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2025年11月5日水曜日

20251104 黎明期の試作機である私について

 当記事を含めて、残り2記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、以前にも当ブログで述べたことがありますが、私は2007年に修士(経済学)を取得後、歯科技工専門学校に入学し、歯科技工士としての専門教育を受け、2009年に歯科技工士免許を取得して、歯科生体材料学を専攻分野として大学院博士課程に進学、2013年に博士(歯学)を取得しました。

 現在では、国内に4年制の歯科技工士養成課程を有する大学が2つあり、広島大学が2005年、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)が2011年に、それぞれ設置されています。それ故、私が博士号を取得した2013年当時、仮に最初の学士課程の入学生が順調に進学されていたとしても、博士課程3年目にあたる段階であり、修了には至っていなかったと見込まれます。つまり、その時点で修士課程を経て課程博士を修了した歯科技工士の事例はほとんど存在せず、私の修了は、ごく初期、あるいは日本初であった可能性もあると考えています。

 キャリアパスが整備される以前に、異分野の修士課程を経て、歯科技工士として進学が妥当と云える歯学分野の博士課程に進み、どうにか修了にまで至ったことは、巨視的に見れば、我が国の歯科技工士教育と歯学分野の学術研究とを結節する、ごく初期の試みであったと云えます。

 現在では、4年制大学での課程を卒業された歯科技工士の方々が、大学院修士課程、さらに博士課程へと進学する事例も聞かれます。そうした整備された道を歩まれてきた方々と比べますと、私などはまるで、黎明期の試作機、あるいは不格好な多砲塔戦車のような存在と云えるかもしれません(苦笑)。しかし、そうした時期であったからこそ、特有の創意や自由闊達さもまたあったのではないかと思われます。

 とはいえ、その過程には以前にも述べました通り、さまざまな困難があり、決して順風満帆なものではありませんでした。そうしたなか、2012年、教授(師匠)も准教授の先生もおられない状況で、担当させていただいた鋳造および鑞付けの歯科理工学実習では、研究室の先生方からご許可を頂き、人文的な話題を随所に交えながら実習を進めることができましたが、これは余程、自分の性質に合致していたのか「それまでの人生がこのためにあったのだ!」と感じられるほどの経験であり、それだけに、今なお強く記憶に残っています。

 それでも、学位取得後の道のりもまた、決して平坦なものではなく、まさに紆余曲折を経るものでした。黎明期の人間として、その不完全さなどネガティブな面全てを含めて、まあ自分らしい経路であったのではないかと思われるところですが、今後は、これまで培った経験を活かしつつ、若い世代の医療専門職の方々が、より自然に人文書に興味を持ったり、臨床と研究とを往還出来るような環境の整備に微力ながら関わりたいと考えています。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。













2021年11月25日木曜日

20211124 昨日投稿記事の続き『「文学」の持つ意味や価値』について・・

昨日投稿記事の最後にて「「文学」の持つ意味あいや価値」と述べましたが、私のこれまでの経験からは、認識の仕方、つまり、それまでの考え方を変えるような作品は、いくつかありました。

その一つがポーランドを出自とする英国の作家ジョゼフ・コンラッドによる「闇の奥」であり、そのハナシの筋は、全体的に暗く、また、その作中人物に託された筆者の思想や含蓄、あるいは当時の世界情勢、西欧社会一般での人々の考え方なども描かれていることから、現在であるからこそ、読み直すと面白い作品であるとも云えます。

ともあれ、私が当作品に惹かれたのは、主にその「書きぶり」であり、過日投稿のブログ記事にて、いくつか、その書きぶりを真似て作成したこともあります。

では、その「書きぶり」の「何に」惹かれたのかと考えてみますと、それは、著者の視座が、さまざまな時代や地域を行き来しながらハナシを進める「書きぶり」であり、具体的な箇所を挙げますと、当ブログでの引用記事にもある「僕は大昔のこと、1900年前、ローマ人が初めてここにやってきた頃のことを考えていたんだ―ついこの間のことのようにね。」からの記述です。

こうした、作中にて語り手がいる場所から、二千年近く遡った、大昔とも云える時代にて、あり得たであろう様相を、想像と史実とを織り交ぜて語り、そこから、本題とも云える語り手自身の経験・記憶に結び付け、さきに述べた時代や地域を行き来語りつつハナシを進めるといった、その「書きぶり」に、何かしらの「深み」を感じたと云えます。

そして、その「書きぶり」に「深み」を感じるように背景には、南紀での在住経験があると思われます。つまり、その在住期間に日常的であった場所に、古墳など大昔の遺構がありますと、次第に、そして自然と、それ(遺構)に付随する「深み」や、その背景についても興味を持つようになり、さらに、その次には、その興味に基づいて知った背景などを絡めて、その地域のことを語りたくなっていくのではないかと思われるのです。

これは、私の場合はそうであったと云えますが、こうした何と云いますか、自身の経験と、作中に描かれている様相が「あれ、この状況は**に似ているのでは・・?」と何らかのきっかけで不図、思い付くようなことが、意外と重要であると思われるのです。

また、南紀での在住経験からハナシを進めてきたことから追記しますと、こうした、いわば「自分の境遇との何らかの類似性」を認識することによって感情移入が可能となり、それは歌の歌詞などに対しても同様であり、それを契機として、その歌に対して「自然な感動」をおぼえることが出来るようになるのではないかと思われるのです・・。

これは南紀白浜在住時、退勤後、一人、夜の白良浜に出てみますと聞こえてくるのは波音ばかりであり、あとは海と星空と月と円月島が視界に入るといった状況にて、不図、童謡の「椰子の実」が思い出されて、そのメロディーを口笛でしばし吹いてみますと、その歌詞も思い出され「ああ、これは現在の私のことかもしれないな・・。」と思い、そして、ある種の感傷に浸るといったことがありましたが、おそらく、それ以前には、自分の境遇との類似性から、ある特定の歌に共感をおぼえるといったことはなかったと思われますので、現在考えてみますと、あれはあれでエポック・メイキングであったように思われるのです・・。

また、そうした視座は、歌詞と同様、小説、あるいは論文などに対しても有効であると思われ、あるいは、こうしたいわば情緒的とも云える要素とは、論理的に記述された文章を読み解く際においても重要であるのではないかと思われ、そして、それが昨日の投稿記事、および当記事冒頭にて述べました「「文学」の持つ意味あいや価値」の一面であるようにも思われるのですが、さて如何でしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


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2021年3月21日日曜日

20210320 分野により言語体系(文化)が異なることから思い出したこと・・

今回の記事投稿の後、更に2記事更新することにより、かねてよりの目標であった1500記事に到達します。また当初、今月中での到達を目指していましたが、現状から考えてみますと、それは特に無理なく成し遂げることが出来るのではないかと思われてきます。

とはいえ、未だ目標には到達していませんので、あまりそうした絵空事を書くのも如何なものかとも思われるのですが、それでもなお、今回目標としている1500記事は、1000記事到達以降からは、思いのほかに苦労続きの道のりであり、書いているボクからしても「よくもあそこ(1000記事)から更にここまで書き続けることが出来たな・・。」といった思いがあります。

しかし同時に、こうした思いは不思議なほどに、感動や感慨といった感情的要素には結び付かず、ここにおいては、ただただ文章が先に進むことを急かすばかりと云えます・・(苦笑)。もちろん、であるからと云って、さきに述べた思い自体が捏造というわけではなく、おそらく、ある程度普遍的であると思われるのですが、このように文章作成を行っている時とは、その時の臨在的な感情から、ある程度距離を置くことが出来ていると思われるのです。そして、そのために、さきに書いたような認識が出来るのではないかと思われるのですが、このことは、おそらく、口語と文語との相違と関係があるようにも思われますが、もう少し精査してみますと、何か面白いことが分かるのではないかと思われます。

また、口語と文語を含めた言語にて苦労したのは、歯系院に進んだ時であり、当分野の文献を読んでみても、その内容は分からず、また、さまざまな発表で用いる文章の作成も当初それなりに苦労しました。しかし同時に幸運であったのは、私が入った研究室は、以前にも書きましたが、歯系分野でありながら、研究室の長である教授が歯科医師でないことが少なくない分野であり、そして、私の指導教授もまた歯科医師ではなく、工学と歯学にて博士号を取得された所謂ダブル・ドクターでした。当時、当分野では、そのような研究者はあまりいませんでした。

ともあれ、そうした教授であることからか、当研究室の院生や院生OBの先生方もまた、少し変わっている方が多く、人文社会科学系の大学を卒業されて、社会人生活を経てから歯学部に入学された先生や、浪人や留年にて多少時間を掛けて卒業にまで至った先生もいました。そして指導教授は、どうしたわけか、そうした先生方から大変人気がありました。こういった研究室の事情もあってか、私が人文社会科学系を背景とした歯科技工士であることは、そこまで大きな負い目としては感じられなかったのだと現在となっては思われます・・。

それでも当初は「毛色が違う変なヤツが来た」ということからか、色々と云われた記憶もありますが、実験が次第に進み、学会発表などを重ねていくにつれて「コイツにも長所のようなものがあるのかもしれない・・。」と思われたのか、あまり云ってこなくなり、むしろ、人文社会科学系のことについては訊ねられるようになりました・・。

そして、そうした経緯もあってか近隣の専門学校の歯科衛生士学科での教養科目(英語)を「コイツにやらせてみるか・・」となったのではないかとも思われますが、そこから、どうにか学位取得にまで至り、その後、生きるために色々とやっていますと、書籍を読むという癖は多少衰えたとはいえ続いていますが、ボクの場合、放って置きますと、人文系の乱読に走る傾向があることがわかりました・・(苦笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設



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2021年1月28日木曜日

20210128 時代の先導者達は当初、必ずしも皆カッコいいわけではない・・

 つい先日、現在勤務医をされていて、かつて某大学歯学部某研究科の准教授をされていた先生(歯科医師)と話す機会があり、そこで「医科の中でも歯科はどうも国内に留まって視野か狭くなってしまいがちなんだよね・・。だからこそ、常に新しいものに挑戦した方が良いと思うのだが、何ていうかな、ある程度お金を稼げてしまうからか、それがなかなか難しいのだよね・・。」といった主旨のことを話されましたが、これは歯科医師の先生方については、少なくとも間違いではないと思われます。

そして本日の朝、かねてよりお世話になっている分野横断型で学究肌の先生(開業歯科医師)から「新しい動画を作成したから見てね。」という内容のメッセージが届いたため、早速視聴させて頂いたところ、その動画には、かねてより学会などを通じて面識があり、これまたお世話になっている先生(歯科医師・数年前まで某老舗歯科大学某講座講師)が登場され、歯科関連の新商品の説明をされていたことに吃驚しましたが、アカデミアでの活動の枠にとらわれず、現時点では決して正統とは云えないこうした活動を、おそらくは楽しみながら出来てしまう行動力や気力そして、それが出来る環境には頭が下がりますが、こうしたことが、冒頭の先生が仰っていた「常に新しいものに挑戦した方が良い・・」の実践的な具体例であるように思われました。

とはいえ、冒頭の先生と動画の両先生とは、直接の面識はないはずであるため偶然であると思われるのですが、であるからこそ、自身としてはより面白く感じられました・・。

おそらく、こうした挑戦的な活動は、歯科医療分野においても日々為されていると思われますが、そうした活動がより多く行われ、そして知ることが出来るのは、現時点では、やはりここ首都圏であると思われます。しかし同時に、こうしたブログや、さまざまなSNSなどの情報伝達手段の発達により、そうした活動はより、国内外各地に伝播し易くなり、そして相互作用もまた生じ易くなってきているのではないかと思われます。

その中で、自身がこれまでどうにか継続している当ブログは、小さな存在であるとは思いますが、それでも、そうした新たな次の時代への胎動とも云える活動をいくつかでも紹介出来、あるいは一つであっても未来を予見することが出来ましたら、何と云いますか、自身がこれまで述べてきました「歴史的文脈そして教養の重要性」を自らの活動によって証明することが出来たとも云えますので、それはそれでアカデミアでの正統な人文社会科学研究者の方々に対しても多少は顔向け出来るのではないかとも思われます・・。

今現在、未だコロナ禍の中にある我が国社会ではありますが、今後これが収束し、そして自身のブログ記事作成期間が丸6年となり、そして総投稿記事が1500記事に到達しましたら、また、西日本のアカデミアや歯科医療機関での新たな面白い挑戦的な活動を見学させて頂き、何かしら記事のようなものを作成出来ればと考えています・・。

しかし、そうした願望を持っている私ではありますが、今現在は以前にも書きました通り、欝々としており、必ずしも活気のある状態とは云えません・・。そして、ここまで書きますと、昨日投稿の記事内容が思い出されるのですが、その記事での主張は必ずしも間違っておらず、女性が有形無形の応援によって活力・活動をアクセレートさせる男性の種類の選択を誤りますと、さまざまな人災・天災が生じ、結果として、その地域・国は衰退に向かって行くとのだと云えますが、その観点から現在の我が国における様々な状況を考えてみますと、それは必ずしも「良い」とは云えないように思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2020年8月16日日曜日

20200815 終戦(敗戦)記念日に思ったこと

本日は終戦(敗戦)記念日であるため、報道番組・ネット上においても、そうした特集が多く見受けられました。戦後以来、毎年、この日を迎えると、このような感じになり、また、ある程度区切りの良い年になると、例年に比べ、多少多くの特別番組・報道記事が組まれるといった感じになります。おそらく、こうした行事は、この先も、我が国の政治体制が大きく変わらない限り、続けられると思われます。

そこから、この8月15日の終戦(敗戦)記念日は現代を生きる我々にとって未だ100年も昔の出来事ではなく、比較的身近であり、深く理解しようと思えば出来そうな時代であると云えるのですが、どうしたわけか、我が国では、各教育段階にて、この時代についての歴史教育は、あまり詳細にはやろうとはしない傾向があると云えます・・。

自らの記憶を辿ってみますと、高校時代は、明治維新にて日本史の授業は一通り終え、その後から20世紀前半の歴史についての授業は、受けた記憶が定かにはありません・・。しかし他方で同じ頃に現代文の授業で扱った夏目漱石による「現代日本の開化」は、それ以前にも自分の興味から何度か読んでいたということもあり、学内のテストにて比較的良い成績をとったという記憶は、割合明瞭に残っています。

また、ここまで書いていて思い起こされたことは、高校に入学してまだ間もない頃、世界史か何かの科目で第二次世界大戦について、先生に指されたのを良いことに、しばらく、その経緯を説明するように話したことであり、これで「少し変なヒト」という扱いになったのではないかと思われます・・(苦笑)。

その後、私の歴史についての興味が本格的に動き出したのは、大学最後の1年あたりで、以前にも何度か記事に書き、また、現在もなお途中の【架空の話】に指導教員として登場している文系の師匠に出会ってからであると云えます。現在思い返してみますと、当時は師匠の方が所謂D2病の、ど真ん中であり、私は、その頃の「濃いキャラになっていた」師匠から、少なからぬ影響を受けたのだと云えます・・(苦笑)。

そこで、自身も大学院に進学しようと周囲に訊ねてみると「とりあえず3年程度働いてみて、それでも行きたければその時に考えれば良い。」ということになり、普通に就職しました。しかし、さきの影響は大きかったようであり「やはり院に行きたい。」と考え、また、多少お金も貯まったため、転勤にて東京勤務になってから、さまざまな大学に問合せ、資料請求をしたり、周囲を説得したりして、どうにか準備を整えました。

この時、いくつかの大学院を受験しましたが、どれも、あまり好感触と云えるものではありませんでした・・。ただ、会社勤務の際は、ホテルフロントとして、比較的多く外国人宿泊客の対応をさせられた(させて頂いたため)か英語面接は、後悔する部分もあったものの、同時にそこまで酷いモノではなく、また英文和訳のテストは、これまた会社時代、FAXなどで送られてくる、さまざまな宣伝チラシなどの概容訳をやらされていた(させて頂いた)ためか、そこまで怖気づくことなく対応は出来たように記憶しています。

あとの小論文は、あまりその出来は分からずに、もう一つの面接は、何やら怖く、面接官にバカにされたような感じも受けました(現在考えてみますと、当人には、そうしたつもりはなかったのだと思われますが・・)。

ともあれ、どうにか入学を許されて入ってみますと、周囲には、当時としては、私以上に「変なヒト」と判断し得るような方々が何人かおり、そのよく分からない研究に対する熱意やストイックさに、こちらも知らぬうちに伝染し、また、そうした様子を手紙かメールにて察知したと思しき、さきの文系の師匠は、関西方面にて開催される学会を機会として何度かこちらに訪ねて来られたことがありました。

この修士院生の頃は、自身にとっては、まさに「遅まきの青春」であったと云え、それ以前の学生生活と比べると周囲の環境も決して悪くなく、居心地の良いものでした。

とはいえ、院の修了後は、数年前に開業した実家にて手伝うことが出来るようにと、東京の歯科技工専門学校に通うことになりましたが、これはまさに専門学校であり、自身としては、よく手を動かしたと記憶しています。また、それまで自身は図工や美術については比較的成績が良く、勝手にセンスがあると思っていましたが、この専門学校にて、世の中には器用な人がいるものだと、はじめて認識しました・・(苦笑)。

また、この専門学校にて「このさきは歯科技工士も大学院に進むべきだ。」との考えに触れ、それに影響を受け、周囲の反対を押し切って、以前の和歌山よりも、さらに西に行くことになりました・・。

現在では、四年制大学の歯科技工士養成課程を卒業した歯科技工士が普通におり、さらに修士、博士課程へと進み、学位取得にまで至ると聞き及んでいますが、そうしたストレートな課程を経て来られた方々と比べますと、私は原初的な、あるいは黎明期特有のゴチャゴチャした試作機もしくは多砲塔戦車のようなものであると云えます・・(笑)。

それでも、そうした存在には全く価値はないというわけでもなく、それは、当ブログも含めて、これまでと、そして、これからの活動にかかっているのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・。

ともあれ、これまでで一つ判然としたことは、私の歴史好きの傾向は比較的強く、普通でいると、自然にそちらの方面に行ってしまうということです・・(笑)。

この先も本日の終戦(敗戦)記念日が、自国の近現代史を見つめる日であり続け、変に形式化、ベタ化しないことを願います・・。

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2020年7月5日日曜日

20200704 この度の南九州での大雨災害から

先ず、このたびの大雨によって甚大な被害を被った南九州地域での行方不明となった方々の早期の生還・救出そして、さまざまな生活インフラの早期の復旧を祈念いたします。また、報道番組などで、当地域の映像が出てきますと、さまざまな記憶が思い起こされてきます。

今回、多くの被害を被った球磨川流域、人吉市は、鹿児島在住時に訪問したことがあります・・。さらに当地ご出身の学生さんがおられたことも思い出されましたが、今回の大雨で被害に遭われていないこと願っています・・。

鹿児島在住時、球磨川流域の人吉市を訪れたのは、2011年の初秋であり、川下りのラフティングのためでした。これを企画して頂いたのは、当ブログにて何度か取り上げさせて頂いている先輩院生の方であり、2009年に兄が亡くなり、さらに、2010年には指導教員が心ならずも退職されることになり、失意のどん底にあった私を、おそらくは見るに見かねて、企画してくださったのではないかと思われます・・。

とはいえ、この先輩は、そうした気配を全く見せることなく「実は中止にしようと思ったんだけれども・・。他の参加者の様子を見に研究室を訪ねてみたら、皆でYouTubeでラフティングの動画を喜々として見ている光景を目にして引くに引けなくなった・・。」と、国道225号沿い、南鹿児島駅近くのリンガーハットで皿うどんを食べながら話してくださったことが思い出されます。ちなみにこの先輩は皿うどんが好物であり、そこに酢を多くかけるのが特徴的でした。

しかし、こうした一種、露悪的とも云える言動は、現在考えてみますと、私に余計な気を使わせないためであったのではないかとも思われるところですが、そうしてみますと、私が学位審査前でおかしくなっている頃も、同様に、そうした行動や言動を取り、またそれは、当時私の周囲におられた多くの研究室関係者においても同様であったのではないかとも思われてきます。

他方、当時の私は、おかしくなっていたものの、そのことに少しは気が付いていたフシもあり、学位審査を終えて結果が出た後、天文館で開かれた祝賀会にて私が「ええと、この度、私がどうにか学位取得に至ることが出来ましたのは、自分の努力以上に、ここにおられる諸先生方の「運」を少しづつ分けて頂いたことによると云えます。」と宣ったところ、しばらくの間、場が固まり、そして、当時、他講座の助教であった指導教員門下の最年長の先生が「ささ!まあ、それは良いとして、とりあえずは乾杯を!」と流れを変え、その場の雰囲気を変えましたが、実のところ、あの場で私が云ったことはまさに図星であったのではないかと思われるのです・・。そして、図星であったが故に、その場におられた先生方は、その話題を深入りされたくなかったのではないかと思われるのです・・。



しかし、現在になって考えてみますと、さきにも述べましたが、兄の死と指導教員の突然の退職が重なり、かなり落ち込んでいた私を、そのまま放置せずに、あまり気が進まない素振りは見せつつも、さまざまな危機的な局面で救って頂き、また、良い方向への進路変更をさり気なく促してくださったのは、こうした周囲の先生方であり、あるいは、あまりこうした事情をご存じでなかった学生さん達であったのではないかと思われるのです。

そして、今現在、学位取得の2013年から既に7年近く経っていますが、そこから自分自身が、有意に変わったとは、どうしても思うことが出来ないのです・・。つまり、2013年から現在までは「本当にどうにか生きてこれた・・。」ような感じがしてなりません・・。

それは、何かしら精神的な傷によるものであるのか、あるいは、そこで芯が疲れ切ってしまったのか、はたまた、それがごく普通の生き方であるのか分かりませんが、私としては、もう少しハリのある、自身を生かし、精神の自転運動を惹起させるような、生き方をしたいと願うところですが、それは、少し高望みし過ぎなのでしょうか・・(苦笑)。

ゲーテの「ファウスト」に『心をよみがえらす泉は自分の胸中からわいてこねば、心身をよみがえらすことはできない。』といったコトバがありましたが、今後、私はその泉を自分の中に見出すことが出来るのでしょうか・・そして、それは当ブログと関係があるものなのでしょうか・・イマイチよく分かりません(苦笑)。

ともあれ、上記のような経験の記憶を私に与えてくれた南九州における、この度の大雨災害による被害が出来るだけ軽微であり、また、そこからの復旧が速やかに進むことを願っています。

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2019年10月22日火曜日

角を矯めて牛を殺すよりは・・と同調圧力?【20191022】

まず初めに、先日の台風19号による被害から未だ復旧していない諸地域の速やかな復旧を祈念いたします。

さて、おかげさまで去る10月13日投稿分の『鹿児島での出来事について(変性意識?)』がコピペ先のアメーバブログにおいてランクインしました。これを読んで頂いた皆様どうもありがとうございます。

この『鹿児島での出来事について(変性意識?)』のような、いわば自身の経験を述べた記事がランクインすることは、記事作成者としては、たとえば書籍からの抜粋引用部を記事としたものがランクインすることと比較して、やはり相対的に嬉しく、そしてまた事後の記事作成の意欲にも繋がってくると云えます。

その一方で、ここ最近もまた、いくつか書籍を読んでおり、それら著作内記述も大変興味深と思われることから、現在のような記事作成に際しては、自身の文章あるいは書籍からの抜粋引用何れかで行くのかについて、多少考えてしまいます・・(苦笑)。

最近読み進めているいくつかの著作もまた、歴史を扱ったものであり、そのうちの一つである我が国の近現代を扱った著作は比較的硬質な文体の、どちらかといえば専門書に類するものであると云えますが、この著作はこれまでに読んだ我が国近現代を扱った著作のなかでも、内容的に大変興味深く、また、その著された年代を感じされることが少ないことから優れた著作であると云い得ます。

これまでに私はある程度、さまざまな歴史についての著作を読んできたと考えますが、そのはじまりについてはあまり精確に遡ることは出来なく、少なくとも、文字を知る前の段階から、家にあった写真やイラストが割合多く載った分かりやすい歴史についての書籍を好んで読んでいた(ページを捲っていた)記憶は残っています。

その後、小学生になりますと「マンガ日本の歴史」や「マンガ世界の歴史」といった本を毎日飽きもせずにランドセルに詰めては通学電車内で読んでいました・・。さらには小学校の卒業アルバムに載せた自分のキャッチフレーズには「歩く歴史書」と書いていました・・(苦笑)。

そして、そうしたことを思い起こしてみますと、よくもこの年齢に至るまで、多少断続的であった時期はあるものの、継続して、この分野の書籍を読み続けてきたものであると、我が事ながら多少自分の「頑固さ」を不憫にも思います・・。

また、こうした長年にわたり継続している所謂、比較的強い性質とは、一般的に他面において影の部分も強く・濃く形成するものであり、おそらく自身は、出来ることと出来ないことの差が激しい、あるいは端的に「つじつまが合わない」といったような性質を有しているのではないかと思われます・・(苦笑)。

この性質については、幼少期からボンヤリと思い続け、現在に至り割合明確に思うことは「私は自分のこの性質に合った仕事に就かないとダメだ・・。」であり、また他方で「自身のこの性質(歴史好き)は必ずしも捨てたものではない・・。」といった経験に基づく信念のようなものもいくらかか明瞭化してきたと云えます・・。

小学生の頃から、歴史に関して、本当の興味・関心に基づいて話すことが出来る相手がいなく、中学校では、かなり変わった学生が多い学校に進んだことから、多少その芽は伸びて、そしてその先の高等学校では、かなり自由な校風ではあったものの、自身の歴史に関する興味・関心は、周囲の多くの学生と違うことにより多少浮いてしまい、無理に合わせようとして、より浮いてしまうといったことがあったように記憶しています・・。

こうした状況は大学においても同様でしたが、この時期は運動部に所属していたことから、書籍を好んで読むといったことはありませんでした・・。そして、部活を引退する少し以前、文系師匠と出会い、この時「世の中には私より強烈な方もいるのだなあ・・。」と感心を通り越して感激した記憶があります・・(笑)。

若い時期のこうした出会いは、なかなか重要なものであり、その後も社会において、こうした人物に出会うことなく過ごしていますと、物足りなくなり、そしていよいよ自分がオカシイのではないかと思うようになり「やはり自分は人文社会科学系の大学院に進むべきだ・・」と考えるようになり、周囲と相談し、ある程度の貯金をした後に会社を辞めて試験に備えました。

おそらく、ここまでは、どのようなルートであれ、自身の性質を鑑みるに概ね同じようなルートを辿ったのではないかと思われます。しかし、ここで自身が特筆すべきと考えることは、首都圏のそれまでの自身が慣れ親しんだ文化圏の大学院に進まず、自身がかつて職務にて在住した近畿地方辺縁といえる場所の大学院に進もうとしたことです・・。

それは「それまでの自分は、歴史を知っているつもりになっていたが、実のところ自分の国の古くから続く文化の積層、そしてその表層における現出とも云える、さまざまな民俗文化については、ほぼ何も知らなかった・・。」といった一種の強い敗北感・挫折感のようなものが根底にあったからであると云えます・・。

私のヨーロッパ文化専攻への希望が地域学専攻へと変化した背景にはそうした事情があります。しかし、それが果たして良かったのかどうかは、今以て明確には分かりませんが、結局のところ進んだ近畿地方辺縁の大学院での院生生活や、周囲の方々、そして何より、そこでの読書量などを思い返してみますと、比較的良かったのではないかと思われます・・。

そして、そこでの院生生活を終える頃の私は、完全に、そして不可逆的に現在の私の原型になっていたと云えます・・(苦笑)。


今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。







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2019年9月29日日曜日

【20190929】太平洋戦争について述べた著作を読んで思ったこと「シビュラの書」

先日来からいくつかの著作を読み進めていますが、そのうちの一つは、内容的には専門書に近いと云えますが、同時に以前読了した司馬遼太郎著「翔ぶが如く」とまさに同時代を扱っているものであることから、難解と感じられる部分は多々ありつつも、どうにか読み進め、そして年内に読了に至れば御の字と考えています・・(笑)。

また、他の読み進めている著作については、昨日、一昨日でいくつか読了しました。それら著作では、太平洋戦争における複数戦場地域を、記録されたその様相を踏まえて述べていることから、ある意味において大変痛ましく、読んでいて自然に眉間にしわが入り、目が細くなってきます・・。

ここ最近になり実感することは、こうした著作は、その記述の大半が事実を述べたものであることから、心身を消耗させ、何やら絶望的に気分にさせられます。しかし、それは近現代において大規模な敗戦を経験した国々であるならば、同様であるはずなのに、我が国については、母国であることから、その生活文化をある程度理解していると感じられるところに根差すものと云え、その程度は相対的に深いと云えます・・。

つまり、自身の理解している我が国の生活文化と、それら太平洋戦争戦場について述べた著作の記述との間に、連続性・近しい関係が多いに認められることから、必然的にやるせなさ、そして絶望感を感じさせられるのだと云えます。

そのように考えてみますと、夏目漱石著「吾輩は猫である」そしてロバート・グレーヴス著「この私、クラウディス」双方に記述がある「シビュラの書」についての説話の持つ意味合いが理解され、そしてまた同時に、当説話の背景である古代ローマ帝国の後裔を自認する西欧諸国くわえて、その派生と評し得る米国において、単なるゼスチャーとしてでなく「歴史」が学問として重んじられている意味合いの輪郭をボンヤリと理解することが出来るのではないかと思われます。

そして少なくとも、その点において我が国は、他の敗戦国であるドイツをはじめ、西欧諸国そして米国と比べ、低い段階にあるか、あるいは、違った認識の方向の先にあると云えます・・。

我が国においては、未だ先進国並みと評し得る理系学問分野を基盤とする諸技術と比して「歴史」をはじめとする人文社会科学分野が前述の状態であることには、やはり生活文化に大きな挫折を負った太平洋戦争後からではなく、それよりはるか古くから続く、何らかの原因があると考えます。そして、この原因が、これまた何らかの原因によって、大きく変わること、あるいは今後ある程度の年月を経て、漸進的に変化していくことがない限り、おそらくまた我が国は直截的な流血は伴わないにしても、太平洋戦争終盤における各戦場地域であったような悲劇、否、惨劇を繰り返してしまうのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか。

そういえば、ここまで書いていて不図、思い出したことは文系の師匠が仰っていた「歴史の女神様はとても嫉妬深くてね、この女神様に好かれると、他の女性はどうしても近寄って来れなくなるんだよ(苦笑)。」といった冗談めいたコトバですが、当時は「何をカッコ付けているのだろうか?」と割合冷やかにこれを眺めていましたが、現在になりますと、何となくその意味、そしてそれ以上に、その背景にある悲哀のようなもののが理解出来るように思われます・・(苦笑)。


今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。





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2019年9月21日土曜日

20190921 東京創元社刊 ウンベルト・エーコ著「薔薇の名前」上巻pp.30-33

 『私たち主従が行動を共にしていたあいだは、規則的な生活を送る機会があまりなかった。とりわけあの僧院に着いてからは、真夜中に目を覚ましたり昼間から疲れて眠りこんでしまったり、規則的に聖務日課に加わることはなかった。けれどもまだ旅から旅を続けていたころには、終課の後にまで師が目を覚ましていたためしは滅多になく、つねに節度ある習慣を保っていた。それが、あの僧院に入ってからは、しばしば生じたように、一日中薬草園を歩きまわって、緑玉や翠玉を探すみたいに、植物を調べていることがあった。あるいは地下聖堂の宝物庫を歩きまわって、朝顔の茂みを除きこむみたいに、緑玉や翠玉の鏤められた手箱に見とれていることもあった。あるいはまた、一日中文書館の写字室に籠って、自分の楽しみ以外の何ものも求めていないといわんばかりに、写本をめくっていることがあった。(私たちのまわりでは、日一日と、身の毛よだつばかりの殺され方をした修道僧の死体が殖えていったというのに)。ある日など、師は自分の没頭している仕事のために神さまへの務めなど気にかけていられないと言わんばかりに、やたらに僧院の中庭を歩きまわっていた。私が学んだ修道会ではこういう師の行動とはまったく違ったやり方で日課が定められていたから、思いきってそう言ってみた。すると師は、宇宙のすばらしさは多様性のうちの統一性にあるばかりでなく、統一性のうつの多様性にもあるのだ、と答えた。そういう返事は無教養な経験論に基づくもののように思えてなっらなかったが、後になってから、理性の働きはあまり重要な働きはしないという言い方で、師と同郷の人士たちが事物を規定することを知った。
 あの僧院では共に日夜を過ごしていたあいだ、師のほうは書物に積もった塵や、仕上がったばかりの細密画の金粉や、セヴェリーノの施療院で触れた黄色い物質などで、いつも両手を汚していた。それはまるで両手を使わなければ考えは進まない、と言わんばかりの態度であり、当時の私の目に師はときおり機械職人そのもののように映った(そして私がそれまでに受けてきた教育では、機械職人とは〈不倫ナ者〉であり、本来は貞節な結婚で知的生活と結ばれるべきなのに、いわば不倫を犯している者なのであった。)師の手が非常に壊れやすいものを、たとえば細密画を施し終わったばかりの手写本や、古くなって無酵母パンのようにもろくなり、崩れかけたページなどを取り扱うときには、少なくとも私の目には、師が並はずれて繊細な触角の持主であり、職人が自分の機械仕掛けに触れるときとまったく同じ手つきをしているように見えた。じじつ、いずれ述べることになろうが、このように風変りな人物であった師は、旅行用の袋のなかに、当時は私などが見たことも聞いたこともなかった道具類を所持していて、これを大切な機械類と称していた。機械とは技工の現れであり自然の模倣である、と師はいつでも言っていた。また、機械によって再生されるのは自然の形態ではなくて、作用そのものであるとも。こうして師は、時計の仕組みや天体観測器や磁石の秘密などを、私に説き明かしてくれた。しかし初めのうち、私はそれらを魔術のように恐れていたので、晴れた夜に師が(奇妙な三角形の道具を手にして)しきりに星座の観測を繰り返していたときなどには、眠っているふりをした。私がイタリアの各地や自分の故郷で知りあったフランチェスコ会修道士はみな素朴で単純な人たちばかりで、なかには文盲の人も少なくなかったから、師があまりにも博学の士であることに驚いてしまった。けれども師は微笑みながら、彼の故郷の島に住むフランチェスコ会修道士たちも自分とはまったく別種の人間だ、と私に言った。「ただしロジャー・ベーコン、この方を私は師とも仰いでいるのだが、この巨匠の説かれた言葉によれば、神の意図はやがて聖なる自然の魔術すなわち機械の科学となって実現されていくであろうという。また、人はやがて自然の力を用いて航海のための装置を造りあげ、船舶は〈人ノ力ノ支配ニヨッテノミ〉進むことができるようになるであろう、帆や櫂で進むよりはるかに迅速に航行できるようになり、さらには地上を走る車も別種のものになるであろうという。〈動物ニ牽カレナクトモ猛烈ナ勢イデ動ク車、サラニハ空飛ブ機械。人ハソノ機械ノ真中にスワリ、何ラカノ装置ヲマワスト、巧ミニ作ラレタ翼ガハバタイテ、鳥ミタイニ空ヲ飛ブデアロウ〉そしてごく小さな装置で非常に重いものを持ち上げるようにようになり、海底を進む乗物さえ造りだされるときが来るであろう」
 どこへ行けばそのような機械にお目にかかれるのかとたずねると、師はすでに古代において造られた例がある、そして私たちの同時代にはいくつか造られている、と答えた。「ただし、例外は空飛ぶ機械だ。これだけはわたしもまだ見たことがないし、見たという話を聞いたこともない。だが、その装置の考案にたずさわっている博学の士ならば、私は知っている。また、支柱を立てなくとも支点がなくても河川に橋梁を架けることができたり、それ以外にも、まだ聞いたことのない機械装置さえ造られているという。いままで存在しなかったからといって、疑いを抱くには当たらない、将来にも存在しないとは限らないからだ。そこで、おまえに言っておくが、神はなによりもそのような事物の存在を望んでおられるのだ。それが神慮のうちにすでにあることは疑いを入れない、たとえオッカムのわたしの親友〔ウィリアム〕がそのような形での思念の存在を否定しようとしても。なぜなら、わたしたちには神の性格が決定できるからではなく、そこに何らかの限界をも設けることができないからだ」このように矛盾する命題を師の口から聞いたのは、そのときに限らなかった。それにしても、すっかり年老いてあの当時よりはるかに賢明になったはずの私に、いまなお完全に理解しがたいのは、どうして師がオッカムの親友にあれほどまでの信頼を寄せていたのかという点であり、と同時にまた口癖の一つでもあったベーコンの言葉に、師があれほどまでに全幅の信頼を寄せていたのかという点だ。ともあれ、確かに言えるのは、あれが暗い時代の渦中の出来事であり、いかに賢明な人物であっても矛盾のうちに思索を進めなければならなかったということである。』
ウンベルト・エーコ著「薔薇の名前」上巻pp.30-33
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