ともあれ、そうした筆記のなかで新たな記事題材を思い付くことは、PCのスクリーンを前にして着想を得る場合と比べて、何と云いますか、より鮮烈な体感があるように思われます。そして、万年筆での筆記により、そうした感覚を得ることが出来るのであれば、あまり当ブログでの記事作成を行わなくても良いのではないか…とも思われるのですが、やはり、そこから公表する文章として具現化することが重要であると考えます。実際、投稿する前の文章を読み返してみますと、当初の着想との落差を痛感することもあれば、反対に、思いのほかに良く出来たと感心することもあります。つまり、当然と云えば当然であるのかもしれませんが、頭の中で思い付いたことと、それを実際に文章として表現することは、必ずしも同じではないのです。
そして、この文章作成の過程において、人工知能を援用することは、昨今ではごく当たり前のようになってきました。以前の投稿記事で、人工知能を援用した文章作成を「可鍛鋳鉄」に例えたことがありました。これは、生成された文章を、そのまま完成品として扱うのではなく、さらに手を加え、加工することにより、自分なりの文章に仕上げていくという意味で用いた比喩です。そして昨今では、まさに、そのような文章作成が日常的な営みになったと云えます。
おそらく、このような方法であれば、書き手自身の文体や考えから大きく逸脱することも、比較的少ないと思われます。とはいえ、人工知能を援用するからといって、即座に自分の文章が完成するわけではありません。何故ならば、生成された文章に加筆や編集を行い、随意の文章に仕上げることは、大抵の場合、思い付くままに当ブログの記事を作成するのと同程度の時間を要するからです。そのため、人工知能を用いることにより、文章作成が容易になる部分は確かにありますが、その一方で、生成された文章を読み、内容を吟味し、さらに自分の考えに即して編集するという作業が必要になります。しかし、そのような状況であっても、久しぶりに当ブログの記事作成を始めてみますと、思いのほか苦慮することなく文章を書き進めることが出来るようです。そして、その背景にあるのが、さきに述べた日常的に続けているノートでの筆記であると思われます。つまり、現在の私には、①手書きによる文章作成、②PC入力による文章作成、③PC入力と人工知能を組み合わせた文章作成という、三種類の方法があると云えます。そのうち、②のPC入力による文章作成(当ブログに代表される)を以前ほど行わなくなったとしても、①の手書きと③の人工知能を援用した文章作成は日常的に行っていることから、しばらく期間を空けてからPC入力による文章作成を行ってみても、基層にある文章を書くという営み自体は継続していることから、さほど困らずに書き進めることが出来るのではないかと思われます。また、それに加えて、きわめて重要であると思われるのが、何らかの書籍を読んでいることであると云えます。それは、以前から見知った分野の著作であっても、あるいはそうでなくとも、重要であるのは、その内容を理解しようと試みつつ読み進めている書籍が、常に何かしらあるということであると思われます。実際、読書を通じて得られた知識や考えが、そのまま文章の題材になることもあれば、以前から考えていたことと結びつき、新たな着想につながることもあります。その意味では、読書と文章作成は、それぞれ独立した営みでありつつも、相互に関係しているのだと云えます。このように考えてみますと、手書き、PC入力、人工知能の援用は、それぞれ異なる文章作成の方法でありながら、必ずしも相互に代替するものではなく、むしろ補完し合う関係にあるのではないかと思われるのです。そして、そこに読書という営みが加わることにより、文章を作成するための着想や知識が継続的に得られるのではないかと思われます。ともあれ、そのようなことで、当ブログの更新頻度は以前より低下しておりますが、文章自体は以前と変わらずに作成し続けています。むしろ、文章作成の方法が増えたことにより、以前とは少し異なる形で、書くことを楽しめるようになってきたのかもしれません。そしてまた、近いうちに新たに当ブログ記事も作成したいと考えておりますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。
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