2026年6月3日水曜日

20260603 株式会社新潮社 新潮選書 片山杜秀著「未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命」 pp.213‐216より抜粋

株式会社新潮社 新潮選書 片山杜秀著「未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命」
pp.213‐216より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 410603705X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4106037054

 雑誌『日本評論』の一九四二年七月号は「支那事変五周年」の記念特集号にあてられました。そこに「新文化の創造」という座談会が掲載されています。出席者は次の六人。「大正デモクラシー」の旗手、長谷川如是閑。「大正教養主義」の生み出した一種の人文主義者、和辻哲郎。かつての唯物論研究会のメンバーで、この頃は日本に目を向けた科学技術史家・思想史家として新境地を開いていた三枝博音。日本主義的哲学者の佐藤信衛。流行を追う俊敏さでは並ぶ者のない評論家、室伏高信。日本史家の肥後和男。
 一九四二年は英米との戦争が始まって二年目。一九四〇年の齋藤隆夫の演説のときの戦争目的は「東亜新秩序」の確立でしたが、それは「大東亜共栄圏」の建設へと、少なくとも言葉の構えはより大げさなものになっていました。
 座談会は長谷川如是閑と和辻哲郎の対論がかなりの部分を占めます。他の四人はいささか影が薄い。大物の二人に気圧されてけっことう黙っています。
 この日、和辻はかなり苛立っていたようです。もっとも、真珠湾攻撃やマレー沖海戦といった緒戦の空からの勝利に気をよくしている箇所もある。益子焼の陶工の技が西洋皿を作るときにも無意識のうちに生きるように、日本のパイロットは剣道の呼吸を飛行機の操縦に自ずと活かせるから優秀なのではないかと、とくとくと語ってもいます。
 しかし、座談会に臨む和辻の基調はやはり怒りです。何に怒っているのか。戦時下の日本の実情にです。対英米戦という世界史的大戦争が始まって、国内では「挙国一致」の類いのスローガンだけは盛んに叫ばれている。けれども、実のところは政治も社会も経済も文化も細かく割れているばかりだ。国家社会のあらゆる局面で縄張り争いが甚だしくなっているのではないか。団結し、強いリーダーシップにしたがい、一丸となり、総力を挙げて事に当たろうという姿勢がちっとも見えてこない。明確な展望もない。そのへんに我慢がならないようなのです。
 その種の発言をいくつか拾ってみましょう。「日本の伝統は皇室を中心にして固まって居る。それは意識されないでもその力が動いて居つた。これはさうに違ひないが、誠に有難い伝統だがそのほかに内輪喧嘩の伝統もあるのではないか。国外の敵を見ないで国内の敵だけを見て居る。さういふ伝統が、生きなくてもい、時に生きて居るといふことはいへないですか」。「新文化を創造する場合には、凡ゆる力が一つに固つて外に向つて戦ふといふ必要がある。国内の敵だけやつけるといふ態度ではなく、一緒になつてやらうといふ態度でなければならん」。「プライベート・ライフの一面だけが非常に細かく見られて、日本の国家全体を見渡すとか、広く世界全体を見渡すとか、東亜の運命を見るといふことがない。小さいところは細かく見ているが、大局が見えない」。
 こんな和辻を長谷川如是閑が次のように諫めます。
 さういふ傾向は日本人の複雑性の一つで、これは外国人にもあるでせうが、つまり非常な多様多角的な国民性の現はれだ。私が伝統といふのはさういふものに拘はれないで、無意識的に強い力を以て一貫して行く性格、どんなものが出ようと、歴史はそれらを克服して一貫した性格を作って行くといふことです。維新になつても攘夷説でやつて居た人もあるし、討幕ではなくて朝廷と幕府の並立を考へて居つた人もある。しかし伝統といふものは、日本の歴史を一貫性を以て貫いて行く。
 如是閑は、本気で意見が一致してひとまとまりになり誰かの指導や何かの思想に熱烈に従うことは、いついかなるときでも、たとえ世界的大戦争に直面して総力を挙げなくてはならないときでも、日本の伝統にはないのだと主張します。
 幕末維新は尊皇派も佐幕派も攘夷派も開国派も居たからこそ、かえってうまく運んだ。いろいろな意見を持つ人々が互いに議論したり様子を見合ったりして妥協点を探る。一枚岩になれない。常にぎくしゃくしながら進む。その結果、自ずとなるようになる。複雑で一致しない多くの力の総和や相乗や相殺として、常に日本の歴史は現前する。それをいけないとはあまり思わず、むしろよしとして放任するのが日本の伝統だ。無理に力ずくでまとめようとすればするほど、ひとつの主義主張で固めようとすればするほど、この国はうまく行かなくなる。てんでばらばらになりそうなところをみんなが我慢し、表向きは妥協しながら、けっこう勝手なことをしている。そのくらいで丁度いいのだ。和辻は間違っている。如是閑の意見はそんなところでしょう。