2024年8月26日月曜日

20240826 「文明」や「理想の社会」について、いくつかの著作から得た見解

【原文】
『又英国の学士「ミル」氏著述の経済書に云く、或人の説に、人類の目的は唯進で取るに在り、足以て踏み手以て推し、互に踵を接して先を争うべし、是即ち生産進歩のために最も願うべき有様なりとて、唯利是争うを以て人間最上の約束と思う者なきに非ざれども、余が所見にては甚だこれを悦ばず、方今世界中にてこの有様を事実に写出したる処は亜米利加の合衆国なり。「コウカス」人種の男子相合し、不正不公の羈軛を脱して別に一世界を開き、人口繁殖せざるに非ず、財用富饒ならざるに非ず、土地も亦広くして耕すに余あり、自主事由の権は普く行われて国民又貧の何物たるを知らず、斯かる至善至美の便宜を得ると雖も、その一般の風俗に顕れたる成跡を見れば亦怪しむべし、全国の男児は終歳馳駆して金円を遂い、全国の婦人は終身孜々としてこの遂円の男児を生殖するのみ、これを人間交際の至善と云わんか、余はこれを信ぜずと。
以上「ミル」氏の説を見ても亦以て合衆国の風俗に就き其の一班を窺知るに足るべし。
右所論に由て之を観れば、立君の政治必ずしも良ならず、合衆の政治必ずしも便ならず。
政治の名を何と名るも必竟人間交際中の一箇条たるに過ぎざれば、僅かにその一箇条の体裁を見て文明の本旨を判断すべからず。
その体裁果して不便利ならば之を改るも可なり、或は事実に妨なくば之を改めざるも可なり。人間の目的は唯文明に達するの一事あるのみ。之に達せんとするには様々の方便なかるべからず。随て之を試み随て之を改め、千百の試験を経てその際に多少の進歩を為すものなれば、人の思想は一方に偏すべからず。』


【現代文】
『英国の学者ミル氏は、ある人の説として、人類の目的はただ前進することであり、足で踏み、手で押し合いながら互いに先を争うべきだと述べています。これが生産と進歩のために最も望ましいとされ、ただ利益を追求することが最も重要だと考える人もいますが、私はこれを好ましく思いません。現在、このような状態が見られるのはアメリカ合衆国です。

「コーカソイド」人種の男性たちは、不正や不公正の束縛から逃れ、新たな世界を切り開きました。人口は増え、財政も豊かで、土地も広く耕作に余裕があります。自主と自由の権利が広く行き渡り、国民は貧困を知りません。理想的な環境にもかかわらず、一般の風俗を見ると、男性は一年中お金を追い求め、女性はその男性を育てることに専念しています。これが人間関係の理想でしょうか。私はそうは思いません。

以上のミル氏の説からも、アメリカ合衆国の風俗を一端知ることができます。この議論を通じて見ると、君主制の政治が必ずしも良いわけではなく、共和制の政治が必ずしも便利とは限りません。政治の名が何であれ、人間関係の一部に過ぎません。わずかな側面で文明の本質を判断してはいけません。

その側面が本当に不便ならば改めるべきですが、問題がなければ改める必要はありません。人間の目的はただ文明に到達することです。これを達成するにはさまざまな手段が必要です。試行錯誤を繰り返し、進歩を遂げていくため、思想は一方向に偏ってはいけません。』


岩波書店刊・バートランド・ラッセル著「幸福論」pp.54ー55より抜粋引用
『成功感によって生活がエンジョイしやすくなることは、私も否定はしない。たとえば、若いうちはずっと無名であった画家は、才能が世に認められたときには、前よりも幸福になる見通しがある。また、金というものが、ある一点までは幸福をいやます上で大いに役立つことも、私は否定しない。しかし、その一点を越えると、幸福をいやますとは思えない。
私が主張したいのは、成功は幸福の一つの要素でしかないので、成功を得るために他の要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い代価を支払ったことになる、というのである。この災いの根源は、実業界一般に広まっている人生観にある。確かに、ヨーロッパには、実業界以外にも威信のある階級がいる。一部の国には、貴族階級がある。
すべての国には、知識階級があり、二、三の小国を除くすべての国では、陸海軍の軍人が非常に尊敬されている。さて、ある人の職業が何であろうと、成功の中に競争の要素があることは事実であるが、同時に、尊敬の対象となるのは、ただ成功することではなくて、何でもいい成功をもたらしたすぐれた資質である。科学者は、金をもうけるかもしれないし、もうけないかもしれない。しかし、金をもうけたほうが、もうけない場合よりも余計に尊敬されることは、絶対にない。有名な将軍や提督が貧乏だからといって、だれも驚きはしない。それどころか、こういう境遇での貧乏は、ある意味では、それ自体一つの名誉である。
こういう理由で、ヨーロッパでは、純粋に金銭のために競争し奮闘するのは、一部の階級だけに限られているし、しかも、そういう人たちは、たぶん最も有力でもなければ、最も尊敬されているわけでもない。アメリカでは、事情が異なる。陸海軍は、彼らの尺度では、影響を及ぼすほどの役割を国民生活において果たしていない。知識階級について言ば、ある医者が本当に医学のことをよく知っているかどうか、あるいは、ある弁護士が本当に法律のことをよく知っているかどうか、部外者にはさっぱりわからない。だから、彼らの価値を判断するには、彼らの生活水準から推定される収入によるほうがやさしい。大学教授について言えば、彼らは実業家たちに金で雇われた使用人であり、そういうものとして、もっと古い国々で与えられているほどの尊敬を受けていない。こうした事態の結果、アメリカでは、知的職業にたずさわる人は、実業家のまねをし、ヨーロッパにおけるように独自のタイプを作っていない。それゆえ、アメリカには、裕福な階級のどこを見まわしても、金銭的な成功のための露骨な容赦ない闘いを緩和するものは、何ひとつない。』

以上をまとめた見解 

 近代以降の社会において個人や国家の究極の目的は何であるかという議論は、多くの研究者や思想家、哲学者などによってされてきました。

 19世紀の英国の学者であるジョン・スチュアート・ミルは、その著書で、ある人の説として「人類の目的は前進し続けることであり、互いに競争し合うことが生産と進歩のために最も望ましい」と紹介しました。その考えの基層には「利益追求を最重要視する」考えがあると云えますが、この考えには異議もあります。たとえば、当時のアメリカ合衆国社会を考えますと、そこには自由・自主の精神が広く行き渡り、国民の多くは自由であり、少なくとも貧困ではなく、理想的な環境を享受していたように見えます。しかし他方で男性は一年中利益・金銭を追い求めて、そして、その妻たる女性は、そうした男性を支えて再生産することに専念するといった社会構造をも同時に存在していたのだとも云えます。そして、こうした状況とは「人類にとって果たして理想的であるのか」とミルは疑問を投げかけ、そしてまた、福澤諭吉もその著作「文明論之概略」の中で同様の見解を述べています。

 さて、さきのミルと思想の系譜上に連なると云える英国の論理学者、思想家であるバートランド・ラッセルもまた「成功感が人生をより楽しむ手助けになることを認めつつも、成功が幸福の唯一の要素ではない」と、その著作で述べています。ラッセルは成功のために他を犠牲にすることは高すぎる代償を払うことになると警告しています。特に実業界においては金銭的な成功こそが人生の究極の目的とされがちですが、ラッセルはそれを疑問視します。ラッセルによれば、成功の中に競争の要素があることは事実ではあるものの、真に尊敬されるべき要素とは、成功そのものではなく「それをもたらした優れた資質」であると述べています。たとえば、英国や西欧諸国において科学者や軍人などは、必ずしも金銭的に成功していなくても、その職業上の資質や貢献に対して尊敬が払われると強調しています。

 このように西欧とアメリカを比較すると、金銭的成功の追求に対する社会の価値観の違いが浮かび上がります。西欧諸国においては、金銭的成功を求めるのは一部の階級に限られており、金銭的な成功が最も尊敬されるわけではありません。西欧においては、たとえば研究者や軍人などが、それぞれの専門分野での知識や技術、貢献によって尊敬を集めています。しかし、アメリカにおいては、金銭的成功が社会的地位を決定する最も重視される要素となっており、知識階級あるいは軍人でさえも、それぞれの価値を金銭的な成功で測られる傾向があります。アメリカにおいては大学教授でさえ、実業家の使用人のようなものと見なされ、西欧諸国におけるような尊敬は受けていません。

 こうした社会の文化的背景から、アメリカ社会では、金銭的成功を追求するための競争が苛烈であり、他の価値観や文化的な要素によってその競争が緩和されることはありません。その結果として、社会全体において、金銭的な成功を絶対的な指標とし、そのために全力を尽くすといった風潮が生まれて、それが果たして人類にとって理想的な在り方であるのかといった疑問が生じます。

 以上のことを総合して考えてみますと、社会や文明の本質や個人の目的といったものを一面的に捉えることは危険であると考えられます。個人の幸福や社会全体の進歩といったものは、さまざまな要素のバランスによって成り立っており、一つの価値観に偏りすぎることは避けた方が良いと考えます。金銭的な成功や利益だけを追求することが、必ずしも社会全体や個人の幸福につながるわけではないという認識が重要であり、むしろ、さまざまな価値観や生活様式が共存して、多様な個人の幸福を追求できる社会の在り方こそが、真の意味での「進歩」に近いのではないかと思われます。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
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