2024年7月20日土曜日

20240719 東京大学出版会刊 池内 恵・宇山 智彦・川島 真・小泉 悠・鈴木 一人・鶴岡 路人 ・森 聡 著「ウクライナ戦争と世界のゆくえ」pp.89‐90より抜粋

東京大学出版会刊 池内 恵・宇山 智彦・川島 真・小泉 悠・鈴木 一人・鶴岡 路人 ・森 聡 著「ウクライナ戦争と世界のゆくえ」pp.89‐90より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4130333054
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4130333054

 中国が米中対立(競争)を想定しているとは言っても、それは中国が世界を二分する体制間争いとか、二極化を求めていると言うのではない。中国は目下、アメリカの一極体制が崩れて多極化に向かっていること、また先進国が世界秩序を主導する状況が大きく変化し、先進国ではもはや世界の諸問題を処理することができないことに注目する。こうした面では、先進国対新興国、先進国対開発途上国という大きな構図を中国は描いており、その新興国、先進国対開発途上国という大きな構図を中国は描いており、その新興国、開発途上国の代表として自らを位置付ける。

 また、中国は軍事安全保障の面でアメリカを中心とする安全保障ネットワークを明確に敵視する。中国がしばしば批判する際に用いる「冷戦的」というのはアメリカの安保ネットワークを批判する時に用いられることが多い。だからこそ、中国はNATO批判についてはロシアと歩調を合わせる。ただ、軍事的にNATOを批判するからと言って、中国はEUや独仏など欧州諸国との関係は維持しようとする。ただ、その際には欧州の自立性を求め、アメリカからの影響を受けないように促すのが常である。無論、ウクライナ戦争以降、とりわけ西欧諸国がアメリカとの関係を強化しており、中国の求めるヨーロッパの「自立性」を維持するのは困難だ。だが、中国としては「多極化」を求め、アメリカへの一極集中を相対化しようとするので、EUなどはむしろ協力相手となる。ただ、中国から見てあまりにアメリカに寄りすぎている日本はオーストラリアなどと共に、そうした対象にはなっていないようだ。

 他方、中国が新興国、開発途上国の代表としてアメリカや先進国との対抗軸を意識しているからといって、また米中「対立」を将来的に想定しているからといって、中露と先進国とが、また新興国と先進国とが、かつての冷戦のような陣営を形成して対峙することは中国にとっては好ましくない。中国自身が輸出管理法などで先端議技術を守ろうとしている一方で中国経済はアメリカをはじめ西側諸国との相互依存が強く、先端技術を除けば全面的デカップリングは困難だ。また、軍事安全保障面で西側諸国から敵視されて強く牽制されることは中国にとっても相当にコストがかかることだ。

 ウクライナ戦争を通じて、「中露」が「専制主義国家」として一括りにされ、先進国との間で陣営対立的な構図が生み出されていくことは、中国にとっては避けがたいところであろう。だがそれも、決して容易なことではない。その一因は、次に述べるロシアとの「緊密な」関係だ。

5 中露関係の考え方

 前記のような2022年という年の持つ制約、また対外政策にまつわる制約、また自らの描く世界像などを所与の条件として、中国はいかにウクライナ戦争に対処しようとしたのだろう。また、その際には、そのウクライナ戦争を思い起こし、最重要パートナー国であるロシアをいかに捉えようとしたのであろうか。

 2022年2月、北京冬季オリンピックに際して、プーチン大統領は訪中した。習近平はプーチンに破格の待遇を与え、マスクなしの単独会見をしている様子を国内メディアでも示した。他の首脳との写真はマスク付きの集合写真であったからその差は歴然であった。2月4日の中露共同声明は、前述の通り、ロシアの対NATO政策、ウクライナ政策に支持を与えているように見える。

 2022年2月25日、中露首脳は電話で会談した。この時、中国側の発表によれば、プーチン大統領がウクライナ問題の歴史的敬意とロシアがウクライナ東部で採っている特別軍事行動の状況、またロシアの立場などについての説明を加え、アメリカとNATOが長期にわたってロシアの合理的な安全を無視し、何度も合意を破棄し、普段に東方へと拡大し、ロシアの戦略上のボトムラインに挑戦しているなどと述べ、さらにロシアとしてはウクライナ側とハイレベル交渉を行う用意があるともした。とされている。それに対して習近平国家主席は、「中国としてはウクライナ問題それ自体の是非曲直から自らの立場を決定したい」と述べ、冷戦的な思考ではなく、各国の合理的な安全を重視、尊重して、対話を通じてバランスの取れた、有効で、サスティナブルな欧州の安全枠組みを形成するように求めた、という。しかし、このような中国側の発表に異を唱えるように、北京のロシア大使館は2月28日、習近平国家主席の発言として、「ロシアの指導者が目下の危機的な情勢の下で採った行動を尊重する、と習近平は強調した」と述べようとした。これはロシアのウクライナ侵攻に支持を与えたようにも読める。そして3月、冒頭が紹介したように、王毅外相は中露関係について「国際的な情勢がどのように険悪になとうとも、中露双方は戦略的な実力を保持し、新時代の全面的な戦略協力パートナーシップ関係を不断に前進させていく」と述べたのであった。これを見れば、中露は極めて強い関係を持ち、それを相互に確認していると見ることもできる。