。
兄も、加担すべきか、すべからざるか、かなり悩んだらしい。そのような雰囲気の中で断乎として反対するには、かなりの識見と勇気とを要することだった。
そして、師団を挙げて終戦阻止に動くならば行動をともにするーというあたりで、計画を打ち明けられた士官学校の若手将校の大部分は、意思統一されていたらしい。
私は、兄から、この計画を暴走させた陸軍省の二人の将校が、宮城前で自決し、古賀参謀は、終戦の詔勅を聞いたのちに、師団長の柩の前で自決した。というニュースを聞いた。
前にも触れたように、古賀参謀は東条英機元首相の女婿で、柩は岳父の家から出たので、近所では東条自殺の噂が流れた、という。
私は、古賀参謀とはかなり親しくしていたから、彼の自殺の報は、ちょっとショックであった。
しかし、そのくらいの紛糾は、最後まで徹底抗戦を呼号していた陸軍の「面子」からいっても、あるいは必要だったのかも知れない、とも思った。
「おう、きみか。入れよ・・朝飯は食ったか」
「いや・・」
「じゃ、一緒に食うか」
もう一人前を当番に命じた。
二人だけで向かいあって、しばらくしてから、兄は少しおどけたような口調で、
「やれやれ、俺は命拾いしたらしいよ」と、言った。
私が、眼でその意味をたずねると、
「古賀さんたちが、師団長を殺ったとき・・そのことは知っているだろう?」
「うん、聞いた」
「俺は、司令部の前の植え込みのなかに潜んでいてな、銃声が聞こえたもんだから、こいつはいかん、とまた部隊に戻って来たんだ、もし憲兵が来て、引っぱられるなら、いっそのこと自分でやってしまおうと思ったりしてね」
そう言って、自分の額を指した。彼が抽出しを引くと、そこには剥き出しの拳銃が、ずっしりとよこたわっていた。
「しかし、もうどうやら、その必要もないらしい」
「兄はすべて遠く過ぎ去ったことのように、淡々と語った。
「同志」による師団長の説得がなかなかすすみそうに見えなかったとき、彼は古賀参謀から、「おまえ、殺ってくれんか」と頼まれた、という。
その剣道の腕を買われたらしい。しかし、兄は咄嗟に、
「直属上官ですから、それはやれません」とことわった。その返事は、軍隊ではきわめて筋が通った答えだったから、古賀参謀も、それ以上強いては押しつけるわけには行かなかったのだろう。
それが、兄の生死の訣れみちだった。
椎崎中佐、畑少佐ら、陸軍省の中堅将校たちの発する徹底抗戦の妖気は、近衛師団のわかい参謀たちを巻き込んでいた。
古賀参謀も、けっしてはじめから積極的だったわけではないが、「敗戦」への決定的なタイム・リミットがじりじりと迫ってくるにつれて、ついにクーデターにのめり込んだ。
近衛師団にあって、主動的な役割を果たしたのは、そのとき宮城守衛の上番にあたっていた近衛第二聯隊の大隊長たちであった。
兄も、加担すべきか、すべからざるか、かなり悩んだらしい。そのような雰囲気の中で断乎として反対するには、かなりの識見と勇気とを要することだった。
そして、師団を挙げて終戦阻止に動くならば行動をともにするーというあたりで、計画を打ち明けられた士官学校の若手将校の大部分は、意思統一されていたらしい。
私は、兄から、この計画を暴走させた陸軍省の二人の将校が、宮城前で自決し、古賀参謀は、終戦の詔勅を聞いたのちに、師団長の柩の前で自決した。というニュースを聞いた。
前にも触れたように、古賀参謀は東条英機元首相の女婿で、柩は岳父の家から出たので、近所では東条自殺の噂が流れた、という。
私は、古賀参謀とはかなり親しくしていたから、彼の自殺の報は、ちょっとショックであった。
しかし、そのくらいの紛糾は、最後まで徹底抗戦を呼号していた陸軍の「面子」からいっても、あるいは必要だったのかも知れない、とも思った。