私が食べ終わる頃には既にBは食べ終えており、隣で二杯目のお茶を啜っていた。そして私も食後のお茶を飲みつつ、残っていた大根の浅漬けを口直しとして齧っていると、周囲の会社が昼休憩に入ったのか、店の出入り口が慌ただしくなってきた。そこで、それぞれ会計を済ませて店から出て、再びT文館商店街の方に向かって歩きつつBは「どう、ここもTと比べて悪くないでしょ。」と訊ねてきた。すると丁度、すぐそこに以前訪問したTが見えてきた。私はそれを指さしつつ「ああ、この時間だとTの方も混んでいるようだね。まあ、それぞれ味は多少違うけれども、たしかに両方とも美味しかったよ。」と返事をし、さらに「それに、これで本来のKラーメンというものが少し分かったような気がするよ。ありがとう。」と付け加えた。
Bはそれに対して返事をしなかった。そして、アーケードの商店街をさらに少し歩いた頃「じゃあ、そこの*トールでコーヒーでも飲もうか?」と、おもむろにまた訊ねてきた。
丁度そこは、さきほど参拝したT国神社の参道沿いであり、また、交差点の向いには首都圏にもある大型書店があった。私はBの問いに頷き、店内に入ると、一階部分はあまり広くなく既に満員であった。そこで二階に上がると、こちらは奥に仕切られた喫煙可能スペースがあり、手前側の二人掛けのテーブル席が空いていたため、財布のみ取りだして荷物を置き、Bに「じゃ、買ってくるから、普通のブレンドでいい?」と訊ねると、少し間を置いて「うん、ありがとう。それでお願いします。」との返事であった。この*トールもさきの書店同様、首都圏にも多く店舗があり、先日指導教員と入ったのも、ここのチェーン店であったことが思い出された。
やがて二つのコーヒーカップが載ったトレーを階段をのぼり持って行くとBはスマホを操作していた。私の姿に気が付くと、スマホをポケットに戻して「どうもありがとう。」と座りつつも少し姿勢を正して云った。私はトレーをテーブル上に置いてから双方がコーヒーカップを取り易いように少しその位置を動かした。
寒い時期の食後のホットコーヒーは安定して美味しいものであり、そこにはあまり地域性のようなものはないことを悟った。ともあれ、そこでも学食や大学近くの喫茶店と同様、Bと進路のことや、洋服や映画のハナシをしたが、そうしているうちに周囲に座っていた他の客がこちらを少し気にしている風に感じられた。また、その後もこうしたことはこれまでに何度かあったが、おそらくそれは異なったイントネーションで話していること自体が少し気になったのだと思われる。
いつの間にか時刻は14:00過ぎとなり、また、二杯目のコーヒーも残り半分くらいになっていた。Bは何やら頃合を認識したのか「お、こんな時間だ。それじゃあ15:00少し前にここを出て16:00頃に空港に着くようにしようか。」と云い、それまでの話題であったマーティン・スコセッシ監督の映画「タクシードライバー」でベトナム帰還兵という設定の主人公トラビスが着用していたタンカース・ジャケットは、主に1940年代、第二次世界大戦時に配給された型のものだと聞いているが、映画の舞台となっている1970年代頃の軍隊でも支給されていたのか?」に戻り、結局は「あれは現行の市販用モデルに軍隊時代のワッペンを着けたのではないか?」といった結論に落ち着いた・・。
私からの影響であろうか、Bは映画を観る際、そうしたことに着目する傾向があり、また我が国の所謂アメカジファッションにおいても、そうしたアイテムが結構人気があり、レプリカなどが少なからず販売されている。そういえば、以前Wに訪問した際、兄が着用していたのもスティーブン・スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズにて主人公が着ていたレザージャケットのレプリカであった。
そのようなことを他方で考えつつなおも会話を続けていると、時刻は15:00まで残り10分程度となっていた。そこで私が「じゃあ、そろそろ行こうか?」と会話の節目に訊ねてみると、Bはスマホで時刻を確認し「そうだね。じゃあ行こうか。あ、その前にトイレ行ってくる。」と云って席を立った。私はBの背中に向かい「トレーは片付けておくから。そのままおりてきて。」と云うと後ろ向きのまま、右手を少し上げて返事をした。
やがてまた外に出てみると、寒さが少し堪えたが、ホテル駐車場に戻り、そこから空港に向けて発った。今度も市街を抜けて、海際の道を走り、そして高速道路に乗って空港に向かったが、そこでも話題は、さきと同様に映画に登場する気になる衣装についてであった。やがて周囲に緑が多くなって、そしてまた陽も少し翳ってきた頃に空港に着いた。16:00少し前であり、その後に搭乗手続きなどを行うため適当な時刻であったと云える。
Bは「じゃあ、またこっち来るがあったら連絡して、あと歯科医院に行ったらCさんとD先生によろしく伝えておいて」と自分の歯を指して云った。私は「うん、分かったよ。今回も色々どうもありがとう。また修了式で会うと思うから、その時にまた会おう。」と返事をすると「あれ、云ってなかったっけ・・。指導教員にはもうご挨拶を済ませていて、あと修了証は後日、学生課から送付してくれるようにお願いしてあるから、もしも年度内で東京に行くとすれば、Cさんに会いに行く時だろうな・・。」との返事が来た。
なるほど、たとえLCCを使ったとしても、Kから東京行くのは、色々と面倒があるため、そのようにしたのだと思われ、それに対してはあまり突っ込むことは出来なかった。ともあれ、今度は私の方がKに移り住み、そして近いうちにBと再会することが予測されるため、そこでは特に感傷のようなものはなかった。
こうしてBと空港で別れ、搭乗手続きを済ませて搭乗し、K空港を離陸した私の乗る飛行機が成田空港に到着したのは19:00頃であった。到着口から半ば屋外の鉄道駅までの連絡通路を歩いていると、既に陽も落ちているということもあってか、Kよりも強く寒さが身に沁みてきた。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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ISBN978-4-263-46420-5
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