やがて翌週になり、再び普通の大学生活がはじまったが、それらの課業にて専門基礎科目と分類されるものがあり、おそらくそれらは、歯科医療分野に直接は関与しない、医療系科目全般を指すものと思われるが、元来、人文社会科学分野あがりの私としては、そうした科目の講義は、はじめて聞く知見が多く、概ね興味を持って聞くことが出来たのではないかと思う。また、それら科目の講義を行うのは、当大学にも近いK大学医学部あるいは歯学部の若手教員か、研究畑に進もうとする同大学の院生達であった。
概して彼等は、そこまで教え方が上手いというわけではなかったが、他方で何と云うか、若く勢いのある研究者の熱気のようなものがあり、それらがあまり慣れていない講義への未熟さを補って(多少)余りがある、といった感じを受けた。また、これは以前の大学院修士課程での指導教員についても同様のことが云えるのではないかと思われる。
さて、私が在籍する口腔保健工学科にて養成する歯科技工士とは、国家資格による医療専門職ではあるものの、実際に患者さんを相手にすることは他の医療専門職と比べると少ないといえ、さらに歯科技工所などでの勤務となると、自分の作製した補綴装置を使用する患者さんに相対することはかなり稀であるとのことであった。
その点、もう一つの歯科医療分野である口腔保健学科にて養成する歯科衛生士は、歯科臨床の大きな担い手であり、いわば医療分野における看護師の役割を果たしていると云える。それだけに学科の学生数も多く、一学年で40名と、口腔保健工学科の二倍以上であった。とはいえ、それもまた看護学科に比べると半分以下であり、こちらは一学年で定員100名となっていた。
こうした学科構成からも、お分かり頂けると思われるが、口腔保健工学科は当大学で最も小規模な学科であり、その存在感もまた、あまり大きなものとは云えなかった。また、当学科の専任教員は概ね、さきのK大学の歯学部からの出向組であり、私が入学前に夜のT文館で遭遇したE先生もその類型であったと云える。
そういえば、このE先生は、元々、K市のご出身であるものの、東京の中心部にある大学に進み、そこを卒業され、1年の臨床研修期間の後、帰郷し、そしてK大学大学院に進まれたとのことであった。そのため、私としては東京の話題で盛り上がることで出来る数少ない方であり、また、E先生の方も教員ではあるものの、比較的年齢も近く、さらには私が学科で少し浮いている存在であることも知ってか知らずか、よく気さくに話しかけてきてくださった。
このE先生は私の入学と入れ違いにて大学院を修了されていることは以前にも述べたが、その後も継続的にK大学歯学部の歯科理工学教室には出入りしており、私が3年生に上がり、半年ほど経った頃、おもむろに「ウチの学科長とK大の歯科理工学教室の先生方には許可は貰っているのだけれども、今度、実験で試料を作りたいのだけれど***君、手伝ってくれるか?もし、大丈夫だったら火曜と木曜日の夜にK大の実験室と技工室で作ることになるけれども・・いや、バイト代は出ないけれども、夕食くらいはご馳走するよ・・。それと学会に入ってくれればペーパーに名前を載せてもらうよ。」とのことであった。一応、私も分野違いではあれ、そうした世界を経験していたことから「これは面白いかもしれない・・。」とすぐに思い、その申し出を受けさせて頂くことにした。ともあれ、そうなると一度、K大の歯科理工学研究室へ挨拶に行く必要があることから、E先生が日程調整をして頂き、10月初旬某日の金曜夕方に訪問することになった。また、教授に挨拶をするとのことで、大学指定の作業着である薄いブルーの白衣(日本語が少しおかしいですが・・)を持参しK大学の学内で着用することになった。(ちなみに、E先生より、この予定の伝達を聞いた時、何故だかシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」冒頭部が思い出された。)
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