2026年9月10日木曜日

20260909 手書きでの文章作成に用いている筆記具と飯田橋~御茶ノ水界隈

 ここ一ヶ月ほど、ノートへの手書きでの文章作成を継続しています。ここに来て、あらためて手書きでの文章作成の楽しさを実感していると云えますが、ここで用いているのは主に万年筆です。その万年筆は二種類あり、一本はモンブラン社のマイスターシュテュック146ル・グランのF(細字)と、もう一本は同じくモンブラン社のステンレス軸のノブレスで14Kペン先のFです。これら万年筆は、ほぼ同時期に購入したため当時の記憶と結びついています。購入したのは9年前の2017年、現在は閉店してしまいましたが、水道橋から神保町の間の白山通りから少し九段下側に入ったところにあった質店でした。当時、私は訪問歯科診療を主軸とする比較的規模の大きい医療法人を母体とする医療介護人材の求人求職サイトの運営や営業のため首都圏を動き回っていました。そして、そこでの活動が(どうにか)実を結び、サイトに求人情報が集まり始めた頃、ほぼ全ての求人情報を集めた実績を法人側も評価されたのか、給与がそれまでの倍以上となり、手取りで50万円以上となりました。また、ちょうど同時期に歯科理工学の師匠が研究室の先輩と一緒にドイツのケルンで開催される国際デンタルショー(IDS)に行かれることになり、門下生で師匠の旅費と滞在費を拠出しようという話になり、一人頭5万円となりましたが、私は歯科医師ではないことから、先輩方が心配されて「出せるか?大丈夫か?」と聞かれましたが、さきのような状況であったため「大丈夫です!」と返事をして在東京組の先輩にお渡ししました。そして、それと同時期に、今後のために少し良い筆記具を購入しようと考えて、営業活動を多く行っていた御茶ノ水~飯田橋界隈のさきの質店に入り、まず目に入ったのが先述のノブレスでした。この万年筆は、箱こそ古かったものの新古品とのことで、軸にはまだシールが貼られたままでした。また、14Kの金ペンでありながら比較的安価であり、たしか1万2千円ほどでした。試し書きをさせて頂いたところ、インクの出も良く書き心地が素晴らしかったため、即座に購入を決めました。また同時に試し書きをさせていただいたマイスターシュテュック146ル・グランは、そこまで書き心地が良いと感じられなかったため店主にその旨をお伝えすると「ここ神保町は本の街ということもあって、書く道具としてマイスターシュテュック146ル・グランを購入しに来る人が多いので、定期的にこの型は入るから、良ければ希望のペン先で良い状態の品が入ったら連絡するよ。」とのことで、お願いしたところ、数週間後にご連絡が入り、営業活動の合間に早々にお店へ立ち寄り、試し書きをさせて頂いたところ、大変書き心地が良く状態も良かった為、購入させていただきました。ノブレスとマイスターシュテュック146ル・グランを合わせて5万円ほどでした。そして、現在のノートでの手書きでの文章作成には、主にこれらを用いています。また、そういえば、先ほど飯田橋~御茶ノ水界隈で営業活動を多くしていたと述べましたが、これは我が国の歯科医療を考えてみますと、ある意味で必然であり、さらに、もう一つ隣の市ヶ谷から御茶ノ水までのエリアとしますと、その地域に我が国の歯科医療に関するかなり多くの組織や機関が集中していることが分かります。そのため、この地域で多く活動していたことは、あるいは疑われるかもしれませんが、決して古本屋街が近くにあってサボることが出来るからではありません…(苦笑)。ともあれ、今回は、最近継続している手書きでのノート作成に用いている筆記具について書いてみました。また今後、ある程度まとまった大きなお金が入る機会がありましたら、さらに良い筆記具を購入したいと思うこともありますが、しかし、現在のこれら二本の万年筆も、私にとっては多少過ぎたものであるようにも思われますので、それに負けないような、内容のある文章を出来るだけ多く書きたいと思います。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年9月7日月曜日

20260906 休止期間での原点回帰と手書きの楽しさ

 昨日の投稿記事も含め、ここ最近の投稿記事にて述べましたように、直近一カ月ほど、筆記具によるノートでの文章作成を行っています。そして、その根源には、これまた以前に述べたことではありますが、単純に、筆記具での文章作成が楽しいという感覚があるからと云えます。

 書きたい題材が決まっているわけでもないのに、文章を書きたい衝動があると云うのは、少しおかしいのかもしれませんが、おそらく、我々人間の多くの活動の根源とは、案外、そこまで合理的なものではなく、本能に近いところからの発動であることの方が多いのではないかと思われます。

 また、今回の筆記での文章作成の楽しみは、最初ではなく、以前にもそうした経験が何度かあり、その際には、さまざまな筆記具を用いて、それらの書き味などの評価もしていました...。

 ともあれ、やはり、文章を筆記にて作成する行為それ自体が楽しいと感じることが出来れば、継続することも出来ますし、また、いずれ、PCキーボードでの文章作成にも変化(相転移)することも出来ると思われますので、今回の休息期間に、期せずして、当ブログの原点に戻ったようにも思われるのです。

 また同時に、以前よりも多少、読書に集中することも出来るようになったとも思われますので、やはり、この休息期間には意味があり、今しばらく継続した方が良いのではないかと思われます。

 しかし、やはり興味深く思われ、そして未だ判然としないのは、手書きでの文章作成から始めた当ブログが、やがてPCキーボードでの入力によるブログ記事(文章)作成に変化して、それを10年ほど継続して、その後の休止期間で、あらためて手書きでの文章作成を始めたところ、大変楽しく感じられ、内容やテーマなどが思い付いていないにもかかわらず、書き始めてしまい、さらに、それとほぼ同時期から、以前よりも書籍を集中して読むことが出来るようになったと感じられることには、何か普遍的な精神のメカニズムのようなものが作用しているのではないかとも思われるのです…。

 とはいえ、それがどの程度の期間継続するのか判りませんので、ここはただ、そうした状況や経緯を出来るだけ精確に文章化することが重要であるのではないかと考えます。

 そういえば、当ブログの休止と前後して始めたメルマガの様なBCC送信の文章は、概ね週一回で行っていますが、その後、BCCへの返信メールとして、あるいはお葉書などで近況やご感想などをお知らせくださることもあり、さらに、そこからのやりとりにて、興味深い著作が思い出され、蔵書の中から、あるいは神保町の古本屋にて見つけて、一筆添えてレターパックでお送りさせて頂くのも、なかなか面白いやりとりであると云えます。

 そして、その意味で、神保町の古本屋街はやはりスゴイと思われます。思い返してみますと、以前にも述べたことがありましたが、私は幼稚園から中学校まで、靖国通りの俎橋を九段坂側に渡ったすぐの祖父母の家に長くいて、そこでの遊びの一つが、古本屋に立ち読みに行くことでした。そのため、書籍に関しては、学校の成績とはあまり関係がなかったかもしれませんが、それなりに早熟であったのではないかとも思われます。

 その後、日本国内、北海道から九州まで移動して、また関東地方、首都圏に落ち着きますと、その楽しみの場所は、もう現在は祖父母の家は近所にはありませんが、神保町になるのかもしれません。しかしながら、やはり私は、文章を書く仕事の一環として西日本(近畿以西)に定期的に訪問したいです。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2026年9月6日日曜日

20260905 11年間のブログ作成から手書き、読書への回帰と変化したこと

 過日の投稿記事においても述べましたが、去る7/31から、ノートでの筆記具による文章作成を始め、これは現在も継続しています。大変面白いもので、筆記具によるノートでの文章作成は、ここPCでのキーボードを用いる文章作成とは異なる層にある文章が表れるようで、ここでこうして作成する文章とは明らかに異なると云えます。その文章とは、もっと文章以前の感覚的なものであったり、あるいは、気が付いたことをそのまま記したものであったりして、それらを当ブログに引用することは困難であると考えます。とはいえ、そうした手書きの文章の中から、時折、当ブログの題材にもなりそうなこともまた出て来るのです。そのため、当ブログの記事題材になりそうなことも複数出来たのですが、今度は、どうしたものか、当ブログよりもノートでの文章作成や、これまた過日の投稿記事においても述べたことですが、先月8月初旬から、いくつかの必要性が重なったことから始めた、メルマガのようなBCCでの記事配信にて、配信先の何人かの先生方から、お葉書やメールなどで感想やご連絡を頂き、そこからの展開で、先日神保町で購入した興味深いと思われるであろう書籍をお送りしたところ、そこからもまた展開があり、それはそれで当ブログとはまた異なる面白さがあることから、このところ当ブログでの記事作成は行わず、その代わりにノートでの文章作成や、メルマガのような記事配信や、そこから生じた書籍などについてのやりとりや読書に時間を充てていました。そういえば、先月初旬に当ブログを一旦休止して、前後して始めたノートでの文章作成による何らかの効果もあるのか、以前よりも読書に集中することが出来るようになったと思われます。当ブログを始める以前、つまり2015年までの私は、基本的に読書つまりインプット一辺倒であったと云えますので、それがまた11年の期間を経て、少しだけそちらに戻ったと云えるのかもしれません。それでも11年間の文章作成の経験は、いくらかは私を変化させたようであり、それが、これまでに述べましたノートでの文章作成の際に感じられるのです。何故であるのか、かつてノートに文章を作成していた時と比べ、明らかに筆記の速度が速くなっているのです。あるいは言い換えますと、文章が流れている精神の層と、それを具現化する筆記具を持つ手が連動していることが、強く実感出来ると云うことです。そして、これが楽しく感じられるのです。文章を書くことよりも、その実感が楽しく感じられることから、何を書くのか決めていないにも関わらず、また一カ月以上、何やら書き続けることが出来ているのだと思われます。そして、この感覚は何時まで続くのか分かりませんが、それでも当ブログにて、それを整理した文章を作成することも、少なくとも自分にとっては意味があると思われることから、今後も、出来るだけ多く、当ブログでの記事作成も行いたいと思いますので、よろしければ、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。また、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年8月19日水曜日

20260818 2500記事の先にある、新たな文章作成の様相:相転移?

 ここ一週間以上、ブログの更新はしていませんでした。しかし、それ以外での文章作成はしており、また、過日投稿の記事でも述べましたように、2500記事到達以降、再び始めたノートへの筆記も、思いのほか続いています。日によって作成する文章の量は異なりますが、概ね毎日、ノートに何かしら書いています。
 面白いもので、ノートに筆記具で文章を書いていますと、ここでキーボードを用いて文章を作成するよりも、明らかに滑らかに文章が出てきます。しかし、そこで書いた文章は、生来の悪筆のため、後日、判読が困難であったり、あるいは度々、話が飛んでいたりしており、ここで、こうして作成している文章よりも、明らかに思い付いたままの、まだ明瞭な文章になる以前の「思い」のようなものが記されていると云えます。
 おそらく、キーボードを用いて文章を作成していますと、無意識のうちにも、それをある程度まとまった「文章」として整えようとする働きが生じるのでしょう。それに対して、筆記具にてノートに書いていますと、そうした文章として整形される手前にある、断片的な考えや連想まで、そのまま記すことが出来るのだと思われます。
 とはいえ、そうした、いわば「原初的な思い」を起点として、我々の考えや思想と云ったものは次第に醸成されていくのであり、その意味において、より身体に近い、原初的とも云える筆記具でのノートの文章作成を、いましばらく継続することには、これまでの経験も踏まえて、何かしらの意味があるのではないかと思われるのです。また、これに関しても興味深いと思われる点がありましたので、後日、改めて当ブログにて述べてみたいと思います。
 さて、ここ最近読み進めている、アレクサンダー・C・カープ氏、ニコラス・W・ザミスカ氏による『テクノロジカル・リパブリック』は、ようやく全体の7割方まで読み進み、おそらく、今週中には読了に至るのではないかと思われます。当著作は、当初、噂を聞き、書店で何気なく手に取り、立ち読みしたところ、内容が大変に興味深く、また、読み進めるにつれて、今後の我が国についても色々と考えさせられるようになりました…。そして、そうしたことについても、さきのノートでの筆記と同様、また後日、当ブログにて述べてみたいと思います。
 また、それに加えて、ここ最近、いくつかの必要性が重なり、当ブログの既投稿記事や、週一でのパート勤務の際に作成させて頂いている医院ブログの記事を改題、編集したもの、あるいは、新たに作成したオリジナルの文章を、これまでに見知った、主にアカデミア関係者の方々に、メールマガジンのような形でBCC送信させて頂いています。
 これはBCC送信と云うこともあってか、殆ど返信はありませんが、それでも時々、ご感想を頂いたり、文章の内容とはあまり関係のない最近の出来事などについて、BCCへの返信という形でご連絡を頂いたりすることもあります。
 考えてみますと、ブログとは、基本的に不特定多数の方々に向けて文章を公開する場所であり、それに対して、こうしたメールによる文章の送信は、これまで実際に見知った方々に送信するという意味で同じ「文章による発信」であっても、その性質は若干異なると云えます。また、それは、誰に向けて作成した文章を届けているのかが明確であるということは、ブログにはない特徴であると云えます。
 そしてまた、少ないとはいえ反応がありますと、さらに、いくつかの事情も重なり、こちらのメールマガジンのような発信にも、もう少し注力しても良いのではないかと考えさせられます。
 当ブログは、一応11年間継続し、2500記事にも到達しましたので、今後もこれはこれで継続していくつもりですが、その一方で、これまで当ブログにかなり集約されていた「文章の作成」が、最近ではノートへの筆記、当ブログ、医院ブログ、そして特定の方々に向けたメルマガのような文章配信と、少しずつ分化し始めているようにも思われます。
 そして、それぞれの作成した文章が、また別の文章の材料となったり、また、反応により、新たな考えにもつながったりするのであれば、これまでの文章作成や発信のあり方そのものが、ある種「相転移」的に異なる様相へと変化することもあるのではないかと思われるのです。もっとも、実際のところ、それがどのような形になるのかは、現時点ではよく分かりませんが、とりあえず、始めてみなければ何も分かりませんので、また落ち着くまで、しばらく継続してみようと思います。そして今回もまた、ここまでお読み頂き、どうもありがとうございます。


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2026年8月4日火曜日

20260803 「地の文章」と「修辞をした文章」と文章作成について思ったこと

 去る7月6日に目標としていた2500記事に到達してから、早くも1カ月近く経ちました。その期間で当記事を含めて、2500記事から、さらに10記事追加しましたので、およそ3日に1記事は投稿してきたことになります。この投稿頻度は、目標到達後の休息期間としては多すぎると思われますので、以降、さらに休みを多くしたいとは考えていますが、PC前に座り、当ブログを開きますと、不思議なことに『また何やら文章を作成しなくては…』といった心持ちになってくるのです…。加えて、そうした気持ちが生じると云うことは、既に充分、休息を取ったことを意味するのではないかとも考えられるため、とりあえずスムーズに作成出来るところまで作成して、その後、作成への気持が涸れていなければ、そのまま続け、困難であれば、作成文章を下書きとして保存しておけば良いと考え、作成を始めた次第ではありますが、思いのほかに文章は進み、この程度まで進みました。そういえば、冒頭で述べた2500記事到達直後、何を思ったかまた、ノートを購入し、そこに何かしら文章を書くようにしていますが、紙のノートに筆記具で文章を書くと云う行為は、かつては頻繁に行っていましたが、昨今では、そこまでの頻度ではないため、何やら新鮮に感じられ、しかも、紙に文章を書いていますと、こうしてPC前に座り、キーボードで文章を入力するよりも、かなりスムーズに文章が出てくるのです…。これは当初、それなりの驚きがあったことから現在も続いていますが、今後出来る限り続けてみたいと考えています。そして、ここまで作成していた、その様相を検証するために、また筆記具を持ちノートを開きますと、やはりスムーズに何やら文章を書くことが出来るのです。そこで、それぞれの文章の違いは何であるかと検討するため、過日、記したノートの文章を読んでみますと、そこでも、このことに言及しており、ノートに書く文章を「地の文章」として、PCに入力する文章の方は「少し修辞をした文章」と記していました。これはたしかに事実に近いのではないかと云えます。また、こうしたことを書いていますと、以前にも当ブログにて述べました、言語についての考えが想起されます。それは、初期ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」の「言語が意味を持つのは、それが実際の世界の構造に接地されて、その構造を写像出来る場合に限られる。そして、この写像の可能性こそが、言語で語り得ることと、語り得ないことの境界を定める。」と云った考えです。これを、さきのノートへの手書きと、PCでの入力に当て嵌めて考えてみますと、手書きの方は「地の文章」であると同時に、言語の重要な要素である「写像」については、あまり考慮していない文章であり、また、そうであるからこそ、スムーズに作成することが出来るのではないかとも思われます。そして、それは文章が湧いてくる身体と、手に持った筆記具との「近さ」に因ると考えます。他方のPC入力での文章は、作成するために、その文章の内容を予め自覚しておかないと作成することが困難であることから、ある程度、文章として読まれることを意識して「写像」つまり現実世界と言語との対応関係、あるいは読み手からの文章としての理解のし易さを考慮して、修辞をした文章を作成することから、手書きほどにはスムーズな文章作成が困難であると思われるのです。そして、こうしたことは、おそらく今回はじめて感じられたことではないと思われますが、何度かそうした経験をすることにより、修辞を施し、ある程度、他者からの理解を得られるような文章を作成することが出来るようになるのではないかと考えますが、そのように認識を新たにしてみますと、ここしばらくは、目標到達後の休息期間ではありますが、時々は、このように新たなブログ記事を作成することは良いことであるように思われました。そして、今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年8月3日月曜日

20260802 下戸遺伝子と三遠式銅鐸を結ぶことで見えてくる様相

日本の古い歴史を調べる際に、記紀などの文献資料や、古墳や出土物などの遺跡・遺物などをあたることが多いのではないかと考えます。たしかに、そうした方法は重要であり、また主たるものであると云えます。しかし、そこに自然科学分野での知見や研究成果などを組合せてみますと、それまでの方法では看取することが困難であった、新たな興味深い様相を、時には見出すことが出来るのではないかと考えます。

その一例を挙げますと、それは「三遠式銅鐸」「水稲耕作文化」「ALDH2変異(下戸遺伝子)」「マラリアの流行」といった、一見、関連性が乏しいと思われるキーワードをつなぐことにより見えてくる様相であり、これらは、近畿東部、東海西部、北陸南部をまとめた地域を軸としますと、結び付けることが出来ます。

我々日本人には、少量の酒を飲んだだけで顔が赤くなったり、動悸や頭痛が生じる人が少なくありません。これは、アルコールの分解過程で生じる有害物質アセトアルデヒドを処理する酵素「ALDH2」の働きが弱い体質によるものです。このお酒に弱い、いわゆる「下戸遺伝子」と呼ばれるALDH2変異型は、世界的に一様に存在するものではなく、東アジア地域に著しく集中しています。近年のゲノム解析研究によりますと、この変異は、約2~3万年前に中国南部の長江下流域付近で発生し、その後、同地域を起源とする水稲耕作文化を持つ人びとの移動に伴い、日本列島に流入したと考えられています。

現代の我が国におけるALDH2変異型(下戸遺伝子)の分布を見てみますと、縄文系ゲノムの割合が高い東北地方や九州南部、沖縄などでは、酒に強い遺伝子が高頻度で見られるのに対し、前述の近畿東部、東海西部、北陸南部地域では、このALDH2変異型(下戸遺伝子)を持つ人びとの割合が顕著に高くなっています。そこから、この下戸遺伝子は、我が国においても全国で一様に存在するものではなく、特定の地域に定着したものであることが分かります。

では何故、この近畿東部、東海西部、北陸南部地域において、大陸由来の下戸遺伝子が定着、維持され続けたのかと考えてみますと、そこには、水稲耕作文化の普及による自然環境の変化と、それに伴う感染症という淘汰圧が作用したのではないかと考えられます。

大陸を起源とする水稲耕作文化は、弥生時代から、豊かな水資源を持つ近畿東部の琵琶湖周辺や東海西部の木曽三川流域、北陸南部の九頭竜川流域などで広く展開されました。その一方で、大規模な水田や用水路の開発は、同時に、低湿地や水たまりなどの湿度の高い環境を生み出し、それはマラリア原虫を媒介する蚊の格好の繁殖場にもなりました。そして、これらの地域は、近現代に至るまで、マラリアの流行地として知られていました。

ここで注目されるのが、さきの下戸遺伝子とマラリア感染症との関係性です。

飲酒時に体内に蓄積するアセトアルデヒドには一定の抑菌作用や寄生虫の増殖を抑える効果があるという仮説があり、マラリア負荷の強さが下戸遺伝子を持つ人々の生存に有利に働いた(正の選択圧)可能性が指摘されています。確かな科学的事実とするには、さらなる検証が必要ではありますが「水稲耕作」「感染症リスク」「遺伝的定着」の環境的相互作用は、地域社会の成り立ちを考えるうえで、大変興味深いものであると云えます。

そして、この下戸遺伝子の高頻度地域およびマラリア感染症の流行地域と概ね一致するのが、弥生時代後期を特徴付ける銅鐸の一様式である「三遠式銅鐸」の出土分布地域です。三遠式銅鐸は、同じく後期式の銅鐸である「近畿式銅鐸」が大きな飾耳を吊り手(紐)に持ち、文様の突線を大きく盛り上げ、躍動的な勢いを強調するものが多いのに対して、「三遠式銅鐸」は造形的に対極に位置していると云えます。吊り手(紐)に大きな飾耳はなく、表面に「袈裟襷文」や「鋸歯文」などの直線的あるいは幾何学的な文様を精密・均一に刻み込むという技術的特徴を持っていると云えます。

その文様の描き方は、近現代の工業製品の意匠を思わせるほどに整然としており、同一様式の線や文様が精確に反復されています。こうした双方銅鐸の意匠の相違は、それぞれの製作を担った工人集団や、その技術的特徴の違いを反映していると考えます。

おそらく、銅鐸の作製を担った工人集団は、その技術と同様、朝鮮半島を含む大陸にルーツを持ち、そして、彼等が持っていたのは一連の鋳造技術だけでなく、ALDH2変異型(下戸遺伝子)もまた、そうであったのではないかと考えます。そして、この下戸遺伝子に由来する銅鐸の意匠あるいは一種の美意識が、前述した三遠式銅鐸の精密・均一な銅鐸表面の文様であったのではないかと考えます。

また、さらに歴史的視野を広げてみますと、この地域は、後世、戦国時代において、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と云った組織化や制度構築に長けた乱世の覇者を輩出し、さらに近現代においては、自動車産業や工作機械などに代表される、我が国が誇る工業文化も生み出しました。近代工業に不可欠な標準化や工程の統御を重んじる優れた工業文化を生み出した風土は、三遠式銅鐸の精密・均一な文様の意匠と通底するものがあるのではないかと考えます。

二千年近い歴史の隔たりがあるため、これらを直接の因果関係で結び付けることは困難でありましょうが、同じ地域において、規格性や精密な技術を尊重する価値観が繰り返し表出してきたことは、地域社会のプロトタイプ(原型)を考えるうえで極めて興味深い現象であると考えます。

遺伝子は人々の移動と生活環境への適応を記憶し、出土遺物は人々の技術と意匠文化を今に伝えます。換言しますと「ALDH2変異(下戸遺伝子)の分布」、「水稲耕作とマラリア感染症」そして「三遠式銅鐸の文様の精密・均一さ」は、それぞれ独立の要素としてではなく組合せて考えることにより、さらに精確で明晰な歴史像の仮説を我々に示すのではないかと思われますが、さて如何でしょうか?そして、今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2026年7月23日木曜日

20260722 2500記事到達後しばらく経ち、いくつかの記事の閲覧数の急増があって思ったこと

 7月も既に半ばを過ぎ、首都圏は、うだるような暑さの日が続いておりますが、当ブログは、今月6日投稿の引用記事により2500記事に到達しました。そして、その後も自らの文章による記事、引用記事を織り交ぜて投稿を継続しており、現在までの総投稿記事数は2507となりました。
 私としては、一旦、当ブログやSNSから離れたいと考えていますが、こうしたアウトプットは、半ば習癖となっているようで、そのため、今回もまた、このように新たな記事を作成しているのだといえます…(苦笑)。
 また、当記事につきましては、その作成に至った理由があります。その理由とは、2500記事到達後のここ2週間ほどで、どうしたわけか、以前の投稿記事である『20251104 黎明期の試作機である私について』が集中的に読まれており、その閲覧数は1500を超え、一挙に当ブログ全期間を通じて最も多く読まれた記事の上位4番目になったことです。
 当記事では、昨年11月初旬、2400記事到達を目前にして、当ブログ作成に至るまでの経緯を述べ、そのなかで、自らを、修士(経済学)を取得してから歯科技工士となり、その後、課程博士(歯学)を取得した、ごく初期、あるいは本邦初であったかもしれないと述べました。そして、今後は、そうした経験を活かし、若い医療専門職の方々が人文学に親しみ、臨床と研究を自由に行き来できる環境整備に貢献したいといった考えを述べていますが、これは2500記事に到達した現在においても変わりありません。
 とはいえ、実際問題として、そのような職種の求人は各種求人サイトなどにはありません。そのため、自ら大学さまなどに問い合わせを行い、泥縄式に営業をしていく必要があるのかもしれません…。しかし、その一方で、もしも当ブログやエックスでの私のポストなどをご覧になり、ご興味がおありでしたら、お気軽にお声掛けいただければと思います。
 以前にも何度か述べましたが、私は、未だ職業としては存在、あるいは定着していないであろう、定期的に大学を訪問し、そこでの興味深い取組みの様子や、大学付近の歴史・文化などを題材としたブログ記事を作成する、いわば大学専属のブロガー・ライターのような職種に就きたいと考えています。
 そして、先述の反応を見ますと、自らがこれまで積み重ねてきた文章作成の経験を、今後どのような形で社会に還元できるのかを、改めて考えさせられます。これまでのことを振り返ってみますと、やはり、ポンコツを基調とする私の取柄とは、こうした文章の作成であると思われますので、そのような職に就き、社会の流れをその活動のなかで見出しつつ、そしてまた、新たな文章作成へと結び付けることが出来れば良いと考えていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 そしてまた、面白いことに、ここ数日では『20251027 目標とする2400記事まで到達出来たら…』の閲覧者数も、どうしたわけか、特異的に伸びていました。
 当記事の概要は、2025年10月末、ブログの継続期間が10年4か月となり、その間の総閲覧者数は100万人を超え、目標とする2400記事到達を目前に控え、非営利の個人運営のブログとしては、それなりに頑張ってきたとは思われるものの、その内面の状況は凪に近いものがあり、あまり記事の作成意欲が湧かず、今後の継続についても疑問視しており、それは到達後に、なおも文章や意欲が湧き出るかどうかにかかっているので、そうした内面の変化を観察したうえで、今後の当ブログの方向性を模索したいといった意味のことを述べています。
 このことは、現在の私にも同様に当て嵌まります。その意味で、11年間の継続、そして2500記事へ到達した現状もまた、凪に近いものがある一方で、前述しました当ブログへの反応がありますと、やはり、何か新しい文章を作成したくなります…。
 また、本来、当ブログは、そのようにして作成・継続してきた側面があります。そして、面白いことに、そうしたことを明晰化するために文章を作成していますと、また別のことが連鎖的に想起されることが多いのです。その意味で、現在、文章として作成してみたいと考えていることがいくつかありますが、それらにつきましては、少しずつ文章化を試みていますので、また後日、ブログ記事としてご提示したいと考えています。ともあれ、今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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