*人工知能による編集を経た文章☟
本日の関東南部は気温が上がり、春を思わせるような陽気でした。この時季は三寒四温と云いますが、たしかに寒い日と暖かい日が数日ごとに交互に訪れ、全体としては暖かい方へと向かっている実感があります。
丁度この時季、和歌山県日高郡みなべ町の一帯は、梅の花が満開から散り始める頃です。国道42号線のこの辺りを自動車で走り、窓を開けますと、本当に梅の薫りが漂ってくるのです。このように自然に魅力を感じることはそれまでになく、その後、当地でこうした経験を重ねることにより、この地域での四季の巡りの様相が理想的なものであると感じられるようになりました。あるいは、紀伊半島西南部の地域性や自然風土そのものに魅力を感じるようになったのだとも云えます。
その一方で、読書がありました。当時は既に、ポール・ケネディの『大国の興亡』やウンベルト・エーコの『薔薇の名前』などは読み終えていましたが、文系師匠が送付してくださった冊子で見つけたロバート・グレーヴスの『この私、クラウディウス』を、当時普及していたアマゾンで購入してみました。読んでみると大変面白く、何度か読み返し、殿山(合川)ダムへの釣行の際にも持参して、ボートの上で釣りをしつつ読んでいたものです。現在考えてみますと、それは贅沢な時間であったと云えるのかもしれません。
ともあれ、そのようにして、転勤当初は嫌々であった「南紀」という地域に、いわば「ホンモノらしさ」を徐々に感じるようになりました。それは、地域に伝わる史実や伝説を示すさまざまな遺構・遺跡が、変に手を加えられず、自然なままで残されていることに感心したためであると云えます。典型的なものは古くからの寺社などであり、その境内に古墳があることも多く、さらにはもっと古い銅鐸が出土した事例もあります。歴史が同一地域の上で、類似・継続した価値観や感覚を遺しつつ積層している。それを実感として得られたことは、私にとって非常に価値のあることでした。
しかし、こうしたことを文章として述べることができているのは、まさに、その様相を認識し言語化するために学んだ背景――具体的には、大学院修士課程での研究があるからに他なりません。 もともと私は、大学院進学を当初から望んでいました。当時の先生方に相談したところ「数年間は働いてから考えても良いのではないか」との助言をいただき、実際に社会人を5年経て、同地域の大学院に進学することになりました。ここで大変に重要であるのは、当初希望していた「欧州文化」ではなく、この地域のことを学ぶ「地域学」を専攻としたことです。これは、以前の南紀在住経験を言語化し、再構成しようとする試みであったのだと云い得ます。
ここでは、それまでの人生で最も多くの書籍を読みました。その意味で、この頃に「何かが外れて、壊れてしまった」ようにも思われます。しかし他方で、未だに自ら関心を持つ分野の著作であれば読み通せているのは、この頃の経験があるからとも云えますので、その良し悪しは何とも云えません。ともあれ、私はこの期間がとても重要であったと考えています。
また、この期間には、さきほどの実感が生じるための別の経験もありました。それは、当時の自宅近くにあり、深夜も営業していたメッサオークワ ガーデンパーク和歌山店内の「TSUTAYA WAY」にて、偶然、岩波文庫の棚にあったコンラッド著『闇の奥』を手に取り、何気なく読んでみたところ、その文章にある感性に強く惹き付けられたことです。 立ち読みを行う際には、こうした感覚を頼ると良いと思われます。そして、こうした経験を何度か重ねることで、次第に自分が興味を持ち、読むことのできる書籍の種類というものが分かってくるのではないでしょうか。
ともあれ、この経験には続きがあるのですが、ここで一旦、区切らせて頂きます。
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