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2026年1月19日月曜日

20260119 東浩紀による新著『平和と愚かさ』を読んで思ったこと

東浩紀氏による新著「平和と愚かさ」で述べられる「平和」とは、昨今の不安定な世界情勢の中で多く論じられるような、正義の完遂や政治的安定といった観念的な地平を指すものではなく、むしろそれは、政治や戦争について考えを巡らせる必要性すらない、いわゆる「平和ボケ」の中に安住し得る状態を指していると云えます。

昨今の我が国において「平和ボケ」という言葉は、危機意識の欠如を意味する否定的な文脈で用いられることが多いと云えます。しかし東氏は、本著においてこの状態に積極的な価値を見出し、メタ的に「思考しなくても良い自由」という核心を突こうとしているように思われます。

また、本著のもう一つの鍵となる「愚かさ」も、単に知的能力の不足や欠如を意味すると云ったものではありません。ここで東氏が指摘しているのは、正義や平和をめぐる思考が明晰化され、論理の連環が強固になればなるほど、かえって対立は先鋭化し、戦争という「合理的解決」へと収束してしまうのではないかという、逆説的なジレンマです。

たとえば「戦争を止めるべきだ」という主張が正論であったとしても、それを論理的に徹底し、あらゆる反論を封殺しようとすれば、最終的には「敵を殲滅する以外に平和への道はない」といった極端な帰結を招きかねません。つまり、論理性とは往々にして、我々を逃げ場のない闘争へと追い込む、チキンレースのような側面を持っているのだと云えます。

それを踏まえますと、本著で説かれている「愚かさ」とは、こうした論理性の否応のない進展を意識的に抑制しようとする態度であり、事実と論理性のみで全てを判断しようとする現代的な知的態度に対して、敢えて「考えないで済む領域」の重要性を説いているのだと理解することが出来ます。

また、平和や正義を強く論理化しようとする行為態度は、現代社会における「効率性(コストパフォーマンス)」の追求とも不可分であると云えます。効率を最大化し、無駄を徹底的に削ぎ落とした先にあるのは、数値化はし得ないものの充実した生の営みや、曖昧な情緒性の排除です。そして戦争もまた、究極的には政治的なコスト計算の帰結として選択される「解決策」という側面を持っています。もし我々が、あらゆる事象を論理性と効率性のみで判断しようとするのであれば、どこかで「究極的な破壊」が合理的な選択肢となる危険性を否定することは出来ません。

こうした視座から、本著での東氏の見解は、その手前で踏み止まり、言語化し得ない日常の喜びを享受出来る「余白」を維持することの重要性に集約されていると云えます。それは、効率化一辺倒の現代文明に対する、極めて根源的な批判でもあります。

さらにこの見解は、社会における「無用の用」の再評価とも評し得ます。我々が常に政治や平和について考える必要がなく、むしろ、それらの思考から解放され「考えないで済む領域」が確保されていること自体が、その社会の平和の程度を測る一つの指標となるのです。

もっとも、東氏は「考えないで済む状態」を無条件に称揚しているわけではありません。為政者や考える必要性のある方々が思考を放棄してしまえば、社会の秩序は容易に崩壊します。その意味で、東氏の議論は単純な非武装論や、政治的無関心の免罪符とは一線を画しています。本著で述べられる「愚かさ」とは、単に思考を止めることではなく、思考そのものが孕む「暴力性」を自覚し、それを出来るだけ自然に抑制しようとする態度であると解釈するのが妥当でしょう。

加えて、本著の重要な洞察の一つは、「平和」と「反戦」の峻別にあります。東氏の定義によれば、「反戦」とは戦争に対抗する能動的な政治行為であり、そこには常に「敵」や「対立」の構造が伴います。これに対して「平和」とは、そもそも戦争という概念が意識の遡上にすら上らない、忘却された状態を指します。

ここから「平和は思考不可能であり、記述不可能である」という逆説が導かれます。「私たちは今、平和だ」と言語化した瞬間、その平和は他者との比較や訂正可能性に晒され、政治的議論の客体へと変質してしまいます。平和とは、幸福と同様、語ろうとした瞬間に手の中から零れ落ちていく性質のものなのです。

『平和と愚かさ』は、読者に対して明快な結論や指針を提示する種類の著作ではありません。紀行文を思わせる比較的柔らかなその文体は、読者に思考の速度を落とさせ、読んだ文章の内容を自らのペースで咀嚼・反芻する時間を与えてくれます。

スピードと効率性が求められ、SNS等で「レスバ」や「論破」の応酬が繰り広げられる、末世とも見える現代社会において、東氏の「読み手に委ねる」という態度そのものが、ある種の洗練された思想的実践であるようにも感じられました。

平和を声高に主張することにより、却って平和を壊してしまう我々自身の「思考の型」を自覚し、正義を掲げる熱によって、私たちはあまりにも多くの「日常にある余白」を焼き払ってきたのではないでしょうか?失われてしまった、そうした場所を示し、今なお過熱し続ける世界に水を差すことこそが、本著の持つ大きな価値であると思われました。

そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

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2025年12月16日火曜日

20251215 師匠の講演前夜での予演および駄弁りと、当ブログの備忘録的性質について

 昨日投稿の記事は、これまでブログ記事作成を休止していた反動によるものであるのか、比較的一気呵成に作成することが出来たと云えます。また、ブログ休止中であっても、記事のネタになりそうな現実の出来事はそれなりにありますので、それらについても忘れないように、何処かに書き記しておく必要があると思われます。しかし現在、ブログを休止していますと、当ブログ副題で述べた通りの「主に面白いと思った記述、考えたことを記します。自身の備忘録的な目的もあります。」という一文が、実際にそのままの意味であったことに、改めて気が付かされます。

 つまり、さきのような現実の出来事を、ある程度抽象化して文章にすること自体が、その出来事を忘れないための手段であったことに、今さらながら思い至るのです。

 さて、ここまで文章を作成していて思い出された記憶は、去る12月6日(土)に関与させて頂いた学会に関するものです。こちらの学会は比較的新しい歯科医学分野の学会であり、その学術大会は、今回で第11回目を迎えます。そして、この学術大会では、以前より、歯科理工学分野の師匠を教育講演講師としてお呼び頂いていますが、今回も師匠は新たにネタを仕込み、スライドを作成され、講演前日の夕方には会場近くのホテルに入られていました。
 
 そしてその日、学術大会の用務を終えた私と、診療を終えた都内で開業されている門下の先生(私の兄弟子にあたります)を呼び出し、宿泊先のホテルで、作成したスライドを予演のように我々に聞かせるのです。その後、我々の意見を聞き、それが議論を通じて妥当であると判断されますと、スライドに加筆修正をしたり、画像データを差し替えたりされます。そうした様子を見ていますと、師匠は既に70歳をとうに過ぎているにもかかわらず、他者からの見解を度々求め、ご自身の作成スライドに躊躇なく手を加えることが出来ることに毎回のように感心させられます。

 実際、そのことを師匠に尋ねてみますと、概ね次のように返答されました。

「最近はだいぶ普及してきた云うてもやな、まだまだジルコニアは分かってへんことも多いんや。それでな、一番アカンのは、よう分からンままに、科学的な根拠もない憶測みたいなンが、業界やら学会やらに、割と広う出回ってしもてることや…。
せやからな、この学会で教育講演やらせてもらえるンは、ワシにとってはホンマに有難い機会なんや。
それでや、お前らみたいに気ぃ使わんでエエ連中に、いっぺん作ってきたスライドの内容を聞かせて、その反応を見てな、これはイケる、これはアカン、云うてもろて、それをまたスライドに落とし込む。まあ、そういう作業がな、ワシにとっては結構大事なンや。」

さらに、体力や学会などでの立ち振る舞いについては、次のようにも述べられていました。

「ワシもな、前に比べたら、体力は確実に落ちてきとる。せやけどな、まだ60分や90分くらいの講義や講演やったらイケる。ただな、元の体力が落ちとる分、余計なとこで消耗したくないンや。

学会のパーティ云うたら、エライ先生もようけ来てはるやろ。それに、よう知らん先生にも、それなりに気ぃ使わなアカン。

そんなンするくらいやったらやな、お前らみたいに、気ぃ使わんでエエ連中相手に、いろいろ喋っとる方が、よっぽど楽やし、その分、講演の方にも気持ちがちゃんと向くんや。」

この師匠のスタンスは以前と変わらないものであると云えますが、学会発表であれ、講義や招待講演や教育講演であれ、自らの知見に基づき、科学的に妥当と考えられる見解を、出来るだけ分り易く伝えようとする、その一貫した行為態度には、私自身も多少なりとも学ぶところがあったのではないかとも思われます。あるいは、それが少しでも根付いたからこそ、当ブログは、なんとか10年以上継続することが出来たのではないかとも思われます。

ちなみにこの時、最近刊行された歯科専門雑誌に掲載された師匠の執筆記事について、「お前、読めえ!」と云われ、続いて同席していた先輩からも「俺の記事も読めえ!」と云われました。そこで私は、「分かりました。次の休みに水道橋のシエン社に行って、立ち読みして、面白そうでしたら購入します」と返事をさせて頂きました。そして、去る11日(木)の休日に御茶ノ水駅で下車し、駿河台を下って靖国通りに出て、神保町の古本屋街沿いを九段下方面へ少し歩き、神保町交差点で右折して白山通り沿いに水道橋方面へ進み、JR水道橋駅の高架を過ぎて後楽園方面への交差点を渡る手前で左折すると、マクドナルドやココイチを過ぎた辺りの左手に、歯科系書籍の専門店として界隈では知られているシエン社があります。

そこで、他の歯科系雑誌や書籍をしばし立ち読みした後、件の雑誌を手に取り読んでみますと、やはり面白いと思われましたので、購入させて頂きました。また、購入時に領収書の作成をお願いしたところ、そこからシエン社さまの相談役の方と多少話が盛り上がってしまいましたが、ともあれ、師匠から勧められた書籍は購入し、その後拝読させて頂きました。内容は、師匠が常々述べられている世界規模での歯科医療の様相や、その推移が、材料学あるいは工学的見地から述べられており、特に業界に関与される方々は、興味深く読むことが出来るのものと考えます。

また、ここまで文章を作成していて、さらに思い出されたことがあります。それは、過日、国際関係論や公衆衛生、医療政策分野などに造詣が深い別の先生から、電話口にて自著を勧めて頂いたことです。後日、こちらの著作も購入して拝読させて頂きましたが、これもまた大変興味深い内容が述べられており、いずれ改めて引用記事を作成させて頂く予定です。

このように、ブログ記事のネタとなりそうな現実の出来事は、それなりに生じています。しかし、いざそれらを記述しようとしますと、どうも、この文章のように、何やらゴタゴタした文章になってしまうようです…(苦笑)。後日、改めて加筆修正を行うことになると思われますが、とりあえず、今回はこの辺で区切らせて頂きます。

そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。


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2025年12月15日月曜日

20251214 2400記事への到達後に思ったこと:1万時間の法則から

去る11月にブログ総投稿記事数が目標としていた2400記事に到達し、そこから自作文章での新たなブログ記事はあまり作成しておらず、また、引用記事はいくつか作成しましたが、それらは10記事もありません。他方、文章を作成する機会はコンスタントにあるため作成していますが、当ブログが目標に到達して一旦休止となったためであるのか、その文章作成も以前ほど身が入らなくなってきた感じが少しあります。しかし、それは恒常的な変化ではなく、またしばらく休止期間を設けることにより、以前よりも、より充実して上達した文章作成が出来るようになるのではないかと思われます。この休止期間の中にあっても、人工知能に頼らずに、時々はこうして文章を作成することは、それなりに重要であると思われるため、こうして新たな記事作成を試みています。また、作成を始めてから、ここに至るまで比較的スムーズに出来たことは、自分としては安心を感じますが、一方で、さらに投稿の頻度を上げた方が良いのではないかと危惧する部分もあります。とはいえ、新規での記事作成を行わないことによって生じる、こびり付くような不快感は、過日の2400記事到達により、ありません。そして、このことが到達前後で最も大きく変わったことであると思われます。

また、そのように考えてみますと、当ブログはもう終えて閉じるべきであるのかとも思われるところですが、それと同時に2500記事程度までは、そこまで大きく苦労をすることなく到達出来るようにも思われるのです。それ故、休息期間は今しばらく継続して、具体的には来年の3月末頃までは基本的に休止し、その間も時々は文章の作成自体を忘れないように、このように新規での作成を心掛けたいと考えています。

そういえば、このブログ記事作成の休止期間に、どうしたわけか「1万時間の法則」という言葉を耳にする機会が何度かありました。そこで、その意味をネット検索で調べてみますと、これは単純に「時間を積み重ねれば熟達する」という意味ではないことが分かりました。むしろ、意味のある練習を長期にわたり継続することで技能や思考が一定の水準に達する、という趣旨での経験則であり、「1万時間」という数字も多分に象徴的な値に過ぎません。それよりも、その本質は、長期的な継続を通してしか得られない変化があるという点にあり、これは多くの領域に通底する考え方であるように思われました。

また、当ブログについて考えてみますと、その価値は論文のように投稿先雑誌毎の評価指標により数値化されるわけでもなく、スポーツのように点数や審査員による判断があるわけでもありません。そのため、特定の記事やブログ全体の意味を、どのように位置づければよいのか分からず、曖昧な不安を覚えることもあります。その点で、この「1万時間の法則」は、明確な指標を持たない営みの価値を測るための、ひとつの座標軸になるのではないかと思われました。

とはいえ、文章表現の熟達は「書けば書くほど上達する」といった直線的なものではなく、むしろ長く継続するほどに、自らの未熟さや無知に気付いてしまうといった側面があります。さらに、ある程度継続しますと、ブログ記事の作成といった行為自体の意味を問い直したくなる時期も訪れます。やがて継続の理由も、技術向上や成果の可視化といった外的指標では測定され得ず、むしろ「文章の作成を通して思考が組み換えられ、世界の見え方がわずかに変わっていく」内的な効果に重点が移っていくのではないかと思われるのです。

近現代史や国際関係論や考古学、古代史あるいは民俗学といった分野に触れるたびに、それらは思考の層となり、徐々にこれまでとは異なった景色へと導いてくれます。そして、文章の作成とは、単に知識を扱う技術ではなく、世界を認知する方法そのものを再構築する営みであると云えるのかもしれません。その過程で、これまで所与・自明であった前提や価値観が次第に揺さぶられ、やがて自らの思考そのものが、いつの間にか変化していることに気付かされます…。

長期的に取り組むほど、継続は「上達のため」だけではなく「対象への理解を深めるため」に行われるようになります。文章化することは、対象の構造を理解するための方法であり、思考を透明化する媒体でもあると云えます。文章化することにより曖昧であった概念が言語としての輪郭を持ち、推敲を通じ、さらに明晰化されます。そして、こうした循環を何度も反復することで、意識の奥に沈んでいた思考が徐々に結晶化していくのではないかと考えます。

そして、この視座から「1万時間」を見直してみますと、それは単に熟達の到達点を示す数字ではなく、「ある程度の継続期間が思考をどのように変化させるか」を示す象徴とも見えてきます。長期にわたる継続的活動は、自覚され得る成長を直線的に保証するものではありませんが、同時にそれは、さまざまな質の時間を含み込みつつ、緩徐的に認知の構造を変化させます。それ故、成長を実感できない時期も、不意に新たな、そして明晰な視野が開ける瞬間も、同じ時間の連続線上に位置付けられるものと云えます。時間が精神に及ぼす作用とは、多くの場合、そのように複雑で非線形なものであると云えるでしょう。

ともあれ、そうしたことから、対象が変わらなくても、ある程度の期間をかけて向き合えば、その対象の見方や理解の仕方は変わっていきます。その意味で、文章の作成とは、その過程において認知の癖や偏りに気付き、それを調整する手掛かりが示され、内面での調和を取り戻す行為でもあるとも云えます。そして、その継続とは、こうした自己の再編成が緩やかに進行することであり、あるいはむしろ「1万時間」という区切りを越えてから、より本質的な変化が生じるのかもしれません…。

そうしますと、重要であるのは「1万時間」という数字そのものではなく、その継続した時間の中で何が変わり、何が見えるようになり、世界との関係がどのように変化したかということであると云えます。そこから、文章の作成とは、自らが世界に触れるための営みであり、そして、時間をかけて、その精度を研ぎ澄ませることが、世界に触れ、自らの考えを整える営みと云えるのではないかと思われます。

そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
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2025年11月25日火曜日

20251124 毎日新聞出版刊 黒川 清著「考えよ、問いかけよ「出る杭人材」が日本を変える」 pp.116-120より抜粋

毎日新聞出版刊 黒川 清著「考えよ、問いかけよ「出る杭人材」が日本を変える」
pp.116-120より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4620327557
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4620327556

 私が折に触れ読み返している本に、「ベルツの日記」があります。
 この本の中には、お雇い外国人学者として明治9(1876)年から26年間、東京医学校(現・東京大学医学部)で教鞭をとり「日本の近代医学の父」ともいわれたドイツ人医師エルウィン・ベルツが、日本在留25周年記念の祝賀会で来賓と学生を前にして行った次のような演説が収められています。
「わたしの見るところでは、西洋の科学の起源と本質に関して日本では、しばしば間違った見解が行われているように思われるのであります。人々はこの科学を、年にこれこれだけの仕事をする機械であり、どこか他の場所へたやすく運んで、そこで仕事をさすことのできる機械であると考えています。これは誤りです。西洋の科学の世界は決して機械ではなく、一つの有機体でありまして、その成長には他のすべての有機体と同様に一定の気候、一定の大気が必要なのであります。」
「西洋各国は諸君に教師を送ったのでありますが、(中略)かれらは科学の樹を育てる人たるべきであり、またそうなろうと思っていたのに、かれらは科学の果実を切り売りする人として取り扱われたのでした。かれらは種をまき、その種から日本で科学の樹がひとりでに生えて大きくなれるようにしたのであって、その樹たるや、正しく育てられた場合、絶えず、新しい、しかもますます美しい実を結ぶものであるにもかかわらず、日本では今の科学の「成果」のみをかれらから受取ろうとしたのであります。この最新の成果かれらから引き継ぐことで満足し、この成果をもたらした精神を学ぼうとはしないのです。」エルウィン・ベルツ著トク・ベルツ編、菅沼竜太郎訳「ベルツの日記 上巻」岩波文庫、1979年)
 ベルツ先生の「(日本では科学の成果を)引継ぐだけで満足し、この成果をもたらした(科学の)精神を学ぼうとはしない」というこの苦言を、私はたびたび噛みしめています。それは、ベルツ先生がこの言葉を述べた当時から現在まで、日本のこの「病巣」が何の治療も施されないまま放置され、存在し続けているからです。
 明治維新後、それまで西欧から大きく遅れていた日本は、西欧の技術と工業を急いで導入し、生活レベルと軍事力で世界に追いつくために国家をあげて取り組みました。ベルツ先生が嘆いたように、日本は科学の真髄を学び、そこから学問として発展させる余裕も考えもなく、ただひたすら科学技術の成果を追い求めたのでしょう。
 そして、日本人の創意工夫のセンスと、何事にも勤勉に取り組む国民性が、急速な近代化の波に乗って後発国の成功物語を築き、ついには太平洋戦争へとつながっていきました。戦後はスクラップになった国をゼロから立ち上げ、外国の技術導入に取り組み、生来の勤勉さを発揮して高度経済成長を実現しました。
 しかし、こうした日本の成功と失敗の体験は、科学技術を国家観の中に取り込み、政策理念としての基礎を築くことには寄与しませんでした。ベルツ先生のいた明治からずっと、日本は科学の果実だけを追い求めるような国家なのです。
 日本は毎年のようにノーベル賞受賞者を輩出していますが、これは科学投資と研究理念の基盤固めが功を奏したわけではなく、個人的な能力が発揮された結果といえるでしょう。私には、日本人のノーベル賞が国家として科学技術創造立国を築き上げてきた成果の賜物という見方はできません。どちらかといえば、本流ではない方々が受賞しているように思います。
 私達の社会では、教育現場が依然として「理系・文系」と色分けされ、偏差値だけで大学進学の行方を決め、ひいては人生そのものを大きく左右する仕組みをつくってしまいました。
 国民もこれを受け入れたため、長きにわたって高等教育と研究の現場はタテ型に固定されてしまいました。その結果、この仕組みを打破してグローバル時代に適応した社会に再構築することを困難にしています。
 この日本的な「成功物語」で築き上げた科学の伝統を打破し、ベルツ先生が苦言を呈した状況から脱却するための方策を、私はここまでにいくつか提案してきました。
 最後に、「科学リテラシーのある政治家を多数、国会に送らねばならない」とも私は考えています。そして、政党の政策立案の段階から科学技術創造立国を構築する理念を盛り込み、国家の中枢に「ハコもの」ではない真の科学政策司令塔と、それを支える組織を確立するのです。
 「科学リテラシーを持つ政治家」といっても、いわゆる理系教育を受けてきた人を指すわけではありません。理系の人間が文学や芸能に才気を発揮することもあるように、文系の人間でも科学技術への興味とセンスを持っている人は必ずいるはずです。まずは、そうした人材の掘り起こしが急務なのではないでしょうか。

2025年11月5日水曜日

20251104 黎明期の試作機である私について

 当記事を含めて、残り2記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、以前にも当ブログで述べたことがありますが、私は2007年に修士(経済学)を取得後、歯科技工専門学校に入学し、歯科技工士としての専門教育を受け、2009年に歯科技工士免許を取得して、歯科生体材料学を専攻分野として大学院博士課程に進学、2013年に博士(歯学)を取得しました。

 現在では、国内に4年制の歯科技工士養成課程を有する大学が2つあり、広島大学が2005年、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)が2011年に、それぞれ設置されています。それ故、私が博士号を取得した2013年当時、仮に最初の学士課程の入学生が順調に進学されていたとしても、博士課程3年目にあたる段階であり、修了には至っていなかったと見込まれます。つまり、その時点で修士課程を経て課程博士を修了した歯科技工士の事例はほとんど存在せず、私の修了は、ごく初期、あるいは日本初であった可能性もあると考えています。

 キャリアパスが整備される以前に、異分野の修士課程を経て、歯科技工士として進学が妥当と云える歯学分野の博士課程に進み、どうにか修了にまで至ったことは、巨視的に見れば、我が国の歯科技工士教育と歯学分野の学術研究とを結節する、ごく初期の試みであったと云えます。

 現在では、4年制大学での課程を卒業された歯科技工士の方々が、大学院修士課程、さらに博士課程へと進学する事例も聞かれます。そうした整備された道を歩まれてきた方々と比べますと、私などはまるで、黎明期の試作機、あるいは不格好な多砲塔戦車のような存在と云えるかもしれません(苦笑)。しかし、そうした時期であったからこそ、特有の創意や自由闊達さもまたあったのではないかと思われます。

 とはいえ、その過程には以前にも述べました通り、さまざまな困難があり、決して順風満帆なものではありませんでした。そうしたなか、2012年、教授(師匠)も准教授の先生もおられない状況で、担当させていただいた鋳造および鑞付けの歯科理工学実習では、研究室の先生方からご許可を頂き、人文的な話題を随所に交えながら実習を進めることができましたが、これは余程、自分の性質に合致していたのか「それまでの人生がこのためにあったのだ!」と感じられるほどの経験であり、それだけに、今なお強く記憶に残っています。

 それでも、学位取得後の道のりもまた、決して平坦なものではなく、まさに紆余曲折を経るものでした。黎明期の人間として、その不完全さなどネガティブな面全てを含めて、まあ自分らしい経路であったのではないかと思われるところですが、今後は、これまで培った経験を活かしつつ、若い世代の医療専門職の方々が、より自然に人文書に興味を持ったり、臨床と研究とを往還出来るような環境の整備に微力ながら関わりたいと考えています。

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2025年9月30日火曜日

20250929 我が国での包摂的制度の一つの具体像について

 1939(昭和14)年、米国の科学者・教育家であったアブラハム・フレクスナーは「役に立たない知識の有用性」(The Usefulness of Useless Knowledge)という論考を発表しました。同年9月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発し、全体主義の国々では、学問や文化、科学技術に対しての支配を強化していた時代に、彼はあえて「役に立たないもの」にこそ価値があると主張しました。それは単なる逆説的な挑発ではなく、人類の文明の存続を左右する普遍的な問題提起であったと考えます。

 この論考でフレクスナーが強調したことは、科学技術や芸術などでの創造は「役に立とう」という意図からではなく、純粋な好奇心から生まれるという事実です。19世紀に電磁波の存在を理論化したマクスウェルも、それを実証したヘルツも、そこからラジオや無線通信が生まれることを予想してはいませんでした。ファラデーの電磁気の研究もまた、社会的な応用を意図したものではありません。しかし、こうした一見「無駄」に見える営みこそが、後に人類の生活を一変させる発明や発見を生んできたのです。

 この視点を我が国の近代化と重ねてみますと、夏目漱石の「現代日本の開化」が想起されます。漱石は、明治日本の文明開化が外発的・皮相的なものであり、精神の成熟を欠いていると指摘しました。とはいえ、欧米列強に追いつくため急速に制度や技術を導入する必要があったことは事実です。しかし、その過程で「一見役に立たないもの」への寛容さが失われてしまいました。そして、漱石によるこの指摘は、明治期にとどまらず、現在に至るまで続き、近年の「コスパ・タイパ重視志向」とも連続していると云えます。

 加藤周一もまたその著作『日本人とは何か』において、同様の問題を指摘しています。明治政府は富国強兵を至上の目標に定め、官立大学を設けて、役人や技術者の効率的な養成を試みました。こうして知識人全般は、国家目的のために徹底して動員されて、文学や芸術や思想といった「役に立たなそうな領域」には目を向ける余裕を持ち得ませんでした。加藤はその象徴として、世界最大の戦艦(大和)を建造しながら、国民のための乗用車を量産できなかった我が国の工業環境を挙げています。そして、そこから「コスパ重視」志向によって知の多様性が省みられていなかった様子が理解出来ます。

 さらに加藤は、我が国の知識人の多くが自国文化への関心を失い、輸入文化の愛好に偏ってしまった結果、文化全般の歴史的厚みが乏しくなったと指摘しました。当然ながら、輸入した文化とは、我が国の土着文化との親和性が低く、そこからは、厚みのある文化芸術を育てることは困難であり、そのため、明治の文明開化から太平洋戦争の敗戦に至るまでと、戦後から今日に至るまで続いている思想・文学・芸術的な貧困があると加藤は指摘します。そしてこれは、漱石が「現代日本の開化」で批判した「外発的開化」とも通底するものがあると云えます。

 2024年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者ダロン・アセモグルは、政治学者ジェイムズ・ロビンソンと共著した『国家はなぜ衰退するのか』(Why Nations Fail, 2012)において、国家の命運を分けるのは制度の性質であると述べました。つまり、自由で多様な参加を保障する「包摂的制度」を持つ社会は長期的に繁栄しますが、「コスパ重視志向」のもとで利益や成果が一部に集中して、創造性を抑圧する「収奪的制度」に傾いた社会は、必ず衰退するということです。そこから、冒頭のフレクスナーが主張した「役に立たない知識の有用性」は、まさに包摂的制度における文化・学術的なものの価値とも通底するものがあると云えます。

 現代の我が国においては「コスパ重視志向」は、教育や研究の評価などにも浸透して、短期間で成果が見えるものが優先される一方で、基礎研究や人文学のような「すぐには役立たない営み」が軽視されがちです。その結果、長期的な発展可能性が閉ざされ、「失われた30年」と呼ばれる停滞の中で「衰退のスパイラル」に陥っているのではないかと考えます。

 しかしながら、我が国の文化にはまた別の側面もあります。それは、俳句や茶道のように、一見「無駄」に見えるものを尊ぶ伝統です。これらの文化は、実用性を欠いているように見えながら、人々の感性や生活の質を豊かなものにし続けてきました。そして、そのことは、フレクスナーが説いた「役に立たない知識の有用性」とも共通するものがあると考えます。そのため、もしも、こうした我が国古来からの伝統を再評価して、学問研究や制度設計などにも組み込むことが出来れば、我が国独自の取組みとして、包摂的な学問研究を含む文化全般をより創造的なものにすることが出来るのではないかと考えます。

 そこで、現代の我が国社会での課題に目を転じてみますと、具体的な施策としては、第一に基礎研究への長期的投資が不可欠であると考えます。医療や工学をはじめとする自然科学系・理系分野においても、すぐには成果が出ない探究を支えることが将来の大きな革新を生むと考えます。第二に、我が国が直面している超高齢化社会の現実を鑑みますと、医療介護系の専門職大学の新設も急務であると考えます。そこでは単なる職業訓練だけではなく、人文学や基礎科学への能動的な好奇心も重視して、現場での実践と学術研究を往還できるような人材を育成出来るような制度を整備することが重要です。さらに、これは基礎研究を含む「科学に従事する人」を育成するという意味においても有意義であると考えます。また、今後、我が国が直面する医療介護分野での課題と、それらへの対応とは、将来、同様の課題に直面する国々にとっても価値を持つことになると考えます。そして、そこに向けた各種基盤の整備や制度設計こそが、我が国において「包摂的制度」を具体化するものであり、そして長期的な繁栄への礎になるのではないかと考えますが、さて、如何でしょうか?

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2025年9月19日金曜日

20250918 大気の薫りと混然一体とした記憶の想起について  ー和歌山への訪問から自然と歴史についてー

 先週末から今週の月曜日にかけて、久しぶりに和歌山を訪問する機会を得ました。今回の滞在は和歌山市内に限られ、市外や南紀方面へ足を延ばすことはありませんでしたが、街なかの空気を吸うと、周囲の山々や海から流れ込む独特の大気の薫りが、かつて南紀や和歌山市内で暮らしていた頃の記憶や感覚を呼び起こしてくれます。そして、この感覚は、気力や忘れかけていた興味なども蘇らせて、心身を元気にしてくれるように思われます。また、対照的に、現在在住している首都圏では、こうした自然豊かな大気を感じられるような環境や機会は乏しく、さまざまな利便性の反面で、自然との距離が遠いように感じられます。

 これまでにも当ブログにて折に触れ何度か述べてきましたが、私がはじめて和歌山の自然環境に接し畏怖を覚えたのは、2001年に北海道から南紀白浜へ転勤した際でした。南紀白浜の関西圏有数の温泉地としての賑わいの背後には、黒潮からの波が打ち寄せる荒々しさと、紀伊山地(熊野)の南方的な鬱蒼とした照葉樹の森が広がっています。そして、その景観は、それまで、鼻で息を吸うと頭が痛くなるような寒い北の大地にいた私にとっては強烈なものであり、全てを包み込んでしまうような、その自然環境の前では、ただ立ち尽くすばかりでした。

 南紀白浜、その北隣の紀伊田辺市、さらに双方の内陸に位置する上富田町は、紀伊山地南西端の沿海部の中核地域であり、古い時代に「牟婁(むろ)」と呼ばれていたのは、この地域であったと推測されます。転勤後、この地名(西牟婁郡)をさまざまな書類や葉書や手紙に書くたびに、それまであまり縁がなく、また関心もなかった、その古風な地名の響きから、何と云いますか、本物の土俗的な歴史の厚みと、時間の隔たりに、ある種の違和感と驚きを感じていました。

 やがて、休日を利用して自転車や自動車で周辺地域を巡るようになりますと、古めかしい地名は「牟婁」にとどまらず、地域に多数あることに気が付きました。また、「牟婁」からさらに内陸に入りますと、熊野信仰の中心地域になります。そして、この「熊野」も「くまの」以外に「いや」と呼ぶ地名があったり、あるいは地名ではありませんが、能楽の曲「熊野(ゆや)」のように、文字と読みの対応関係が異なることを知り驚かされました。こうした経験は、我が国の古い言語と方言との関係や、口語と文語の歴史的な変遷、さらには地域性などについて考えさせる一つの契機になったと云えます。

 さらに、興味深いのは地名だけではありません。地域各地の遺跡や出土物なども、土俗的な歴史の厚みを物語るものと云えます。これまでに当ブログにて何度も題材としている弥生時代の青銅製祭器である銅鐸は、この「牟婁」地域、すなわち田辺・白浜・上富田からも複数出土しています。また、古墳時代に造営された古墳も、当地域に多数存在しており、その造営様式は紀北、すなわち紀ノ川下流域(和歌山市周辺)の古墳とは明らかに異なっています。それら地域の複数古墳は、むしろ、紀伊水道を隔てた対岸、徳島県(阿波)の古墳との類似性が指摘されており、このことは、古代での文化の伝播経路や交易ルートなどを検討するうえで重要な手掛かりであると云えます。

 ともあれ、そうしたことから南紀白浜や和歌山市での在住の頃を振り返ってみますと、自然と歴史が渾然一体となって息づいていたことを改めて実感させられます。内陸部ダム湖での釣行への運転時、周囲を見渡しますと、古くからあまり変わっていないであろうと思しき南方的な横溢とした自然の景観のなかに銅鐸出土地があったり、南紀白浜の白良浜北側に鎮座する熊野三所神社境内にある半ば自然と一体化したような火雨塚古墳を見ていますと、千年以上前からの時の流れや、人々の営みについて否応なく考えさせられます。そして、負け惜しみのように聞こえるかもしれませんが、こうした経験は、少なくとも私にとっては首都圏での生活では得がたいものであったと云えます。あるいは、元来、歴史などに興味を持つ性質であった私にとっては、前述のような自然と歴史が混然一体となった環境によって、歴史への興味が、より具体的なもの、あるいは、地に足のついたものへと深化したのではないかと思われるのです。

 そして、今回の短い滞在においても、こうした感覚がまた少し甦ったように感じられました。地域での大気の薫りが契機となり、自らの、そしてまた、太古から現代に至るまでの地域の歴史の営みに、また思いを馳せることが出来たように思われます。自然と人間、そして地域の記憶とも云える時間の重層性は、少なくとも私にとっては、和歌山と云う地域において特に顕著に感じられると云えます。また、現在、首都圏に在住する私にとって、この再認識・確認は、単なる懐古に留まらず、同時に、現在よりさきについて考えるための契機にもなったように思われます。

そういえば、吉田松陰による「西遊日記」に以下のような記述があります。

原文
『心はもと活きたり、活きたるものには必ず機あり、機なるものは触に従ひて発し、感に遇ひて動く。発動の機は周遊の益なり。』

現代語訳
『心はもともと生き生きしたもので、必ず動き出すきっかけがある。そのきっかけは何かに触発されて生まれ、感動することによって動き始める。旅はそのきっかけを与えてくれる。』

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2023年6月26日月曜日

20230625 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について①

現代の日本で生きる我々の生活は、19世紀後半の明治維新そして文明開化からの影響を強く受けたものであると云えます。しかしながら、このことは、私を含めた社会全般において、あまり深くまでは理解、そして共有されていないのではないかと思われます。そのため、現代の我が国社会を考えるうえで、我が国近代の「文明開化」さらに「開化」についての理解を深めておくことは有意義であると考えます。

そこで、はじめに一般的な「開化」の概念を検討します。この検討に際しては、対象となる事物の要素に定義を付与する必要がありますが、この「定義を与える」という行為には注意が必要です。なぜならば、定義は事物を制約してしまうからです。その意味において我々は、複雑な事物に定義を付与して明解な説明を可能にする研究者の方々の知見と能力には敬意を払いつつも、その付与する定義には注意を払い、慎重になる必要があります。なぜなら、定義は先述のように、対象となる事物に不要あるいは不自然な制約を加えることがあるからです。

たとえば、幾何学では円は「中心から円周上の任意の点までの距離が等しい図形」といった定義が付与されますが、これはあくまでも理想的な円を想定したものであり、現実にある円を完全に説明し得るものではありません。また、現実にある物体やその形は絶えず変化しています。それ故、さまざまな事物を説明する際に用いる定義は、現実の変化に対して柔軟に対応出来るものが望ましいと云えます。

あるいは、これを説明するための具体例として、化石化した樹脂である琥珀が挙げられます。しばしば、こうした琥珀の中に蠅などが閉じ込められていることが見受けられます。これを透かして見ますと、たしかに蠅の姿が確認できますが、それは実在はするものの、死んでいる蠅です。それゆえ研究者の方々がくだす定義には、この琥珀の中の蠅のように実際には生物ではなく、死んでいると評価され得るものもあります。そして、こうした事例からも分かるように、現実での運用においては、厳密な定義よりも、変化に対応可能な柔軟な定義が有用であると云い得ます。

そして次に、先述しました「文明開化」そして「開化」の要点について考えてみますと、それは端的に、我々の活力の発現の仕方であると云えます。これを詳述して、活力の発現の仕方について考えてみますと、それは大きく積極的なものと消極的なものに分類出来ます。

我々の存在は解釈の仕方によって多様な意味を持ち得ますが、それらの意味を検討するためには、活力の発現の仕方、そしてその持続や進化などが大事な要素となります。

もう少し具体的に述べますと、外部からの刺激に対する我々の反応の仕方は多岐に渡り、刺激があるたびに活力の発現を制限して、できるだけ活力の節約を好むといった性質や、反対に刺激を求めて活力を消耗させることを好むような性質もまたあります。

こうした外部からの刺戟に対する反応の仕方は、活力節約と、その逆の活力消耗の二つの性質として認識されます。活力節約の性質は、概ね義務を果たすための刺激に対して起こります。我々の社会では一般的に義務を果たすことが好ましいとされていますが、これは人間の活力発現の様子を観察して、さらなる組織の発展を促進するうえで重要な役割を持っています。一方、活力を自由に発現する方の意欲は、趣味や娯楽などの活動においてきわめて重要なものであると云えます。具体的には釣り、読書、運動、など多様な活動がこれに当たります。そしてまた、文学、科学、哲学なども、本質的にはこの意欲の発現と云えます。つまり、開化においては、活力の発現やその進化、持続といった要素以外には適切な説明は存在しないと云えます。そして我々の生活状態とは、外部の刺激によって活力が、どのように反応するかを観察することによってほぼ理解できるものと考えます。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2023年5月28日日曜日

20230527 ブログ2000記事到達に際して

当記事の投稿により、総投稿記事が2000に到達します。当ブログをはじめてから約8年ほどで2000記事の投稿と考えてみますと、その期間は、10日間のうち6~7日は1記事投稿してきたことになりますので、私としては思いのほかに継続したのではないかと思われます。とはいえ、現在、当記事を作成していても、感興や感慨のようなものは皆無と云えます。

また、以前、当ブログにて自分にとって転機となった南紀での経験を述べてみたいという考えから作成した【南紀について】は比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。また、大学関係者の方々で、新たな医療介護リハビリ系の専門職大学あるいは科学技術大学院大学などの設置を検討されていましたら、南方熊楠が後半生を過ごした口熊野とも呼ばれる紀伊田辺は、南紀白浜温泉にもほど近く、風光明媚であり、教育・研究の環境として悪くないと思われますので、類似した環境と云える紀伊半島南部の東側の新宮と併せて是非、ご一考頂ければと思います。

さらにもう一つこじつけますと、紀伊田辺・新宮双方から通じている熊野本宮大社の主祭神は、家都御子神または家都美御子神(けつみ(み)このかみ)ですが、実は、これは出雲系の神である素戔嗚尊のことであり、この神は、木の国だけに樹木の神であると同時に、穀物の神でもあることから食の神とされています。そして実際に紀州・和歌山は、鰹節や醤油などの我が国の食文化には欠かすことの出来ない食材の発祥の地であり、さらに伝統食品である梅干しの生産量もダントツの首位であることから、語義通り、日本の味のルーツが今なお息づいている地域であると考えます。

そして、前段が幾分長くなってしまいましたが、こうした文化的背景を持つ地域に、食材の専門家である管理栄養士を主軸として、それに関連する職種と云える歯科衛生士などの医療介護リハビリ専門職を養成する学費が安価な高等教育機関(専門職大学)を、ある程度の規模の病院など医療機関がある紀伊田辺・新宮双方に設置しますと、西日本・東日本双方の受験生にも対応出来て、とても良いのではないかとも思われます。

そして、それら専門職大学では、各々専攻する専門職の養成課程科目と語学課目とは別に、各学生さんの内発的な興味に即した人文系の自由研究科目を必修として、それを在学期間を通じて学び続けるようなカリキュラムにすることにより、これまでとは少し異なった知的背景を持つ専門職の方々を養成することが出来るようになるのではないかと思われるのです。

以前、当ブログにて自らのことを「私は課程博士を修了した初めての歯科技工士ではないか?」と述べましたが、その路程は兄の死や、指導教授(師匠)の予期せぬ退職などが重なり、それなりに辛いものでしたが、同時に歯科理工学実習にて鋳造や鑞付けを担当させて頂き、2012年からは教授も准教授の先生もいない状況下にて、実習書や教科書に記載の情報以外は、人文系ネタを随所に散りばめつつ実習を進めることが出来たことは、自分の性質に合っていたのか強く記憶に残っています。

学生さんとしては、実習にて30歳過ぎのオッサンの本能と知性が噛み合って駆動している様子を、何やら「おかしなもの」として見ていたのではないかとも思われます・・。実際、私が人文系ネタを話しながら、実習手順や使用材料などについて説明していますと、後ろから小声で「民明書房刊・・」と聞こえたこともありました・・(苦笑)。

しかし他方で、自分としては最も多く人文系ネタを散りばめた実習を行った2012年度の実習後から2013年初旬にかけて、どうしたわけか、休日での市内の散歩や、喫茶店での読書の際に、実習時に担当した学生さんから話し掛けられることが何度かありました。

若い女性が町なかで、数度の面識しかない中年男性に話し掛けることは、あまり一般的な行為ではないと思われますので、ありがたいことであるのか、ともあれ、少なくとも危険視はされていなかったのではないかと思われます・・(笑)。

また、そこでの会話のさなかに、性懲りもなく人文系ネタを話してみても興味深そうに聞いて頂き、また、私としても、その都度のご質問にも、あまり逸らさない返答が出来たのではないかと記憶しています・・。

そして必修である実習以外の場面で、自分が話す人文系ネタを面白そうに聞いて頂けたり、それに対しての質問などの知的な反応を頂いたという経験は、それまで人文系を背景とする歯科技工士の大学院生として、あまり良い目を見たことがなかった私としては、それなりに画期的、いや革命的なことであり、以前にも述べましたが、そうしたいくつかの経験が複合的に作用して、今回の2000記事達成に至るのだと云えます・・。

とはいえ、であるからと云って、私はその学生さん達に恋慕しているわけではありません。おそらく、彼女等の多くは、鹿児島弁でいうところの「よかおごじょ」らしく、比較的早くに結婚されて、現在は子育てをされているのではないかと思われます。しかし、それらの方々が10年前の学生時代の実習時に、変なことを話していて「何だか面白そう・・」といった感じであるのか、町なかで話し掛けた中年男性は、8年近くかけて2000記事のブログを作成程度のことはしたということで、各々の「見る目」のご参考にして頂ければと願うところです・・。

おかげさまで(どうにか)2000記事に到達することが出来ました。そして今後はしばらく記事作成を休もうと考えていますが、また思いのほか案外早い時期に再開してしまうのではないかとも思われます・・。

そして2000記事到達となる今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2023年2月8日水曜日

20230207 光文社刊 宮台真司・野田智義著「経営リーダーのための社会システム論 構造的問題と僕らの未来」 pp.189‐193より抜粋

光文社刊 宮台真司・野田智義著「経営リーダーのための社会システム論 構造的問題と僕らの未来」
PP.189‐193より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4334952933
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4334952938

宮台 スローフード運動は、1986年、イタリアのローマにマクドナルドの第1号店がオープンした際、市民の間え「僕らはパニーニを食べるんだ」という声が上がり、反対運動がわき起こったのをきっかけに発展しました。99年8月には、ジョゼ・ボヴェという有名なフランスの農民活動家(現欧州議会議員)がマクドナルド店舗解体キャンペーンを始め、その様子は世界中に伝えられました。人間が社会の、あるいはシステムの奴隷になってしまうのを避けようとする戦略的な運動は、90年代をピークに一定の広がりを見せたのです。

 しかし、その後の運動には陰りが見え始めます。それは、とりわけ90年代半ば以降のグローバル化の急進展で、地元商店が大規模資本の直営店やフランチャイズに置き換えられて、ファストフードが雇用を生み出す重要なシステムとして見直されるようになったためです。2018年には、フランス、マルセイユ郊外のバルテルミー地区で、地域経済の落ち込みによってマクドナルドの閉店が決まると、住民たちが「閉店反対運動」を起こしました。

これは、残念であると同時に、非常に重大な展開です。共同体が共同体であり続けるための条件はいろいろありますが、そこには経済的環境も含まれます。具体的には、グローバル化の影響による格差拡大で貧困化が進んだコミュニティでは、人々は生きていくためにあえてシステム世界を選択せざるをえず、それによってコミュニティはますます壊れて、ますますシステム世界に依存していきます。ヨーロッパ的アプローチの限界はそこに表れています。

 マクドナルド化をディズニーランド化で埋め合わせる

宮台 これに対し、アメリカではシステム世界を重視し、システム世界の全域化そむしろ徹底しようとしています。

 移民国家アメリカの社会は多人種・多民族で構成されており、人間関係は互いを知らないという「不信ベース」で成り立っています。人間集団の基本は、同じ価値や目的を持つ人たちが集まるアソシエーション(組織集団)で、行動に責任を負うのはあくまでも個人です。また、キリスト教原理主義の国なので、人々は神に見られていると感じており、汎システム化によって人間が経験する精神的不安定にも比較的耐性が強い土壌が備わっています。

 システム世界の全域化を徹底するアプローチは、こうした歴史や文化を反映したものです。一口で言えば、成員が「動物」でも回る社会の仕組みを構想しようというものです。ここで「動物」というのは、不快を避け、快に向かう性質を持つという意味です、つまり、人々の内発的な善意ー良心ーを用いる代わりに、アメとムチだけでなく、快・不快の巧妙なコントロールを行うアーキテクチャ(仕組み)による管理下を進めるという戦略です。

 飲食店を例に取ると、大資本の直営店やフランチャイズ店では、BGMの音量、照明の明るさ、座席の硬さ、家具や調度のアメニティを使って、客の滞留時間をコントロールし、単位面積当たりの収益率を上げようとします。客は、そうした戦略に気づかず、「疲れたな」とか「飽きたな」と感じて、主観的には自発的な選択として店を出ますが、そうした自発的な選択がアーキテクチャによってコントロールされています。ローレンス・レッシングは「CODE-インターネットの合法・違法・プライバシー」(山形浩生・柏木亮二訳、翔泳社、2001年)という著書で、これを「アーキテクチュアル・パワー」と呼びます。

「人間が快・不快を感じる動物でありさえすればよい」とするこうしたアプローチは、収益率上昇にとっては有効ですが、副作用をともないます。こうしたアーキテクチュアル・パワーを用いたシステムは、客の常識的な価値観を一切当てにしないので、システム世界の全域化が進んでいけば、社会はその分、さらに「不信ベース」になりがちです。

 そうした流れを象徴するのが、モンスター・クレーマーによるカスタマー・ハラスメント(顧客・取引先からの嫌がらせ・過度クレーム)です。不信や不安が原因で、損得勘定に過剰に敏感になって、些細な不利益でヒステリーを起こす人が増えるのは、システム世界の全域化にともなう当然の副作用です。

 そうした副作用にどう対処するのか。アメリカ的アプローチでは、システム世界の全域化による副作用には、システム世界の全域化の徹底によって対処します。アメリカのマクドナルドでは、商品を受け取るまでの時間が長いことを理由に店員を殴ったクレーマー事件が発生すると、すぐさま警察に突き出して解決します。警察=行政というシステムで解決するのです。さらに、Airbnbなどでは、プロバイダーのみならず、消費者・ユーザーの振る舞いも評判スコアにカウントされますが、そうしたシステムを使うわけです。

 ここから少し話を進めます。マックス・ウェーバー研究で知られる社会学者ジョージ・リッツァは「マクドナルド化する社会」(正岡寛司監訳、早稲田大学出版部、1999年)という本を書いています。元になっているのは1980年代に書かれた論文ですが、そこで彼は「マクドナルド化(McDonaldization)」と「ディズニーランド化(Disneylandization)」という言葉を使います。

 リッツァの言う「マクドナルド化する社会」とは、人間が「動物」でありさえすれば回るような脱人間化・没人格化・損得化が進んだ社会です。そういう社会では、人々は「かけがえのない人間として扱われたい」という感情を無視されることで疎外感や不安感を抱くようになり、カウンセリングを受けなければ押しつぶされてしまうような心理状態に置かれます。

 それを対処するために使われるのが「ディズニーランド化」、すなわち祝祭的消費に因る感情的回復です。アメリカでは、マクドナルド化によって人々が抱くようになった疎外感や不安感を、ディズニーランドによって与えられる祝祭体験で埋め合わせることで、人々が感情的に破綻してシステム世界からこぼれ落ちることがないようにしているのだ、というのがリッツァの図式です。

 そこには「システムがつくり出した裂け目を、システムで埋める」というシステムのマッチポンプがあり、人間はマッチポンプの素材へと貶められています。そこには、人間を動物のような制御対象と見なすシステムの自己運動があるだけで、社会の主人としての人間という存在はほとんど完全に消え去っています。われわれの尊厳は、果たしてそれで保たれるのか。保たれないからこそ、トランプ現象や、Qアノン現象のような陰謀説のまん延があるのではないでしょうか。みなさんにじっくり考えていただきたい点です。

2022年12月11日日曜日

20221211 【空想】新たな医療介護系専門職大学の立地について

ここ最近寒くなってきたためであるのか、先日少し体調を崩してしまい、直近数日間はブログ記事作成はしませんでした。とはいえ、先日述べた目標である「年内での1920記事到達(±5程度)」を達成するためには、さらなる記事作成を要します。また、以前にも述べました通り、引用記事にて、あと10数記事作成して1920記事まで到達することも可能ではありますが、さらに先もあることから、ここは自らの文章による記事作成にて進めた方が良いと考えました・・。現在は特にスランプでもなく、単に体調が万全ではない程度であり、作成を始めれば、どうにか波に乗ることは出来るであろうと踏んで始めた次第ですが、はじめの勢いにて、この程度まで作成することが出来れば、とりあえずは及第であると云えます。

さて、以前に何度か当ブログにて述べてきたことではありますが、今後、高齢化が進む社会への対応にくわえ、国際的な競争力向上のためにも、我が国は、その国民性とも云える此岸的性質を善導して、英語あるいは中国語を用いることが出来る、より多くの医療介護専門職の養成を行うことが効果的な施策であると考えます。

とはいえ、既存のそれら専門職の養成機関である大学や専門職大学や専門学校が、軒並み、新たな学部や学科を新設することが可能であるかと考えますと、それは困難であると思われます。そこで、ツイッターで私の固定ツイートにて述べている「半官半民での学費が安価な医療介護専門職大学の新設」が(もう少し)検討されても良いのではないかと思われるのです・・。

そして、ここからは空想になりますが「では、その専門職大学は何処に設置するのか?」と考えてみますと、先ずは学費を安価にするため、教員の多くは、若手の成りたての研究者と、一度、定年退職をされた大学研究者・臨床家の先生方に就いて頂くのが良く、またその立地は、国内の比較的温暖で温泉があり、また近隣に学生の臨床実習のための医療・介護施設が既にある場所が適当ではないかと思われます。

そうしますと、その具体的な候補としては、静岡県東部の伊豆地域と、南紀白浜を含む紀伊半島南部地域が挙げられるのではないかと思われます。これら地域のうち伊豆地域では既に医療系学部がいくつか点在しておりますが、それらの大学にて養成を行っていない専門職の養成であれば、地域的にも、既存大学側としても、あまり問題はないと思われます。むしろ、進学先の候補ともなる地元の高校生にとっては喜ばしいことであると思われます。またもう一方の南紀地域は、私自身がそこで何年間か在住した経験から、この地域は近代以降より高等教育機関が乏しく、大都市圏と云える大阪に比較的近く、県庁所在地がある和歌山市以南では、たしか中紀の御坊市に和歌山工業高等専門学校が立地するのみであったと記憶しています。

くわえて、古くからの温泉地である南紀白浜に隣接する自治体の一つが紀伊田辺であるのですが、この紀伊田辺はあまり多く聞くことはない地名であるかもしれませんが、江戸期においては、徳川御三家の一つ紀州徳川家の御附家老である安藤氏が治める3万8千石の城下町であり、また近代以降においては、我が国が誇る博物学者である南方熊楠(和歌山市出身)が後半生を研究活動をしつつ過ごした場所でもあります。

つまり、その仔細な地域の精神的背景は未だ明確には分かりませんが、私の感覚として、当時の紀伊田辺は、あまり大きくない地方の街としては立派な書店がいくつかあり、また城下町の一つの特徴と云える地域にある老舗の和菓子店(織豊期以降の武家文化と茶道には親和性があり、そして茶道があれば和菓子店が必要となる)もあり、ありきたりな表現となってしまいますが「古き良き日本」がいまだ遺っている地域であると云えます。

こうした地域と高等教育機関である大学との相性は、おそらく、少なくとも悪いものではなく、また、さきに述べましたとおり、中紀の御坊以南に高等教育機関が存在しない県南部は、そうした新たな試みとなる高等教育機関を設けるのに適切な立地であると思われるのです。

さらに、この紀伊田辺と類似した背景(紀州徳川家の御附家老云々)を持つのが紀伊半島南部の東側に立地する新宮市です。こちらは街の規模としては紀伊田辺の半分以下となっていますが、田辺市は以前に周辺自治体との大規模な合併がありましたので、その主要な市街地部の規模としては、紀伊田辺と新宮では、大きくは変わらないかもしれません。

ともあれ、そのようなこともあり、新宮にも、そうした高等教育機関を設けても良いのではないかとも思われましたが、ちなみに、こちらは少し南に行ったところに南紀勝浦温泉があります。

勉強や研究を終えた学生や教員が気軽に温泉に浸かりに行くことが出来るような自然環境と市街地とのバランスが取れて、そして、古来からの土着の優れた文化が生きている地域に新たな試みとしての医療介護系専門職大学を設置するのは、我が国の高等教育にとっては良い効果を齎すのではないかと私には思われるのですが、さて実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


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2022年11月26日土曜日

20221126 中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」pp.249-253より抜粋

中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」
pp.249-253より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121025539
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121025531

 プックリ肥った中年男で、鼻の下にヒトラーに似たチョビひげをはやしていた。おかま帽のような帽子をかぶり、胸当てのついた作業ズボン姿で、三脚の梯子を肩にかけてあらわれた。やおら梯子を立てかけて仕事にかかる。インテリアといえば聞こえはいいが、まあ、ペンキ屋といったところか。若い助手がいて、下から刷毛を手渡したりする。

 つまり、こんな風に「カール氏」は舞台にあらわれた。1960年代初めのこと。ウィーンの小さな劇場である。「カパレット」と呼ばれる地下の芝居小屋の一つ。50人も入れば満員で、客席と同様に舞台も小さい。中央にライトが一つあるだけ。ほとんど一人芝居と言っていい。中年男のモノローグだ。若い助手に問われるままに昔ばなしをする。そんなに遠い昔ではない。1960年代からすると、つい昨日のこと。ナチスが肩をいからして闊歩していた時代、そのころ自分はどんなふうに生きていたか。

 タイトルの「カール氏」は、「カールさん」「カールおやじ」としてもいい。ごくふつうの男である。おりおりナチ時代の流行歌を口ずさむ。何がおかしいのか、クックッと含み笑いをもらしたりするが、どちらかというと腹の立つことが多かったのだろう。

「ひでぇー時代よ」

ウィーン訛りのセリフがリフレーンのようにくり返される。ときたま仕事の手を休め一時間あまりしゃべりつづけた。

 たしかにひどい時代だった。始まりは1920年代の終わりちかく、世界恐慌まっただ中、記録的なインフレがあり、ついでデフレが見舞った。街には失業者があふれていた。隣国ドイツでヒトラーの率いるナチ党が、ぐんぐん勢力を拡大していく。ウィーン市中にも鉤十字の旗がひるがえり始めた。通りでは毎日のように労働者と右翼の衝突があり、血が流れた。ついで国会議事堂放火事件、親ナチ政権の誕生。1938年、オーストリアはナチス・ドイツに併合された。一夜にして町中の国旗が鉤十字にかわった。つづいて雪崩を打つようにしてドイツ軍の侵攻が始まった。

 その間、ウィーンの一市民、カール氏はどうしていたか?彼はさまざまな人や事件を見たり聞いたりした。ナチスに抵抗した首相が殺された。犯人は警察発表とちがってナチの一党だという噂だった。ある日、突然、ユダヤ人が追い立てを食い、胸にダビデの星のマークをつけて連行されていった。オーストリア国内にも、いくつかの強制収容所がつくられたという。何百万ものユダヤ人が送りこまれて大量に殺されているーとの噂が流れた。

 いろんな噂がとびかうなかで、小市民カール氏は終始多数派の一人だった。オーストリア社会党がのびたとき、彼はいそいそと労働者のデモに加わった。ナチスが強くなると、さっそくそちらにくらがえした。通りの群集にまじり、連行されるユダヤ人を見物していた。オープンカーでヒトラーがやってきたとき、鉤十字の小旗を打ち振りながら歓呼の声を上げた。

 ヘルムート・クヴァイルディンガー(1928~86)は戦後ウィーンが生んだ天才的な俳優兼作者だった。自作自演の風刺劇を数多く発表した。そのなかでも、「カール氏」はとびきりの名作だった。舞台では何年もロングランをつづけ、レコード、つづいてCDになり、テレビで放映され、映画になった。今ではすでに20世紀の古典作品と言っていい。単なる芝居にとどまらず、「カール氏」は一つの代名詞になった。時と場に応じて時流に乗る小市民。風見鶏、日和見主義者とも言われるだろう。

 といってべつだん、特別のタイプでも主義者でもない。どの国にも、いつの時代にもワンサといる。大多数の「国民の皆さま」の一人である。インフレの気配があると、すぐさま買い占めの列にもぐりこむ。デフレの傾向が言われだすと、小金をかきあつめて闇金融に投資したりする。といってどの場合にも、利のいい買い物をしたとは聞かない。よけいな代物をつかまされたり、ペテン師まがいの金融業者にいいようにされるのがオチなのだ。

 カール氏の考えによると、世の中の何ごともコネによるのが一番の早道である。仕事をまわしてもらうにも、出世するにも、わが子をいい学校に押しこむにも、娘の結婚にもコネをきかせる。ナチ体制にかわったとき、ひそかに地区の有力者のもとへご機嫌伺いに出向いたところ、間の悪いことに反ナチを高言していた仕事仲間とバッタリ出くわしたー。

 カール氏のひとり語りには、小市民のズルさ、小心ぶり、無責任さが巧みに戯画化されていた。観客はクスクス笑いながら、いつしか顔がこわばってくる。時代を醒めた目で見ているおどけ者が、同時代の百面相をしてみせた。人は腹をかかえて笑いつつ、ふと気がつくと、それは自分の似顔絵でもあるのだった。

 ヒトラーが呼びかけたのは、つねにこの「国民の皆さま」だった。お得意の演説、ただ一つの標的を狙うように多数派小市民に向けられていた。何かあれば、みんなといっしょでいたがる「よき市民たち」である。多数派にいないと不安でならない。ほかの誰かに利をさらわれそうで落ち着かない。もしそれまで主張してきたことと行動との不一致を問われると、モゴモゴと弁解する。あるいはあれこれ言いつくろう。ときには額に青筋を立てて怒りだす。またあるいは居直る。

 だからといって悪人であるためにはなんらかの強烈な個性を必要とするが、そのたぐいは、きれいさっぱり持ち合わせていないのだ。

 風見鶏、日和見主義者、時流便乗派ー心理学者はこの種の人間心理を診断して、特定の性格に分類するだろう。社会学者なら、人間における行動の類型にてらして一つの定まった型にあてはめ、このタイプに顕著に見られる性格を論じるだろう。

 ヒトラーはウィーン、ミュンヘンの下積み時代の体験からよく知っていた。学者のあげる性格など机上の空論にすぎない。多数派は性格をもたないからこそ、どのような人間にもなれるし、いかなる信念に足をとられることもない。どのような個性的な性格にも縁がないからこそ、世の中の風向きに応じて方向をかえることができる。無個性であるからこそ、何はなくとも時流を泳いで生きのびるための生活力は、旺盛にそなえている。

2022年11月11日金曜日

20221110 ダイアモンド社刊 小室直樹著「危機の構造 日本社会崩壊のモデル」pp.80-82より抜粋

ダイアモンド社刊 小室直樹著「危機の構造 日本社会崩壊のモデル」pp.80-82より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4478116393
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4478116395

最近、軍国主義の復活が話題になっている。「司法の危機」や四次防も軍国主義の復活と結びつけて論ずる人もあるようである。したがって、現在の危機といえば、だれしも軍国主義の復活に結びつけて考える。だが、軍国主義の復活とはなんだろう。あまり体系的には考えられてはいないようである。人びとの考え方を要約すると、スケープ・ゴート(scape goat)主義すなわち優越要因主義(dominant factor theory)の一種に帰着する。つまり、簡単にいうと、一群の腹黒い軍国主義者があって、彼らの陰謀によってデモクラシーは転覆させられ、軍国主義は復活するというのである。もとより、学者や評論家は、こんな簡単な議論はしない。平易なことでも難しく表現しないと彼らの商売は成り立たない。しかし多くの場合、彼らの論旨は、せんじつめればここに帰着する。すなわち、絢爛豪華な表現と持って回った言い回しをはぎとり、論理の骨格だけを抽出してみると次のようなタイプが析出されよう。まず、彼らの議論は友敵二分論から始まる。敵となるのは、特定の個人のこともあるし、集団、制度、イデオロギーにもなる。ここが、商売がら、ソフィスティケイト(sophisticate)されたところである。この「敵」が、デモクラシーの制度を掘り崩し、アンティ・デモクラシーの宣伝をなし、味方を陥れようとしているから断固として戦わなければならないというのである。そして、この努力が足りなければ、昔のような軍国主義が復活するとして、反軍国主義キャンペーンが義務づけられることになる。

 しかしこのような考え方は、それがどれほどソフィスティケイトされた修飾語でかざられようと、科学的にはあまり重要な議論であるとは思えない。科学的推論の特色は、全体的パースペクティヴのもとにおける諸要因間の複雑な相互作用を考慮に入れ、体系的分析によって常識では知られないような情報を提供するにある。「予期せざる結果」の説明、これこそ科学的推論のメリットでなければならない。

 スケープ・ゴート主義に対しては、まず、次のような疑問が浮かぶ。デモクラシーの没落は、腹黒い軍国主義者の陰謀によるものではなく、自らの内部に没落の萌芽を内包していることによるのではないのであろうか。もしそうだとすれば、自称デモクラートが努力すればするほどデモクラシーの没落は早まり、軍国主義の復活を助けることにならないのだろうか。戦後デモクラシーのチャンピオンと自任している人びとの思想と行動が、その本質においては、おそろしく反デモクラシー的であり、彼らが意識において誠実であろうと努めれば努めるほど欺瞞も再生産され、デモクラシーの墓穴を掘ることにはならないであろうか。

 社会現象を科学的に分析する場合に留意しなければならない重要なことは、社会で行動している人びとの意図が、そのままストレートに実現されるとは限らないということである。一般に社会現象は、無限に波及を繰り返し、フィードバックしてくるから、思いも及ばない結果を生じることが多い。したがって、行動者の意図よりも行動のパターンそのもの、波及過程の連関システムの分析が重要になってくる。したがって、軍国主義者復活の問題を論ずるに際しても、人びとがどのような意図を持っているかという問題だけでなしに、行動のパターン、社会構造などがまた、重要な分析対象となる。さて、このように分析の視点を設定してみると、注目すべき事実に導かれる。行動のパターン、社会構造に関する限り、戦前のいわゆる軍国主義者も、戦後の日本人もほとんど変わってはいない。この発見は、ある人びとにはショッキングかもしれないが、科学的分析の結果による、まぎれもない事実である。もし、この分析が誤りないとすれば、現代の危機も、戦前の破局と同型のものではなかろうか。それは一部の人びとの陰謀や心構えの結果生ずるのではなく、行動のパターンとその連関メカニズム作動の結果として、いわば思いもかけなかった結果として発生するのではなかろうか。

2022年6月3日金曜日

20220603 株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」 pp.148‐150より抜粋

株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」
pp.148‐150より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309407811
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309407814

福田 僕は教育問題のほうが先だと思う。

三島 僕もそう思うね。教育問題はいま一番根本的な問題かもしれない。

福田 僕は、さっきのあなたの比喩を使えば、現状肯定の現実主義というものを疑問に思うのはね、いわゆる抽象論になるけど、ほんとうの意味の現実主義というものは現状肯定ですむはずがない、理想追求というものを人間の本能の一面として認めなきゃならないんだよ、ほんとうの意味の現実主義なら。

三島 そうなんだ。

福田 理想主義というのは、決して現実を遊離したもんじゃなくてね、人間性の現実なんだ。理想を持ち、それに殉じて死ぬということが本能なんだ。それをあたかも生命欲だけが本能であって、それに殉じて死ぬということが本能に反するものだと思ったら大間違いで、これも本能なんだ。少なくとも人間だけが持っている本能だ。

三島 それは全く同感だな。

福田 だから、現状肯定、現状維持の現実主義者というものも、実は一種の観念論なんだよ。

三島 そうなんだ。

福田 英語だったら理想主義というのも、観念論というのも、同じアイデアリズムという言葉で、その間の事情がよくわかる。その英語でいえば、アイデアリスティック・リアリズムというやつが、現状肯定の現実主義なんだ。現実主義ですべて解決できると信じられている理想主義といってもいい。そうなると、人間の現実はこうなんだと思い込んでしまう。人間の現実は現実主義的だと思い込んでしまう。これは大間違いで、人間の現実は、やっぱり理想主義的でもある。そういう意味で、いまの憲法をそのままにしておいて、自衛隊をつくっても合憲、何をしても合憲、核兵器を持っても合憲というようなことをやっていくのは、縄抜けではなくて籠抜けになってしまうんだが、これはある意味で言うと日本的なんだ。問題はこの日本的であることの弱点と長所です。ある面では、日本的であるということは長所でもあるんだけれども、弱点でもある場合もあってね。「当用憲法論」のときにも言ったんだけれど、そこから偽善が生まれるんだな。現状のままで自衛隊合憲説を唱えていると、はじめのうちは嘘と意識していても、そのうちにほんとうにそんな気になってしまう。理想はやっぱり武装放棄にあると思ったりし始めちゃう。

 こういう道徳的鈍感が恐ろしいんだが、その偽善を正当化する最後の拠点があの憲法から出ていると思うんだ。革新派だって、あんなものは信じてはないからね。その点はかれらも偽善者さ。すべての偽善の発生は、敗戦のときから始まった。憲法もその一つ。それから原爆反対運動もそうなんだ。日本人だって原爆つくりたかったんだ。先にやられちゃっただけだよ(笑)。

 それを日本は、まるで良心的であったかのように、ヒューマニストであったかのように、世界唯一の被爆国だ、なんて妙なことを自慢の種にしはじめる。戦争中と同様、米英鬼畜とくる。僕は、そういう偽善を何とか直さなきゃいかんと思うんだ。日本人の道徳観を。だから、教育が一番大事なんですよ。その教育が効果があがってくれば新憲法放棄が別に後進国特有のファナティックなナショナリズムにもミリタリズムにもならずにすむと思う。それしか僕は考えられないんだ。教育ということしか。

2022年3月5日土曜日

20220305 継続的な文章作成の基礎にある口語的な経験について

ここ数日の首都圏は、やや春めいてきて、日中は過ごし易かったですが、陽が陰ると、やはり寒く感じられます。ともあれ、そこから、もう寒さの底は過ぎたのではないかと思われますが、これからがまた、三寒四温といった感じで、徐々に暖かくなっていくのだと思われます。

また、この温暖化とは逆行するかのように、先月24日に第二次世界大戦以来最大規模とされる戦争が、東欧地域にて勃発したことは、私の気分を暗鬱としたものにします。果たして、この戦争はどのようなカタチで展開し、そして終わり、さらに、そこから極東地域に対しては、どのような影響が生じるのでしょうか?

今回の戦争が、我が国に対しては直接的な災禍をもたらさなかったとしても、その後、これに類する出来事あるいは国際間での争いは、ここ極東地域においても、近年のうちに生じる可能性は十分にあると思われます。

そして、そうした事態を認識し、さらには、ほんの少しであっても先(未来)を見通すためには、私見となりますが、歴史などの人文社会科学に対する、活きた、あるいは能動的な興味を抱き続けることが重要であるように思われます。

一連の投稿ブログ記事やツイッターでの投稿をご覧頂きますと、ご理解頂けるかと思いますが、現在の私は取得学位の分野よりも、いくつかの人文社会学分野の方に興味関心があり、それは学位取得の2013年から応力緩和のような現象として徐々に進行し、そして当ブログをはじめた2015年からは、まさに当ブログの作成によって更に拍車が掛かり、現在の状態に至ると云えます・・。

とはいえ、であるからといって、学位取得分野での研究活動をはじめとする全ての活動が無意味であったとは全く考えておらず、あの分野でのさまざまな活動があったからこそ、たとえば、現在に至るまで断続的にではあれ、当ブログにて投稿している一連の【架空の話】は作成出来ているのだと云えますし、おかげさまで、この【架空の話】は、総じて自身作成の記事としては、比較的多くの方々に読んで頂いています。くわえて、以前にも述べましたが、何人かの方々から「読んでいるよ。」とも伝えて頂きました。

文章の出来不出来などは少なからずあるとは思われますが、それでも、この【架空の話】は、概ね自身の経験に基づいており、作成している最中に、突如として当時の記憶が想起されることがあり、そこから、記憶というものの不思議さを感じることも度々あり、また、そのようにして思い出した中で「何時頃から私は、現在に至るまでの当ブログを続けることが出来るようになったのだろうか?」と考えたことがことがありましたが、これはやはり在鹿児島時代であるように思われ、就中、大学や専門学校での「歯科理工学実習」や、専門学校での「歯科英語」の講義経験が私にとって大きかったのだと思われます。

つまり、それまでの私は、何と云いますか、人前にて手を動かしつつ、話し続けるような3時間を過ごしたことはなく、また、それ以前に大勢の前で話すための自分のスタンスもなかったことから、YouTubeにて視聴していた宮台真司先生や、同じく小林秀雄や、ポッドキャストにてよく聴いていたJ-WAVEのDJであるピストン西沢氏などの話し方の真似を試みていましたが、出来の巧拙は別として、当時はそうしたこともマジメに努力していたことが思い出されます・・。

しかし、その努力によって、話し方がどうにか上手くなったとしても、その内容がある程度充実し、且つ論理的なものでなければ、自身としても不甲斐ないと思われたことから、当時の私は、そうした話し方にくわえて、自分なりに精一杯努力をして話していた記憶があります・・。

とはいえ、肝心のその内容についてですが、おそらく通常であれば、歯科理工学実習の内容に関連した学術的な内容の話をしつつ実習を進めるべきであったのでしょうが、当時の私は、教科書や実習指導書等に書かれた内容以外にて、そうしたことを面白く、自分のコトバにて話すことは困難であり、そこから自然と、当時も(あるいは現在以上に)好んでいた人文社会科学分野での話をよくしていました・・。

もちろん、教科書や実習指導書、さらに当時は先端の英語論文も読んでいたことから、実習分野と関連する学術的な知見や自分の研究領域、およびそれに近い分野のことについては、ある程度話すことが出来ましたが、しかし、それだけでは所定の3時間を費やすことは出来ません。くわえて、それは数カ月にわたって続くのです・・。

また、このことにつきましては、後日あらためて記事を作成しようと思います。本日に関しては昨日と同様【架空の話】の続きを作成しようと考えていましたが、ここで述べたことは、また何処かで、あらためて文章化することもあると思われたことから、とりあえずはドラフトとなるものとして、ここに作成しました。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。






2022年1月17日月曜日

20220116 新年に入りしばらく経ちましたが「今年の目標について」

先ずはじめに、過日発生の南太平洋トンガ沖での海底火山大噴火の影響による、津波からの各地の被害が出来るだけ軽微であることを願っています。

さて、年があらたまり、早や2週間以上経過しましたが、特に心が躍るようなニュースもなく、また、2020年初頭以来の新型コロナ禍は引き続き、私見としては、新春の晴れ晴れしさは乏しく、欝々とした日々が続いているように思われます・・。他方、当ブログは、残り当記事を含めて8記事の投稿により、当面の目標としている1700記事に到達することが出来ます。そして、1000記事を折り返し地点として、この程度まで継続することが出来たことは、私としては驚くべきことであり、もちろん、自分の努力のみに帰するものとは思いませんが「多少は頑張った」と云えるのではないかとも思われます。

あるいは、以前のキリの良い1500記事にて止めておいた方が良かったのではないかと思うことも、未だ度々ありますが、このあたりにまで(どうにか)至りますと、目前とも云える1700記事到達の次にある1800記事まで(どうにか)継続することが出来るのではないかと、ある程度現実的に認識出来るのかと思いきや、1800記事への到達に関しては、現実感は皆無と云え、あるいは、今後さらに3カ月ほど継続し、1750記事あたりにまで到達出来れば、また異なった観念的視野がひらけるのではないかといった、いわば希望的観測をボンヤリと持っているのが実状と云えます・・。

そして、視点を当ブログから転じて、今後、そして今年の目標について考えてみますと、もちろん「新型コロナ禍が多少落着いてから」という前提に基づいてではありますが、鹿児島と和歌山へ訪問してみたいと考えています。また、ここ数年間閲覧することがなかったJREC-INや他の求人サイトなどで週2日程度のパート・タイムの職を見つけて応募したいとも考えています。そして、その具体的な内容とは、さきの鹿児島、和歌山への訪問の願望とも被りますが、定期的にそうした西南日本地域への訪問を要し、職務内容は、それら地域にある複数大学での新たな面白い取組みを取材し、記事としてネット上にて発信するといったものを考えています。こうしたことは既にどなたかが事業として行っているのかもしれませんが、定期的に首都圏からの他者が訪問し、取材をして記事を作成するというスタイルは、あまり多くはないと思われます。

しかし、もう少し考えてみますと、こうしたことは、わざわざそうした職に就かなくとも、大学への理解と学識があり、そうしたことに興味を持っているほかの方々との連携によっても、何かしら出来るのではないかとも思われてきました・・。

また、そうしますと、その分野は私の場合、歯科医療分野に限定されがちとなりますが、しかし、近年、多職種連携が積極的に実践されつつあると云える歯科医療分野において、私のような歯科医療分野に多少縁があり、且つ専門分野的には、海のものとも山のものともつかない人間を情報発信のインター・フェイスとして用いてみるのは、それなりに時宜に適っているのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?そして、そうであれば、ハナシは冒頭に戻り、これまで(どうにか)継続してきました当ブログにも、何かしら付加的な意味を見出すことも出来るのではないかとも思われる次第です・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


一般社団法人大学支援機構


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