鶴木次郎のブログ
主に面白いと思った記述、考えたことを記します。 自身の備忘録的な目的もあります。
2026年4月9日木曜日
20260408 春風社刊 谷川健一著「古代歌謡と南島歌謡: 歌の源泉を求めて」 pp.205-207より抜粋
pp.205-207より抜粋
ISBN-10 : 4861100585
ISBN-13 : 978-4861100581
ところで、住吉の弟日娘と同一の名をもつ女性が「肥前国風土記」逸文に見える。その名を、乙等比売(おとひめ)と言うとあり、異本には弟日姫子(おとひめこ)とある。大伴狭手彦と相愛の関係になったが、狭手彦が新羅を征討に出陣するとき、山にのぼって領巾(細長い薄布)を振り、その船を見送ったという。この話は有名で、「万葉集」の巻五にはこの悲哀をうたった一連の歌がある。領巾を振ったヤマハ唐津市の鏡山だという。そして見送った女は松浦佐用姫(まつらさよひめ)となっている。
さきに見たように、大宰府の付近には児島と呼ばれ遊行女婦のいたことは明らかであるから、大陸との交流のふかい唐津付近に遊び女がいたとしてもおかしくない。住吉の弟日娘が遊行女婦であったように、大伴狭手彦と別れを惜しんだ弟日姫子もそうしたたぐいの女であったかもしれない。室町後期の「閑吟集」に、
つれなき人を 松浦の奥に 唐土船の 浮寝よない(一三八)
とある。唐土船というのは唐船ともいい、中世に中国との交易にあたった日本船を指す。「自分につれない人を待ちかねて、唐津湾の沖に停泊する唐船ではないけれど。浮寝をする」という意。浮寝というからには、船中で独り女が寝ているであろう。『梁塵秘抄』巻二にも、「遊女の好むもの」として、雑芸や鼓などがあげられているほかに、「小端舟」となる。遊女たちは小舟をあやつって旅客を迎えた。遊女の中の年老いた者は大傘をさしかけて、舟の棹を取ったのである。
そうしてみると、さきの「閑吟集」の歌も、船中で客を迎える松浦地方の遊女を指しているにちがいない。弟日娘と同一と思われる松浦佐用姫も「松浦地方のサヨという女」ということで松浦佐用姫と呼ばれたように思われるが、松浦という肥前の地名と固定してよいのかということになると、必ずしも断定できない。松浦佐用姫の伝説は日本各地に伝わり、奥羽地方にも分布しているからである。
柳田国男によると、「佐用姫のサヨは塞の神を意味し、松浦のマツは神あるいは貴人に対する奉仕を意味する言葉である。したがって松浦佐用姫は固有名詞ではなく、本来は遠く遊行して諸国の神の祭に参与した一群の女性を指す言葉であった」と言う。柳田はさらに、「村の祭に化粧して現わ来たり、神の故事を演ずる者は、昔も今も一階級しかない」(「民俗学辞典」)と付け加えている。
柳田はまた、小松という名は小野小町の小町と同じくすると述べ、「陸前栗原の小松の虚空蔵堂などで、小野小町が佐用媛の任務に代わって居るのも、自分にとっては些かも偶然では無い」(「人柱と松浦佐用媛」)と言っている。
こうしてみるときに、松浦佐用姫の松は特別の意味をもつことになる。神をマツルとか貴人にマツラフという語と同種類の語が、マツである。神をマツリ、神にマツラフ女性が神聖な祝宴にはべるのはとうぜんとしても、それがやがて男たちの酒盛りをとりもつ巫娼の役割を果し、あげくのはてには枕席も共にすることになれば、マツという語も男が女をマツ、女がはやくから男をマツという風に転用されてくる。
住吉の浜の松がはやくから有名であったことは、すでに万葉の歌から明らかであるが、その松に殊更なる寓意を託された遊行女婦の群を私は想像してみるのである。
2026年4月6日月曜日
20260405 書籍の選択と文章作成とのバランスと、そこから生じるものについて
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2026年4月2日木曜日
20260402 先日の久しぶりの紀伊田辺訪問から思ったこと
先週は3/28㈯午前に家を発ち、関空に午後2時頃到着し、そこから日根野駅で特急くろしお号に乗り換えて、紀伊田辺まで行きました。到着は16:30過ぎであり、そこから徒歩で闘鶏神社に向い、当初の予定通りに参拝や所用を行い、安心した心地で紀伊田辺駅まで徒歩で戻ることにしました。さて、以前から当ブログで述べたように、私は今世紀初年から3年間、紀伊田辺の南に隣接する西牟婁郡白浜町に在住しており、そこでの休日は、度々、自動車や自転車で、ここ紀伊田辺を訪れていたことから、その街並みは、鮮明に記憶に残っていますが、かなり久しぶりに訪問した紀伊田辺の駅前の街並みは、和歌山市のぶらくり丁のようにシャッター街化が進み、私が知る往時の「活気があるコンパクトな地方都市」といった趣は、かなり減衰していました。他方、南紀白浜在住当時から知っている、古くからのお店で、現在も元気に営業されているところも点々とありました。その一つが地域を代表する銘菓と云える「辨慶の釜」や「デラックスケーキ」で知られる「鈴屋」さまであり、駅への帰路の途中に立ち寄らせて頂き、翌日の和歌山市での勉強会の際に、出席される方々に供するお菓子として適切であると考え、こちらの店舗のみでしか購入出来ない、さきのデラックスケーキの切れ端を商品化した「はしっ子」を一人で購入可能なだけ購入させて頂きました。そして、翌日の勉強会の際に出しましたところ、好評であったことから、今回の足を延ばしての紀伊田辺訪問はわずか2時間ほどでしたが、充実したものになったと云い得ます。また、勉強会では、出席された、かつて院生であった先生方や、当時からの先生の研究の現況や課題などを共有させて頂き、こちらも充実したものになりました。この勉強会は、知る限り、2012年から毎年、半年毎に開催されており、私は概ね参加させて頂いていますが、その規模は大きくもならず、小さくもならずに継続しています。また、2015年に開始した当ブログにおいても、当勉強会について度々言及しており、私見としては、博士課程修了後の私の知的好奇心や自意識が干上がらず、あるいは破綻せずに、これまで、どうにか生き永らえることが出来た一つの要因であると考えています。そして、今回の勉強会においては、主催されている先生が、今春より、同じ和歌山市内に立地する四年制大学看護学部の教養科目を担当(兼任)されるとのご報告を頂き、それが、当ブログと連携しているエックス(旧ツイッター)での、つい数週間前(3/16)の私の投稿内容とも被るものであったことから、何とも不思議な感じを受けました。また、我田引水ながら、それとも関連して、和歌山市は、大都市である大阪府と隣接して、人口流出が続きながらも、独自の歴史的背景や文化を持つ地方都市であり、現代の都市的な悪影響が相対的に乏しい環境であり、それこそ、医療系の新大学・学部などの立地には適しているのではないかと思われるのです。このことは、ここ十年ほど、和歌山市での新大学・学部の設置の様子を観察して、あらためて理解出来たことであり、あるいはこの先も、こうした流れがしばらく続き、そしてその先には、現今、人文系主体である当地の国立大学法人運営の大学の学部構成にも変化が生じるのこともあると思われるのです。具体的には、口腔保健学科や管理栄養学科を擁する医療系の新学部の新設であったり、あるいは、他の老舗医療系大学との共同出資・運営にて、和歌山市内あるいは、それこそ、さきの田辺市内(臨床実習先となる医療機関は地域内に複数あります)に医療系の専門職大学が新設されると良いのではないかと思われるのです。そして、そうしたスタイル、つまり、欧米文化の真似ではない、我が国なりのSTEM教育を行い、そこにArtの要素を加えた、総合的なSTEAM教育が、今後の我が国に再び、盛運をもたらすのではないかとも思われるのですが、さて、実際のところはどうなるのでしょうか…。ともあれ、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
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2026年3月29日日曜日
20260328 言葉の二重構造と記号接地問題
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2026年3月27日金曜日
20260327 2500記事到達に向けた出口戦略について
しかし、当ブログは開始から3年間ほどは、ほぼ毎日、記事更新を行っており、1000記事に到達したのは、開始から3年目の2018年でした。また、その当時の、ブログ記事作成が生活の多くを規定していたような熱量に比べますと、現在の私はどこか冷めてしまっているのかもしれません…。そして、その後もどうにか当ブログは続いて、冒頭にて述べましたように、直近で2435記事までの到達となりました。とはいえ、相変わらず記事作成への意欲は湧かず、むしろ「まだ休止期間中なのだから、更新しなくても良いのでは…」といった考えの方が先に出てきます…(苦笑)。
そして、そうした内面でありつつも、新たに記事作成をしていることには矛盾も感じられますが、このような「分かっちゃいるけど止められない…。」と云った感覚は、理性での制御が困難になるほどに、ブログ記事の作成と云う行為が浸透している顕われであり、これはむしろ、これまでのブログ継続に伴う、ある種、健全な「業」であるとも云えますので、この調子を自然に維持しつつ、出来れば、本格的な夏に入る前に2500記事まで到達出来れば良いと思います。そして、2500記事まで到達出来ましたら、一度、当ブログからしばらくの期間離れたいと考えています。
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2026年3月24日火曜日
20260324 読んでいる書籍からはじまり、2020年以来の伏線
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2026年3月21日土曜日
20260321 人工知能・AIと文章作成でのエラン・ヴィタールについて
ともあれ、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
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