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2025年11月5日水曜日

20251104 黎明期の試作機である私について

 当記事を含めて、残り2記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、以前にも当ブログで述べたことがありますが、私は2007年に修士(経済学)を取得後、歯科技工専門学校に入学し、歯科技工士としての専門教育を受け、2009年に歯科技工士免許を取得して、歯科生体材料学を専攻分野として大学院博士課程に進学、2013年に博士(歯学)を取得しました。

 現在では、国内に4年制の歯科技工士養成課程を有する大学が2つあり、広島大学が2005年、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)が2011年に、それぞれ設置されています。それ故、私が博士号を取得した2013年当時、仮に最初の学士課程の入学生が順調に進学されていたとしても、博士課程3年目にあたる段階であり、修了には至っていなかったと見込まれます。つまり、その時点で修士課程を経て課程博士を修了した歯科技工士の事例はほとんど存在せず、私の修了は、ごく初期、あるいは日本初であった可能性もあると考えています。

 キャリアパスが整備される以前に、異分野の修士課程を経て、歯科技工士として進学が妥当と云える歯学分野の博士課程に進み、どうにか修了にまで至ったことは、巨視的に見れば、我が国の歯科技工士教育と歯学分野の学術研究とを結節する、ごく初期の試みであったと云えます。

 現在では、4年制大学での課程を卒業された歯科技工士の方々が、大学院修士課程、さらに博士課程へと進学する事例も聞かれます。そうした整備された道を歩まれてきた方々と比べますと、私などはまるで、黎明期の試作機、あるいは不格好な多砲塔戦車のような存在と云えるかもしれません(苦笑)。しかし、そうした時期であったからこそ、特有の創意や自由闊達さもまたあったのではないかと思われます。

 とはいえ、その過程には以前にも述べました通り、さまざまな困難があり、決して順風満帆なものではありませんでした。そうしたなか、2012年、教授(師匠)も准教授の先生もおられない状況で、担当させていただいた鋳造および鑞付けの歯科理工学実習では、研究室の先生方からご許可を頂き、人文的な話題を随所に交えながら実習を進めることができましたが、これは余程、自分の性質に合致していたのか「それまでの人生がこのためにあったのだ!」と感じられるほどの経験であり、それだけに、今なお強く記憶に残っています。

 それでも、学位取得後の道のりもまた、決して平坦なものではなく、まさに紆余曲折を経るものでした。黎明期の人間として、その不完全さなどネガティブな面全てを含めて、まあ自分らしい経路であったのではないかと思われるところですが、今後は、これまで培った経験を活かしつつ、若い世代の医療専門職の方々が、より自然に人文書に興味を持ったり、臨床と研究とを往還出来るような環境の整備に微力ながら関わりたいと考えています。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2023年5月28日日曜日

20230527 ブログ2000記事到達に際して

当記事の投稿により、総投稿記事が2000に到達します。当ブログをはじめてから約8年ほどで2000記事の投稿と考えてみますと、その期間は、10日間のうち6~7日は1記事投稿してきたことになりますので、私としては思いのほかに継続したのではないかと思われます。とはいえ、現在、当記事を作成していても、感興や感慨のようなものは皆無と云えます。

また、以前、当ブログにて自分にとって転機となった南紀での経験を述べてみたいという考えから作成した【南紀について】は比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。また、大学関係者の方々で、新たな医療介護リハビリ系の専門職大学あるいは科学技術大学院大学などの設置を検討されていましたら、南方熊楠が後半生を過ごした口熊野とも呼ばれる紀伊田辺は、南紀白浜温泉にもほど近く、風光明媚であり、教育・研究の環境として悪くないと思われますので、類似した環境と云える紀伊半島南部の東側の新宮と併せて是非、ご一考頂ければと思います。

さらにもう一つこじつけますと、紀伊田辺・新宮双方から通じている熊野本宮大社の主祭神は、家都御子神または家都美御子神(けつみ(み)このかみ)ですが、実は、これは出雲系の神である素戔嗚尊のことであり、この神は、木の国だけに樹木の神であると同時に、穀物の神でもあることから食の神とされています。そして実際に紀州・和歌山は、鰹節や醤油などの我が国の食文化には欠かすことの出来ない食材の発祥の地であり、さらに伝統食品である梅干しの生産量もダントツの首位であることから、語義通り、日本の味のルーツが今なお息づいている地域であると考えます。

そして、前段が幾分長くなってしまいましたが、こうした文化的背景を持つ地域に、食材の専門家である管理栄養士を主軸として、それに関連する職種と云える歯科衛生士などの医療介護リハビリ専門職を養成する学費が安価な高等教育機関(専門職大学)を、ある程度の規模の病院など医療機関がある紀伊田辺・新宮双方に設置しますと、西日本・東日本双方の受験生にも対応出来て、とても良いのではないかとも思われます。

そして、それら専門職大学では、各々専攻する専門職の養成課程科目と語学課目とは別に、各学生さんの内発的な興味に即した人文系の自由研究科目を必修として、それを在学期間を通じて学び続けるようなカリキュラムにすることにより、これまでとは少し異なった知的背景を持つ専門職の方々を養成することが出来るようになるのではないかと思われるのです。

以前、当ブログにて自らのことを「私は課程博士を修了した初めての歯科技工士ではないか?」と述べましたが、その路程は兄の死や、指導教授(師匠)の予期せぬ退職などが重なり、それなりに辛いものでしたが、同時に歯科理工学実習にて鋳造や鑞付けを担当させて頂き、2012年からは教授も准教授の先生もいない状況下にて、実習書や教科書に記載の情報以外は、人文系ネタを随所に散りばめつつ実習を進めることが出来たことは、自分の性質に合っていたのか強く記憶に残っています。

学生さんとしては、実習にて30歳過ぎのオッサンの本能と知性が噛み合って駆動している様子を、何やら「おかしなもの」として見ていたのではないかとも思われます・・。実際、私が人文系ネタを話しながら、実習手順や使用材料などについて説明していますと、後ろから小声で「民明書房刊・・」と聞こえたこともありました・・(苦笑)。

しかし他方で、自分としては最も多く人文系ネタを散りばめた実習を行った2012年度の実習後から2013年初旬にかけて、どうしたわけか、休日での市内の散歩や、喫茶店での読書の際に、実習時に担当した学生さんから話し掛けられることが何度かありました。

若い女性が町なかで、数度の面識しかない中年男性に話し掛けることは、あまり一般的な行為ではないと思われますので、ありがたいことであるのか、ともあれ、少なくとも危険視はされていなかったのではないかと思われます・・(笑)。

また、そこでの会話のさなかに、性懲りもなく人文系ネタを話してみても興味深そうに聞いて頂き、また、私としても、その都度のご質問にも、あまり逸らさない返答が出来たのではないかと記憶しています・・。

そして必修である実習以外の場面で、自分が話す人文系ネタを面白そうに聞いて頂けたり、それに対しての質問などの知的な反応を頂いたという経験は、それまで人文系を背景とする歯科技工士の大学院生として、あまり良い目を見たことがなかった私としては、それなりに画期的、いや革命的なことであり、以前にも述べましたが、そうしたいくつかの経験が複合的に作用して、今回の2000記事達成に至るのだと云えます・・。

とはいえ、であるからと云って、私はその学生さん達に恋慕しているわけではありません。おそらく、彼女等の多くは、鹿児島弁でいうところの「よかおごじょ」らしく、比較的早くに結婚されて、現在は子育てをされているのではないかと思われます。しかし、それらの方々が10年前の学生時代の実習時に、変なことを話していて「何だか面白そう・・」といった感じであるのか、町なかで話し掛けた中年男性は、8年近くかけて2000記事のブログを作成程度のことはしたということで、各々の「見る目」のご参考にして頂ければと願うところです・・。

おかげさまで(どうにか)2000記事に到達することが出来ました。そして今後はしばらく記事作成を休もうと考えていますが、また思いのほか案外早い時期に再開してしまうのではないかとも思われます・・。

そして2000記事到達となる今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年11月25日木曜日

20211124 昨日投稿記事の続き『「文学」の持つ意味や価値』について・・

昨日投稿記事の最後にて「「文学」の持つ意味あいや価値」と述べましたが、私のこれまでの経験からは、認識の仕方、つまり、それまでの考え方を変えるような作品は、いくつかありました。

その一つがポーランドを出自とする英国の作家ジョゼフ・コンラッドによる「闇の奥」であり、そのハナシの筋は、全体的に暗く、また、その作中人物に託された筆者の思想や含蓄、あるいは当時の世界情勢、西欧社会一般での人々の考え方なども描かれていることから、現在であるからこそ、読み直すと面白い作品であるとも云えます。

ともあれ、私が当作品に惹かれたのは、主にその「書きぶり」であり、過日投稿のブログ記事にて、いくつか、その書きぶりを真似て作成したこともあります。

では、その「書きぶり」の「何に」惹かれたのかと考えてみますと、それは、著者の視座が、さまざまな時代や地域を行き来しながらハナシを進める「書きぶり」であり、具体的な箇所を挙げますと、当ブログでの引用記事にもある「僕は大昔のこと、1900年前、ローマ人が初めてここにやってきた頃のことを考えていたんだ―ついこの間のことのようにね。」からの記述です。

こうした、作中にて語り手がいる場所から、二千年近く遡った、大昔とも云える時代にて、あり得たであろう様相を、想像と史実とを織り交ぜて語り、そこから、本題とも云える語り手自身の経験・記憶に結び付け、さきに述べた時代や地域を行き来語りつつハナシを進めるといった、その「書きぶり」に、何かしらの「深み」を感じたと云えます。

そして、その「書きぶり」に「深み」を感じるように背景には、南紀での在住経験があると思われます。つまり、その在住期間に日常的であった場所に、古墳など大昔の遺構がありますと、次第に、そして自然と、それ(遺構)に付随する「深み」や、その背景についても興味を持つようになり、さらに、その次には、その興味に基づいて知った背景などを絡めて、その地域のことを語りたくなっていくのではないかと思われるのです。

これは、私の場合はそうであったと云えますが、こうした何と云いますか、自身の経験と、作中に描かれている様相が「あれ、この状況は**に似ているのでは・・?」と何らかのきっかけで不図、思い付くようなことが、意外と重要であると思われるのです。

また、南紀での在住経験からハナシを進めてきたことから追記しますと、こうした、いわば「自分の境遇との何らかの類似性」を認識することによって感情移入が可能となり、それは歌の歌詞などに対しても同様であり、それを契機として、その歌に対して「自然な感動」をおぼえることが出来るようになるのではないかと思われるのです・・。

これは南紀白浜在住時、退勤後、一人、夜の白良浜に出てみますと聞こえてくるのは波音ばかりであり、あとは海と星空と月と円月島が視界に入るといった状況にて、不図、童謡の「椰子の実」が思い出されて、そのメロディーを口笛でしばし吹いてみますと、その歌詞も思い出され「ああ、これは現在の私のことかもしれないな・・。」と思い、そして、ある種の感傷に浸るといったことがありましたが、おそらく、それ以前には、自分の境遇との類似性から、ある特定の歌に共感をおぼえるといったことはなかったと思われますので、現在考えてみますと、あれはあれでエポック・メイキングであったように思われるのです・・。

また、そうした視座は、歌詞と同様、小説、あるいは論文などに対しても有効であると思われ、あるいは、こうしたいわば情緒的とも云える要素とは、論理的に記述された文章を読み解く際においても重要であるのではないかと思われ、そして、それが昨日の投稿記事、および当記事冒頭にて述べました「「文学」の持つ意味あいや価値」の一面であるようにも思われるのですが、さて如何でしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


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2021年6月29日火曜日

20210629 非生産的としてマウントを取られがちな人文社会科学ではありますが・・

どうにか6年間、10日のうち7日はブログ記事の更新をしてはきましたが、それによって自信がついたといった自覚はほぼありません・・。一方で世の中を見てみますと、現今において自信なるものは、その稼ぐ金銭の多寡によって決まるといった風潮があるように見受けられます。

これは経済活動の首府でもある東京において、著しくその傾向が強いように思われます。また、それに対抗し得る学術・芸術といった文化活動においても、多くの場合、最終的には経済活動に収斂され、丸め込まれ、本来それらが持っていた価値が、少なからず減じられているように思われるのです・・。

他方でそれは「経済活動が盛んであり、多くの富が蓄積され、さらに流通すれば、自然と、そこでの学術や芸術といった文化活動も盛んになる」といったメカニズムを別の視点から眺めたものであるとも云えます。

つまり、肥料としての冨が豊富であれば、その地の文化活動も盛んになるということですが、しかし、経済活動による富と文化活動の関係性において、文化活動とは一方的に肥料を与えられる受動的なものなのでしょうか・・。

これは文化活動の分野にもよると思われますが、医療の基礎たる医学研究を文化活動の一つとして捉えますと、分かり易いと思われます。つまり、そうした文化活動があることから、我々の社会は漸進的ではあれ進化しているのだとも云えるのではないでしょうか。

しかし、さきに述べたように、分野によっては社会に対しての貢献が見え難く、特に人文社会科学分野などは、非常に分かり難いと云え、あるいは疾病保険か生命保険の掛け金のように(半ば無為とは思いつつも)肥料を与え続けなければならないものであるようにも思われます・・。

してみますと、そこで「合理化・効率化」といった概念やコトバが広く一般的に用いられるようになりますと、そこから、さきの人文社会科学分野などは(無駄なものとして)真っ先に槍玉に上げられ易くなると云えます・・。

そして、ここに至って大事であると思われるのは、やはり「さまざまな歴史」であると思われるのです。「経済状況があまり芳しくなくなり、合理化や効率化といったコトバ・考えが重視されるようになると、不図、頭に浮かぶさまざまな事物は、本当に全て無駄なものとして排除しても良いものなのだろうか?」といった疑念を持った場合、参照されるのは古今東西の類似した状況であると思われます。

しかしながら、それはただ、そうした事柄が記されている各種資料が存在していれば良いというわけではなく。それを類似していると考え、指摘出来る方々、また、以前からそうしたことを考え続けている方々が、意見を発信し、さらに関連諸分野の方々との議論・検証等を経て、ある程度分かり易いカタチとして世の中に広く発信することが大事であると思われるのですが、こうした作業を大きく歪ませるものが、以前からの伝統的価値の力が大規模な敗戦によって著しく減衰し、その代わりに更に重視されるようになった経済活動による諸価値の判断であるように思われるのです・・。

坂本龍馬に続き、渋沢栄一を一種の英雄として扱いたがる世間の価値観とは、詳細は別として、半世紀を通じ、大きくは変化していないものと思われます。あるいは団塊の世代の青年期と老年期での理想像の変遷といったものを示しているのかもしれません・・。

そういえば、登場人物達が揃いも揃って美男美女であり、衣装もセットもやたらとキレイな歴史ドラマが普通に制作出来て、それが当り前にヒットするような国や地域とは、たとえ他方の経済活動による合理性や効率性が重視され、それが活きた活動指針とはなっていても、やはり何かがおかしく、数世紀にわたる持続的な発展などは困難であるように思われるのですが、さて、いかがでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 



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2021年3月21日日曜日

20210320 分野により言語体系(文化)が異なることから思い出したこと・・

今回の記事投稿の後、更に2記事更新することにより、かねてよりの目標であった1500記事に到達します。また当初、今月中での到達を目指していましたが、現状から考えてみますと、それは特に無理なく成し遂げることが出来るのではないかと思われてきます。

とはいえ、未だ目標には到達していませんので、あまりそうした絵空事を書くのも如何なものかとも思われるのですが、それでもなお、今回目標としている1500記事は、1000記事到達以降からは、思いのほかに苦労続きの道のりであり、書いているボクからしても「よくもあそこ(1000記事)から更にここまで書き続けることが出来たな・・。」といった思いがあります。

しかし同時に、こうした思いは不思議なほどに、感動や感慨といった感情的要素には結び付かず、ここにおいては、ただただ文章が先に進むことを急かすばかりと云えます・・(苦笑)。もちろん、であるからと云って、さきに述べた思い自体が捏造というわけではなく、おそらく、ある程度普遍的であると思われるのですが、このように文章作成を行っている時とは、その時の臨在的な感情から、ある程度距離を置くことが出来ていると思われるのです。そして、そのために、さきに書いたような認識が出来るのではないかと思われるのですが、このことは、おそらく、口語と文語との相違と関係があるようにも思われますが、もう少し精査してみますと、何か面白いことが分かるのではないかと思われます。

また、口語と文語を含めた言語にて苦労したのは、歯系院に進んだ時であり、当分野の文献を読んでみても、その内容は分からず、また、さまざまな発表で用いる文章の作成も当初それなりに苦労しました。しかし同時に幸運であったのは、私が入った研究室は、以前にも書きましたが、歯系分野でありながら、研究室の長である教授が歯科医師でないことが少なくない分野であり、そして、私の指導教授もまた歯科医師ではなく、工学と歯学にて博士号を取得された所謂ダブル・ドクターでした。当時、当分野では、そのような研究者はあまりいませんでした。

ともあれ、そうした教授であることからか、当研究室の院生や院生OBの先生方もまた、少し変わっている方が多く、人文社会科学系の大学を卒業されて、社会人生活を経てから歯学部に入学された先生や、浪人や留年にて多少時間を掛けて卒業にまで至った先生もいました。そして指導教授は、どうしたわけか、そうした先生方から大変人気がありました。こういった研究室の事情もあってか、私が人文社会科学系を背景とした歯科技工士であることは、そこまで大きな負い目としては感じられなかったのだと現在となっては思われます・・。

それでも当初は「毛色が違う変なヤツが来た」ということからか、色々と云われた記憶もありますが、実験が次第に進み、学会発表などを重ねていくにつれて「コイツにも長所のようなものがあるのかもしれない・・。」と思われたのか、あまり云ってこなくなり、むしろ、人文社会科学系のことについては訊ねられるようになりました・・。

そして、そうした経緯もあってか近隣の専門学校の歯科衛生士学科での教養科目(英語)を「コイツにやらせてみるか・・」となったのではないかとも思われますが、そこから、どうにか学位取得にまで至り、その後、生きるために色々とやっていますと、書籍を読むという癖は多少衰えたとはいえ続いていますが、ボクの場合、放って置きますと、人文系の乱読に走る傾向があることがわかりました・・(苦笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設



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2021年1月28日木曜日

20210128 時代の先導者達は当初、必ずしも皆カッコいいわけではない・・

 つい先日、現在勤務医をされていて、かつて某大学歯学部某研究科の准教授をされていた先生(歯科医師)と話す機会があり、そこで「医科の中でも歯科はどうも国内に留まって視野か狭くなってしまいがちなんだよね・・。だからこそ、常に新しいものに挑戦した方が良いと思うのだが、何ていうかな、ある程度お金を稼げてしまうからか、それがなかなか難しいのだよね・・。」といった主旨のことを話されましたが、これは歯科医師の先生方については、少なくとも間違いではないと思われます。

そして本日の朝、かねてよりお世話になっている分野横断型で学究肌の先生(開業歯科医師)から「新しい動画を作成したから見てね。」という内容のメッセージが届いたため、早速視聴させて頂いたところ、その動画には、かねてより学会などを通じて面識があり、これまたお世話になっている先生(歯科医師・数年前まで某老舗歯科大学某講座講師)が登場され、歯科関連の新商品の説明をされていたことに吃驚しましたが、アカデミアでの活動の枠にとらわれず、現時点では決して正統とは云えないこうした活動を、おそらくは楽しみながら出来てしまう行動力や気力そして、それが出来る環境には頭が下がりますが、こうしたことが、冒頭の先生が仰っていた「常に新しいものに挑戦した方が良い・・」の実践的な具体例であるように思われました。

とはいえ、冒頭の先生と動画の両先生とは、直接の面識はないはずであるため偶然であると思われるのですが、であるからこそ、自身としてはより面白く感じられました・・。

おそらく、こうした挑戦的な活動は、歯科医療分野においても日々為されていると思われますが、そうした活動がより多く行われ、そして知ることが出来るのは、現時点では、やはりここ首都圏であると思われます。しかし同時に、こうしたブログや、さまざまなSNSなどの情報伝達手段の発達により、そうした活動はより、国内外各地に伝播し易くなり、そして相互作用もまた生じ易くなってきているのではないかと思われます。

その中で、自身がこれまでどうにか継続している当ブログは、小さな存在であるとは思いますが、それでも、そうした新たな次の時代への胎動とも云える活動をいくつかでも紹介出来、あるいは一つであっても未来を予見することが出来ましたら、何と云いますか、自身がこれまで述べてきました「歴史的文脈そして教養の重要性」を自らの活動によって証明することが出来たとも云えますので、それはそれでアカデミアでの正統な人文社会科学研究者の方々に対しても多少は顔向け出来るのではないかとも思われます・・。

今現在、未だコロナ禍の中にある我が国社会ではありますが、今後これが収束し、そして自身のブログ記事作成期間が丸6年となり、そして総投稿記事が1500記事に到達しましたら、また、西日本のアカデミアや歯科医療機関での新たな面白い挑戦的な活動を見学させて頂き、何かしら記事のようなものを作成出来ればと考えています・・。

しかし、そうした願望を持っている私ではありますが、今現在は以前にも書きました通り、欝々としており、必ずしも活気のある状態とは云えません・・。そして、ここまで書きますと、昨日投稿の記事内容が思い出されるのですが、その記事での主張は必ずしも間違っておらず、女性が有形無形の応援によって活力・活動をアクセレートさせる男性の種類の選択を誤りますと、さまざまな人災・天災が生じ、結果として、その地域・国は衰退に向かって行くとのだと云えますが、その観点から現在の我が国における様々な状況を考えてみますと、それは必ずしも「良い」とは云えないように思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2020年9月2日水曜日

20200902 現在読み進めている著作「民衆暴力」から

本日の首都圏はぐずついた天気ではありましたが、気温は高く、蒸し暑さを感じる1日でした。また、現在読み進めている中央公論社刊 藤野裕子著「民衆暴力」(一揆・暴動・虐殺の日本近代)は、期せずしてタイムリーとも云える第4章「関東大震災時の朝鮮人虐殺」に至り、その記述に眉を顰めることが度々ありましたが、それらは概ね史実であると云えます。そしてまた、(残念ながら)それら記述から、昨今のコロナ禍下の我が国において生じた、報じられた、いくつもの出来事とも、自然な連続性を見出すことが出来ると云えます・・。

関東大震災直後での出来事と、現今の我が国におけるコロナ禍下の出来事の連続性を結節する主たるものは、先日読了した講談社刊 鴻上尚史・佐藤直樹著「同調圧力」(日本社会はなぜ息苦しいのか)に描かれている「世間」において空気のように存在している「同調圧力」であると考えます。

「同調圧力」は、多くの場合、明言されることはないものの「世間」内部での互いの目配せによって醸成されるような、一種、忖度の前提となるようなものであり、これが空気のように「世間」内部に蔓延すると、各々の自由な発言、行動が著しく困難になり、知らぬ間に、ある特定の方向に(世間内部の)発言や行動が向かっていくといった性質があるように思われます。

そしてこれは筑摩書房刊 加藤周一著「日本文学史序説」下巻に記されている「小さな所属集団内部での情意伝達に慣れた人々が、長い間「以心伝心」を理想としてきたということもあろう。言葉による伝達には限界があり、大切なことはすべて言葉によらずに伝達されるという考え方は、日本文化のなかに浸透していた。」によって説明できるのではないかと考えます。

さらにまたそれは、明治初期に福沢諭吉が、自身の興した慶應義塾内に「演説館」を建設した理由(必要性の認識)にも近しい関係があるのではないかとも思われます。

つまり、端的に我が国では、伝統的に、言語によって構成・構築された言説によって彼我が互いに議論を交わす(戦わす)といった文化が社会そして世間に根付いておらず、あったとしても、表層的とも云える語義上での揚げ足取りといった様相になることが多いように見受けられます。

そして、こうしたことから敷衍しますと、国産の思想・哲学といったものが生まれ難いといった状況にも、浅からぬ関連性があるのではないかと思われるのです。

また、そのように考えてみますと、その基層には、古くから国民全般に広く浸透した宗教上の正典といったものが存在しないことが、少なからず影響を及ぼしているのではないかと思われます。

ともあれ、そうした事情は、昨今のインターネットの普及により、社会全般にて参照可能となった情報が著しく増加したことにより、さらに拍車がかかり、現在においては、以前よりもさらに、さまざまな「世間」を結び付け「社会」とすることが可能となる、共有化し得る「言説」を構築あるいは見出し難い状況と云えるのかもしれません。

しかしまた同時に「ある程度の世間の範囲」(たとえば地域社会)にて古くから共有化されている「言説」の核となるものは、以前と比較すると、見出し易くなってきているのかもしれません・・。その意味でも、やはり国であれ地域であれ、その辿って来た「歴史」とは、軽視されるべきものではなく、それは冒頭にて述べた「関東大震災時の朝鮮人虐殺」においてもまた同様であるように思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2020年8月16日日曜日

20200815 終戦(敗戦)記念日に思ったこと

本日は終戦(敗戦)記念日であるため、報道番組・ネット上においても、そうした特集が多く見受けられました。戦後以来、毎年、この日を迎えると、このような感じになり、また、ある程度区切りの良い年になると、例年に比べ、多少多くの特別番組・報道記事が組まれるといった感じになります。おそらく、こうした行事は、この先も、我が国の政治体制が大きく変わらない限り、続けられると思われます。

そこから、この8月15日の終戦(敗戦)記念日は現代を生きる我々にとって未だ100年も昔の出来事ではなく、比較的身近であり、深く理解しようと思えば出来そうな時代であると云えるのですが、どうしたわけか、我が国では、各教育段階にて、この時代についての歴史教育は、あまり詳細にはやろうとはしない傾向があると云えます・・。

自らの記憶を辿ってみますと、高校時代は、明治維新にて日本史の授業は一通り終え、その後から20世紀前半の歴史についての授業は、受けた記憶が定かにはありません・・。しかし他方で同じ頃に現代文の授業で扱った夏目漱石による「現代日本の開化」は、それ以前にも自分の興味から何度か読んでいたということもあり、学内のテストにて比較的良い成績をとったという記憶は、割合明瞭に残っています。

また、ここまで書いていて思い起こされたことは、高校に入学してまだ間もない頃、世界史か何かの科目で第二次世界大戦について、先生に指されたのを良いことに、しばらく、その経緯を説明するように話したことであり、これで「少し変なヒト」という扱いになったのではないかと思われます・・(苦笑)。

その後、私の歴史についての興味が本格的に動き出したのは、大学最後の1年あたりで、以前にも何度か記事に書き、また、現在もなお途中の【架空の話】に指導教員として登場している文系の師匠に出会ってからであると云えます。現在思い返してみますと、当時は師匠の方が所謂D2病の、ど真ん中であり、私は、その頃の「濃いキャラになっていた」師匠から、少なからぬ影響を受けたのだと云えます・・(苦笑)。

そこで、自身も大学院に進学しようと周囲に訊ねてみると「とりあえず3年程度働いてみて、それでも行きたければその時に考えれば良い。」ということになり、普通に就職しました。しかし、さきの影響は大きかったようであり「やはり院に行きたい。」と考え、また、多少お金も貯まったため、転勤にて東京勤務になってから、さまざまな大学に問合せ、資料請求をしたり、周囲を説得したりして、どうにか準備を整えました。

この時、いくつかの大学院を受験しましたが、どれも、あまり好感触と云えるものではありませんでした・・。ただ、会社勤務の際は、ホテルフロントとして、比較的多く外国人宿泊客の対応をさせられた(させて頂いたため)か英語面接は、後悔する部分もあったものの、同時にそこまで酷いモノではなく、また英文和訳のテストは、これまた会社時代、FAXなどで送られてくる、さまざまな宣伝チラシなどの概容訳をやらされていた(させて頂いた)ためか、そこまで怖気づくことなく対応は出来たように記憶しています。

あとの小論文は、あまりその出来は分からずに、もう一つの面接は、何やら怖く、面接官にバカにされたような感じも受けました(現在考えてみますと、当人には、そうしたつもりはなかったのだと思われますが・・)。

ともあれ、どうにか入学を許されて入ってみますと、周囲には、当時としては、私以上に「変なヒト」と判断し得るような方々が何人かおり、そのよく分からない研究に対する熱意やストイックさに、こちらも知らぬうちに伝染し、また、そうした様子を手紙かメールにて察知したと思しき、さきの文系の師匠は、関西方面にて開催される学会を機会として何度かこちらに訪ねて来られたことがありました。

この修士院生の頃は、自身にとっては、まさに「遅まきの青春」であったと云え、それ以前の学生生活と比べると周囲の環境も決して悪くなく、居心地の良いものでした。

とはいえ、院の修了後は、数年前に開業した実家にて手伝うことが出来るようにと、東京の歯科技工専門学校に通うことになりましたが、これはまさに専門学校であり、自身としては、よく手を動かしたと記憶しています。また、それまで自身は図工や美術については比較的成績が良く、勝手にセンスがあると思っていましたが、この専門学校にて、世の中には器用な人がいるものだと、はじめて認識しました・・(苦笑)。

また、この専門学校にて「このさきは歯科技工士も大学院に進むべきだ。」との考えに触れ、それに影響を受け、周囲の反対を押し切って、以前の和歌山よりも、さらに西に行くことになりました・・。

現在では、四年制大学の歯科技工士養成課程を卒業した歯科技工士が普通におり、さらに修士、博士課程へと進み、学位取得にまで至ると聞き及んでいますが、そうしたストレートな課程を経て来られた方々と比べますと、私は原初的な、あるいは黎明期特有のゴチャゴチャした試作機もしくは多砲塔戦車のようなものであると云えます・・(笑)。

それでも、そうした存在には全く価値はないというわけでもなく、それは、当ブログも含めて、これまでと、そして、これからの活動にかかっているのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・。

ともあれ、これまでで一つ判然としたことは、私の歴史好きの傾向は比較的強く、普通でいると、自然にそちらの方面に行ってしまうということです・・(笑)。

この先も本日の終戦(敗戦)記念日が、自国の近現代史を見つめる日であり続け、変に形式化、ベタ化しないことを願います・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


一般社団法人大学支援機構


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2020年7月5日日曜日

20200704 この度の南九州での大雨災害から

先ず、このたびの大雨によって甚大な被害を被った南九州地域での行方不明となった方々の早期の生還・救出そして、さまざまな生活インフラの早期の復旧を祈念いたします。また、報道番組などで、当地域の映像が出てきますと、さまざまな記憶が思い起こされてきます。

今回、多くの被害を被った球磨川流域、人吉市は、鹿児島在住時に訪問したことがあります・・。さらに当地ご出身の学生さんがおられたことも思い出されましたが、今回の大雨で被害に遭われていないこと願っています・・。

鹿児島在住時、球磨川流域の人吉市を訪れたのは、2011年の初秋であり、川下りのラフティングのためでした。これを企画して頂いたのは、当ブログにて何度か取り上げさせて頂いている先輩院生の方であり、2009年に兄が亡くなり、さらに、2010年には指導教員が心ならずも退職されることになり、失意のどん底にあった私を、おそらくは見るに見かねて、企画してくださったのではないかと思われます・・。

とはいえ、この先輩は、そうした気配を全く見せることなく「実は中止にしようと思ったんだけれども・・。他の参加者の様子を見に研究室を訪ねてみたら、皆でYouTubeでラフティングの動画を喜々として見ている光景を目にして引くに引けなくなった・・。」と、国道225号沿い、南鹿児島駅近くのリンガーハットで皿うどんを食べながら話してくださったことが思い出されます。ちなみにこの先輩は皿うどんが好物であり、そこに酢を多くかけるのが特徴的でした。

しかし、こうした一種、露悪的とも云える言動は、現在考えてみますと、私に余計な気を使わせないためであったのではないかとも思われるところですが、そうしてみますと、私が学位審査前でおかしくなっている頃も、同様に、そうした行動や言動を取り、またそれは、当時私の周囲におられた多くの研究室関係者においても同様であったのではないかとも思われてきます。

他方、当時の私は、おかしくなっていたものの、そのことに少しは気が付いていたフシもあり、学位審査を終えて結果が出た後、天文館で開かれた祝賀会にて私が「ええと、この度、私がどうにか学位取得に至ることが出来ましたのは、自分の努力以上に、ここにおられる諸先生方の「運」を少しづつ分けて頂いたことによると云えます。」と宣ったところ、しばらくの間、場が固まり、そして、当時、他講座の助教であった指導教員門下の最年長の先生が「ささ!まあ、それは良いとして、とりあえずは乾杯を!」と流れを変え、その場の雰囲気を変えましたが、実のところ、あの場で私が云ったことはまさに図星であったのではないかと思われるのです・・。そして、図星であったが故に、その場におられた先生方は、その話題を深入りされたくなかったのではないかと思われるのです・・。



しかし、現在になって考えてみますと、さきにも述べましたが、兄の死と指導教員の突然の退職が重なり、かなり落ち込んでいた私を、そのまま放置せずに、あまり気が進まない素振りは見せつつも、さまざまな危機的な局面で救って頂き、また、良い方向への進路変更をさり気なく促してくださったのは、こうした周囲の先生方であり、あるいは、あまりこうした事情をご存じでなかった学生さん達であったのではないかと思われるのです。

そして、今現在、学位取得の2013年から既に7年近く経っていますが、そこから自分自身が、有意に変わったとは、どうしても思うことが出来ないのです・・。つまり、2013年から現在までは「本当にどうにか生きてこれた・・。」ような感じがしてなりません・・。

それは、何かしら精神的な傷によるものであるのか、あるいは、そこで芯が疲れ切ってしまったのか、はたまた、それがごく普通の生き方であるのか分かりませんが、私としては、もう少しハリのある、自身を生かし、精神の自転運動を惹起させるような、生き方をしたいと願うところですが、それは、少し高望みし過ぎなのでしょうか・・(苦笑)。

ゲーテの「ファウスト」に『心をよみがえらす泉は自分の胸中からわいてこねば、心身をよみがえらすことはできない。』といったコトバがありましたが、今後、私はその泉を自分の中に見出すことが出来るのでしょうか・・そして、それは当ブログと関係があるものなのでしょうか・・イマイチよく分かりません(苦笑)。

ともあれ、上記のような経験の記憶を私に与えてくれた南九州における、この度の大雨災害による被害が出来るだけ軽微であり、また、そこからの復旧が速やかに進むことを願っています。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2019年10月22日火曜日

角を矯めて牛を殺すよりは・・と同調圧力?【20191022】

まず初めに、先日の台風19号による被害から未だ復旧していない諸地域の速やかな復旧を祈念いたします。

さて、おかげさまで去る10月13日投稿分の『鹿児島での出来事について(変性意識?)』がコピペ先のアメーバブログにおいてランクインしました。これを読んで頂いた皆様どうもありがとうございます。

この『鹿児島での出来事について(変性意識?)』のような、いわば自身の経験を述べた記事がランクインすることは、記事作成者としては、たとえば書籍からの抜粋引用部を記事としたものがランクインすることと比較して、やはり相対的に嬉しく、そしてまた事後の記事作成の意欲にも繋がってくると云えます。

その一方で、ここ最近もまた、いくつか書籍を読んでおり、それら著作内記述も大変興味深と思われることから、現在のような記事作成に際しては、自身の文章あるいは書籍からの抜粋引用何れかで行くのかについて、多少考えてしまいます・・(苦笑)。

最近読み進めているいくつかの著作もまた、歴史を扱ったものであり、そのうちの一つである我が国の近現代を扱った著作は比較的硬質な文体の、どちらかといえば専門書に類するものであると云えますが、この著作はこれまでに読んだ我が国近現代を扱った著作のなかでも、内容的に大変興味深く、また、その著された年代を感じされることが少ないことから優れた著作であると云い得ます。

これまでに私はある程度、さまざまな歴史についての著作を読んできたと考えますが、そのはじまりについてはあまり精確に遡ることは出来なく、少なくとも、文字を知る前の段階から、家にあった写真やイラストが割合多く載った分かりやすい歴史についての書籍を好んで読んでいた(ページを捲っていた)記憶は残っています。

その後、小学生になりますと「マンガ日本の歴史」や「マンガ世界の歴史」といった本を毎日飽きもせずにランドセルに詰めては通学電車内で読んでいました・・。さらには小学校の卒業アルバムに載せた自分のキャッチフレーズには「歩く歴史書」と書いていました・・(苦笑)。

そして、そうしたことを思い起こしてみますと、よくもこの年齢に至るまで、多少断続的であった時期はあるものの、継続して、この分野の書籍を読み続けてきたものであると、我が事ながら多少自分の「頑固さ」を不憫にも思います・・。

また、こうした長年にわたり継続している所謂、比較的強い性質とは、一般的に他面において影の部分も強く・濃く形成するものであり、おそらく自身は、出来ることと出来ないことの差が激しい、あるいは端的に「つじつまが合わない」といったような性質を有しているのではないかと思われます・・(苦笑)。

この性質については、幼少期からボンヤリと思い続け、現在に至り割合明確に思うことは「私は自分のこの性質に合った仕事に就かないとダメだ・・。」であり、また他方で「自身のこの性質(歴史好き)は必ずしも捨てたものではない・・。」といった経験に基づく信念のようなものもいくらかか明瞭化してきたと云えます・・。

小学生の頃から、歴史に関して、本当の興味・関心に基づいて話すことが出来る相手がいなく、中学校では、かなり変わった学生が多い学校に進んだことから、多少その芽は伸びて、そしてその先の高等学校では、かなり自由な校風ではあったものの、自身の歴史に関する興味・関心は、周囲の多くの学生と違うことにより多少浮いてしまい、無理に合わせようとして、より浮いてしまうといったことがあったように記憶しています・・。

こうした状況は大学においても同様でしたが、この時期は運動部に所属していたことから、書籍を好んで読むといったことはありませんでした・・。そして、部活を引退する少し以前、文系師匠と出会い、この時「世の中には私より強烈な方もいるのだなあ・・。」と感心を通り越して感激した記憶があります・・(笑)。

若い時期のこうした出会いは、なかなか重要なものであり、その後も社会において、こうした人物に出会うことなく過ごしていますと、物足りなくなり、そしていよいよ自分がオカシイのではないかと思うようになり「やはり自分は人文社会科学系の大学院に進むべきだ・・」と考えるようになり、周囲と相談し、ある程度の貯金をした後に会社を辞めて試験に備えました。

おそらく、ここまでは、どのようなルートであれ、自身の性質を鑑みるに概ね同じようなルートを辿ったのではないかと思われます。しかし、ここで自身が特筆すべきと考えることは、首都圏のそれまでの自身が慣れ親しんだ文化圏の大学院に進まず、自身がかつて職務にて在住した近畿地方辺縁といえる場所の大学院に進もうとしたことです・・。

それは「それまでの自分は、歴史を知っているつもりになっていたが、実のところ自分の国の古くから続く文化の積層、そしてその表層における現出とも云える、さまざまな民俗文化については、ほぼ何も知らなかった・・。」といった一種の強い敗北感・挫折感のようなものが根底にあったからであると云えます・・。

私のヨーロッパ文化専攻への希望が地域学専攻へと変化した背景にはそうした事情があります。しかし、それが果たして良かったのかどうかは、今以て明確には分かりませんが、結局のところ進んだ近畿地方辺縁の大学院での院生生活や、周囲の方々、そして何より、そこでの読書量などを思い返してみますと、比較的良かったのではないかと思われます・・。

そして、そこでの院生生活を終える頃の私は、完全に、そして不可逆的に現在の私の原型になっていたと云えます・・(苦笑)。


今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。







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前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

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