2026年3月16日月曜日

20260316 丁度10年前に作成したブログ記事を見て気が付いたこと

 人工知能の支援を受けずに、ブログ文章の作成を試みる場合、このようにして、とりあえず書き出すのが良いと思われます。また、こうした書き出しの感覚は、PCのキーボードでの文章作成と、ペンを用いて紙面に書き出すのではまた異なり、当ブログ開始当初の頃は、キーボードから始まる文章作成が困難であり、ノートに下書きを書いては、それをPCに入力して作成していた期間がしばらくありました。そのなかで、対話形式の口語体に近い文章であれば、比較的容易に作成出来ることを知り、開始からしばらくの期間は、対話形式のブログ記事が多く、それにくわえて、書籍からの引用記事なども作成して、どうにか記事数を積み上げていました。そうした期間がしばらく続きますと、手書きの下書きを用いない、直にPC入力する対話形式の文体で、ブログ記事を作成することが出来るようになっていることに気が付き、それもまた、しばらく継続していますと、今度は、対話形式の口語体ではない、一人称の独白形式での文章をPC直入力にて作成出来るようになっていました。それは、当ブログ開始から9カ月ほど経った2016年3月頃であり、実際、そのこともブログ記事として記録しているようです。つまり、当時の私はどうにかにして一人称での文章の作成をしようと、色々と試行錯誤をしており、それを続けるなかで、自分なりの一人称での文章を探り当て、そこからさらに紆余曲折を経て、何と云いますか、自分なりの文体を何とか探り当てることが出来たのではないかとも思われます。また、当ブログ開始から2、3年程度は度々「自分の文体」について言及しており、また、そのことは、未だに、自らの文体を確立したとは思っていないことから割合鮮明に憶えています。一方、聞くところによりますと、私の文体はあるとのことですが、作成している当人からしますと、未だにイマイチよく分かりません…。とはいえ、たしかに以前よりかはスムーズに文章を作成出来るようになった実感はありますので、自らの考えや思いを載せる文体は、たしかに以前と比べると、明瞭なものになったのであろうとは思います。それでも、そうした実感は皆無に近いものであり、このことは、以前に述べた当ブログの総投稿記事数が2400を超えていることに対する実感がかなり希薄であることにも通じる何かがあるのではないかとも思われます。そしてまた、今後、さらに継続しますと、自らの文体も、総投稿記事数についても、共に、より明瞭に認識することが出来るようになるのでしょうか?あるいは、継続している限り、そうした認識に至ることはなく、そしてまた、その至らないと云う不全感があることから継続することが出来ているのかもしれません。

20160316 文章が湧き出す源泉とは・・
 これまでしばらく独白形式の文体を用いてブログ記事を書いてきましたが、この場合、記事作成者、つまり私が、読んでくださっている方々に対し、直接語りかけ、問いかけるような感じになると思います。私のブログを読んでくださっている方々とは、否応無く、その殆どが不特定多数となりますので、もしも今後私が何かしら筆禍らしきことをしてしまいますと、炎上等が生じる可能性もあります(もちろん私はそれを望みませんが(笑))。そして、それは作成者である私が自身の名前、写真等を示してブログ記事を書いていることにより容易に可能となります。そして、そうしたことを多少なりとも認識してブログ記事を書いておりますと、やはり何かしら「圧力」を感じるのもまた自然ではないかと思われます・・。また、そうしたことをも勘案し、著述業に携わる多くの方々とは筆名、ペンネームを用いているのではないでしょうか?これを当ブログ記事作成者に適用してみますと、それは単なる自意識過剰であり、不必要であると思われますが、同時に、これまでの対話形式のブログ記事においてA、Bといった登場人物がおり、それらの会話という形式をとってきましたので、今後の作成するブログ記事も、その伝に倣い、A、B何れかの発言という形式にしてみようと思います。
こうしたわずかな変化によって、何かしら、今後の文章、文体に対し影響、変化は生じるのでしょうか?また、そうしたことが生じるとしても、それが自他にとって良いものであるかどうか判断することはなかなか難しいのではないでしょうか?ともあれ、ここまで記事を書いてきましたので、この記事の冒頭にA「そして最後に」を入力してみようと思います(笑)。また、ここで不図思い出したのはゲーテの言葉で「心身を蘇らす泉とは自身の内部になければ心身を蘇らすことはできない。」あるいは「自身のハートから出たコトバでなければ他者のハートを引寄せることはできない。」ですが、何故それらを思い出したのかはよく分かりません・・(笑)。とはいえ、私の場合、そういったものは自身の内部に本当に存在するのでしょうか?また、こういったものは理系、文系問わず重要なのではないかと思います。言語とは、コトバとは、文章とは一体何でしょうか・・(笑)?何れにしても、今後もその多くは拙いとは思いますが、何かしら書き続けてゆこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

ともあれ、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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