【架空の話】
丁度、城を過ぎたところの交差点で右に曲がり、そのまま直進し、小さな橋を渡ると、さらに右折し、堀川沿いの道を少し走り、左に曲がり、すぐに再度左折すると、右前方の方に、それらしき店が見えてきた。ここで兄は「しめた!一つ空いているぞ。」と店の専用駐車場に駐車することが出来た。その時、時刻は10:50を少し過ぎた頃であった。
開店時間前であるにも関わらず、店の駐車場はこれで一杯になり、また店の前には、既に10人程並んでいた。店の方は、首都圏のラーメン屋とは趣が異なり、またkのラーメン屋Tに近いところもあったが端的には「街の食堂」といった感じが適切であるように思われた。やがて11:00の開店時刻になると、赤い庇の下の出入り口には、紫地に白で屋号の一文字が染め抜きされた暖簾が掛けられ、列を作って待っていた我々は、店の方によって順次座席に案内された。
この時兄は、店の方から尻上がり気味のイントネーションで「あ、どうもー」とあいさつされていたため、兄が常連であることが察せられた。また、兄の方も気さくな感じで「ああ、どうも、またご馳走になります。」と笑顔で云いながら、店内に設置されてる学食などによくあるタイプの自動給茶機で二つ緑茶を淹れて、こちらのテーブルまで持ってきてくれた。私はそうした学生時代では見られなかった兄の自然な振舞いを見て「ははあ、社会人をしばらくやっていると、こんなことが普通に出来るようになるのか・・。」と感じたが、また同時にそれは、兄がやりたくないと云っていた会社での営業の仕事によって、身に着いたものであるようにも思われた。
そして、この店もまた、メニュー(品書き)が古風であり、当初は食堂として出発していたことが、ここからも理解出来た。中でも面白かったのは、品書きにあった「しのだ」とか「けいらん」は、それまで見たことがなかったことから兄に聞いてみると「ああ、「しのだ」は刻んだ油揚げが具のうどんのことで「けいらん」は文字通り具材が玉子のうどんだけれど、出汁が餡かけなんだよ・・。」と、さも当り前のように答えてくれた。そこからも、兄がこの店の常連であることが看取された。また、このお店の客層で面白いと思ったことは、駐車場に停めてある自動車のナンバーから、主に北隣の大阪各地から観光のように、このお店に来ている方々が一定数いて、それと同時に、普段着姿の地元の老若男女と思しき客が多くいることであり、そこから「ラーメンは若い人の食べ物」といった首都圏のいわば、住み分けされた価値観によって成立している食文化とは異なる「地域独自の何か」があるように感じられ、またそれは、運ばれてきたラーメン(中華そば)を食べてみて、さらに強く思った。何となれば、このラーメンはどうちらかと云うとコッテリとして、濃厚な味わいであったからだ。つまり、このようなコッテリとしたラーメンは首都圏では、若者が主たる客層であるが、このお店では、食べ盛りの孫と、その祖父母が皆で同じ中華そばを食べているのである・・。
こうしたことは「単に選択肢が少ないからだろう・・」と構造主義的に考えることは面白くなく、それよりも「何故、この地域では、このお店では、地元の老若男女がやってくるのだろうか?」といった疑問を設定しつつ、地域のさまざまな文化を眺めている方が余程面白いのではないかと思われる・・。くわえて、その後、しばらく経て思ったことは、私のような東の人間からすると、そばやうどんなどの出汁の違いによって象徴されるように、Wを含めた西の方では、全体的に味付けはあっさりしていて、それに対し東の方では、ここぞとばかりに料理に醤油を多用して、味全体が濃くて塩辛いといった先入観らしきものがあるが、こと、味覚の一種とも云える、動物性脂肪の嗜好に関しては、東より西の方が強く、また、その食品としてのこだわりについても、同様ではないだろうかということである。
ともあれ、ここでの中華そばは充分に満喫し、また店の前の列は途切れることなく続いていたことから、我々二人は食べ終えるとすぐに店を出て、駐車場を後にした。運転しつつ兄は「どう、美味しかったでしょ?」と少し自慢気味に聞いてきたが、確かに美味しかったため、肯定すると「うん、ほかにもWラーメンで有名なお店はあるから、それはまた明日にしよう。」と云い、続けて「あ、そうだ、面白いものを見せてあげるよ。」と云ってW市役所すぐ近くの建設現場を指して「ほら、県立医大の薬学部が新たに設置されるから、あそこに、その建物を造っているんだ。」云った。そしてさらに、その道の先にある全国展開のファミリーレストラン横の道を曲がり、道なりに坂道を少し登ると、そこに小学校の校舎らしきものが見えてきた。兄はその校舎を指して「ここはね、もともと小学校だったのだけれど、中心市街地から人々が離れていく、まあ「ドーナツ化現象」によって児童が集まらなくなり廃校になった古くからの小学校で、たしか南方熊楠や松下幸之助が卒業生だって聞いたけれども、この廃校舎を再利用しようと手を挙げたのが、ほら、うちの近くにもキャンパスがあるT医療保健大学でね、ここがWに新たな看護学部をということで設置したのだが、こないだ営業に来たついでに聞いてみると、1学年90名くらいの学生さんのうち、6~7割が県内からの学生さんとのことで、かなり地元にも貢献していると思うよ。だから、おそらく、こないだ**が受けた編入試験もそうかもしれんが、何かしら大きな時流というのが、その基層にあるのではないかと思うなあ・・。まあ、そうしたこともあって、俺も最近は、この先の進路について、もう少し考えてみようと思うようになったんだ・・。」とのことであった。地域は違えど、それぞれでも生じている現象やその傾向には、共通する何かがあるのかもしれない・・。
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ISBN978-4-263-46420-5
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