筑摩書房刊 ちくま新書 宮台真司・奥野克己 著「宮台式人類学ー前提を遡る思考ー」
pp.42‐44より抜粋
ISBN-10 : 4480077359
ISBN-13 : 978-4480077356
pp.42‐44より抜粋
ISBN-10 : 4480077359
ISBN-13 : 978-4480077356
牧師エマソンは、宗教の説教も学校の教育も、知識より動機付けの、認識より関心の、 真実より力の、伝達が大切だとし、哲学的・神学的な物言いをやめて日記を書きます。それを受けた戦間期のデューイは『経験と教育』で、動機付けに役立つ体験の配列が教育だとします。1990年代のローティは、壇上から真実らしきことを語って人から力を奪うのが昨今のリベラルだとし、「エマソン日記」のごとく私的な体験に照準した語り口を重 視します。 どんな語り口かというと、アイロニーです。コメディ研究の定説に従えば、アイロニー は、全体を部分に、超越を内在に、聖を俗に対応付けで脱臼する(ここで笑いを誘う)営みです。
ローティはこれを自己脱臼の意味で使います。真実らしき語りをした後「知らんけど」「たまたま聴いた 」「たまたま聴いただけや」と偶然性を持ち出し、自己を脱主体化する営みです。 かくて、偶然を持ち出し、アイロニー化することで、マウンティングされたという体験を回避して連帯する。初期作『偶然性・アイロニー・連帯』(1989年)を一言でまとめた骨子です。
関連して、言語を方向づける言外の働きに注目したのが、アムネスティ・レクチャーズ のひとつ「人権について」(1993年)。学者は専ら「人権とは何か」を論じるがクダラナイ。人に適用されるのが人権だが、誰が人かを支える生活形式をスルーしている。1964年の公民権法まで女も黒人も一人前の人と見做されなかった。女も黒人も人だと見做 せるようになるには、幼少期から異カテゴリーに属する子らと混ざり合って仲間になる遊 びが必要だと。
だから多様性でも、法的権利重視のサラダボウル(ゾーニング)より、成育環境や生活形式重視のメルティングポッド(フュージョン)を賞揚します。かくして、育ち上がりの 過程でどんな言語ゲームが自明になったのかが重要だとし、自らの哲学的源泉としてプラグマティストら以外にニーチェとハイデガーとヴィトゲンシュタインを挙げたのです。そして育ち上がりの環境の劣化を補うのが、文芸作品を通じた感情教育 sentimental educationだとします。感情 sentimentという言葉は、哺乳類や鳥類にも見られる情動 emotionと区別したもの。後述しますが、感情は自己防衛に、情動は生体防衛に、関係します。
メルティングポッドの生活体験も、そんな生活を描く文芸の享受体験も、言語の使用を支える言外の前提ー宮台語の「言語の言語以前的前提」ーを築く感情教育です。感情教育が不完全な人々ー宮台語の「育ちが悪い人々」ーがリベラルを担う時、製造業から知財業への産業構造改革を背景に、差別解消のアイデンティティ・ポリティクスに淫す る劣化左翼から、見放された製造業労働者が、「俺が見てやる」と言う独裁者を誕生させ ると予測します。
プラグマティストのローティを挟むと思想史が見易くなります。プラグマティストを一言で言えば「言語の言語以前的前提」に敏感な人。「言語の言語以前的前提」に鈍感な「育ちの悪い人」は。民主政の民主政以前的前提(ルソー)にも、市場の市場以前的前提(スミス)にも鈍感化し、良さげな「名目」に釣られ、市場経済と行政官僚制を通した、富裕層の集金システムに巻き取られます。詳しくは後述しますが、それを見通すには、今まで話した思想史の教養が必要なのです。