2022年11月20日日曜日

20221120 株式会社岩波書店刊 森嶋通夫著「日本はなぜ没落するか」 pp.133-136より抜粋

株式会社岩波書店刊 森嶋通夫著「日本はなぜ没落するか」
pp.133-136より抜粋
ISBN-10: 4006032056
ISBN-13: 978-4006032050

以上に指摘した日本の高等教育の弱点を考慮して、次のような改善策を提案したい。まず一〇歳代後半の人々の能力を高めるために、高校での教え過ぎの課目数を大幅に削減することを提案したい。

 専門化され過ぎていたと言われる私たちの時代の旧制高校の文科コースでも、次のような多用な課目が関連なしにばらばらに教えられていた。まず歴史では、国史、東洋史、西洋史の三科目がある上に国語、国文学史、漢文がある。これらすべてを一科目か二科目に統合する。この大科目の主題は日本はアジアの中でどういうふうに近代化(西洋化)されたかに絞られる。生徒は自分で自分のテーマを設定し、各先生と相談しながら、関連する書物を図書館で読んで、レポートを書き上げるのである。

 哲学・社会科学関係の授業も多すぎた。哲学、論理学、法制・修身と称する倫理学など、多くの科目が無責任、無連絡に教えられていた。生徒はどの科目にも専念することはないから、先生の言ったことをノートにとって暗記するだけであった。私自身は心理学と論理学の講義には興味を持ったが、それ以外の講義を馬鹿にしていた。

 体育の科目ですら多過ぎた。体操、武道、軍事教練の他に、殆ど全員はそれぞれ何らかのスポーツ・クラブに所属していた。これらも統合して好きなスポーツ一つだけに専門化すべきだ。

 要するに日本の高等学校は、新制でも旧制でも教え過ぎで、出来るだけ多くの科目を広く浅く学ばせようとする。だから日本人は、学問とは知識を数多く集めることだと考え、集めて保存するために記憶能力を磨く。その結果日本人は考えることを甘く見る。「なぜか」と尋ねることは、学校でも、家庭でも決して歓迎されない。それだけ日本の学校には無駄があるので、それらを改善して前節末に述べた理想案に近づけることは可能である。 

 高校の科目はできるだけ統合して、ごく少数の科目に合格すれば、大学への入学が許可されるようにすればよい。イギリスではAレベルの試験に三科目合格することが大学入学の条件とされているから、イギリスの高校生はAレベル三科目の学習に全力を注ぐ、したがって彼らは、日本の生徒と比べるならば深いが狭い。広大な無知の領域が彼らには残されている。しかしそのことはどうでもよいのだ。Aレベル水準の三つの科目をマスターした能力の者には、独力で四つ目や五つ目の科目を習得することは困難なことではない。

 要約して言うならば、高校の科目を、幾つかの大講座にまとめ上げ、同一の大講座に属する先生(例えば日本史、東洋史、西洋史、地理の先生)は共同して生徒の質問に答え、生徒の自主的勉強を指導する。どの大講座の科目を勉強するかは生徒の選択にまかされる。

 その他に別枠として外国語(英語)がある。これは大学進学の必修科目だが、私たちが教えられるような英文学の真似事としての英語ではなく、もっと実用的な(日常生活に役に立つと同時に大学で研究するのに役に立つ)英語を教える。英文学の真似事の英語は、英文学の真似事以外にあまり役に立たないことを英語の先生は自覚すべきである。

 以上の案では、私の理想案の内容がほぼ満たされている。不足しているのは、それが生徒の選別を充分していないということである。選別は重要である。出来る人を集めてこういう人も自分の同年代の人にいることを知るのは大切なことである。平等の名において選別をなくすのは、子供に対する愚民化政策である。スポーツで選別をなくすれば、優秀なスポーツ選手は生まれない。同様に、思考力の異なる者を一つの教室に入れておけば、思考力のあるものが、怠けて考えなくなるだけである。

20221120 株式会社 光人社刊 光人社NF文庫 比留間弘著「地獄の戦場泣きむし士官物語」 pp.42-44より抜粋

株式会社 光人社刊 光人社NF文庫
比留間弘著「地獄の戦場泣きむし士官物語」
pp.42-44より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4769820631
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4769820635

ビルマ派遣軍司令部は、もと大学ででもあったのか、広い構内にあり、建物はコンクリート建てで、白黒のダンダラ模様に迷彩をほどこしてあり、大きな偽装網がぶら下がっている建物もあった。

 こんなところへ、こんな細工をしても効果があるのかと思ったが、口には出さなかった。

 軍司令官は、マラリアでねており、参謀長が申告をうけた。彼は、開口一番、「大変なところへ来てもらって、お気の毒である」といった内容のことをいった。

 「この戦争で、すくなくとも攻勢をとっているのは、ビルマだけだ」と、われわれは勢いをつけてこられたのに、

「お気の毒だ」といわれたのには、ガッカリした。

 それもそのはず、ちょうど申告をした部屋は作戦室であり、その壁に貼ってある作戦図には、今まで士官学校で習ってきた退却作戦の要図、そのままが描かれている。隊号を虫ピンでとめてある。

 青色で南の方へ下がっている何本かの大きな矢印は、日本軍の退却をあらわしている。赤色の矢印がそれを追いかけている。青の矢印の中間には、赤い落下傘の印が点々ととめてある。敵の空挺部隊が、退却を妨害していることを示している。

 北東の方には、青い環が三つばかりあり、これを赤い環がかこんでいる。ラモウ、ミートキーナ方面で、日本軍は敵に包囲され、孤立して苦戦をしていると聞いていたが、現実に司令部には、正直に敗けいくさの状況が示されているのだ。

 そして、参謀長のいわれるには、「日本軍はインパールから退却し、ある地点で態勢をたてなおすために、移動中である。そこへ追及しても、とくにやる仕事はないし、若い連中が行って、貴重な米を食い荒らすことになるともったいない。しばらくラングーンにとどまって、ようすを見てから前線に追求せよ」ということであった。

 二、三日は兵站旅館にとめてもらったが、すぐに追いだされて、むかしゴルカ(グルカともいう)兵の兵舎であったという粗末な兵舎に寝起きすることになった。