2017年12月19日火曜日

20171219 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 『サピエンス全史』上巻pp.226-228より抜粋引用

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 『サピエンス全史』上巻pp.226-228より抜粋引用
ISBN-10: 430922671X
ISBN-13: 978-4309226712
『貴金属の一定の重さが、やがて硬貨の誕生につながった。
史上初の硬貨は、アナトリア西部のリュディアの王アリュアッテスが紀元前640年ごろ造った。
それらの硬貨は、一定の重さを持つ金や銀で、識別記号が刻印されていた。記号は二つのことを保証していた。
第一に、その硬貨にはどれだけの貴金属が含まれているかを示していた。
第二に、その硬貨を発行し、中身を保証した権威を明らかにしていた。
今日使われている硬貨のほとんどは、リュディアの硬貨の子孫だ。
硬貨は二つの重要な点で、何の印もない金属塊に優る。
まず、金属塊は取引のたびに重さを量らなければならない。第二に、塊の重さを量るだけでは足りない。私が長靴の代金として支払った銀塊が、鉛を薄い銀で覆ったものではなく純銀製であることは、靴職人には知りようがない。
硬貨はこうした問題の解決を助けてくれる。
刻印された記号が厳密な価値を保証しているので、靴職人はレジの上に秤を置いておく必要はない。
さらに重要なのだが、硬貨の記号は、その硬貨の価値を保証する何らかの政治的権威の署名なのだ。

記号の形と大きさは歴史を通してはなはだ異なるが、そのメッセージはつねに同じで、「偉大なる王〇〇である予は、この金属円板がきっかり五グラムの金を含むことをじきじきに保証する。

この硬貨を偽造する者がいたら、その者は予の署名を偽造しているに等しく、それは予の名声に汚点を残すこととなる。

そのような罪を犯す者を、予は厳罰に処すであろう」というものだ。だからこそ、貨幣の偽造は他の詐欺行為よりもはるかに重大な犯罪であるとつねに見なされてきたのだ。

貨幣の偽造はたんなるごまかしではなく、君主の支配権の侵害であり、王の権力と特権と人格に盾突く行為なのだ。

法律用語では「大逆罪」で、通常、罰として拷問され、死刑に処せられた。
人々は、王の権力と誠実さを信じているかぎり、王の貨幣も信頼した。見ず知らずの人どうしも、ローマのデナリウス銀貨の価値については、何の疑問もなく同意できた。それは彼らがローマ皇帝の権力と誠実さを信頼していたからで、皇帝の名前と肖像がこの銀貨を飾っていた。

そして、皇帝の権力は逆に、デナリウス銀貨にかかっていた。硬貨なしでローマ帝国を維持するとしたら、それがどれほど困難だったか創造してほしい。

もし皇帝が大麦と小麦で税を集め、給料を支払わなければならなかったとしたら、どうだろう。

シリアで税として大麦を集め、ローマの中央金庫に運び。
さらにイギリスに持っていって、そこに派遣している軍団に給料として支払うのは、不可能だっただろう。

ローマの町の住民が金貨の価値を信頼していても、従属民たちがその信頼を退け、代わりにタカラガイの貝殻や、象牙の珠、布などの価値を信頼していた場合も、帝国を維持するのは、同じくらい難しかっただろう。』


夏目漱石著「三四郎」岩波書店刊PP.169-170より抜粋

『広田さんは髭の下から歯を出して笑った。割合に綺麗な歯を持っている。三四郎はその時急になつかしい気持がした。けれどもそのなつかしさは美禰子を離れている。野々宮を離れている。三四郎眼前の利害には超越したなつかしさであった。三四郎はこれで、野々宮などの事を聞くのが恥ずかしい気がし出して、質問をやめてしまった。すると広田先生がまた話し出した。―

「お母さんのいう事はなるべく聞いて上げるがよい。近頃の青年は我々時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない。我々の書生をしている頃には、する事為す事一として他を離れた事はなかった。凡てが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった。それをひと口にいうと教育を受けるものが悉く偽善家であった。その偽善が社会の変化で、とうとう張り出せなくなった結果、漸々自己本位を思想行為の上に輸入すると、今度は我意識が非常に発展してしまった。昔しの偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある。―君、露悪家という言葉を聞いた事がありますか」

「いいえ」

「今僕が即席に作った言葉だ。君もその露悪家の一人―だかどうだか、まあ多分そうだろう。与次郎の如きに至るとその最たるものだ。
あの君の知ってる里見という女があるでしょう。あれも一種の露悪家で、それから野々宮の妹ね。あれもまた、あれなりに露悪家だから面白い。
昔は殿様と親父だけが露悪家で済んでいたが、今日では各々同等の権利で露悪家になりたがる。尤も悪い事でも何でもない。臭いものの蓋を除れば肥桶で、美事な形式を剥ぐと大抵は露悪になるのは知れ切っている。形式だけ美事だって面倒なばかりだから、みんな節約して木地だけで用を足している。甚だ痛快である。天醜爛漫(てんしゅうらんまん)としている。ところがこの爛漫が度を越すと、露悪家同志がお互いに不便を感じて来る。その不便が段々高じて極端に達した時利他主義がまた復活する。それがまた形式に流れて腐敗するとまた利己主義に帰参する。つまり際限はない。我々はそういう風にして暮らして行くものと思えば差し支えない。そうして行くうちに進歩する。
英国を見給え。この両主義が昔からうまく平衡が取れている。だから動かない。だから進歩しない。イブセンも出なければニイチェも出ない。気の毒なものだ。自分だけは得意のようだが、傍から見れば堅くなって、化石しかかっている。・・』
三四郎 (岩波文庫)
ISBN-10: 4003101065
ISBN-13: 978-4003101063



Natsume-Soseki 1908-9 Sanshiro translated by Jay-Rubin 
Penguin classics pp.130-131 
 
『Hirota’s teeth appeared below his mustache in a broad smile. They were rather nice teeth. Sanshiro suddenly felt very close to Hirota. The feeling had nothing to do with Mineko, nothing to do with Nonomiya. It was a closeness that transcended any immediate advantage to him and made him ashamed to go on asking these questions.

‘‘ You ought listen to your mother, ’’ professor Hirota began. ‘‘ Young men nowadays are too self-aware, their egos are too strong-unlike the young men of my own day. When I was a student, there wasn’t a thing we did that was unrelated to others. It was all for the Emperor, or parents, or the country, or society. Everything was other-centered, which means that all educated men were hypocrites.
When society changed, hypocrisy stopped working, as a result of which we started importing self-centeredness into thought and action, and egoism, now all we have are hyper villains. Have you ever heard the word ‘hyper villains’ before?’’

‘‘No, I haven’t.’’

‘‘That’s because I just made it up. Even you are-maybe not-yes, you probably are a hyper villain. Yojiro, of course, is an extreme example. And you know Satomi Mineko. She’s a kind of hyper villain. Then there’s Nonomiya’s sister, an interesting variation in her own way.
The only hyper villains we needed in the old days were feudal lords and fathers. Now, with equal rights, everybody wants to be one. Not that it’s a bad thing, of course. We all-take the lid off something that stinks and you find a manure bucket. Tear away the pretty formalities and the bad is out in the open. Formalities are just a bother, so everyone economizes and makes do with the plain stuff. It’s actually quite exhilarating-natural ugliness in all its glory.
Of course, when there’s too much glory, the hyper villains get a little annoyed with each other. When their discomfort reaches a peak, altruism is resurrected. And when that becomes a mere formality and turns sour, egoism comes back. And so on, ad infinitum.
That’s how we go on living, you might say. That’s how we progress. Look at England. Egoism and altruism have been in perfect balance there for centuries. That’s why she doesn’t move. That’s why she doesn’t progress.
The English are pitiful lot-they have no Ibsen, no Nietzsche. They’re all puffed up like that, but look at them the outside and you can see them hardening, turning into fossils.  』

Sanshiro (Penguin Classics)

ISBN-10: 0140455620
ISBN-13: 978-0140455625


夏目漱石 現代日本の開化1~5 






Yukio Mishima Speaking In English