こうした感覚を覚えつつ、駅前通りを扇ヶ浜方面に歩いていますと、内からの思い付きであるのか、あるいは、外からの啓示であるのか「ブログ記事の作成に困ることがあれば、南紀でのことを思い出せば、いくらでも書けるだろう。」という言葉が生じました。もちろん、それは実際の声として聞こえるものではありませんが、心の中で、そうした主張が自然と生じたのです。
こうしたことは、度々あるわけではなく、また、何らかの感興が湧いた際に随伴して生じるものでもないようですが、それでも何度か、そのような経験があったことは記憶しています。そして、こうした内面での思い付きや啓示のようなものは、当ブログでも以前、記事題材として述べましたが、どうしたわけか、南紀白浜在住の時期に集中しています。
一つは、大雨のなか、夕刻過ぎに富田川沿いの国道311号線を中辺路方面へ自動車で走行していた際、ヘッドライトが正面道路上に大きなカエルを照らし出したため、自動車を道脇へ寄せて停車し、ハザードランプを点灯させて、懐中電灯を手に車外に出て、カエルを照らしました。すると、それが異様なほど大きく感じられ、さらに「ここから先へは行くな」との、先ほど述べたような思い付き、あるいは啓示のような感覚を覚えたため、すぐに来た道を引き返したことがありました。
二つめは、休日に自転車で、JR白浜駅方面から県道にて峠を越え、上富田町へ入り、さらに直進して富田川を渡り、庄川という地区へ入り、さらに進みますと、徐々に人家が疎らとなり、富田川の支流である庄川の流れが、小橋を渡るたび左右に変わりつつ、なおも自転車を走らせますと、庄川の流れがほぼ真正面を横切る場所に架かる小橋の左側に、河の神様でもある弁天様を祀る祠があり、その辺りで、先ほどのカエルの時とはまた異なる、これは言葉にならない畏怖の感情を覚えたため、そこから先へは進まずに引き返したことがありました。
その後、同地域の大学院に進みましたが、其処でも、このことが気になり、大学図書館にて資料をあたっていますと、かつて、この地域で行われていた雨乞い祭祀についての記述を見つけました。
この特徴的な雨乞い祭祀は、当地域だけでなく、少し北のみなべ寄りの田辺地域(芳養)、さらに北の日高川流域においても類似した祭祀を確認することが出来ました。そこから、これは一つの村落などの小規模単位ではなく、ある程度広域的な共同体で行われた祭祀、つまり、地域全体が旱魃という危機へ直面した際に実施された雨乞い祭祀であったものと考えられます。
現在、手元にある資料での記述は以下の通りです。
株式会社角川書店刊『日本民俗誌大系』全12巻 第4巻 近畿 p.201より抜粋
『北富田村庄川奥に牛屋谷(一に牛鬼谷)という滝あり、滝の奥に洞窟あり主住むという。昔、主を怒らしたため一万余の材木を洞窟に取り込まれ行き先知れず、それだけ洞窟の深さはかられずという。旱魃の時ここに雨を祈り、いかにしても雨降らぬ時は牛の首をこの滝壺に投ず、さすればその穢(けが)れを清むるためにたちまち雨降ると伝えられ、現に大正二年大旱魃の時、牛の首を投げ入れた。』
この雨乞い祭祀についての記述は、他の複数の文献資料にも確認することが出来ました。ともあれ、当時の私にとって、こうした文献資料の発見は衝撃的なものであり、いわば、かつて自らが感じた身体感覚と、文献資料とが繋がる感覚であったと云えます。あるいは、こうした現象も一種の「記号接地」であったのかもしれません。
そうしたことから、私は地域での雨乞い祭祀を基軸として、地域性について考察することにしました。そして、そのようにして研究を進めていきますと、この雨乞い祭祀が、どのような経緯、経路で当地域に伝播したのかという疑問に至りました。
その際、以前に何となく読んでいた『日本国現報善悪霊異記』(『日本霊異記』)の内容が、不意に思い出されました。しかし後になり考えてみますと、このように、かつて何となく読んでいた書籍を後年、必要とされる場面において想起されるということは、当時においては、それなりに運の良いことであったのではないかと思われます。
あるいは、人工知能が広く実装された社会において、我々人間は、こうした曖昧で断片的な過去の記憶を、その都度の必要性に応じて、自らの力で想起させる必要性そのものが徐々に失われていくのかもしれません。その結果として、人間側のそうした能力自体も、少しずつ退化していく可能性があるのではないかとも思われました…。
ともあれ、この『日本国現報善悪霊異記』(『日本霊異記』)において興味深い、関連性があると思われた説話につきましては、また別の機会に述べさせて頂きたく思います。
そして最後に、改めて南紀在住時代の記憶を掘り起こしてみますと、たしかに、まだそれなりに文章化することが出来そうなものが残されているようにも感じられましたが、実際のところは、どうなのでしょうか…。
また、人工知能を援用せず文章を作成することは、当初のうちは、それなりにしんどさを伴うものではありましたが、徐々に、自らの記憶と文語化とのギアが噛み合い始めますと、むしろ次第に捗るようになり、そしてまた、それなりに楽しくもなってくるようです…。ともあれ、今回もまた、ここまでお読み頂き、どうもありがとうございます。
ISBN978-4-263-46420-5
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