2026年5月22日金曜日

20260521 スマートフォン時代での紙の読書に意味について:

 現代を生きる我々は、これまでの歴史のなかで最も多く、文字や文章に接して生きているのではないでしょうか。街中の景色はもちろんのこと、スマートフォンを開けば、ニュース、SNS、動画、広告などで、無数の解説や情報を容易に見つけることが出来ます。かつてであれば、大学や図書館へ行かなければ知り得なかった専門的な情報に、誰もが瞬時にアクセス出来るようになったことは、人類の科学技術史における画期的な進化であると云えます。
 しかし、こうした利便性の高まりの一方で、現在の我が国社会全般からは、ある種の絶望感にも通じる強い疲労感が感じられます。そして私は、この社会に漂う疲労感こそが、さきに述べた文字や文章を取り巻く環境の激変と、深く関連しているのではないかと考えます。有史以来、最も多くの人々が文章を読むことが出来て、さらに、多くの文字情報に接しているにも関わらず、不思議なことに、社会を生きる人々の思索や思想などは必ずしも活性化されていません。それどころか、我々の思考は以前よりも短いものへと断片化され、その内容の方も浅薄化しているのではないかと思われます。
 これは、単純に「昔の方が良かった」と過去を美化したいのではありません。デジタル技術がもたらした情報の民主化それ自体は、大きな意味を持つ進歩です。しかしその一方で、そうした新しい情報環境が、それを受け取る側である我々の思考のあり方や、脳の認知構造そのものを変えているのではないかという懸念があるのです。
 パソコンであれスマートフォンであれ、スクリーン上の文字は、スクロール操作により次々と画面から流れ去っていきます。そして、そのような環境で日常的に文章を読むことに慣れていきますと、人間は、ある程度の長さと論理的構成を持つ文章を、一つの有機的な繋がりを持った全体として認識することが徐々に困難になっていくのではないかと考えます。
 こうしたスクリーン上での文章の読み方において重視されるのは、全体を熟読することではなく、自分に必要なキーワードを素早く拾い集める能力です。そこでは、我々の脳は深い理解や知性の発達を促すモードではなく、効率性を最優先した「流し読む」状態へと自動的に切り替わります。そして、この状態の変化は、単なる文章の読み方の違いに留まらず、もっと深いところで、人間の認識の本質や世界観そのものにまで影響を及ぼすのではないかとも考えられるのです。
 これまでの人類の知的営み、あるいは大半の科学研究は、「見えているもの」の背後にある「見えない構造」を読み解こうとする情熱により支えられてきたと云えます。たとえば、映画であれば、画面に映る俳優の演技を追うだけではなく、その背後にある監督の演出意図や時代背景を読む。社会現象の分析であれば、表面的な出来事に一喜一憂するのではなく、その奥にある権力構造や制度、歴史的経緯を考える。つまり、「すぐ目の前にある分かりやすいもの」に飛びつくのではなく、その内奥にある本質を想像し、考えることこそが、知性の重要な役割であると信じられてきました。
 ところが近年の情報環境では、この「背後を読む」という極めて人間的な行為が、著しく困難になりつつあるのではないかと思われます。特にSNS空間においては、情報は「深く読む対象」というより、むしろ「触れて瞬時に反応する対象」として現れます。タイムラインをスクロールし、直感的にタップし、拡散し、短い感想を述べる。そこでは、その瞬間ごとの感情的快楽や反応速度ばかりが優先され、一度立ち止まって、その情報の真偽や背景をじっくりと考える時間は失われやすい環境にあります。
 さらに深刻であるのは、アルゴリズムの存在です。デジタル空間では、自分にとって心地よい情報や、既に最適化された言説ばかりが次々と提示されてきます。その結果、我々は大量の情報を浴びながらも、実際には他者の思考のコピーを消費しているだけになり、自分自身でゆっくりと考えることが出来なくなっているのではないでしょうか。
 本来、知性とは、単に知識を多く所有していることを意味しません。外から得た情報を一度、自らの内部に沈め、咀嚼し、既存の知識と突き合わせながら、自分なりに組み替えて再構成すること。その往復運動の過程で初めて「自分はこれをどう考えるのか」という問いが生まれるのだと考えます。そして、その過程を経て、我々は、少しずつ自らの思想や考えを形成していくのだと考えます。そして、そのためには、どうしても効率性とは対極と云える「立ち止まる時間」が必要になります。
 そして、そうした内省的な営為を支えるものの一つが、冒頭で述べました文章のあり方とも繋がる「紙の書籍」ではないかと考えます。紙の書籍を開く時、そこには文字が流れ去るスクロールはありません。手には頁の紙の厚みがあり、視界には余白があり、文章は印刷された位置に留まっています。我々は自分のペースで読み進め、気になった一文があれば自由に立ち止まり、いつでも前の頁に戻ることも出来ます。これは決して単なる懐古趣味やデジタル嫌悪ではなく「自分で考える」という精神的行為を物質的に支える極めて重要な身体的環境であると云えます。
 紙の本を読んでいる時、我々は単にインクで刷られた文字を目で追っているだけではありません。行間を読み、文脈の起伏を感じ取り、あえて書かれていない著者の思想や沈黙を想像しています。そこでは、「見えるもの」の背後にある「見えないもの」へと、人間の意識が自然と向かっていきます。
 情報が絶え間なく流れ続け、その速度により、社会全体が疲弊している現代だからこそ、時にはスクリーンから距離を置き一冊の本を開いてみる。その時間は、コスパ・タイパという意味では遠回りであるかもしれませんが、スクロールにより流れ消えていく言葉を消費し続けるだけの状態から抜け出し、自らの思考を取り戻すためには、そうした遠回りこそが必要ではないでしょうか?
 そして、おそらく今後の社会では「素早く反応する能力」だけではなく、「遅く深く考える能力」が、むしろ希少な知性として再び価値を持ち始めるのではないかと思われます。大量の情報を処理することは、やがて人工知能により代替されていくと思われます。しかし、立ち止まり、矛盾を考え、行間を読み、背後にある構造を想像しつつ、自らの言葉として思考を形成することは、最後まで人間にしか出来ない知的行為として残り続けるのではないかと考えます。
 流れていく言葉に即座に反応するのではなく、一度立ち止まり、言葉を自分の内部へ沈め、自らの言葉として再び言語化する読書の時間を、これからの時代にこそ、日常のどこかで意識的に持つことが、さらに重要になってくるのではないかと思われます。ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。



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2026年5月20日水曜日

20260519 メタ的視座について :『宮台式人類学』を読みつつ思ったこと

 ここ最近の首都圏は、初夏を思わせるような陽気の良い日が続き、また、それに伴い読書の方もそれなりに進み、何冊か読了に至りました。そうした一冊である、ちくま新書の宮台真司・奥野克巳両先生による「宮台式人類学」は、ここ最近では、かなり時間をかけつつ読み進めましたが、読了に至ってもなお、よく分からない部分が多いことから、その後も続けて再読しています。
 ともあれ、その一度目の読後感は、前作「制服少女たちの選択 完全版 After30 Years」とはまた異なる「没入による理解」の様相が述べられているように感じられました。両著作共に対象への没入に基づいて論じている点では共通していますが「宮台式人類学」の方が、よりメタな視座から、我々人類の普遍的な部分の構造を述べようと試みているところに知的な新鮮さがあり、大変興味深く感じられました。
 さて、近年、何らかの事物の説明に際し「メタ的」あるいは「俯瞰的」といった言葉を耳にする機会が増えました。一般的には、それらは対象の観察あるいは、相対化の際に用いられるのだと思われます。しかし、本来的には、対象に深く入り込み(没入して)、その内部を充分に経験した上で、そこから一歩引き、その構造を捉え直そうとする動きのなかに本来の意味での「メタ的理解」が生じるのではないかと考えます。
 そして、このことは思想用語としての「即自」と「対自」とも通底するものがあるように思われるのです。つまり、人は何かに深く没入している時、自らを意識する感覚は一時的に薄れます。仕事や読書、研究などに集中している時、我々は「対象そのもの」に没入しているのであり、それは即自的状態であると云えます。
 しかしまた、その没入した経験を後で振り返り「何故、自分はそれほど没入していたのか」「そこでは何を考えていたのか」と、その経験を俯瞰的に再考することが出来ます。そして、そこではじめて、「対自化」すなわち自己を対象として捉え返す視座が生じるのではないかと考えます。
 ここで興味深いのは、この「没入」と振り返ってからの「俯瞰的視座」との往還を繰り返すことにより、我々は単なる経験や記憶を超えて、その背後にある構造そのものを理解し始めることが出来るのではないかと云うことです。そのため、若い時分には、ただ経験として受け止めていたことも、年月を経て振り返ることにより「何故あの時代に、あのような事物が存在したのか」「何故、人々はそのように振る舞ったのか」といった、より大きな社会的・歴史的構造として見え始めることがあるのだと考えます。
 そしておそらく、優れた文学や思想あるいは研究なども、この往還運動の過程から生まれてきたのではないかと考えます。他方、抽象的な理論をいくら積み重ねても、そこには人間存在の感覚は乏しいと云えます。そしてまた逆に、経験や、そこで生じた感情だけに埋没してしまえば、それは多くの場合、一過性の表現で終わってしまいます。それ故、双方を往復し続ける過程の中で、初めて、個人的経験が普遍性へと接続される契機が生じるのではないかと考えます。
 その意味で、前述「宮台式人類学」は、既存の人類学や社会学をテーマとした新書とは、かなり異なる著作であるようにも感じられました。当著作では、現代社会のさまざまな現象を、その前提にまで遡ろうと試み、それは、現在の社会制度や価値観などを所与の絶対的なものとして扱うのではなく「そもそも人間の共同体とは何か?」「近代とは何であったのか?」という地点にまで一度遡り、そして、そこで得られた視座から、あらためて考えようとする試みであると思われます。
 そして、そのような考え方は、おそらく、短い時間で消費出来るものではありません。むしろ、一度読んでも理解出来ない部分が残り、時間を置いて再読し、その度に少しずつ見え方が変化していくような性質があると思われます。
 近年は、出来るだけ多くの情報を素早く処理することが重視されがちです。しかし他方で、本来の読書とは、こうした「分からなさ」を抱え、繰り返し没入を試みつつ、理解を深めようとする行為でもあると考えます。その意味で、当著作は大変優れたものであると思われました。ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。



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2026年5月18日月曜日

20260517 株式会社日経BP刊 武見敬三著「繁栄か、衰退か 活力ある健康長寿社会を創る」 pp.41‐47より抜粋

株式会社日経BP刊 武見敬三著「繁栄か、衰退か 活力ある健康長寿社会を創る」
pp.41‐47より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4296207784
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4296207787

岐路に立つ日本の未来、活力ある社会をつくる政策を
 今後想定される人口動態からは、2つの未来が考えられるでしょう。まず、何も手を打たなければこうなるという自然的な未来で、衰退していく社会が1つです。そしてもう1つは、社会生物学的にも経済的にも活力を持続させるような政策をつくり、繁栄する社会です。
 これから待ち受ける危機を考えると、過去からの延長線上に未来をつくり上げるという、これまでのフォーキャスティング型の政策では、もはや立ちゆかないのは明白です。そうではなく、大胆に将来のあるべき姿を定め、その目標から逆算して必要な政策と行動計画を立案・遂行する「バックキャスティング型」の政策形成が重要です。
 先手を打てば未来は変えられます。この考えにも、父の影響は色濃いかもしれません。父が1976年に発表した「未来からの反射」という概念があります。未来の設計図を描き、そこから現代と比較して足りない部分を確認して補う、という考え方です。過去からの延長線上ではなく、あるべき未来の姿からの反射で学び、行動するという教えです。父の受け売りですが、私はこれを実践しています。

2030年代の危機を乗り切る4つの柱
 私が考える2030年代の危機を乗り切るための柱は、大きく4つあります。
1:医療DXの推進
 1つ目は「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。医療のデジタル化、システム化を徹底的に進めなければなりません。デジタル化とデータベースに基づいて新たな制度を設計し、より効率的なシステムをつくるのです。生成AI(人工知能)なども駆使しつつ、人が担っている業務を医療DXで置き換えていくことが必要です。とはいえ、医療・介護は人でなければできない部分も多いのは事実です。人でなければできない部分は2030年代でも持続可能な形でできるよう、どう仕組みを設計するか、かつできる限り人をかけずにやれるようにしていくことが必要でしょう。

2:女性の活躍
 2つ目は「女性の活躍」です。今や医学部生の約4割が女性という時代です。2022年の女性医師の割合も23.6%と年々上昇しています(厚生労働省「2022年医師・歯科医師・薬剤師統計」)。この分野で働く女性を、男女共同で育て、支援していく。男性中心だった職場カルチャーを変えることも必要です。

3:高齢者が社会参加できる仕組みづくり
 3つ目が、健康寿命の延伸による「高齢者が社会参加できる仕組みづくり」です。国民の
健康増進が、各自が長く元気に暮らしていく上で重要であることは言うまでもありません。それのみならず、健康寿命の延伸は、前述した働き手不足の問題に対する解決の一助にもなります。
 元気な高齢者が社会参画し、60~75歳で働く意欲・能力のある方々に活躍していただければ、より明るい未来が期待できます。高齢者自身が希望すれば、より積極的に働けるように社会を制度設計し、かつ所得も確保できるようにする必要があります。
 そのためには、現在の年金制度のように、「収入が高いと年金は出せない」といった制度設計では、これからの時代にはそぐわないでしょう。年金も雇用制度も、元気な高齢者が働きやすいものに組み替えていく必要があります。もちろん働きやすい環境をつくったり、高齢者が仕事をしやすいようにムダな仕事を減らして標準化するといった生産性向上も急務です。前述の医療DXの推進なども生産性向上や働きやすい環境づくりと関係してきます。
 健康増進のためには国民の健康リテラシーの向上を図る必要もあるでしょう。「自分の健康は自分で守る」という意識を持って、必要な知識を身につけ、行動を変容させていくのです。医師や薬剤師などからのアドバイスを受けながら、体調を崩さない生活習慣を心がけたり、また軽度な不調であれば、薬局やドラッグストアなどで医師の処方箋がなくても購入で
きるOTC医薬品(一般用医薬品)を服用して重症化を防いだりなど、「セルフメディケーション」の考え方も重要になってきます。
 私の母校である慶應義塾大学を創設した福沢諭吉は、「一身独立して一国独立す」という言葉を残しました。一人ひとりが独立した人間であって初めて、国として独立できるという教えです。この考えと全く同じです。自立した個人が社会の中で増えていけばいくほど、社会全体の健康度は確実に改善され、健康寿命のさらなる延伸につながっていくでしょう。

4:外国人労働者の活用
 ここまで取り組んでも、国内の力だけでは足りないところは2030年代には厳然として残ります。保健・医療・介護の分野は間違いなくそうでしょう。そこで4番目の柱となるのが「外国人労働者の活用」です。日本で外国人労働者に活躍してもらう仕組みをつくる必要があります。
 これは日本の医療・介護などの国内需要を支えるためだけではありません。先ほども触れましたが、将来的には日本の後を追う形で、インドネシアやフィリピン、ベトナムなどが高齢社会を迎えます。そのときに、日本で働く外国人人材が将来の自国の医療・介護政策を担う根幹の人材になるのです。いわば人材を日本で養成し、グローバルに還流する仕組みをつくる形で、日本と世界の両方にとって有益です。
 既に介護の分野で活躍する外国人は少なくありません。介護福祉士養成施設における留学生の割合は、2024年度で入学者全体の46.7%に達しています(日本介護福祉士養成施設協会)。養成施設は留学生を受け入れることで、カリキュラムの多言語化などを進めるとともに、組織風土も多様性を受け入れる方向に変わっていったと聞いています。
 医療でも私は厚労大臣時代、大学医学部を対象として、2025年度から返還義務のない給付型の奨学金を提供する奨学金制度を創設しました。アジア地域の留学生を中心に受け入れ、医学部教育の中でグローバル化を実現していく取り組みです。
 日本での在留外国人は年々増加しています。出入国在留管理庁の報告によると、22024年6月時点の在留外国人数は358万8956人で、過去最高となっています。日本人が外国人を受け入れる際には、日本固有の文化や社会規範に対する理解を求めるのは当然のこととして、彼らの文化などにも心を配り、双方が地域社会の中で共に生きていくことが望ましいことは言うまでもありません。しかし、デジタル化などを活用し、外国人労働者の制度管理を徹底しつつ、安心で安全といわれる日本社会を守る万全の準備を進める必要もあるのです。2030年代に外国人嫌いが広がり、排斥感情が日本政治の大混乱の原因となるようにしてはいけないのです。

試練を乗り越え、世界の高齢化に道を示す日本に
 日本は医療・介護における「最大の試練」を必ず乗り越えます。その解決の後に、健康・高齢化社会への対応を世界に提示するのが、国際社会における日本の役割です。日本がソフトパワーを示せる分野は、マンガや日本食、コスプレだけではありません。保健・医療・介護も日本のソフトパワーとして十分なポテンシャルがあると私は確信しています。
 司馬遼太郎は歴史小説『坂の上の雲』で、明治維新を経て近代国家として歩み始め、日露戦争勝利に至るまでの日本の姿を描きました。当時の日本は若く、「西洋に追いつけ、追い越せ」という空気だったでしょう。
 しかし、今は違います。2030年代の日本のあるべき姿、これからの日本の国家目標は何か。それは高齢化という世界共通の課題にいち早く対応した社会のあり方を示し、各国のモデルとなる活力のある健康長寿社会をつくることです。

2026年5月14日木曜日

20260514「フィルターとしての私」と知性

 我々は日々、会話、SNS、PC・スマホ、テレビ、書籍などからの膨大な情報に接して生きています。これらから得られる情報は、意識しなければ、そのまま通り過ぎていきます。こうして、ただ情報を得ている状態は、いわば情報の「消費」に留まっている状態であると云えます。そして、そこには知性はあまり関与していません。では、知性が情報に関与するとは、どういうことでしょうか?それは、端的に、ある情報に触れた時に「私はこれをどう認識するのか?」と云う、能動的な問いが自然に生じる状態であると考えます。そして、ここで重要であるのか「フィルターとしての私」です。我々は皆、普段、同じ世界を見ているようでいながら、実際には異なるものを見ています。ある人は数字に目を向け、ある人は歴史的な背景を読み取り、またある人は自らの感覚に注目します。こうした差異は、単に知識量の違いではなく、それぞれの人が積み重ねてきた経験や思索の蓄積によって形成された「ものの見方の癖」によるものと云えます。つまり、読んだ本、出会った人、繰り返してきた習慣や鍛錬が、幾層にも重なり、その人独自ののフィルターを形成するのです。そうした意味から知性とは、まず、この自分なりのフィルターを持ち、そして、それを通して世界に「引っかかり」を見出すことから始まるのだと考えます。そして次に、その引っかかりを「解釈」へと進める段階があります。ここでの解釈とは、ただ意味を付与することではなく、与えられた事実に対して問いを深めていく営為であると云えます。具体例を挙げますと「地方大学の多くで受験生が減少している」という情報に接したとき、「少子化だから仕方がない」と結論づけて終わるのは、さきの情報の消費にすぎません。しかし「何故、少子化とはいえ地方大学から先に受験生の深刻な減少が生じるのか?」そして「地方で大学が減少すると、どのような変化が社会に生じるのか?」といった問いを重ねていきますと、そこから、また新たな意味の連関が惹起されます。これは、バラバラの情報を単に並べるのではなく、それらを結びつけて、自分しか見えないような構造を見出す作業であると云えます。換言しますと、点と点を結び付け、自分なりの星座を見出すような営みと云えるのではないでしょうか?そして最後に、その解釈を「言語化する」という段階に至ります。そして、この段階、過程こそが知性の核心であると云えます。なぜならば、我々は言語化にしない限り、自らが何を考えているのか精確に把握することが出来ないからです。頭の中で「理解したつもり」になっている状態は、多くの場合、曖昧なまま放置されている状態です。それを口語なり文語なり言語化してはじめて、その論理の飛躍や前提の曖昧さなどが露わになります。そして、この時に初めて、自らの思考が試され、磨かれるのだと考えます。言語化することは、単に他者に伝えるための行為ではなく、自らの考えを明晰化するための不可欠な過程なのです。さらに重要であるのは、自分の言葉で言語化することは責任が伴うという点です。既存の正解をなぞるだけであれば、安全であり、批判を受けることも少ないです。しかし、そこには「自分」が存在しません。一方で、自分のフィルターを通して解釈を言語化することは、「私はこのように世界を見ている」と表明することです。それは誤りを含む可能性もありますが、そのリスクを引き受けた言葉だけが、他者にとって新たな視点となり得ます。ここにおいて、知性とは単なる能力ではなく、一つの態度、あるいは覚悟となります。以上のことを踏まえますと、知性とは「ただ情報を蓄積すること」ではなく、「世界を一度自分の中で咀嚼し、再構成して表現する力」であると整理することが出来るのではないでしょうか?料理にたとえますと、材料を集めることが知性ではなくて、それをどのように調理し、どのような料理にするかに本質があると考えます。同じ材料であっても、料理人によって全く異なる料理が生まれるように、同じ世界を前にしても、人によりその意味は異なります。その差こそが知性の相違であると考えます。そして、この営みは一度きりのものではなく、反復により鍛えられていきます。考え、言語化し、表現して、また考え直す。この循環を繰り返すことにより、フィルターはより精緻なもなものとなり、解釈はより深まり、言葉はより明晰になっていきます。そこから、知性とは、瞬間的なひらめきではなく、むしろ、この循環、反復のなかで徐々に考えが形成されていくメカニズムであると云えるのではないでしょうか。ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。


一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

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2026年5月13日水曜日

20260513 株式会社未來社刊 丸山眞男著 『後衛の位置から「現代政治の思想と行動」追補」 pp.99‐103より抜粋

株式会社未來社刊 丸山眞男著 『後衛の位置から「現代政治の思想と行動」追補」
pp.99‐103より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 462430036X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4624300364

 たしかに市民社会と政治にたいするアンチテーゼとして文学や芸術の課題を提起することそれ自体はべつに日本に特殊でなく、世界中いたるところにある傾向にちがいありません 。けれども近代日本の文学者・芸術家に多少とも共通する反政治的もしくは非政治的態度は、社会的「隠逸」に裏うちされていましたから、政治にたいする芸術の擁護に立上ったり権力にたいする"抗議"として現われることはむしろ稀でした。社会的「かかわり」と反対に、彼等の反俗物主義とは世間にたいして芸術という聖域に垣根をはりめぐらすことであり、したがってごく普通の市民の一人としてささやかな政治活動を隣人とともにすることも、彼等にとっては俗物への顚落とみなされがちでした 。(こういう「反政治主義」は人間活動の一部として政治の位置を指定し、同時に限界づけることができませんから、時あってか全政治主義に飜転します。がその問題はここでは差しおきます 。)いずれにしてもこうした精神態度が、知性の連帯に基く共同体の形成の阻害要因になることは言を俟たないでしょう。
 こうして『三酔人経綸問答』の主人公達の間にあったような知的共同体の意識というのは、二十世紀初頭にはすでに急速に失われつつあったのです 。まさに、ふたたび会することがなかったわけです 。これは必ずしもイデオロギーの対立がより激烈になったからではありません。イデオロギーの対立の幅をいうのであれば、大日本帝国憲法発布以前の時代の方がむしろ大きいとさえいえます。明治十年代には主権在民論まで堂々と登場したわけですから・・・。むしろ問題は大日本帝国の国内体制が整備され、政治、産業、教育、軍備などいろいろの領域で制度的近代化のテンポが速まるに従って、知識人の社会的流動性はより少なくなった、という点にあります 。つまり公私の官僚制の中に編成された制度的知識人とその外にある「自由知識人」との間の分化が次第に固定化してしまった。しかも自由知識人自身がそれぞれ排他的な職業的空間に活動領域を限定する傾向が強くなってきた。そうして他方では、異った領域の知識人が相会し、談論風発する場ーたとえばフランス百科全書家の集ったサロンとか、ずっと後でも、サン・ジェルマン・デ・プレのコーヒー・ハウスとか、あるいはイギリスのクラブとかいう場は一向に発達しません 。そこで個々の閉鎖的職場をつなぐ共通の知的言語が衰弱してゆきます。漢学のような古典的教養の共通性がうすれてゆくこともこれに拍車をかけたといえるでしょう。そこに積極的な要因としてインテリの専門化・技術化が早期から進行したという事情が加わります。これは帝国大学に最初から工学部が設置されていたということによく象徴されていると思います 。大学レヴェルでの工学部の設置という点では、日本の大学が模範としたヨーロッパの諸大学より早いわけです。
 日本でこのように専門的・技術特知識人が早期的に登場したことが、どういう意味をもったかという問題に深入りすることは避け、その代りに一つだけ例をひいておきます 。史論家であり、大記者でもあった山路愛山が明治四十三年にすでにこういうことをいっております 。「現代に時めける青年官吏は十中の九まで大学出身の学士にして、而して其の思想はただ其の従事すべき仕事の上にのみ集中せらる 。正にこれ、英雄時代(注ー幕末の志士の時代を指す)去りて『書生』の時代来たり、『書生』の時代去りて専門家の時代に達せりといふべし 。」(傍点丸山)こうして現在世界中に悪名が高くなった専門化に伴うコンパートメント化とかセクショナリズムという傾向は、日本ではほとんど近代化それ自体の「原罪」であったといっても過言ではないと思います 。これは私も大学人であったので自己批判を含めて申すのですが、日本の「総合」大学というものは、およそ université の名に反して、西欧の学問のそれぞれの専門の学科を個別的に輸入する形で成立したために、学部学科の密室化が早くから進行し、したがって学部間の壁は、欧米の大学よりずっと厚い 。こういう歴史的背景を考えますと、たとえば「私は考古学が専門ですから、学生運動のことはわかりません 。」というような教授があらわれ、しかもそういう言葉が別におかしいとも思われないのも、もっともです 。ヒューマニティーズの典型である哲学も、大学では「専攻」の対象として出発しました。
 したがって、ふたたび会することがなかったのは、決して在官と在野の知識人だけではなかったのです 。学問と芸術とは世間的常識としても隣接した文化なのですが、近代日本では学者と芸術家という二つの人種は、隣人どころか、少数の例外をのぞいてはほとんど別の遊星の住人のように相互の眼に映って来たのが実状です。この両領域の架橋を困難にした問題としては、以上に述べて来たような双方の側の事情のほかに、なお科学用語という重大な障害があります 。つまり、自然科学はもちろん人文・社会科学の概念は圧倒的に翻訳語であって、明治以後に造語されたものです 。それだけに日常用語との乖離が甚しいのです 。西欧においては、どんなに難解に見える術語も、すくなくも人文・社会科学の領域では日常用語に根ざしており、ただ、それを洗練して再定義しただけのことです 。こうした用語の背景のちがいによって、たとえば日本の文学者と日本の研究者との間で知的会話を交すうえでどれほどの困難が生れるか、ということは西欧人にとってはほとんど想像を絶するものがあります 。学者が学問の「約束」にしたがって用いる言葉遣いが、学者の間ではどんなに当然として通用しようと、それは文学者にとっては、しばしば日本語の体をなさない生硬な表現と映るのです。これはたいへん深刻な問題ですから、これ以上立ち入りませんが、すくなくも学者と文学者(広くは芸術家)との間の知性的な共属意識の成熟を困難にして来た背景として、そうした「文体」の問題があることだけを念頭に置いていただきたいと思います。

20260512 調べものという習慣:引用記事から科学的文章作成への連関

 ここ最近、続けて書籍からの引用記事を作成・投稿してきましたが、そのおかげもあり、これまでの総投稿記事数は2460を超えました。引用記事の作成は、それなりに楽しい部分があるため、一旦始めますと継続することが出来るのですが、そればかり続けていますと、徐々に精神が変容するのか、あるいは精神の他の部分が主張を始めるのか、こうした自らによる文章の作成をしたくなります。

 さて、こうした自発的な文章作成は、以前にも述べましたとおり、2015年より現在まで当ブログにて(どうにか)継続しており、また、そのおかげもあってか、現在は当ブログ以外においても定期的に執筆の機会を頂いております。そこで作成する文章は、当ブログにて作成するものと比較して、さらに科学的要素が強いと云えます。それは基本的な文章の作成方法が異なるからであり、科学的要素が相対的に乏しいと云える当ブログでは、執筆中に書籍などを用いた調べものをすることは多くありません。しかし、もう一つのより科学的な文章の方では、その都度、調べものや確認をしつつ作成するといった進め方であり、こちらは、勉強にもなり、また時には当ブログでの新たな記事作成の材料にもなります。それ故、こうした文章作成の機会があることは、大変にありがたいことであると云えます。

 つまり現在の私は、当ブログでの文章作成、より科学的な内容での文章作成、そして先に述べました引用記事の作成という、三つの方法を使い分けていることになります。さて、さきに引用記事の作成には楽しさがあると述べましたが、その楽しさとは、書籍の頁を開き文章をキーボードで入力し、その言葉が画面上に顕われるのを見て、そこで用いられている単語などの意味を改めて調べたくなるような楽しさです。

 そのようにして一記事作成しますと、当ブログでの執筆と比較しても同程度の疲労感がありますが、この引用記事作成での「調べものをする習慣」があったからこそ、新たな科学的要素の強い文章作成も出来るようになったのではないかと考えます。

 それぞれにある種のやりがいはあるのですが、私の文章作成の原点はあくまで当ブログであり、ここでの継続、そして2020年以来のエックス(旧ツイッター)との連携により、当ブログ自体も性質が多少変わり、以前よりも、さらに読まれることを意識して記事を作成するようになったと云えます。これまでの継続と幾たびかの環境の変化を経て、新たな文章作成の方法を知りましたが、やはり、それらは単独ではなく、組み合わせと繰り返しによって、身体化されるもののようです。そのため、上達の感覚こそ乏しいですが、2022年の人工知能の社会実装以来、これを用いて新たな文章作成を当ブログとは関係なく試み続けてきたことで、どうにかそれも使えるようにになってきたのではないかと思われます。

 ともあれ、今後もまたしばらく引用記事の投稿が続くでしょうが、私個人としては、その間も当ブログとは別に文章を作成していますので、大きな能力の低下はないと考えております。しかし、時にはこうした「息継ぎ」のように、自らによる文章作成を行うことも、大変良い刺激になることが分かりました。ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。


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2026年5月11日月曜日

20260511 株式会社早川書房刊 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・ロビンソン著 鬼澤忍訳「国家はなぜ衰退するのか」ー権力・繁栄・貧困の起源ー下巻 pp.192-195より抜粋

株式会社早川書房刊 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・ロビンソン著 鬼澤忍訳「国家はなぜ衰退するのか」ー権力・繁栄・貧困の起源ー下巻
pp.192-195より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4150504652
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150504656

負のフィードバックと悪循環
 富裕国が豊かなのは、主として、過去三〇〇年のいずれかの時点で包括的な制度を発展させることができたからだ。こういった制度は好循環のプロセスを経て生き残ってきた。そもそも非常に限られた意味で包括的であっても、またそれがときとして脆いものであっても、これらの制度は正のフィードバックのプロセスをつくる原動力となり、制度の包括性を徐々に高める。イングランドは一六八八年の名誉革命後に民主主義国になったわけではない。それとは程遠かった。正式な議員は国民のごく一部にすぎなかったが、それでもイングランドはきわめて多元的だった。多元主義が貴いものとして大切にされると、制度もしだいに包括的になる傾向があった。たとえそれが困難で不確かなプロセスであったとしても。
 この点でイングランドは好循環の典型例だ。包括的な政治制度が、権力の行使や強奪に制約を課すからである。また、包括的な政治制度は包括的な経済制度を生み出す傾向もあり、それが今度は包括的な政治制度を継続させる可能性を広げるのだ。
 包括的な経済制度の下では、経済的な力を使って政治権力を過度に高めようとする一握りの人々に、富が集中することはない。さらに、包括的な経済制度の下では、政治権力にしがみついてもうまみが少ないため、国家を支配しようともくろむ集団や野心満々の成り上がり者にとってはインセンティブが弱い。一般に、決定的な岐路で到来したチャンスやピンチが既存の制度と相互作用するなど、決定的な岐路でさまざまな要因が重なって、包括的な制度が生まれる。それは、イングランドの事例から明らかなとおりだ。しかしいったん包括的な制度が誕生すると、その存続のために同じような要因が重なる必要はない。依然として大きな偶然性に左右されるにせよ、好循環によって制度が継続し、往々にして社会により大きな包括性をもたらす力が解き放たれることさえあるのだ。
 好循環が包括的な制度を存続させるように、悪循環は収奪的な制度の存続へ向けて強い力を発生させる。しかし歴史は運命ではないので、悪循環は断ち切れないものではない。これについては第一四章で詳しく見ていく。とはいえ、悪循環はなかなかしぶとい。負のフィードバックの強烈なプロセスをもたらし、収奪的な政治制度が収奪的な経済制度をつくりあげる。すると今度は、収奪的な経済制度が収奪的な政治制度が生き残るための基盤を整える。これが顕著だったのがグアテマラだ。同じ種類のエリートが、最初は植民地統治下で、次に独立後のグアテマラで、実に四〇〇年以上も権力を握っていた。収奪的な制度はそうしたエリートを豊かにし、彼らの富が支配の継続の土台となった。
 悪循環の同じプロセスは、合衆国南部のプランテーション経済の存続においても明らかだ。ただし、これは難局に直面した際の悪循環のしぶとさの格好の例でもある。合衆国南部のプランテーション所有者は、南北戦争敗北後、公には政治・経済制度の支配力を失った。プランテーション経済を支えていた奴隷制は廃止され、黒人は平等な政治的・経済的権利を与えられた。しかし、南北戦争はプランテーションを所有するエリートの政治権力やその経済基盤を破壊しなかったので、彼らはシステムを再構築することができた。表面は変わったよう見えたが、それは相変わらず地元の政治権力の支配下にあり、同じ目的を達成するためのものだった。つまり、プランテーション向けに低コストの労働力を豊富に用意することだ。
 収奪的な制度を支配し、そこから利益を得ているエリートが存続するがゆえにその制度も存続するというこの悪循環の形態は、唯一の形態ではない。最初はいっそう不可解に思えるが、同じように現実的で堕落した形態の負のフィードバックが、多くの国家の政治的・経済的発展を形成したのだ。その顕著な例がサハラ以南の大半のアフリカ諸国、とくにシエラリオネとエチオピアだった。社会学者のロベルト・ミヒェルスが寡頭制の鉄則として理解していた形態では、収奪的な制度を支配している政権を転覆させても、同じく悪質な一連の収奪的制度を利用する新しい主人が登場するだけなのだ。
 この種の悪循環の論理は、あとから考えるとわかりやすい。収奪的な政治制度のもとでは権力の行使に対する抑制がほとんどないため、前の独裁者を打倒し、国家の統治を引き継いだ人々による権力の行使と乱用を抑える制度は事実上皆無だ。また収奪的な経済制度のもとでは、権力を掌握し、他人の資産を搾取し、独占事業を設立するだけで、莫大な利益と富が得られることになる。
 もちろん、寡頭制の鉄則は本物の法則ではない。物理学の法則とは意味が違う。イングランドの名誉革命や日本の明治維新のケースのように、必然的な経路を示すわけではないのだ。
 包括的な制度への大きな転機となったこれらの事例のカギは、広範な連合が力を得たことだった。この連合が専制政治に立ち向かい、絶対君主制を包括的で多元的な制度に転換したのだ。広範な連合による革命のほうが、多元的な政治制度を登場させる可能性が高い。