ここ数回、紀伊・和歌山での河川流域の歴史文化を題材としたブログ記事を作成してきましたが、おかげさまで、これらは思いのほかに閲覧者数が伸びました。読んでいただいた皆さま、どうもありがとうございます。
また直近では、有田川流域の歴史文化を題材とした記事を作成しましたが、こちらは、まだ書き足りないと感じる一方で、一段落ついたとも思われることから、このあたりでいったん区切りをつけ、次は日高川流域の歴史文化を主題として作成したいと考えています。とはいえ、日高川流域もまた、紀伊の他の河川と同様、興味深いトピックが多く、それらを記事に取り上げるかの取捨選択で悩んでいます…。
かつて、修士院生時代に当地域の民俗を研究していたため、手元にはいくらかの資料がありますが、他方、現在ではネット上にも興味深い資料が少なからず存在するため、それらを参照しつつ、さらにChatGPTも援用して、また新たな記事のたたき台(下書き・試案)の作成を検討しています。この手法は近年始めたばかりであり、いまだ慣れていませんが、他方で、ようやく、この手法でも記事作成に集中できるようになってきた感覚もあります。また、そこでの集中の感覚とは、本記事のような独白形式での記事作成時の集中の感覚とは異なります。
とはいえ、こうした感覚もまた双方の継続によって、いずれ融合し、より大きな集中の感覚へと至るのではないかと思われますが、さて、どうなるのでしょうか? また、こうした集中の感覚の相違とは、作成文章に含まれる知見の身体化の程度、あるいは記号接地の程度の違いに因るのではないかと考えます。
つまり、自らが即座に運用可能な知見を適宜組み合わせつつ文章を作成するのが、独白形式での作成方法といえます。一方、書籍やネット上の資料を参照しつつ、あるいは短文の切り抜きを集めながら、さらにChatGPTを援用して作成する方法では、示された文章の内容と自分の持つ知見とが噛み合わないことが多々あります。そのため、あらためて自分の知見とするために、さらに別の著作や資料を読み、確認や裏取りを行うのですが、面白いことに、この過程で新たな発見を見出すことが多いため、こちらもまた、それなりに楽しい面もありますが、さきの記号接地の観点からしますと、こちらの作成方法でのほうが乏しいと云えます。しかし、継続して経験を蓄積することにより、いずれ身体化・記号接地に至るのではないかとも感覚的には思われるところです。そして、この過程が、一面において「学び」とも称し得ると考えます。
さて、先ほどから「記号接地」という言葉をたびたび用いていますが、これは最近ようやく意味を理解して、口語でも比較的頻繁に使うようになったものです。興味深いことに、こうした言葉について、その意味を理解することにより、それまで明確に意識されず、宙ぶらりんであった問題や疑問が、オセロの勝ち筋の局面のように次々とひっくり返ることがあります。直近の例としては、この「記号接地」の概念が挙げられますが、こちらにつきましては、また後日改めて本記事に追記したいと考えています。
センスのあるなしは別として、私は幼い頃から歴史に関する本、書籍を読み続け、現在また、それに分類される著作を読んでいます。そしてまた、先日、歴史に関しての記号接地について言及したブログ記事を投稿しました。こちらの記事で『歴史とは、新たな発見などにより解釈が変わる可変的なものであるが、他方で、フィクションのなかでの事実は基本的に変わることはない。この対比を通じて、我々の歴史理解とは、身体感覚を伴う直接経験ではなく、研究の積み重ねなどによるものであり、そこから歴史理解については「記号接地」の確実性に疑問が残ると指摘し、さらに我が国では、歴史的事実よりも、それが持つ象徴性の方が重視され、歴史を因果関係の体系ではなく、文化的な「記号」として捉える傾向があることから、象徴の記号としての歴史は、新たな学術的な発見に因らずとも再解釈され続ける。』といったことを述べましたが、そうした事情から歴史を題材としたアニメ、マンガや映画や各種演劇などは、それなりの活気を呈するのですが、しかし、それらの多くは、あくまでも歴史を象徴として扱っていることが多く、時代考証などを十分に行っていないように見受けられます。そして、歴史を題材とした諸作品の国際比較を行うことにより、それぞれの国の歴史に対する姿勢や傾向を看取することが出来るのではないかと考えます。ともあれ、その視座から、我が国は、所謂、先進諸国のなかでは特殊であると云え、端的に「若く・幼い」といった感じを受けます。そして、私見となりますが、この感覚は、さきに述べた歴史理解の記号接地とも結節するのではないかと考えるのです。つまり、歴史理解の記号接地とは、どこまで行っても不確実性を伴うものであるが故に、それをフィクション化することにより、物語として消費していると思われるのです。そして、そうしたフィクションの物語が多産されることにより、不確実性はありながらも実際には過去にあった本当の歴史もまた、そのなかに埋没してしまい、そこから、歴史理解の記号接地なども、たくさんのうちの一つとして、等閑視に近くなってしまったのではないかと思われるのです。そしてまた、おそらく、実際の歴史への記号接地などを試みない状態の方が落ち着く方々の方が、現在の我が国社会では(圧倒的)多数派であると考えます。つまり、本質的に歴史には不確実性が伴うことから、その記号接地などは放棄して、そして同時に探求をも放棄してしまい、曖昧なままの歴史を曖昧なままで娯楽の一要素、背景として歴史を楽しむのが、我が国社会にて主流を成すスタンスであると考えます。しかしながら、不確実性を伴いつつも、実際の歴史を再構築していこうとする努力のなかに、仮にタイムマシンが発明されて、実際の歴史を知ることが出来るようになった場合に生じる記号接地よりも、人間の思考、そして、その後の深化や進化においては重要な何かがあるのではないかと考えます。
そうしたことを踏まえ、これまでに何度か当ブログにて述べたことではありますが、またあらためて自らの歴史に対する記号接地と思われる経験を以下に述べたいと思います。
今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

また直近では、有田川流域の歴史文化を題材とした記事を作成しましたが、こちらは、まだ書き足りないと感じる一方で、一段落ついたとも思われることから、このあたりでいったん区切りをつけ、次は日高川流域の歴史文化を主題として作成したいと考えています。とはいえ、日高川流域もまた、紀伊の他の河川と同様、興味深いトピックが多く、それらを記事に取り上げるかの取捨選択で悩んでいます…。
かつて、修士院生時代に当地域の民俗を研究していたため、手元にはいくらかの資料がありますが、他方、現在ではネット上にも興味深い資料が少なからず存在するため、それらを参照しつつ、さらにChatGPTも援用して、また新たな記事のたたき台(下書き・試案)の作成を検討しています。この手法は近年始めたばかりであり、いまだ慣れていませんが、他方で、ようやく、この手法でも記事作成に集中できるようになってきた感覚もあります。また、そこでの集中の感覚とは、本記事のような独白形式での記事作成時の集中の感覚とは異なります。
とはいえ、こうした感覚もまた双方の継続によって、いずれ融合し、より大きな集中の感覚へと至るのではないかと思われますが、さて、どうなるのでしょうか? また、こうした集中の感覚の相違とは、作成文章に含まれる知見の身体化の程度、あるいは記号接地の程度の違いに因るのではないかと考えます。
つまり、自らが即座に運用可能な知見を適宜組み合わせつつ文章を作成するのが、独白形式での作成方法といえます。一方、書籍やネット上の資料を参照しつつ、あるいは短文の切り抜きを集めながら、さらにChatGPTを援用して作成する方法では、示された文章の内容と自分の持つ知見とが噛み合わないことが多々あります。そのため、あらためて自分の知見とするために、さらに別の著作や資料を読み、確認や裏取りを行うのですが、面白いことに、この過程で新たな発見を見出すことが多いため、こちらもまた、それなりに楽しい面もありますが、さきの記号接地の観点からしますと、こちらの作成方法でのほうが乏しいと云えます。しかし、継続して経験を蓄積することにより、いずれ身体化・記号接地に至るのではないかとも感覚的には思われるところです。そして、この過程が、一面において「学び」とも称し得ると考えます。
さて、先ほどから「記号接地」という言葉をたびたび用いていますが、これは最近ようやく意味を理解して、口語でも比較的頻繁に使うようになったものです。興味深いことに、こうした言葉について、その意味を理解することにより、それまで明確に意識されず、宙ぶらりんであった問題や疑問が、オセロの勝ち筋の局面のように次々とひっくり返ることがあります。直近の例としては、この「記号接地」の概念が挙げられますが、こちらにつきましては、また後日改めて本記事に追記したいと考えています。
センスのあるなしは別として、私は幼い頃から歴史に関する本、書籍を読み続け、現在また、それに分類される著作を読んでいます。そしてまた、先日、歴史に関しての記号接地について言及したブログ記事を投稿しました。こちらの記事で『歴史とは、新たな発見などにより解釈が変わる可変的なものであるが、他方で、フィクションのなかでの事実は基本的に変わることはない。この対比を通じて、我々の歴史理解とは、身体感覚を伴う直接経験ではなく、研究の積み重ねなどによるものであり、そこから歴史理解については「記号接地」の確実性に疑問が残ると指摘し、さらに我が国では、歴史的事実よりも、それが持つ象徴性の方が重視され、歴史を因果関係の体系ではなく、文化的な「記号」として捉える傾向があることから、象徴の記号としての歴史は、新たな学術的な発見に因らずとも再解釈され続ける。』といったことを述べましたが、そうした事情から歴史を題材としたアニメ、マンガや映画や各種演劇などは、それなりの活気を呈するのですが、しかし、それらの多くは、あくまでも歴史を象徴として扱っていることが多く、時代考証などを十分に行っていないように見受けられます。そして、歴史を題材とした諸作品の国際比較を行うことにより、それぞれの国の歴史に対する姿勢や傾向を看取することが出来るのではないかと考えます。ともあれ、その視座から、我が国は、所謂、先進諸国のなかでは特殊であると云え、端的に「若く・幼い」といった感じを受けます。そして、私見となりますが、この感覚は、さきに述べた歴史理解の記号接地とも結節するのではないかと考えるのです。つまり、歴史理解の記号接地とは、どこまで行っても不確実性を伴うものであるが故に、それをフィクション化することにより、物語として消費していると思われるのです。そして、そうしたフィクションの物語が多産されることにより、不確実性はありながらも実際には過去にあった本当の歴史もまた、そのなかに埋没してしまい、そこから、歴史理解の記号接地なども、たくさんのうちの一つとして、等閑視に近くなってしまったのではないかと思われるのです。そしてまた、おそらく、実際の歴史への記号接地などを試みない状態の方が落ち着く方々の方が、現在の我が国社会では(圧倒的)多数派であると考えます。つまり、本質的に歴史には不確実性が伴うことから、その記号接地などは放棄して、そして同時に探求をも放棄してしまい、曖昧なままの歴史を曖昧なままで娯楽の一要素、背景として歴史を楽しむのが、我が国社会にて主流を成すスタンスであると考えます。しかしながら、不確実性を伴いつつも、実際の歴史を再構築していこうとする努力のなかに、仮にタイムマシンが発明されて、実際の歴史を知ることが出来るようになった場合に生じる記号接地よりも、人間の思考、そして、その後の深化や進化においては重要な何かがあるのではないかと考えます。
そうしたことを踏まえ、これまでに何度か当ブログにて述べたことではありますが、またあらためて自らの歴史に対する記号接地と思われる経験を以下に述べたいと思います。
今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
ISBN978-4-263-46420-5
*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。
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メールアドレス: clinic@tsuruki.org
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