一般論としても云えるかもしれませんが、こうしたホテルでは、チェックアウト周辺の時間帯にはラウンジ喫茶・売店が混雑し、その後、宿泊客チェックイン後の夕刻から深夜までの時間帯では、バーとラーメン屋がよく賑わいました。
その中で、新卒のボクはラウンジ喫茶や売店よりも、バーとラーメン屋での勤務の方が多く、そうした日は、午後からの出勤、そして深夜の退勤といったシフトとなり、時間帯的にはフロントの夜勤シフトに近いものであり、昼夜はほぼ逆転していました。
それらの中で特に面白かったのがラーメン屋での勤務でした。とはいえ、勤務当初はよく先輩スタッフの方から、さまざまなことで注意を受け、時には小言やイヤミも云われましたが、それでも、このラーメン屋にて働くことは、当時のボクとしては興味深いものがあり、現在でも良い経験になったと思っています。
また、ホテル内のラーメン屋とは云っても味は本格的であり、それは「ラーメン好きのボクが云うのであるから信じて頂きたい。」という曖昧な主張ではなく、その調理過程にて最も重要な要素と云える、スープの調理を、当時の札幌では料理旅館として知られていた勤務ホテルの調理場の方々が行っていたためそのように考える次第です。
とはいえ、ラーメンのスープとは、あまり保存のきくものではなく、予め、宿泊客の入り具合から予想し、月に何日かスープを作る日を決めておき、それに合わせてラーメン屋のチーフが用度係を通じスープ材料などを発注し、また調理場にもその旨を伝えておきます。
そして、私のようなラーメン屋スタッフ末輩が、ラーメン屋が閉店した後の深夜、店内を一先ず片付けてから、階下にある用度の冷凍庫に行き、予め発注しておいた10㎏以上の豚骨を取り出し、カートを用いてラーメン屋の調理場に運び、キレイに清掃した「流し」で一本づつ豚骨をキレイに水洗いし、余分な肉やスジなどを取り除き、キレイになった豚骨を今度は玄能で叩き割り、それらを寸胴鍋に入れて行くのです。
こうして洗い、叩き割られた豚骨が収められた寸胴鍋をカートに載せ、今度はさきほどの用度と同階にある調理場まで運び「調理場の皆様 お疲れさまです。麺亭の**です。またラーメンスープの調理をお願いいたします。」といった内容のメモ紙を添え、寸胴鍋を調理場の所定の場所に置いておきます。この時間帯に調理場の方々がおられたことは一度もありませんでしたので、時刻は2~3時を過ぎていたと思われます。
そこからラーメン屋に戻り、後片付けをして、夜勤のフロントスタッフに業務終了の報告をしてから帰宅することになりますが、大体ここでタバコを1~2本喫っていました・・。
そして翌日の昼前に、早番のラーメン屋スタッフが豚骨からスープに中身が変わった寸胴鍋を調理場に引き取りに行くのです。このスープで満たされた寸胴鍋のラーメン屋への運搬は鍋を倒すと大変なことになりますので、毎回緊張していました。
こうした感じで、ラーメン屋スタッフが下準備をして、それを用いて調理場の方々がスープを作って頂いていましたが、このスープは実際に評判が良く、それを食べるために当ホテルを訪れる方もいらっしゃるほどでした。
場所が札幌であることから、麺は中太の黄色い縮れ麺であり、味は味噌・醤油・塩の3種類あり、それらのスープは共通して、さきのものが用いられていました。札幌だけに道外からの宿泊客の方々には味噌ラーメンが好評でしたが、常連の多くの方々には醤油ラーメンが人気でした。
くわえて、当ラーメン屋にはネギをラードで煮た「ネギ油」という独特の調味油があり、これもなかなかの人気であり、プレーンの醤油ラーメンの上に、白髪ネギと、細かく切ったチャーシュー、同様に切ったキュウリ、少しのカイワレ大根を和えたものをのせ、そして、その上に熱したネギ油をおたまから注ぎますと「ジュージュー」といった食欲を誘う音と香ばしい薫りが発生し、それはそれで美味しそうであり、ここでは「ネギラーメン」と呼ばれていました。
とはいえ、こうしたことを唐突に思い出したのは、先日ラーメン二郎目黒店さんに訪問したからであると云え、そこでの調理過程をカウンター越しにて見ていますと、上記のような記憶が呼び起こされるのです。また、上記以外にも書きたいことがありましたが、今回はこのあたりで一端止めようと思います。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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連絡先につきましては以下の通りとなっています。
メールアドレス: tsurukiclinic2001@gmail.com
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