ISBN-10 : 4833421674
ISBN-13 : 978-4833421676
チャーチルはイギリス精神、つまりは不屈の魂そのものに生まれ変わりつつあった。あのふっくらと丸みのある頬、陽気さが漂う上向きの唇、実直そうな目を思い浮かべていただきたい。200年以上にわたり、ヨーロッパのどんな敵に対しても、荒っぽくも陽気な典型的イギリス国民として描かれるあの恰幅のいい紳士、ジョン・ブルがチャーチルに乗り移ったかのようだった。チャーチルは18世紀のナポレオン時代から出版物やプロパガンダで使われたこの典型的イギリス人像を思い起こさせる資質をふんだんに備えていた。
ずんぐりとした体型、陽気で騒がしく、贅沢な暮らしを愛し、多くの人がうんざりするくらいの愛国心がある。しかしこの度を超えた愛国心こそ、第二次世界大戦の危機の最中において、最も必要なものだった。チャーチルのライバルとされた政治家ハリファックス、チェンバレン、外交官スタッフォード・クリップス、イーデン、アトリ―。彼らの愛国心はその域には達していなかった。
当時、ほかのイギリスの政治指導者がトミー銃を手にし、その姿を写真に撮られていたらただではすまなかっただろう(実際に、今でも銃を手にして写真を撮られるのは政治家にとっては絶対の御法度とされている。銃に触ろうものなら広報担当者が金切声を出すだろう)。どの政治家も銃を持って様になるほどの威厳に欠けていたし、チャーチルのような個性、外見、カリスマ、切れ味を持っていなかった。
戦時に国を主導し、深刻な不安感が広がるなかで国民を一つにまとめるには、政治家は、深く感情に訴える手法で「国民とつながる」必要がある。抗戦する理由を論理的に訴えるだけでは十分ではなかった。勇敢であれと強く勧めるだけでは不十分だった。
国民を振り向かせ、励まし、焚き付ける必要があった。国民を笑わせ、さらに敵を笑えるようにできればなおよい。国民を動かすには、チャーチルは国民とイギリスの基本的な国民精神ともいうべきものを通じて、どこかで一体になる必要があった。
ではイギリス人の主たる特徴とは何か。イギリス人たち自身にいわせればこういうことになろう。まずはどこかの国の人々とは違って、素晴らしいユーモアの感覚がある。シェークスピアが「オセロ」で酷い飲酒の歌をイアーゴやカッシオに歌わせてからというもの、イギリス人はオランダ人を泥酔させ、デンマーク人を酔い潰すほど酒が強いことを誇りとしてきた。イギリス人はまた、過度にやせている人には若干の不信感を持つ傾向がある(今やイギリスは世界第二の肥満体国だ)。そして一般的に、イギリス人は、自分たちの国は奇人、変人、変わり者の宝庫であると考えている。
チャーチルの山高帽の下には、ユーモア、大酒のみ、肥満、変わり者という四つの特徴すべてが収まっていた。1940年時点でのチャーチルの役割を考えると、興味深いのは彼のこうした性格がそれだけ作為的だったのかという点だ。すべてが完全に無意識に自発的に発生したのだろうか?あるいは、チャーチルは本当に自己演出、情報操作の達人だったのだろうか?
公の場でのチャーチルの光り輝くような個性は、チャーチル本人とその関係者がつくった伝説であったという見方をする人は少なからずいる。ただひとついえるのは、チャーチルの不遜さ、時に棘のある機知といった性格はまさにジョン・ブルそのものであった。