2018年7月9日月曜日

20180709 科学とテクノロジーの結びつきについて【書籍からの抜粋引用より】・・『再現可能性』

先日以来の西日本を中心とした大雨により、未だ災害発生のおそれのある地域があるとのことです。既に被害が生じてしまった地域の速やかな復旧、そして今後発生する被害が出来る限り小さいことを祈念しております。


株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』下巻pp.70-72より抜粋引用
ISBN-10: 4309226728
ISBN-13: 978-4309226729

『何世紀もの間に、科学は数多くの新しいツールを提供してきた。死亡率や経済成長を予想するのに使われるもののような、知的作業を助けるツールもある。それ以上に重要なのがテクノロジーのツールだ。科学とテクノロジーの間に結ばれた絆は非常に強固なので、今日の人は両者を混同することが多い。私たちは科学研究がなければ新しいテクノロジーを開発するのは不可能であり、新しいテクノロジーとして結実しない研究にはほとんど意味がないと思うことが多い。
 じつは、科学とテクノロジーの関係は、ごく最近の現象だ。西暦1500年以前は、科学とテクノロジーはまったく別の領域だった。17世紀初期にベーコンが両者を結びつけたとき、それは革命的な発想だった。17世紀と18世紀にこの関係は強まったが、両者がようやく結ばれたのは19世紀になってからだった。1800年にさえ、強力な軍隊を望む支配者の大半や、事業を成功させたい経営者の大半は、物理学や生物学、経済学の研究にわざわざお金を出そうとはしなかった。
 私はなにも、例外がまったくなかったと言っているわけではない。優れた歴史学者なら、どんなものにも先例を見つけられるだろう。だが、さらに優れた歴史学者なら、そうした先例が全体像を曇らせる珍しい例であるときには、そうとわかる。一般的に言って、近代以前の支配者や事業者のほとんどは、新しいテクノロジーを開発するために森羅万象の性質についての研究に資金を出すことはなかったし、ほとんどの思想家は、自らの所見をテクノロジーを利用した装置に変えようとはしなかった。支配者は、既存の秩序を強化する目的で伝統的な知識を広めるのが使命の教育機関に出資した。
 現にあちらこちらで人々は新しいテクノロジーを開発したが、それは通常、学者が体系的な科学研究を行うのではなく、無学な職人が試行錯誤を繰り返すことで生み出したものだった。荷車の製造業者は、来る年も来る年も同じ材料を使って同じ荷車を組み立てた。年間収益の一部を取っておいて、新しい荷車のモデルを研究開発するのに回すことはなかった。荷車のデザインはときおり向上したが、それはたいてい、大学には足を踏み入れたことがなく、字さえ読めない地元の大工の創意工夫のおかげだった。
 これは民間部門ばかりでなく公的部門にも当てはまった。現代国家が、エネルギーから健康、ゴミ処理まで国家政策のほぼすべての領域で科学者の助言を仰いで解決策を提供してもらうのに対して、古代の王国はめったにそうしなかった。当時と今の違いが最も顕著なのが兵器の開発・製造だ。1961年、退任間近のドワイト・アイゼンハワー大統領が、しだいに増していく軍産複合体の力について警告を発したとき、その体制の一部を抜かしてしまった。彼は、軍事・産業・科学複合体について、アメリカの注意を促すべきだったのだ。なぜなら、今日の戦争は科学の所産だからだ。世界各国の軍隊は、人類の科学研究とテクノロジー開発のかなり大きな部分を創始し、それに資金を注ぎ込み、その方向性を決める。第一次世界大戦がいつ果てるとも知れない塹壕戦の泥沼に陥ったとき、両陣営は科学者たちの援助を仰ぎ、膠着状態を打ち破って自国を救おうとした。科学者たちはその呼びかけに応え、戦闘機や毒ガス、戦車、潜水艦、際限なく性能を上げる機関銃や大砲、小銃、爆弾など、新しい驚異の新兵器が各地の研究所から絶え間なく送り出された。』

この記述によると、おおよそ16世紀以降から科学と技術の結びつきがヨーロッパを中心としてはじまり、さらには、それが時代を経るごとに加速・進展し、帝国主義の萌芽となり、また現代国際社会の枠組み・基礎を形作るに至ったとも敷衍して述べることが出来るのかもしれません・・。

 また、そこからもう少し考えてみますと、以前読んだポール・ケネディー著『大国の興亡』も、著作内に記述されている歴史の流れが1500年代・16世紀以降から始まっていましたので、おそらく、さきの見解(おおよそ16世紀以降から科学と技術の結びつきが主にヨーロッパにてはじまった。)は、国際的な見地においても、ある程度妥当とされているのかもしれません。
 くわえて、原初的な科学と技術の結びつきの様相がフランシスコ会の修道士を通して生き生きと描かれている・活写されている著作として14世紀前半を時代背景としたウンベルト・エーコ著『薔薇の名前』が挙げられます・・。
 そのように考えてみますと、過ぎ去った時代の雰囲気・時代精神を生き生きと甦らせることが出来る、歴史の知識、そしてそれを表現することが出来る感性・文章力は、やはりなかなかスゴイものであり、私見としては、我が国では、こうしたものを本質的にあまり重要なものとは考えていない(あまりにも安易・気軽なものと考えている?)のではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

 今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

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ISBN978-4-263-46420-5


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