2026年3月12日木曜日

20260312 「源泉の感情」の言語化について:地理的勾配と時間遡行との同期化

 先月末、2/27の投稿記事にて述べた内容は、その後、何度か、類似・関連する主題の既投稿ブログ記事をあたってみましたところ、直近(2/27)のそれが、これまでで最も、その内容を文章として表現出来ていることに気が付かされました。とはいえ、こうしたことは、これまでにも度々ありましたが、2/27の投稿記事は、それらのなかでも、私にとって特に重要な主題であり、そこで述べた地域の歴史に対する認識・理解の仕方こそが、これまでに何度か表現を試みた内容を最も的確に文章化し得たものと云えます。それ故、類似すると思われる主題でのブログ記事の作成も決して無意味なものではなく、むしろ、文章としての洗練化での不可欠な過程であるようにも思われるのです。その意味において、自らマンネリ・惰性感をあまり感じることなく、能動的に文章を作成することが出来る分野・題材を持つことは、単に専門分野を持つと云うこと以上に、自らにとって資する何かがあるのではないかと考えます。そして、そのためには、均衡のためにも、何らかの継続的なインプットも必要であると考えますが、私にとって、このインプットの主なものが読書であると云えます。直近での記事投稿後も、現在に至るまで毎日、何らかの著作や論文などは読み続けており、さらに、当ブログ以外での文章作成も継続的に行っていることから、ここでの新規の記事作成も、躊躇することなく取組めています。とはいえ、これまで述べてきたなかで重要であることは、直近の投稿記事にて述べた「紀伊半島西南部を南下し、紀ノ川、有田川などの渡河に伴い、風景の「自然」が優勢になるだけでなく「時代」も遡行する「地理的勾配(南下)と時間遡行の同期」の感覚を、これまでで最も明晰に文章化することが出来たと云う実感であると云えます。そして、おそらく、これが当ブログ開始当初の頃から伝えたかった内容の一つであり、当ブログの「源泉の感情」の一部であるとも云えます。そして、それを文章化することが出来た実感から、ある種の安堵感と共に、気の緩みも生じ、そこから、最近の三寒四温での寒さから、積極的な新規でのブログ記事の作成には至らなかったと云うのが、状況を説明するのに妥当な説明ではないかと思われます。しかし他方で、ここで斯様に、そのことを題材として、新たにブログ記事を作成してみましたところ「いや、もっと上手く説明することは出来るのではないか?」であるとか「まだ他にも文章化することが出来る関連する題材はあるぞ」といった思いが反応のように沸々として生じてくるのです。また実際、私は当ブログでの題材に困りますと「当ブログについて」と「紀州・和歌山ネタ」と書籍からの引用記事の何れかを選択する傾向があると云えます。その意味で、これら三つの要素は、私にとって、文章を作成し、掘り下げる度に新たな考えが生じる、なかなか尽きることのない鉱脈であると云い得ます。そして、先述の安堵感からの気の緩みを経て、本格的な春への移行に伴い、また徐々に当ブログでの記事作成も活性化させていきたいと考えていますが、さて、実際のところはどうなるでしょうか?
そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。


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