2020年5月1日金曜日

20200430 架空の話・其の4

【架空の話】
[久しぶりに会ったBはなるほど、金融系を志望する学生らしく、整った小ぎれいな服装をしていたが、しかし、ここで少し力を入れて話さなければならないことは、この目の前にいるBの服装についてである・・。
いや、Bの現在の服装について力を入れて話すのであれば、それは私がBと出会った時にまで遡らねばなるまい・・。
Bとはじめて出会ったのは、大学に入学してしばらく経ったGWの少し前頃であったと記憶している。
ある履修した科目の二度目の講義の開始時間少し前に講義室入口に一人のあまり背の高くない男がやって来て、そこから教室内全体に聞こえるような声で「すいません。この教室に**ちゅうのはいますか!」と云った。それまで、いくつかのグループに分かれて雑談をしていたり、講義の準備などしていた講義室内の全員は、この声の主に目をやった後、私のことを知っている数人が、こちらの方を少し見て、ゆっくりとまた、それぞれの雑談などに戻っていった。この講義室内で**という苗字は私のみであり、且つ、入口に立つ人物には面識がない。そのため、多少訝しみつつ、席を立ち、この入口にいる男性のもとに行った。そうすると「おお、お前が**か。俺はBと言って経済学部の経営学科の一年生だ。それで出身は何高校か?」と唐突に訪ねてきた。私の方は少しためらい気味に「僕は文芸学部ヨーロッパ文化学科の**です。出身高校はこの近所の**高校ですが、それが何か?」と精一杯の強気で訊ね返した。すると目の前のBは「・・そうか、お前は元々こっちの人間なのか・・。それでも、多分親か何かはK県の出身じゃないのか?」と少し声色を落ち着かせて更に問い質してきた。そこで私は「僕は元々こっちの人間だが、たしか・・ひいひいお爺さん、だから・・高祖父がK県の出身だと聞いているけれども、それがどうかしたのか?」とさらに訊ね返した。そうするとBの態度がさらに落ち着いたものになり、また目のあたりも少し柔和な感じとなり「ああ、そうか・・。分かった。どうもありがとう。この講義が終わったら学食に行くから、そこで、もう少し話したいのだがどうか?」と、先ほどのトーンと比べると大分丁寧に云ってきたことから「うん、分かった。」と一言だけ返事をして席に戻った。この席に戻る途中で教員が少しアタフタしながら講義室に入ってきて周りが少し静かになった。

 そして講義の後、学食に行ってみると、入口近くのベンチに座り、イヤホンを耳に挿しつつ、文庫本サイズの何かを読んでいるさきほどの男が居たため、近寄り声を掛けてみた。すると「顔を文庫本から上げてこちらを見て、そしてイヤホンを外し「おお、来てくれたか。ありがとう。それじゃ中に入ろうか。」と云いつつ、イヤホンをポケットに入れ、文庫本を持参のリュックに入れて立ち上がった。このA大学の学食は、あまり大きくはないものの、屋外にテラス席があり、そこは開放的で雰囲気が良いことから、現在でもよく使わせてもらっている・・。
 中で食券を買い、列に並び自分の昼食を持ちつつ、食堂内で席を探していると、まさに昼食の時間帯であることから大変混雑し、空いている席が見当たらなかったが、同じく席を探していたBが「外の席が少し空いているみたいだから、そちらに行こう。」と提案し、外に出た。なるほど、外のテラス席も混んではいたが、食堂内ほどではなく、二人分の座席はすぐに探し出すことが出来た。そこで昼食を食べながら、Bは自分の出身地であるK県のことを話し、また「同期で、K県出身者が同じ学部で見つからないので、入学式の際に配布された学部毎の新入学生名簿を見て**という苗字を見つけ、それで、さきほど声を掛けた。」とのことであった。そこで、私も自分の知るk県とのつながりを話してみたところ、時には感心し、そして、全体としては面白がって話を聞いてくれたように記憶している。また、このように少し話しをしてみると、さきほどまで、全くの赤の他人であったBという目の前の男の服装に、どうしたわけか注意が向き始めた・・。記憶によると、その時Bは、オーバーサイズ気味の黒のオープンカラ―シャツ(長袖)をボタンを多めに外し、若干太めの黒の綿パンを穿き、そして靴は結構使い込んだ、これまた黒のキャンバス オールスターを履いていた。髪型は短髪のツンツンヘアと云うのだろうか、そういった髪型をしていた。
その恰好には、ある種のポリシーや服装に気を使っていることは感じ取られたが、しかしながら同時に「もっとセンス良くなるのでは?」とも強く感じられた。
 ともあれ、その後もBとは定期的に会うようになり、また、休日に私の家に来たこともあったが、はじめて会った私の両親に対する、その四角張ったとも云える礼儀正しさには少し驚き、後になって「今の日本人じゃないみたいね・・。」と母親が云っていたが、この指摘は必ずしも誇張ではないと私にも感じられた・・。
 Bは大学近くのアパートが多く建つ地域で一人暮らしをしており、機会があり部屋を訪ねてみると、男の一人暮らしの割にはキレイに片付ており、驚いたことには、急須で淹れたお茶を出してくれた・・。こういうのは、やはり生まれ育った地域の日常性に染み着いた文化と云えるのではないだろうか。また、そのお茶が今までに飲んできたお茶と異なり、味が濃く美味しかったことから、まさに茶飲み話で「このお茶は美味しいけれど、どこのお茶なの?」と聞いてみたところ「ああ、それは実家から送ってきた食料に入っていたもので、こっちではなかなか手に入らないK県産のお茶だよ。それが美味しいと感じるのであれば**の舌もそれなりのものなのだろう・・。」とのことであった。こうした、時には強気過ぎるとも感じられるBの出身県に対する思い入れのような、ある種の自意識は、これまでにあまり感じることがなかったことから、新鮮であったが、それが良いものであるか、あるいはそうではないのかは、今もって分からない。
 また、Bとの話題では、あまり専攻分野についてのことになることはなく、読んでいる本や、映画、音楽そしてファッションのことが多かった。ファッションについては、やはり最初の観察通り、ある種のこだわりのようなものがあったが、それは未だ美意識によってまとめられたものではなく、いくつかのポリシーと云っても良かった。そのため、休日や講義が早く終わった日に、渋谷、代官山、原宿、表参道、下北沢、高円寺、吉祥寺、アメ横などに一緒に足を運んだ。そして、そうしたことをしばらく続けているうちにBの方は、自分のお気に入りを幾つか見つけたようであり、私と一緒でなくとも、一人でも、そうした場所に出向くようになった。また、私がさきに述べた古着屋でのアルバイトをするようになると、時々、突然店に現れて、若干困惑している私に、普通の見知らぬ客のように平然と、ある商品について訊ねてくることがあった・・。
 そうした経緯にてBの洋服のセンスは、年を重ねる毎に洗練されていき、あまり金銭に余裕のない学生にしては、それなりにセンスの良い小ぎれいなものになっていったのではないかと思われる。
 さて、ハナシを戻し、Bに電話を掛けた翌日、待ち合わせをした行きつけの喫茶店に着くと既にBは席に着き、その前にはコーヒーカップと水の入ったグラスが置かれ、Bは何やらスマートホンを操作していた。そして店内に入ってきた私に気が付くと、Bは手を挙げて場所を知らせてくれた。席に着き、対座にて座るBは、地銀の面接の件か、少しうれし気に見えた。また、その恰好は、綿製、濃紺のジャストサイズで着たベッドフォードジャケットのボタンを外し、その下には台襟が高く、クラシックな胸にフラップポケットがあるタイプのボタンダウンシャツの第一ボタンのみを外して着て、下の方は、若干のストレッチ素材が入り、セルビッチのある生地を用いた、国内大型衣料品店の細身のジーンズをわずかに折り返して穿き、靴は濃いブラウンスエードのクラークスワラビーを履き、髪型は全体的に刈上げ、その上は寝るか寝ないか程度の髪を、光沢の出る整髪料で七三気味でラフに分けていた。話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」
 
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



日本福祉大学
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ISBN978-4-263-46420-5

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