【架空の話】
ほかにも、これに似たハナシはいくつもあるが、現在の兄は、洋服よりもバス釣りや自動車の方に興味が向いているようであり、私がK県に行く前に一度、訪問してみようと思った。この訪問については、また別の機会に書きたいと思う。
さて、初夏に編入試験の合格発表があり、そこから続く盛夏、晩夏は、論文作成のための調べもの、指導教員への研究経過報告、ドラフト執筆、そしてアルバイトに多くを費やし、季節を感じる余裕はなかった。
また、ドラフト執筆時にあらためて気が付いたことは、以前も述べたが、私の修士課程の研究テーマは、ジョセフ・コンラッドというポーランドに出自を持つ英国作家の著作から、当時の西欧文化、また時代精神の認識を試みることであるが、それら著作の中で、我が国で比較的知られているのが「闇の奥」(Heart Of Darkness)と云えるが、この「闇の奥」のテーマの一つが「居地の移動に付随する精神の変化」であり、まさに「今後の私の身に生じることにも相通じる部分があるかもしれない」のである。
この「闇の奥」は、これまで数度にわたり映画化され、それらの中で最も有名であるのがフランシス・フォード・コッポラ監督による「地獄の黙示録」(Apocalypse Now)であり、むしろ、我が国では、当映画作品の原作がコンラッドの「闇の奥」と云った方が通りが良いのではないかと思われる。もっとも、双方、時代や舞台背景は異なり、「闇の奥」は19世紀末のアフリカ中央部であり、「地獄の黙示録」は1960~70年代の東南アジア(ベトナムとその周辺)である。そして、これらから、さきにも述べたある種普遍的とも云える、居地の移動から生じる人間精神変容のメカニズムについて考えてみると「そうすると私の場合は今後一体どうなっていくのだろうか・・。」と思い至り、突如として不安になり、落ち着かなくなってくる・・。つまり、当時の私は、居地の移動の経験がないにも関わらず、精神の変化や、あるいは、それらが蓄積したものとも云える歴史や文化について、何やら知っている気でいたのだ・・。また、そのような状態を指して、おそらく「観念的」と云うのだろう・・。
他方、こうしたことはBに知らせても、あまり興味を持つことはなく、それよりも映画内で出てきたビル・キルゴア中佐のキャラの立ち振り・無双振りに甚く感心して「いやあ、実際ああいう人が上にいたら従ってしまうだろうね・・。」とのことであった。たしかに、それはわかるが、しかし、この著作・映画の一つの大きなテーマは「優れた資質を持っている人であっても(あるいは、であるからこそ)野蛮にして原初的な創造性を行使できる環境に身を置くことは、抗しがたい誘惑となるのか、あるいは、それとは反対に、優れた資質を持っていればこそ、徹底的に管理された社会・組織の中で自身の内面からの能動性を押し殺し、平穏無事に暮らすことが正しいのか。」といったところであると思われるのだが、おそらく、こうした大きな問いのようなものは、19世紀末から20世紀初頭の西欧社会全体を通じ、ある程度共有されていたのではないかと思われる。またそれは、対外的な帝国主義と、ある程度成熟した大規模市民社会の結合の所産であるとも評し得る。そして、さらにそこから少し時代がくだると、初の世界の国家同士による、大規模総力戦である第一次世界大戦がはじまるといった構図になるわけだ・・。
【その意味において、エルンスト・ユンガーの人生は象徴的であるように思われる・・。】
【その意味において、エルンスト・ユンガーの人生は象徴的であるように思われる・・。】
また、ハナシは少し変わるが、この「対外的な帝国主義と、ある程度成熟した大規模市民社会」が併存している時代の社会一側面を描いた著作がトーマス・マンによる「魔の山」であり、また同時に、それはジャン・ルノワール監督による映画「大いなる幻影」の舞台背景とも少なからず共通するものがあると思われるのだが、如何だろうか?
ともあれ、そうこうするうちに秋となり、本格的に論文を書き始めた次第であるが、それと同時に、引越しの準備なども少しずつ始めた。また、編入試験の合格以降、治療がなくともD先生の医院には週一程度で訪問し、色々と歯科にまつわる耳学問を仕入れている。Cさんとは、以前よりかは話せるようにはなり、Kでの出身地も聞くことが出来たが、生憎、私の方がKの地理感覚が乏しいため、あまり話しを展開することが出来なかった。くわえて、それとも関係するが、忘れてはいけないことは、Bが最終面接に通り、希望通りの地銀に入行することが出来たことと、同じK出身者であるからとBにCさんを引き合わせたことである。このハナシは単純であり、Bと話しをしていたら「就職後のために歯をキレイにしておきたい」とのことから、D先生の医院にBを連れて行ったからである。そして、そこでBは定期的にPMTCとホワイトニングを受けることになった。これらは主に歯科衛生士の職分であるとのことから、同年代のK出身者同士であるBとCさんの会話は弾んだのではないかと思われる・・。
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
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