pp.145-148より抜粋
ISBN-10 : 4087607380
ISBN-13 : 978-4087607383
コミューン紛争やフォルト・ライン戦争は、人間の歴史に数かぎりない。ある調査によれば、冷戦中には32件の異民族間紛争が起きている。そのなかには、アラブ人とイスラエル人、インド人とパキスタン人、スーダンのイスラム教徒とキリスト教徒、スリランカの仏教徒とタミル人、レバノンのシーア派とマロン派などの戦争がある。1940年代から1950年代に起こった内戦のうち、アイデンティティのための戦争が約半分を占めたが、1960年代にはそれが四分の三になり、1950年代の初めから1980年代末にかけては、異民族集団がかかわる反乱の数は三倍になっている。しかし、超大国の対立が世界に広まっていたので、いくつかの特別な例外をのぞいては、これらの紛争はあまり人目をひかず、冷戦の一部としてとらえられた。冷戦が終結に近づくにつれ、コミューン紛争はそれ以前よりも注目されるようになり、これには異論もあるが、かつてよりも頻発するようになった。民族問題での紛争を「急増」させる状況が実際に生まれたのである。
これら異民族の紛争やフォルト・ライン戦争は、世界のさまざまな文明圏に同じ割合で起こっているわけではない。フォルト・ライン戦争の主要な戦闘は、旧ユーゴスラヴィアのセルビア人とクロアチア人や、スリランカの仏教徒とヒンドゥー教徒のあいだで起こり、それほど暴力的でない紛争が、他のいくつかの地域で非イスラム教徒のあいだに起こった。しかし、フォルト・ライン戦争の圧倒的多数は、ユーラシアとアフリカを三日月状に横切り、イスラム教徒と非イスラム教徒を分離する境界線にそって起こっている。世界政治のマクロ・レベル、すなわちグローバルなレベルで見れば、文明間の中心的対立は西欧とその他になるがミクロのレベルで、つまり地域レベルで見れば、イスラム教徒とその他の紛争が中心である。
激しい対立と暴力的紛争は、地域のイスラム教徒と非イスラム教徒のあいだに多発している。ボスニアでは、イスラム教徒が血なまぐさい絶望的な戦闘をセルビア人と戦い、カトリックのクロアチア人とも暴力闘争を展開している。コソボでは、アルバニアのイスラム教徒はセルビア人の支配下にあって苦しんでおり、自分たちの秘密政府をもっていて、この両集団のあいだに暴力抗争が起こる可能性は高い。アルバニアとギリシャ政府は、相手側の国の少数民族の権利について争っている。トルコとギリシャは歴史的に仲が悪い。キプロスでは、イスラム教徒のトルコ人と正教会のギリシャ人が、相接した国で敵対している。カフカ―スでは、トルコとアルメニアは長年の敵同士であり、アゼルバイジャン人とアルメニア人は、ナゴルノ=カラバフの領有権をめぐって戦っている。北カフカ―スでは、200年にわたって、チェチェン人、イングーシ人、その他のイスラム教徒がロシアからの独立を勝ちとるべく、繰り返し戦っており、1994年には血なまぐさい戦争がロシアとチェチェンのあいだで始まった。イングーシ人と正教会派のオセット人のあいだでも戦闘が起った。ヴォルガ川流域では、イスラム教徒のタタール族が過去にロシア人と戦っており、1990年代初めにロシアと妥協して、限定的な主権を勝ち取ったが、その勝利も安定したものとは言えない。
19世紀を通じて、ロシアは中央アジアのイスラム教徒にたいする支配を力ずくで徐々に広げていった。1980年代には、アフガニスタンとロシアは大きな戦争をした。ロシアが撤退すると、同じような事件がタジキスタンでも起こり、ロシア軍は現政権を援助して、イスラム教徒を主体とする反乱軍と戦っている。新疆では、ウイグル人や他のイスラム教徒集団が、中国化に反抗して戦っており旧ソ連の民族的、宗教的な同族である共和国との関係を強めている。インド亜大陸ではパキスタンとインドのあいだに三度の戦争があり、イスラム教徒の反乱軍がカシミールにたいするインドの支配権に反対し、イスラム教徒の移民がアッサムの部族民と戦闘し、イスラム教徒ろヒンドゥー教徒は、インド全土で暴力的抗争を繰り返している。しかも両方の宗教コミュニティで原理主義運動がさかんになり、これらの紛争をあおっている。バングラデシュでは、仏教徒が多数派のイスラム教徒に差別されているとして抗議し、ミャンマーではイスラム教徒が多数派の仏教徒からの差別待遇にたいして抗議している。マレーシアとインドネシアでは、イスラム教徒が再三にわたって中国人にたいする暴動を起こし、中国人が経済を牛耳っていると非難している。タイの南部では、仏教徒の政府にたいしてイスラム教徒の集団が執拗に反乱をくわだて、フィリピン南部ではイスラム教徒の反乱軍が、カトリックの国と政府からの独立を求めて戦っている。またインドネシアでは、カトリックの東ティモール人がイスラム政府の抑圧に反抗している。
中東では、パレスチナにおけるアラブ人とユダヤ人の抗争は、ユダヤ人の故国を建設する問題にさかのぼる。イスラエルとアラブ諸国のあいだでは四度戦争があり、パレスチナ人はイスラエルの統治に抵抗して戦っている。