2026年10月21日水曜日

20261020 高等教育の改革と医療・介護系専門職大学の可能性について

 近年、少子高齢化の進展と、人工知能(AI)をはじめとするデジタル技術の飛躍的な進化により、我が国の高等教育は大きな転換期を迎えていると云えます。こうした社会情勢を背景として、2025年2月21日、文部科学省の中央教育審議会は『我が国の「知の総和」向上の未来像~高等教育システムの再構築~』と題する答申を取りまとめました。この答申は、人口減少が進む我が国において、高等教育の質を維持・向上させるとともに、大学の規模や配置、教育内容を社会の変化に応じて見直していくための、重要な政策的指針であると云えます。
 本答申で示された「知の総和」とは、学修者の人数と、それぞれが身に付ける知識や能力、すなわち学修の質を掛け合わせて捉える考え方です。約言しますと、人口減少によって学修者数が減少するなかで、個々人の知をさらに高度化させ、その総和を社会全体として維持・向上させようというものです。実際、我が国の大学進学者数は、2022年の約63万人から2040年には約46万人へと減少することが推計されています。これは約27%の減少に相当し、大学の定員や経営、さらには地域社会における大学の存在意義にも多大な影響を及ぼすことが予想されます。
 こうした人口動態の変化を考えてみますと、従来のように大学の数や学生定員を拡大することによって高等教育を発展させることは、もはや困難になりつつあると云えます。むしろ今後は、限られた人的・財政的資源をいかに有効に活用し、一人ひとりの学びの質を高めるかが重要になります。そのためには、大学がどのような教育を行い、どのような能力を持った人材を社会に送り出すのかという、教育の内容と成果そのものを見直す必要があると考えます。本答申においても、教育研究の質の向上、大学間の連携や再編、教育情報の公開、そして社会や地域の需要を踏まえた高等教育機関の機能分化などが提言されています。
 一方、こうした高等教育改革の動向と並行して、厚生労働省においても、人口減少社会に対応した医療・介護人材の養成と確保が重要な政策課題となっています。2026年8月24日に開催された第4回「医療関係職種の安定的な養成・確保に関する検討会」では、多様な人材が参入しやすい養成課程や、医療関係職種の養成・確保体制の在り方などが議論されました。また、地域の医療・介護・福祉を維持するために必要な人材の安定的な養成・確保について、文部科学省とも連携しながら検討していく方向性が示されています。
 このことは、今後の医療・介護人材の確保が、単に従事者の数を増やすという問題にとどまらず、どのような教育を行い、その専門性を高め、限られた人的資源を社会全体で有効に活用するのかという、高等教育政策とも密接に関わる課題であることを示しています。換言しますと、中央教育審議会が提唱する「知の総和」の向上と、厚生労働省が進める医療関係職種の安定的な養成・確保とは、人口減少社会における人的資源の質的向上という点において、共通する課題を持っているのだと云えます。
 こうした近年の政策動向を踏まえ、私が以前から注目しているのが、医療・介護分野における専門職人材の養成です。医療・介護は、社会の高齢化によって需要が変化し、今後も地域社会の維持に欠かすことのできない領域です。なかでも歯科医療については、従来のむし歯や歯周病などの治療に加え、口腔機能の維持、摂食嚥下機能への対応、栄養状態の維持・改善、そして高齢者の生活の質を支える役割が、近年ますます重視されるようになってきました。
 実際、近年の医学・歯学研究により、口腔の健康状態と全身の健康との間に、さまざまな関連があることが明らかにされてきました。とりわけ高齢者においては、歯の喪失や咀嚼機能の低下、口腔衛生状態の悪化が、食事内容や栄養状態、身体機能、さらには認知機能などとも関連することが報告されています。もちろん、こうした関連がすべて直接的な因果関係を示すわけではありません。しかし、口腔の健康を維持することが、単に歯を守ることにとどまらず、生活全体を支える重要な課題であることは、今日では広く認識されるようになったと云えます。
 また、高齢化の進展に伴い、歯科医療の役割も、従来の歯科診療所における治療を中心としたものから、在宅医療や介護施設における口腔衛生・機能や
摂食嚥下機能の維持・改善、多職種連携などへと広がっています。こうした現場では、歯科医師のみならず、患者さんの日常的な口腔状態を把握し、専口腔衛生・機能管理(メンテナンス)を担う歯科衛生士の役割が、ますます重要になりつつあります。そして、歯科医療が他の医療・介護分野と密接に関与するに伴い、歯科医療専門職には、従来の専門的な知識や技術に加え、栄養学、介護、リハビリテーションなどに関する幅広い知見が求められるようになります。
 こうした歯科医療の役割の変化に伴い、歯科衛生士をはじめとする歯科医療専門職の教育にも、新たな方向性が求められると考えます。我が国では、歯科衛生士の養成は長らく専門学校や短期大学を中心に行われてきましたが、近年では四年制大学における養成課程も設置されています。そこでは従来の専門的な知識や技術に加え、研究方法、地域保健、多職種連携、さらには幅広い教養を身に付けることが期待されています。また、大学院への進学を通じて、臨床や地域医療の現場で生じた問題を研究課題として捉え、科学的な方法によって解決を図る人材の育成も重要になるでしょう。これは、まさに前述した、個々人の専門的な知識と能力を高度化させる取り組みであると云えます。
 こうした我が国の人口動態、高等教育改革、そして医療・介護人材の養成・確保に関する政策動向を総合的に考えますと、医療・介護系の専門職大学を設置し、あるいは既存の高等教育機関をその方向へ再編することが、有力な政策選択肢の一つになるのではないかと考えます。なお、以下に述べる専門職大学についての構想は、政府の政策方針そのものではなく、それらの政策動向と近年の社会情勢を踏まえた私自身の見解です。
 専門職大学は、2019年度に開設が始まった新たな高等教育機関であり、専門的な知識と実践的な技能を一体的に教育することを特徴としています。文部科学省の公表資料によると、2025年4月現在、全国に19校の専門職大学が設置されており、情報、工学、農業、観光、経営、リハビリテーションなど、さまざまな分野で教育が行われています。特に、講義の一定割合を実習や実技に充て、実際の職業現場と連携した教育を重視する点は、従来の大学教育とは異なる特色であると云えます。
 医療・介護分野においては、こうした専門職大学の制度を活用し、歯科衛生士、管理栄養士、歯科技工士、介護福祉士、理学療法士などの専門職を、相互に連携できる形で養成することが望ましいのではないかと考えます。具体例を挙げますと、歯科衛生士と管理栄養士の教育を中核としながら、介護学、リハビリテーション医学、老年医学などを横断的に学ぶ教育課程を設ければ、高齢者の口腔機能や栄養状態、身体機能を総合的に理解できる人材の育成につながるでしょう。そして、これは個々の専門性を高めると同時に、異なる専門領域の知識を結び付け、社会全体として活用するための教育でもあると云えます。
 さらに、一定の条件のもとで複数の国家資格の取得を目指す教育課程、いわゆるダブルライセンスの仕組みを検討することにも意義があると思われます。ただし、各資格には法令で定められた養成課程や実習時間、国家試験の受験資格などがあるため、単純に複数の学科を組み合わせれば実現できるものではありません。教育課程の重複をどこまで整理できるのか、学生の負担をどのように抑えるのかといった制度上の検討が必要です。また、すべての学生が複数資格を取得する必要はなく、単一の専門資格を基盤としながら、他の専門領域について体系的に学ぶ教育課程も考えられます。ともあれ、ここで重要なのは、単に個々人の資格数を増やすことではなく、それぞれの専門性を高めるとともに、他職種との連携能力を養うことにあると考えます。
 また、こうした専門職大学においては、実務教育だけでなく、人文社会科学を含む幅広い教養教育も重視すべきでしょう。医療や介護は、単に科学的知識や技術を適用するだけの仕事ではありません。そこには患者さんや利用者の生活、家族関係、地域社会の文化、さらには倫理的な判断など、多くの人間的・社会的な問題が関わっています。それ故、専門知識や技術に優れているだけでなく、人間や社会について考え、自ら判断出来る人材を養成することが重要です。専門職教育と人文的教養とは、本質的に対立するものではなく、相互に補完し合う関係にあると考えます。そして、このような幅広い教養もまた、個々人の知を高度化させるうえで欠かすことの出来ない要素であると云えます。
 加えて、AIやデジタル技術の発展も、医療・介護専門職の教育を考えるうえで欠かすことのできない要素です。歯科医療においても、口腔内スキャナー、CAD/CAM、三次元画像診断などの技術が導入され、診療や歯科技工のあり方は大いに変化しつつあります。しかし、技術が高度化すればするほど、それをどのように用い、どのような判断を下すべきなのかという、人間の側の能力が重要になってきます。専門職大学においても、単に新しい機器の操作方法を教えるだけでなく、その技術を理解し、利点と限界を踏まえて適切に活用できる判断力を養う必要があると考えます。
 さらに、医療・介護専門職の教育に外国語、とりわけ医療英語を組み込むことも重要です。科学技術や医学研究の成果は、国境を越えて共有されるものであり、英語による情報収集や意思疎通の能力は、専門職として継続的に学ぶうえで重要な基盤となります。また、外国人患者さんの対応や、海外の教育・研究機関との交流をはかるうえでも、外国語教育には相応の意義があると云えます。
 このように考えてみますと、医療・介護系専門職大学は、単なる職業資格の取得を目的とする教育機関ではなく、専門的な技能、科学的な知識、人文的な教養、そして新しい技術への対応能力を総合的に育成する高等教育機関として構想することができます。すなわち、個々人の知識と能力を高度化するとともに、異なる専門領域の知を結び付けることによって、その成果を社会全体に還元する教育機関として位置付けられるのです。そして、それは人口減少が進む地方社会において、地域医療や介護を支える人材の育成拠点となる可能性もあると云えます。
 もっとも、医療・介護系専門職大学を新設さえすれば、それだけで地域の人材不足や大学経営の問題が解決するわけではありません。少子化によって大学進学者数そのものが減少するなかでは、新たな大学を設置することの妥当性を慎重に検討する必要があります。また、医療・介護人材の確保には、教育制度の改革だけでなく、職場環境や処遇の改善、地域間の人材偏在への対応なども不可欠です。それ故、既存大学の学部再編や専門学校からの移行、複数の教育機関と医療機関による連携なども含め、地域の実情に即した制度設計が求められると考えます。
 しかし、大学の数や学生定員を縮小することと、社会に必要な高等教育を充実させることは、必ずしも矛盾するものではありません。むしろ、人口減少を契機として大学教育の内容を見直し、今後の社会に必要とされる人材の育成へと教育資源を再配分することこそ、これからの高等教育改革に求められる方向性であるように思われます。重要なのは、大学という組織を維持すること自体を目的とするのではなく、その大学が個々人の知識と能力をどこまで高め、その成果を社会にどのように還元できるのかという点であると考えます。
 さらに、この問題を2040年という時間軸で考えますと、大学教育の改革と医療・介護人材の確保は、もはや別々に論じることのできない課題であるように思われます。大学進学者数が減少する一方で、高齢者の医療・介護需要は地域ごとに変化し、生産年齢人口の減少によって、その担い手を確保することも難しくなっていきます。そうであるならば、限られた若年人口のなかから必要な専門職人材を養成するだけでなく、既卒者や社会人の学び直しも含め、一人ひとりの専門性を高め、複数の専門領域を理解し、協働できる人材を育成することが重要になるでしょう。これは単なる人材不足への対応ではなく、社会全体の人的資源をいかに高度化し、有効に活用するかという問題でもあります。
 その意味で、医療・介護系専門職大学の構想は、文部科学省の中央教育審議会が示した「知の総和」の向上という高等教育政策上の課題と、厚生労働省が検討している医療関係職種の安定的な養成・確保という課題を、具体的な教育制度のあり方として結び付ける一つの提案になると考えます。もちろん、その実現には制度上、財政上の課題があり、既存の教育機関との役割分担についても十分な検討が必要です。しかし、人口減少、大学再編、医療・介護人材の確保という複数の課題に同時に対応し得るという点で、この方向性には相応の合理性があるのではないかと考えます。
 歯科衛生士をはじめとする医療・介護専門職は、今後も社会の健康と生活を支える重要な役割を担っていくと考えられます。その意味で、進路選択を考える高校生や、社会人として新たな専門性を身に付けようとする方々にとっても、こうした職種は検討に値する選択肢であると云えます。ただし、職業としての安定性や待遇、将来性は、資格の種類や地域、勤務先によって異なるため、十分な情報を得たうえで判断することが大切です。
 これからの社会に求められるのは、特定の知識や技能を身に付けるだけでなく、それらを活用して自ら課題を発見し、異なる専門領域の人々と協力しながら解決できる人材であると考えます。そして、そうした人材を養成するためには、従来の大学教育の枠組みを維持するだけでなく、社会の変化に応じて教育制度そのものを柔軟に再構築していく必要があると思われるのです。
 2025年の中央教育審議会答申が提示した「知の総和」という考え方も、まさにこうした方向性を示すものと理解できます。人口減少によって大学で学ぶ人の数が減少するからこそ、一人ひとりの知識と能力を高度化し、さらに異なる専門領域の知を結び付けることによって、社会全体の知的な力を維持・向上させることが重要になります。それを踏まえて
医療・介護系専門職大学の構想は、そのための一つの具体的な選択肢であると云えます。そして、人口減少に伴う高等教育の再編と、医療・介護人材の安定的な養成・確保という、我が国が直面する二つの大きな政策課題を同時に考えるうえでも、十分に検討する価値のある方向性であると思われるのですが、さて、如何でしょうか?
そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年10月19日月曜日

20261019 手書きとPC入力と人工知能による文章作成について

 過日、7月24日より始めたメルマガ配信は、その後も現在に至るまで継続しており、そこから生じたやり取りを通じて、新たな発見があることは、興味深いことであると云えます。また、ノートでの筆記も同様に継続しており、こちらもこちらで、メルマガや当ブログの記事題材を思い付くことが度々あるためか、さほど意欲を減衰させることなく続けることが出来ています。もっとも、こちらに関しては、単純に万年筆での筆記が楽しいといった事情も少なからずあります…。
 ともあれ、そうした筆記のなかで新たな記事題材を思い付くことは、PCのスクリーンを前にして着想を得る場合と比べて、何と云いますか、より鮮烈な体感があるように思われます。そして、万年筆での筆記により、そうした感覚を得ることが出来るのであれば、あまり当ブログでの記事作成を行わなくても良いのではないか…とも思われるのですが、やはり、そこから公表する文章として具現化することが重要であると考えます。実際、投稿する前の文章を読み返してみますと、当初の着想との落差を痛感することもあれば、反対に、思いのほかに良く出来たと感心することもあります。つまり、当然と云えば当然であるのかもしれませんが、頭の中で思い付いたことと、それを実際に文章として表現することは、必ずしも同じではないのです。
 そして、この文章作成の過程において、人工知能を援用することは、昨今ではごく当たり前のようになってきました。以前の投稿記事で、人工知能を援用した文章作成を「可鍛鋳鉄」に例えたことがありました。これは、生成された文章を、そのまま完成品として扱うのではなく、さらに手を加え、加工することにより、自分なりの文章に仕上げていくという意味で用いた比喩です。そして昨今では、まさに、そのような文章作成が日常的な営みになったと云えます。
 おそらく、このような方法であれば、書き手自身の文体や考えから大きく逸脱することも、比較的少ないと思われます。とはいえ、人工知能を援用するからといって、即座に自分の文章が完成するわけではありません。何故ならば、生成された文章に加筆や編集を行い、随意の文章に仕上げることは、大抵の場合、思い付くままに当ブログの記事を作成するのと同程度の時間を要するからです。そのため、人工知能を用いることにより、文章作成が容易になる部分は確かにありますが、その一方で、生成された文章を読み、内容を吟味し、さらに自分の考えに即して編集するという作業が必要になります。しかし、そのような状況であっても、久しぶりに当ブログの記事作成を始めてみますと、思いのほか苦慮することなく文章を書き進めることが出来るようです。そして、その背景にあるのが、さきに述べた日常的に続けているノートでの筆記であると思われます。つまり、現在の私には、①手書きによる文章作成、②PC入力による文章作成、③PC入力と人工知能を組み合わせた文章作成という、三種類の方法があると云えます。そのうち、②のPC入力による文章作成(当ブログに代表される)を以前ほど行わなくなったとしても、①の手書きと③の人工知能を援用した文章作成は日常的に行っていることから、しばらく期間を空けてからPC入力による文章作成を行ってみても、基層にある文章を書くという営み自体は継続していることから、さほど困らずに書き進めることが出来るのではないかと思われます。また、それに加えて、きわめて重要であると思われるのが、何らかの書籍を読んでいることであると云えます。それは、以前から見知った分野の著作であっても、あるいはそうでなくとも、重要であるのは、その内容を理解しようと試みつつ読み進めている書籍が、常に何かしらあるということであると思われます。実際、読書を通じて得られた知識や考えが、そのまま文章の題材になることもあれば、以前から考えていたことと結びつき、新たな着想につながることもあります。その意味では、読書と文章作成は、それぞれ独立した営みでありつつも、相互に関係しているのだと云えます。このように考えてみますと、手書き、PC入力、人工知能の援用は、それぞれ異なる文章作成の方法でありながら、必ずしも相互に代替するものではなく、むしろ補完し合う関係にあるのではないかと思われるのです。そして、そこに読書という営みが加わることにより、文章を作成するための着想や知識が継続的に得られるのではないかと思われます。ともあれ、そのようなことで、当ブログの更新頻度は以前より低下しておりますが、文章自体は以前と変わらずに作成し続けています。むしろ、文章作成の方法が増えたことにより、以前とは少し異なる形で、書くことを楽しめるようになってきたのかもしれません。そしてまた、近いうちに新たに当ブログ記事も作成したいと考えておりますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2026年10月8日木曜日

20261008 手書きの文章によって想起される記憶について…

 これまでに何度か述べてきたことではありますが、ここ最近は当ブログでの記事作成よりも、医院ブログの記事作成、メルマガ記事の作成、手書きノートでの文章作成などの方に注力するようになり、当ブログの記事更新が捗っていません。とはいえ、文章自体は以前と変わらずに作成していることから、特に罪悪感や焦燥感と云った感覚はありません。また、それとはあまり関連性はないのかもしれませんが、くわえて、以前の投稿記事にて述べたことではあるのですが、去る7月末から手書きで文章を作成するようになってから、どうしたわけか、何らかの機縁のある方々に書籍を送付する機会が増えました。それら書籍は、大抵の場合、休日の習慣である神田神保町での立ち読みの際に入手するのですが、古書店の書棚を眺めていて「この著作は先日、SNSや動画サイトで見た、あの先生の考え、見解に親和性があるのでは…?」と思い付き、手に取り、立ち読みをして、実際に内容がそうであり、また価格がそこまで高価でない場合、購入に至るわけですが、そうした機会が、どうしたわけか有意に増えました。そして、こうした行動の手書きでの文章作成との関連性を考えてみますと、それはおそらく、お送りする書籍に同封するメモ書き、付箋に書き込む簡潔な文章を、日頃の手書きでの文章作成により、あまり苦もなく出来るようになったと云う事情があるのではないかと思われます。あるいは、手書きで文章を作成することにより、SNSや動画サイトで接する見解が、より明晰化されると云った効果もあるのかもしれません…。ともあれ、昨今、手書きでの文章作成をはじめて以来、どのような理由であるのか、人に書籍をお送りする機会が増えました。そして、そうしたことを先日、ノートに書いていますと、不図、以前の記憶が想起されました。それは2012年の歯科理工学実習の鋳造、鑞付け実習の際、学生さんのレポートを一通り読み、それらに各々コメントを付けて、上の助教の先生に報告と共にお渡ししていたことです。そうしますと、返却されるレポートには、助教の先生によるレポートへの評価と、私によるコメントが記されていることになりますが、そのなかで、疑問などがありますと、学生さんは先ず私に質問されるのですが、その箇所が私の記したコメントであれば、その理由を口頭にてお伝えしますが、そのなかで、専門用語などの記述が適切に為されていますと、私はその箇所に「✔」印を記入して、また記述に疑問がある場合は「?」を記入し、何らかのコメントを記入するといったスタイルでしたが、この「✔」が当初、学生さん方に「間違い」のペケ・マークのように受け取られたことから、ある班での鑞付け実習後のレポート返却時に、詰め寄られ、私が「いえ、それは正しく専門用語を使っていますねと云う意味です。」といった返答しますと、班内部で少し対話があり「ああ、正しいという意味ね、でも何で「✔」印なの?」、「外国では「✔」印が正しいと云う意味で使うこともあるから…」といった感じで穏やかに場が収まったことがありました。そして翌2013年の7月に私の学位論文公開審査告知が学内掲示板に掲示されたのですが、掲示後数日経ち、その告知を見てみますと、記載された私の氏名に「✔」印が手書きされていました。それまでのさまざまな経緯から、私は何らかの悪意によるものではないかと少し不安になりましたが、すぐに、さきのレポートに記した「✔」印のことが思い出され、そこから、ある種の悪気の無い、むしろ善意によるイタズラ?であろうと判断しました。ともあれ、手書きで文章を作成しており、また、当時についての会話の機会がありますと、何故であるのか、こうした記憶が想起されるのです。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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20261007 11年間のブログ継続からノートでの筆記に戻って考えたこと

 当ブログでの直近の記事投稿から3週間程度経過しました。その間、以前にも述べましたノートでの筆記は継続しており、現時点で52頁目となっております。こちらの筆記の方では、時間や場所にあまり関係なく行うことが出来るため、何と云いますが、自身の内面の考えやアイデアが思い付いた時に、そのまま、あまり文章として整理されることなく書き綴られており、そのため「そういえば」や「それはそうと」と云ったコトバが多用されています…(苦笑)。とはいえ、そうであるからこそ、自然に書き続けることが出来ているのだと思われます。
 また、こちらで文章を作成しているためであるのか、当ブログでの記事更新を比較的長い期間行わないことに対して、後ろめたさや罪悪感は特にありません。また、現在続けているノートでの筆記のなかで、時々、印象的な記憶や自分としては新たな考えなどが思い付くことがあり、そして、何と云いましょうか、その思い付きの仕方が、当ブログでの文章作成の時とは異なり、より、自らの身体性を伴ったものであるように感じられるのです。この感覚は長らく忘れていたものでもあり、ここで、その感覚が想起されることが、我が事ながら面白く感じられるのです。思い返してみますと、2015年6月に当ブログを開始して、当初、自らの文章による記事は、ノートの下書きをPCに入力していましたが、この下書きの際の感覚が、現在のノートでの筆記の感覚に近いと云えますが、かつての下書きは、ブログ記事となることを前提としていたことから、他者に読まれることを意識して、それなりに整理しつつ文章を書いていましたが、現今のノートでの筆記は、それがないため、自由に文章を書くことが出来ています。そして、この自由に書いている文章であっても、自然と(どうにか)文章として作成出来ていることに、この11年間での何らかの能力の発達が認められるのではないかと考えます。そしてまた、そのように考えますと、さらに現在のノートでの筆記に、何かしらの意味があるのではないかとも思われるのです。そういえば、現在、筆記に用いている万年筆は以前に述べました、モンブラン マイスターシュテュック 146ルグランと、独特のプランジャー吸入機構を持つパイロット社のカスタム823になり安定しています。なかでも、私見ではありますが、後者のカスタム823は、大変に書き心地が良く、おそらく、日本語の筆記であれば最高レベルであるのではないかと考えます。また、ノートでの筆記においては、書く材料に困ると、そこで用いている万年筆の書き味についての見解を述べ、それを枕として文章の先に繋げることを多用しており、これは当ブログ作成において、記事の題材に苦慮すると、当ブログ自身について言及したり、見解を述べることが多くあることに何らかの関連性があるのではないかとも思われるのです。ともあれ、このように文章自体は、ノートでの筆記をはじめ、PC上でも継続的に行っておりますので、特に文章が書けなくなった、書き難くなったと云うことはありません。今後も、ここでの記事作成を、また徐々に出来るだけ、これまで以上の頻度で行いたいと思います。具体的には週に2本程度投稿したいと考えていますが、さて、今後の様子はどうなりますでしょうか?そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年9月15日火曜日

20260915 手書きのノートから考える読書とスマートフォンについて

 去る7月31日より筆記でのノート記述を始めてから、既に1ヶ月半程となりましたが、頁数は順調に増え、現在で29頁目となっています。また現在も継続しており、開始当初と比べますと、記述した文字や文章が読み易くなってきたように思われます。当初は、比較的大振りの文字で書いていましたが、慣れてきますと文字は小振りになり、そして判読性も向上してきました。これは、当初は、文章を書くことばかりに注意を向けていたのが、徐々に判読性を意識するようになった結果であると云えますが、このことは私にとっては大きな発見でした。そして、自分が手書きした文字や文章を、後で読むことが出来るということは、そうした注意もさることながら、それ以上に、読むことが出来る自分の目を鍛えることでもあり、おそらくこれが、過日投稿のブログ記事においても述べました、最近、以前よりも読書に集中出来るようになった一つの要因ではないかと思われるのです。
 そしてまたその一方で、以前よりも更にスマートフォンの文字や画面を視ると、目が疲れたり、眠くなるようになりました。そしてこの感覚は、2016年、当時勤務していた法人の備品として支給された、私にとって初めてのスマートフォンを操作した際の感覚に酷似していることが思い出されました。また、PC画面では、あまりそうした目の疲労感や眠気を感じることはないことから、おそらく、PCの操作に習熟した時期は若く、順応性があり、相対的に感性が柔軟であったからではないかと思われます。そして同時に、同時期にマイクロソフト社のワード、エクセルを初めて使い、また電子メールを使い始めた時期でもありました。私は学部生時代には殆どPCに触れることはなく、後になり業務の一環として否応なく、それらの操作を覚えました。スマートフォンも同様でしたが、これは私にとっては著しく目への負担となり、そのため、紙での書籍の読書を以前よりも辛いものにしました。そして私にとっては、紙の書籍を読めることが、おそらく今後もいくらか重要であると思われることから、先述の発見により、今後もしばらく出来るだけ筆記での文章作成を続け、他方でスマートフォンから距離を置きたいと考えています。
 また、最近の国内外での報道によりますと、世界的に読書をする人びとが減少しているとのことですが、これまでに述べました私の経験を敷衍しますと、我が国に関してはスマートフォンによる影響も(少なからず)あるのではないかと思われるのです。さらに別の報道によりますと、スマートフォンの普及は、少子化とも有意に関連があるとのことであり、その利便性は、おそらく万人が認めるところでしょうが、その反面で、知性や人口の減衰も齎されたのではないかとも思われるのです…。その意味で、当ブログはPCにて作成していますが、出来るだけPCでお読み頂き、また何らかの書籍の読書に繋げて頂ければと願うところです。さらに、これまた去る7月末頃に始めましたメルマガ配信も、送信先の先生方に、
何らかの知的な興味を惹起させて、各々の専門分野、あるいはそれ以外の新たな分野での読書に繋がれば良いと願うところです。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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2026年9月10日木曜日

20260909 手書きでの文章作成に用いている筆記具と飯田橋~御茶ノ水界隈

 ここ一ヶ月ほど、ノートへの手書きでの文章作成を継続しています。ここに来て、あらためて手書きでの文章作成の楽しさを実感していると云えますが、ここで用いているのは主に万年筆です。その万年筆は二種類あり、一本はモンブラン社のマイスターシュテュック146ル・グランのF(細字)と、もう一本は同じくモンブラン社のステンレス軸のノブレスで14Kペン先のFです。これら万年筆は、ほぼ同時期に購入したため当時の記憶と結びついています。購入したのは9年前の2017年、現在は閉店してしまいましたが、水道橋から神保町の間の白山通りから少し九段下側に入ったところにあった質店でした。当時、私は訪問歯科診療を主軸とする比較的規模の大きい医療法人を母体とする医療介護人材の求人求職サイトの運営や営業のため首都圏を動き回っていました。そして、そこでの活動が(どうにか)実を結び、サイトに求人情報が集まり始めた頃、ほぼ全ての求人情報を集めた実績を法人側も評価されたのか、給与がそれまでの倍以上となり、手取りで50万円以上となりました。また、ちょうど同時期に歯科理工学の師匠が研究室の先輩と一緒にドイツのケルンで開催される国際デンタルショー(IDS)に行かれることになり、門下生で師匠の旅費と滞在費を拠出しようという話になり、一人頭5万円となりましたが、私は歯科医師ではないことから、先輩方が心配されて「出せるか?大丈夫か?」と聞かれましたが、さきのような状況であったため「大丈夫です!」と返事をして在東京組の先輩にお渡ししました。そして、それと同時期に、今後のために少し良い筆記具を購入しようと考えて、営業活動を多く行っていた御茶ノ水~飯田橋界隈のさきの質店に入り、まず目に入ったのが先述のノブレスでした。この万年筆は、箱こそ古かったものの新古品とのことで、軸にはまだシールが貼られたままでした。また、14Kの金ペンでありながら比較的安価であり、たしか1万2千円ほどでした。試し書きをさせて頂いたところ、インクの出も良く書き心地が素晴らしかったため、即座に購入を決めました。また同時に試し書きをさせていただいたマイスターシュテュック146ル・グランは、そこまで書き心地が良いと感じられなかったため店主にその旨をお伝えすると「ここ神保町は本の街ということもあって、書く道具としてマイスターシュテュック146ル・グランを購入しに来る人が多いので、定期的にこの型は入るから、良ければ希望のペン先で良い状態の品が入ったら連絡するよ。」とのことで、お願いしたところ、数週間後にご連絡が入り、営業活動の合間に早々にお店へ立ち寄り、試し書きをさせて頂いたところ、大変書き心地が良く状態も良かった為、購入させていただきました。ノブレスとマイスターシュテュック146ル・グランを合わせて5万円ほどでした。そして、現在のノートでの手書きでの文章作成には、主にこれらを用いています。また、そういえば、先ほど飯田橋~御茶ノ水界隈で営業活動を多くしていたと述べましたが、これは我が国の歯科医療を考えてみますと、ある意味で必然であり、さらに、もう一つ隣の市ヶ谷から御茶ノ水までのエリアとしますと、その地域に我が国の歯科医療に関するかなり多くの組織や機関が集中していることが分かります。そのため、この地域で多く活動していたことは、あるいは疑われるかもしれませんが、決して古本屋街が近くにあってサボることが出来るからではありません…(苦笑)。ともあれ、今回は、最近継続している手書きでのノート作成に用いている筆記具について書いてみました。また今後、ある程度まとまった大きなお金が入る機会がありましたら、さらに良い筆記具を購入したいと思うこともありますが、しかし、現在のこれら二本の万年筆も、私にとっては多少過ぎたものであるようにも思われますので、それに負けないような、内容のある文章を出来るだけ多く書きたいと思います。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

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どうぞよろしくお願い申し上げます。


2026年9月7日月曜日

20260906 休止期間での原点回帰と手書きの楽しさ

 昨日の投稿記事も含め、ここ最近の投稿記事にて述べましたように、直近一カ月ほど、筆記具によるノートでの文章作成を行っています。そして、その根源には、これまた以前に述べたことではありますが、単純に、筆記具での文章作成が楽しいという感覚があるからと云えます。

 書きたい題材が決まっているわけでもないのに、文章を書きたい衝動があると云うのは、少しおかしいのかもしれませんが、おそらく、我々人間の多くの活動の根源とは、案外、そこまで合理的なものではなく、本能に近いところからの発動であることの方が多いのではないかと思われます。

 また、今回の筆記での文章作成の楽しみは、最初ではなく、以前にもそうした経験が何度かあり、その際には、さまざまな筆記具を用いて、それらの書き味などの評価もしていました...。

 ともあれ、やはり、文章を筆記にて作成する行為それ自体が楽しいと感じることが出来れば、継続することも出来ますし、また、いずれ、PCキーボードでの文章作成にも変化(相転移)することも出来ると思われますので、今回の休息期間に、期せずして、当ブログの原点に戻ったようにも思われるのです。

 また同時に、以前よりも多少、読書に集中することも出来るようになったとも思われますので、やはり、この休息期間には意味があり、今しばらく継続した方が良いのではないかと思われます。

 しかし、やはり興味深く思われ、そして未だ判然としないのは、手書きでの文章作成から始めた当ブログが、やがてPCキーボードでの入力によるブログ記事(文章)作成に変化して、それを10年ほど継続して、その後の休止期間で、あらためて手書きでの文章作成を始めたところ、大変楽しく感じられ、内容やテーマなどが思い付いていないにもかかわらず、書き始めてしまい、さらに、それとほぼ同時期から、以前よりも書籍を集中して読むことが出来るようになったと感じられることには、何か普遍的な精神のメカニズムのようなものが作用しているのではないかとも思われるのです…。

 とはいえ、それがどの程度の期間継続するのか判りませんので、ここはただ、そうした状況や経緯を出来るだけ精確に文章化することが重要であるのではないかと考えます。

 そういえば、当ブログの休止と前後して始めたメルマガの様なBCC送信の文章は、概ね週一回で行っていますが、その後、BCCへの返信メールとして、あるいはお葉書などで近況やご感想などをお知らせくださることもあり、さらに、そこからのやりとりにて、興味深い著作が思い出され、蔵書の中から、あるいは神保町の古本屋にて見つけて、一筆添えてレターパックでお送りさせて頂くのも、なかなか面白いやりとりであると云えます。

 そして、その意味で、神保町の古本屋街はやはりスゴイと思われます。思い返してみますと、以前にも述べたことがありましたが、私は幼稚園から中学校まで、靖国通りの俎橋を九段坂側に渡ったすぐの祖父母の家に長くいて、そこでの遊びの一つが、古本屋に立ち読みに行くことでした。そのため、書籍に関しては、学校の成績とはあまり関係がなかったかもしれませんが、それなりに早熟であったのではないかとも思われます。

 その後、日本国内、北海道から九州まで移動して、また関東地方、首都圏に落ち着きますと、その楽しみの場所は、もう現在は祖父母の家は近所にはありませんが、神保町になるのかもしれません。しかしながら、やはり私は、文章を書く仕事の一環として西日本(近畿以西)に定期的に訪問したいです。そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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