これまで、南紀について扱った記事は比較的多く、記事文中に「南紀」という言葉が含まれる記事は100以上はあると思われます。そのため「まだ書くことがあるのか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、こうしたことは面白いもので記事を作成していますと、またどこからか、その当時の新たな記憶が想起されてくるのです。
しかし、そうした記憶は毎回の記事作成時に想起されるわけではなく少なからず、重複した記憶に基づいて作成したものもあります。とはいえ、たとえ重複した記憶に基づいていても、そこで記憶を文章化して、ある程度明瞭にしておかないと、それと関連するものとして、新たな記憶もまた想起され難くなるものと考えます。
そのために性懲りもなく、また新たにブログ記事を作成しているのですが、そのネタ探しとして、既投稿のブログ記事を読み、そこからブログ記事の題材となる新たな記憶が想起されるということも度々あります。そうしたことから、当ブログが自らの記憶の索引のような役割を果たしているとも云えます。
あるいは換言しますと、これは自らの記憶を外部化または即自的なままの記憶を対自化する作業であるとも云えます。そして、そうした行為を(どうにかであれ)9年近く継続していますと、それを行う私の内面にも何らかの変化が生じるのではないかとも思われ、また、そうした変化とは、遅々とした漸進的なものであるためなのか、かねてより関心は持っているものの、それを実感することは、以前にも述べた通り、ありません・・。
さて、話を南紀に戻しますと、私は千葉県市川市の出身ではあるのですが、転勤により南紀に赴任するまでは北海道に2年間在住して、また、それ以前は、千葉県市川市と都内とを往復する生活を送っていました。つまり、まがりなりにも首都圏文化の中で生まれ育ったと云うことは出来ます。そして、首都圏の在住の方の多くがそうであるように、首都圏の文化全般が最も優れたものであることを疑うことはありませんでした。
そうした価値観での南紀への転勤は、当初、それなりに落ち込むものでしたが、転勤しますと4月の南紀の自然の薫りが濃厚な大気の中で徐々に感覚が変化して、当地の歴史文化や自然風土などに能動的な興味を抱くようになったのですが、この興味の深化の過程においては書籍などの活字媒体が重要になると思われるのです。
つまり、ある地域に住み、当地の歴史文化や自然風土に興味を持ったとしても、当初からヒアリングなどにより知見を蓄積することは困難であり、まず最初に地域についての文脈・コンテクストを感覚的なものとして理解する必要があると考えます。そして、その際に重要であるのが、さきに述べた関連する書籍を読み、自分なりの認識や理解をある程度明晰化することです。そして、その先に、さきに述べたヒアリングなどの活動などがはじめて意味を持ち得るのだと考えます。
その点について考えてみますと、私は最初の赴任地であった北海道札幌市では、初めての社会人経験であるため余裕がなかったのか、地域の歴史文化などを扱った著作を読むことはありませんでした。ともあれ、そうした経験を2年間経て南紀白浜に転勤しますと、先ずは、その南方的とも云える横溢な自然環境に圧倒されました。当初は、以前にも述べたように、自然の薫りが濃厚な大気や雨の降り方などから「ここは本当に日本なのか?」と感じることも多々ありましたが、次第に、この南紀は、都市圏から離れいくらか鄙びてはいるものの、遺跡や古い言い伝えやそれを示す碑などが少なからずあり、またそれらは首都圏でのさまざまな史跡・遺構などとはどうも趣が異なるのです。南紀のそれらの多くからは、何といいますか、その存在から主張が感じられるのです・・。
そして、そうした主張があると思われることから関連書籍を入手しようと思うに至るわけですが、ここで私が幸運であったのは、当時、アマゾンのサービスが一般的になっていたことです。もちろん、北に隣接する田辺市には当時、比較的大きな書店がいくつかあり、しばしば書籍も購入させて頂きましたが、当時刊行されたばかりであったロバート・グレーヴスによる「この私、クラウディウス」はアマゾンを通じて購入して、合川ダムへの釣行の際に持参して、一人レンタルボートの上で釣りをしつつ読み、また読みつつ釣りをしていたことが想起されます。
また、この合川ダムへの釣行の際には、釣った魚(ブラック・バス)を記録するために、これまた当時一般化しつつあったデジカメを購入、持参していましたが、しばしば魚でなく風景なども撮影することもあり、そこで撮影した風景画像を当時定期購読していた日本版「ナショナル ジオグラフィック」誌のデジカメ写真コンテストに応募して、どうしたわけか佳作として入選しました。そして、それと同時期に還暦近くであった伯父に博士号が授与されました。その祝賀会のために帰郷しましたが、当時は、その11年後に自分が分野こそ違え、同じ学位を取得することになるとは全く考えていませんでした。
しかし同時に、漠然とながら、大学院に進学したいとは考えていましたので、何と云いますか、そうした「夢」とは、実現に向けて実際に動き出してみますと、徐々にそこに至るまでに要する経路が明瞭になってくるといった性質があるように思われます。
ともあれ、南紀についてはまだ書きたいことがありますので、また別の機会に書いてみたいと思います。
ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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