ここ最近の関東南部では、以前より少し暖かいと感じる日が増えてきたように感じられます。丁度、立春を過ぎたばかりですので、立春の基にある「二十四節気」と云う古い暦にも、それなりに深い意味があるのではないかと思われました。さて、この「二十四節気」の大寒から立春(1月末~2月初め)まで、大変寒い時期が続きましたが、どうにかそれを耐え忍びますと、少し暖かくなり、徐々にまた、生命力が甦ってくるように感じられます。そして、そのことを当ブログの記事作成に関連させてみますと、合点が行くのではないかとも思われますが、ともあれ、ここ最近は、さきに述べた生命力の減衰によるものであるのか、あまり、文章作成をしたいと思うことが少なく、また読書についても、同様に、好調とは云えませんでした。そして、そうした時期に、行うと良いと思われることは、自分にとって文章作成の基本となったものを読み返すことであると考えます。文章作成とは云っても、さまざまな段階があり、私の場合、文章作成の基本となったのは、おそらく、司馬遼太郎の著作であり、それは小学校高学年の頃に知り、中学生の頃は、小遣いを文庫本に換えては読んでいた記憶があります…。そして、そこから高校、大学、社会人の期間、長らく司馬遼太郎の作品を読み続けてきました。社会人になってからは、ホテルマンであったことから、世間の休日は稼ぎ時であり、そのため、休日は平日に一人であることが多く、そのような休日で外出をしない日は、一人で一日中読書をしていることも度々ありました。そうしたなか、南紀白浜在住時に、司馬遼太郎が、この土地について書いた著作があった事を思い出し、検算のつもりで、その著作を読んでみたところ、大きく感動出来るような私の在住経験との合致点はなかったものの、同時に、空疎なことを述べているわけでもないことは理解出来ました。それは、おそらく視座の違いによるものだと思われますが、おそらく、そのようにして、ある程度、書籍を読み続けるなかで、自らの文体も立現れてくるのだと思われますが、しかし、我が国でも2022年以来、人工知能が徐々に社会に浸透し、そして2026年現在においては、かなり普及したのではないかと思われます。具体的に、この汎用化された人工知能を用いますと、大抵の用途のドラフト的な文章などは即座に生成することが出来ます。また同時に、そのおかげで、文量の多い英論文なども普通に読むことが出来るようになり、さらに、何と云いますか、直線的な文章の作成においては、かなり有用であると云えます。しかしながら、こうした即興に近い散文のようなものの作成(生成)は、今なお難しいのではないかと思われます。その意味において、私が当ブログを2015年から継続していることの大きな意味は、人工知能が登場、普及した後の現在においては、それ以前から、自らの文章作成をしてきた証拠になると云うことです。ともあれ、そのように述べる私の、この文体の根本にあるものは、少なからず、小学校高学年の頃から読み続けてきた司馬遼太郎の諸著作があり、それが南紀在住の折、その著作「街道をゆく8 熊野・古座街道・種子島みちほか」をあらためて読みかえし、記号接地の感覚らしきものを得てから、また地域の歴史文化などにも、新たな興味を向けることが出来るようになりました。とはいえ、以前にも述べましたが、こうした変化とは、若い時分であっても、極めて緩慢なものであると云えます。そうして、こうした自らの感覚を歴史や文化に記号接地するためには、やはり、ある程度の読書経験が不可欠であるのではないかと私は考えます。つまり、私は司馬遼太郎の著作を読む習慣があったからこそ、そこ(南紀)で、記号接地の感覚を得て、そこから当地域の歴史文化について述べた他の著作についても「読める」と云う感覚を得ることが出来たのだと云えます。そしてまた、おそらく、司馬遼太郎が同志社大学の著名な考古学者である森浩一先生(故人)と親交があったことから、森浩一先生の著作も同様に読むことが出来る様になり、そして、そこから和歌山市の岩橋千塚古墳群や御坊市の岩内一号墳や紀州・和歌山での銅鐸の出土様相などについても興味を持ち、知り得ることが出来る様になり、それが元になり、修士論文のテーマとなったことから、小学生以来、断続的ではあれ継続していた読書の習慣が、思いのほか役に立ったのではないかとも思われます。ともあれ、冒頭に戻りますと、私の場合、現在の当ブログでの文章作成の基本となったものとは、これまでに述べた司馬遼太郎に加え、加藤周一による「日本文学史序説」(上下巻)もそうであったと云えます。現在でも、この著作をあらためて読み始めてみますと、抜粋引用したくなるような記述に出くわします。実際、当ブログでは少なからず、当著作からの引用記事があります。そして、当著作は2013年、学位取得後に初めて読んだ分野外の著作であり、その後、数年読み続けましたので、それが当ブログの開始時期である2015年とも被るのです。ともあれ、このような現在作成している自らの文章の基本となった著作、文章を読み返すことは、当ブログの作成以外でも、今後のブログ記事作成においても、活かすことが出来ると思われることが少なからずありましたので、やはり、それはそれで良いことであると思われました。
そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
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