2024年10月1日火曜日

20240930 一般社団法人 東京大学出版会刊行 鈴木啓之編「ガザ紛争 (U.P.plus)」pp.19-20より抜粋

一般社団法人 東京大学出版会刊行 鈴木啓之編「ガザ紛争 (U.P.plus)」pp.19-20より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4130333089
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4130333085

 中・長期的に、「10月7日」はどのような影響を中東地域に残すのだろうか。ガザ紛争の「終わり方」、あるいは中東地域の主要国を中心とした国際社会の主体の関与によるガザ紛争の「終わり方」によって、長期的な帰結とそこへの経路は変わってくるだろう。

 もしイスラエル軍が短期間にハマースを、掲げた目標の通り、二度と組織的な対イスラエル攻撃を行うことがありえないほどの打撃を与えて壊滅させる、すなわち文字通り「根絶」することに成功した場合、パレスチナ問題の回帰という「10月7日」が初期にもたらした影響は、一時的なものにとどまることになることになるかもしれない。

 ただし、ハマースの「根絶」を宣言できるほどの打撃を加えるためには、一般市民の大規模な殺害や大量難民の発生といった人道的危機を伴う、ガザの政治・政治インフラを恒久的に破壊するような規模の攻撃を行うことになりかねない。その場合には、パレスチナ問題が「終了」したと国際社会にみなされるどころか、より拡大し深刻さを増したものとして認識されることになる。そしてむしろ攻撃を加える側の「イスラエル問題」として、国際社会の焦点が当たることになる。イスラエルは圧倒的な軍事力の優位によってパレスチナ問題を一方的に自国に有利に終結させることで、結果として国際政治における「パレスチナ問題」を「イスラエル問題」に転化させ、かえって問題を自らに不利な形で大きくしてしまう可能性がある。それは、イスラエルの国家としての長期的な存続にとって、「パレスチナ問題」以上に深刻な脅威とすらいえるだろう。

 またイスラエルがハマースの軍事力だけでなく、その政治的な組織や社会的な基盤に至るまで根こそぎ大規模に破壊した場合、そこで犠牲になるガザ市民や、破壊と殺害を目撃するパレスチナ人に、あるいは広くアラブ世界やイスラーム世界を中心により広範な国際社会の人々に、イスラエルに対する嫌悪感や敵意や憎悪を募らせることが確実である。イスラエルのガザ攻撃は、宗教的・政治的な過激化を中東やより広く国際社会にもたらす危険性は高く、それが生じるか否かではなく、どこで、どのような形で生じるかが問題である。ハマースを一時的に「根絶「したとしても、それによって、近い将来により大きな形で「パレスチナ問題」も戻ってくることは確実である。

 パレスチナ問題の拡大・過激化を伴う回帰や、国際社会における「イスラエル問題」への転化は、イランを中心とした「抵抗の枢軸」勢力を勢いづけることが予想される。これに対して、イラン側に同調する国内勢力への警戒からも、湾岸アラブ産油国は一方で米国とイスラエルの関係を維持し利用しつつ、他方で対イランでは、対峙と敵対だけでなく、宥和や接近を併用する、均衡政策を採用せざるを得なくなる。

 これらの不利な展開に対して、イスラエルは一方ではイランの影響下にあるヒズブッラーとの大規模な戦闘を定期的に行って北部国境の脅威を除去・制圧しつつ、ヒズブッラーだけでなくイエメンのフーシー派や、イラクの反米諸勢力などとの軍事的な衝突の頻度と烈度を高めていく可能性がある。その過程で、イランとの正面からの戦闘に踏み切る危険も増すだろう。イスラエルとイランの直接対決は、より強固な米国の支援をもたらすと考えられることから、イスラエル側から積極的に対立を激化させる、エスカレーションを進めるインセンティブが存在する。

 しかしイスラエルとイランの直接対決は、中東地域の不安定化を劇的に高めるため、世界経済への影響も大きい。何よりも、もしイスラエルとイランの全面戦争に巻き込まれることになれば、米国の軍事的負担や犠牲は大きく、国民の支持を長期間得られるとは限らない。そのため、全面衝突が本当に差し迫ったと認識されたときに、実際に米国の全面的な支持と関与を得られるかどうかは未知数である。イスラエルが中東での多正面の戦争を長期間にわたって続けることは、国際関係からも、そして内政・経済構造からも、困難を伴う。

 結局のところ焦点となるのは米・イスラエル関係である。