やがて、落ち着きを取り戻し、再びネットや公共職業安定所などで求人情報に目を通すようになり、しばらく経った頃、見つけたのは、首都圏を中心として、多数の分院展開をする比較的大きな医療法人の「訪問歯科診療コーディネーター」職種の求人でした。そこで、応募書類一式を作成、投函してから数日後、法人事務局からご連絡を頂き、面接日時を定め、数日後、都内、東急東横線沿線に立地する法人本部を訪ねました。面接では、履歴概要について尋ねられてから、少し打ち解けた雰囲気になり、しばし会話の後、法人理事から「当法人は色々な職種がありますが、まずは訪問診療のコーディネーターから始めてください。」と云う流れで採用となりました。
訪問診療コーディネーターとは、一言で云いますと、訪問診療を行う歯科医師や歯科衛生士が、居宅や施設といった外来診療とは異なる環境であっても円滑に診療が出来る様に支援全般を行う職種です。その具体的な内容は、診療スケジュールの調整、ポータブルユニットなどの機材準備や運搬、診療中の各種補助、クレーム対応、会計業務や居宅介護支援事業所・地域包括センター・訪問看護ステーションなどへの周知活動と云う営業までも含まれており、まさに、マルチタスクが要求される職種であったと云えます。また、同法人での私以外の訪問診療コーディネーターの方々の多くは、営業畑の御出身であり、経験を積み、場数を踏んできただけに、それぞれ優れた交渉力やコミュニケーション能力を持たれていましたが、私の方と云えば、以前、5年間のホテル勤務の際にそれらしきことを少し行った経験がある程度であり、それ以外で、営業経験はほぼありませんでした。とはいえ「歯科医療業界を知っている人材」として期待され、採用されたことから、自分なりに頑張ってはみたものの、その割には成果が上がらずに苦労した記憶があります。
とはいえ、この訪問診療コーディネーター業務の経験は決して無駄なものではなく、社会の高齢化が進行している我が国において、今後、否応なく、さらに重要となる訪問診療という領域を、現場の裏方として近くで見ることが出来たことは貴重な経験であったと云えます。他方、元来、マルチタスクが苦手である私は、訪問診療コーディネーターの業務全般に速やかに慣れることは困難であり、周囲の先輩同僚の方々に、ご迷惑を掛けてしまうことも度々ありました。そして、法人本部の方も、そうしたことに気が付いていたのか、入社後半年程経った頃、法人本部が新たに設立した、医療介護人材に特化した求人求職サイトを運営する一般社団法人へと異動となり、そこでサイトの運営業務全般を行うことになりました。
この業務は、端的に、さまざまな機関の医療介護職の求人情報を集め、それらをサイトに掲載し、それと同時に、より多くの求職者の登録をはかるといったものでした。当然と云えば当然ですが、こうしたサイトとは、求人情報がより多く掲載されている方が有利であるため、私は、はじめに実家クリニックの求人情報をサイトにアップし、続いて、以前から見知っている医療・歯科医療機関さまにお願いをして、出来るだけ多くの求人情報を頂けるように努力し、さらにテレアポなども試みましたが、結果的に、それなりに多くの求人情報を得ることが出来たのではないかと思われます。そして、そこで集めた情報をサイトにアップし続けました。
このサイト運営業務は簡潔に文章で述べますと、上記の通りではあるのですが、同時にまた、それなりにストレスも多く、胃が痛くなることも度々ありましたが、この業務は私以外に担当者はおらず、ほとんど全ての求人情報は、私が入手したものでした。
ともあれ、サイト運営がそれなりに稼働するようになりますと、それは成果であると見做されたのか、法人本部側の対応も変化して、勤務する歯科医師、歯科衛生士向けの法人内勉強会の管理運営業務なども担当させて頂くようになりました。この業務では、法人勤務の歯科医師や歯科衛生士の方々と話す機会が多くありましたが、そのなかで、比較的多く私に話し掛けてきてくださったのは、本院勤務の女性歯科医師であり、お二人の息子さんの子育てを一通り終えられてから臨床に復帰された先生でした。こちらの先生は熱心に訪問診療に取り組まれており、時折、コーディネーターが受ける急患への対応も快く応じてくださり、また、ご高齢で摂食嚥下機能が不自由な方々に対してのリハビリテーションに強い関心を持たれていました。
そしてある日、こちらの先生から「摂食嚥下機能のリハビリで定評がある東京歯科大学のS教授の研究室に、大学時代からの友人歯科医師数人で見学に行きたいのですが、セッティングをお願い出来ますか?」とのご相談を頂きました。そこで私は歯科理工学の師匠に連絡を取らせて頂き、上記旨を説明いたしますと、師匠は「ワシの門下だと云えば繋がるはずや!」とのことでした。そのため、恐る恐るではありながらも意を決してS教授の研究室にお電話を掛けたところ、比較的速やかにS教授ご本人までつながり、そしてあっさりと見学のご了承まで頂くことが出来ました。後日、こちらの見学は、複数先生方のご協力も頂き、無事に終えることが出来ました。そして数日後、こちらの先生は「研究室見学をさせて頂いたS教授から日本老年歯科医学会学術大会での学会発表を勧めてくださった。」として「折角の機会なので学会発表をしてみたい。」とのことで、そこからS教授研究室の若手教員の先生や、大学勤務のご友人などのご助力などによって、学会発表にまで至ることが出来ました。
学会発表の成功を先生は大変喜んでくださいましたが、良い出来事のあとには悪い出来事が生じるのか、それを快く思わない法人内の主流派歯科医師・歯科衛生士の方々から、先生そして私も何かと責められるようになり、さらに法人本部に対して事実無根の告げ口などもされて、徐々に居心地が悪くなっていきました。この状況には強く怒りを覚えましたが、反論しても得るものはないと思われ、最終的には、こちらが諦めざるを得ませんでした。
しかし一方、私は、この学会発表準備の時期と前後して、先述サイトの営業活動や情報収集活動の一環として、大学発の新技術説明会や公的機関主催のイベントにも積極的に参加するようになっていました。その意味で、博士号は、無意味、役に立たないものとして、度々あるいは散々に揶揄され続けましたが、こうした公的あるいは学術的な場に参加する際には、むしろ有効であり、どのイベントでも、そこまで敷居の高さを感じることなく参加することが出来ました。さらに、これらイベントでは、東京ということもあり、普段、なかなかお目に掛かることのない研究者や企業経営者や公的機関の方々のご意見や議論に触れることが出来、そして、その中で興味深い見解を述べられる方については、背景を調べて(当時、手取りが20万円以下であったにも関わらず)所属機関をご支援したり、神保町にて洋書の古書を購入し、通勤電車で読むようにもなりました。
こうした知的刺激が重なってきますと、不思議と良い出来事が生じるように感じられるようになりました。先述の学会やイベントへの参加をきっかけに得た知見や見解は、自らの新たな学びや機会への希望を惹起させ、より充実したものになったと云えます。一方、当時は既に当ブログも作成しており、睡眠不足による疲労や内面での葛藤は続いていましたが、それでも、何と云いますか、世界が広がっていくような感覚がありました。現在、振り返ってみますと、この時期での経験や出会い、そして理不尽で不愉快な出来事もまた、良くも悪くも、今日の私の礎になっているように思われます。
今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。
ISBN978-4-263-46420-5
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