2026年8月3日月曜日

20260802 下戸遺伝子と三遠式銅鐸を結ぶことで見えてくる様相

日本の古い歴史を調べる際に、記紀などの文献資料や、古墳や出土物などの遺跡・遺物などをあたることが多いのではないかと考えます。たしかに、そうした方法は重要であり、また主たるものであると云えます。しかし、そこに自然科学分野での知見や研究成果などを組合せてみますと、それまでの方法では看取することが困難であった、新たな興味深い様相を、時には見出すことが出来るのではないかと考えます。

その一例を挙げますと、それは「三遠式銅鐸」「水稲耕作文化」「ALDH2変異(下戸遺伝子)」「マラリアの流行」といった、一見、関連性が乏しいと思われるキーワードをつなぐことにより見えてくる様相であり、これらは、近畿東部、東海西部、北陸南部をまとめた地域を軸としますと、結び付けることが出来ます。

我々日本人には、少量の酒を飲んだだけで顔が赤くなったり、動悸や頭痛が生じる人が少なくありません。これは、アルコールの分解過程で生じる有害物質アセトアルデヒドを処理する酵素「ALDH2」の働きが弱い体質によるものです。このお酒に弱い、いわゆる「下戸遺伝子」と呼ばれるALDH2変異型は、世界的に一様に存在するものではなく、東アジア地域に著しく集中しています。近年のゲノム解析研究によりますと、この変異は、約2~3万年前に中国南部の長江下流域付近で発生し、その後、同地域を起源とする水稲耕作文化を持つ人びとの移動に伴い、日本列島に流入したと考えられています。

現代の我が国におけるALDH2変異型(下戸遺伝子)の分布を見てみますと、縄文系ゲノムの割合が高い東北地方や九州南部、沖縄などでは、酒に強い遺伝子が高頻度で見られるのに対し、前述の近畿東部、東海西部、北陸南部地域では、このALDH2変異型(下戸遺伝子)を持つ人びとの割合が顕著に高くなっています。そこから、この下戸遺伝子は、我が国においても全国で一様に存在するものではなく、特定の地域に定着したものであることが分かります。

では何故、この近畿東部、東海西部、北陸南部地域において、大陸由来の下戸遺伝子が定着、維持され続けたのかと考えてみますと、そこには、水稲耕作文化の普及による自然環境の変化と、それに伴う感染症という淘汰圧が作用したのではないかと考えられます。

大陸を起源とする水稲耕作文化は、弥生時代から、豊かな水資源を持つ近畿東部の琵琶湖周辺や東海西部の木曽三川流域、北陸南部の九頭竜川流域などで広く展開されました。その一方で、大規模な水田や用水路の開発は、同時に、低湿地や水たまりなどの湿度の高い環境を生み出し、それはマラリア原虫を媒介する蚊の格好の繁殖場にもなりました。そして、これらの地域は、近現代に至るまで、マラリアの流行地として知られていました。

ここで注目されるのが、さきの下戸遺伝子とマラリア感染症との関係性です。

飲酒時に体内に蓄積するアセトアルデヒドには一定の抑菌作用や寄生虫の増殖を抑える効果があるという仮説があり、マラリア負荷の強さが下戸遺伝子を持つ人々の生存に有利に働いた(正の選択圧)可能性が指摘されています。確かな科学的事実とするには、さらなる検証が必要ではありますが「水稲耕作」「感染症リスク」「遺伝的定着」の環境的相互作用は、地域社会の成り立ちを考えるうえで、大変興味深いものであると云えます。

そして、この下戸遺伝子の高頻度地域およびマラリア感染症の流行地域と概ね一致するのが、弥生時代後期を特徴付ける銅鐸の一様式である「三遠式銅鐸」の出土分布地域です。三遠式銅鐸は、同じく後期式の銅鐸である「近畿式銅鐸」が大きな飾耳を吊り手(紐)に持ち、文様の突線を大きく盛り上げ、躍動的な勢いを強調するものが多いのに対して、「三遠式銅鐸」は造形的に対極に位置していると云えます。吊り手(紐)に大きな飾耳はなく、表面に「袈裟襷文」や「鋸歯文」などの直線的あるいは幾何学的な文様を精密・均一に刻み込むという技術的特徴を持っていると云えます。

その文様の描き方は、近現代の工業製品の意匠を思わせるほどに整然としており、同一様式の線や文様が精確に反復されています。こうした双方銅鐸の意匠の相違は、それぞれの製作を担った工人集団や、その技術的特徴の違いを反映していると考えます。

おそらく、銅鐸の作製を担った工人集団は、その技術と同様、朝鮮半島を含む大陸にルーツを持ち、そして、彼等が持っていたのは一連の鋳造技術だけでなく、ALDH2変異型(下戸遺伝子)もまた、そうであったのではないかと考えます。そして、この下戸遺伝子に由来する銅鐸の意匠あるいは一種の美意識が、前述した三遠式銅鐸の精密・均一な銅鐸表面の文様であったのではないかと考えます。

また、さらに歴史的視野を広げてみますと、この地域は、後世、戦国時代において、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と云った組織化や制度構築に長けた乱世の覇者を輩出し、さらに近現代においては、自動車産業や工作機械などに代表される、我が国が誇る工業文化も生み出しました。近代工業に不可欠な標準化や工程の統御を重んじる優れた工業文化を生み出した風土は、三遠式銅鐸の精密・均一な文様の意匠と通底するものがあるのではないかと考えます。

二千年近い歴史の隔たりがあるため、これらを直接の因果関係で結び付けることは困難でありましょうが、同じ地域において、規格性や精密な技術を尊重する価値観が繰り返し表出してきたことは、地域社会のプロトタイプ(原型)を考えるうえで極めて興味深い現象であると考えます。

遺伝子は人々の移動と生活環境への適応を記憶し、出土遺物は人々の技術と意匠文化を今に伝えます。換言しますと「ALDH2変異(下戸遺伝子)の分布」、「水稲耕作とマラリア感染症」そして「三遠式銅鐸の文様の精密・均一さ」は、それぞれ独立の要素としてではなく組合せて考えることにより、さらに精確で明晰な歴史像の仮説を我々に示すのではないかと思われますが、さて如何でしょうか?そして、今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。