ISBN-13 : 978-4041103425
私が紹介すると、和泉さんがいつもの目つきでじろじろと峠を見た。
「あんた一年目かいね?」
「あ、はい」
峠が一歩下がった。
「座りんさい。これ食いんさい」
和泉さんがホッケの開きなどを指して「後藤君、峠君にビールを持ってきちゃってくれ」と言った。後藤さんは「はあい」とご機嫌で言って、水鉄砲で口に焼酎を発射しながらテントの裏に回り、缶ビールを持ってきた。峠が不安そうに座った。
「いま、やきそば焼いてあげるから」
私は言って奥に入り、やきそばを二つ作った。峠のぶんにはキャベツや豚肉をたっぷり入れてやった。さすがに詐欺的やきそばは悪いと思った。
やきそばを持ってテーブルに戻ると、峠が嬉しそうに私を見上げた。
和泉さんが腹を抱えて笑っていた。
「この峠君、偽カイセイじゃのうて本物の開成じゃ言いよるんよ。あんたと一緒じゃけ、おかしゅうて。うちの本間なんて偽ガオカじゃけえの」
松浦さんが和泉さんの肩を叩いて「増田、唯信のこのバカ笑いなんとかしてやってくれんか」と言った。
「クソトシがなに言いよる、年寄りのくせしてからに」
和泉さんが急に真面目な顔になって松浦さんの肩を力いっぱい拳で殴り、立ち上がって松浦さんの背中側から裸絞めをかけた。松浦さんは「苦しい苦しい」としばらく笑っていたが、そのうち本当に絞まってきたようで地面に転がってもがきだした。そして必死になって絞めを外し、逆に和泉さんを横四方で抑え込んだ。今度は和泉さんが大暴れしてそれを外し「年寄りの横四方は甘いのう」と言って、体中についた土を払いながら椅子に座った。
「誰が年寄りだ。このフラレ男が」
松浦さんがそう言って立ち上がると和泉さんが言い返した。
「あんたの方がフラレ男きゃないか。五回はフラレとるであんた。増田君、あんた知っとるかね。トシ、入部したときパンチパーマで来たんで」
そしてまたかかかと大笑いしだした。
「おかしいと思わんか、二浪でパンチパーマで耳が潰れとるんで。そんなやつが新入生で来たんで。カラオケ行ったら「黒の舟唄」歌うけえの。わしゃ、おかしゅうておかしゅうて」
そこに末岡さんが両手に袋を提げてやってきた。
「おお、みんな頑張ってるか」
「なにしに来たん、この風邪男は」
和泉さんがまた真面目な顔になって末岡さんを見上げた。
「一年目の激励に決まっとるやろが」
そう言って袋から大きな箱をいくつか出して開いた。正本の梅ジャンが何人分か入っていた。
風邪男が来たらみんなに風邪が伝染ってしまうじゃないか」
和泉さんが怒った口調で言った。
末岡さんが笑いながら和泉さんを見た。
うるさいやつやな。早よ広島帰って寺継いで坊主になれや」
うるさいのはあんたじゃ。南海のくせしてからに。なんで清風の下に南海じゃいうてつけにゃならんのじゃ」
末岡さんは大阪の南海清風高校出身だった。なにが面白いのか和泉さんは末岡さんを「風邪男」の他に「南海」とも呼んでいた。松浦さんに「年寄りのトシという渾名をつけているように、和泉さんの渾名の付け方には法則がなかった。飛雄馬のことは「ボッコバケツ」と呼んでいた。和泉さんによるとバケツに棒を突き刺したような顔だからだそうだ。広島弁で棒のことをボッコというらしい。
その和泉さんの後ろでは後藤さんが水鉄砲で焼酎を飲み続けていた。