2025年6月22日日曜日

20250622 多職種連携の基盤としてのOHAT-Jについて

 かねてより社会の高齢化が進行している我が国の医療・介護の現場では、これまで以上に「お口の健康」の重要性が認識されつつあります。とりわけ、歯科医師や歯科衛生士といった専門職が頻繁に関与しづらい在宅や施設での介護の場面では、早期に口腔内の変化に気づき、適切に対応することが、フレイルや低栄養、さらには誤嚥性肺炎といった二次的な健康リスクを防ぐうえで非常に重要と云えます。

 そして、そうした現場において近年注目されているのが、「OHAT(Oral Health Assessment Tool:口腔健康評価ツール、通称オーハット)」と呼ばれる、比較的簡便な評価手法です。このOHATは、オーストラリアの歯科医師チャルマーズ(Chalmers)らによって開発されたものであり、ご高齢や要介護の方々の口腔内の状態を、歯科専門職でなくても観察・評価できるように考案された実践的なツールです。

 我が国ではこれを基に日本語版「OHAT-J(オーハット・ジェイ)」が作成され、現在では医療・介護の現場において広く活用されています。OHAT-Jを用いることで、特別な機器や高度な専門知識を必要とせず、以下の8項目を視診や触診により評価することが可能となります。

① 唇(乾燥、ひび割れ、潰瘍の有無)
② 舌(白苔、赤み、潰瘍など)
③ 歯肉・粘膜(腫脹、発赤、出血)
④ 唾液(量、粘性、乾燥)
⑤ 天然歯(破折、動揺、汚れなど)
⑥ 義歯(適合状況、清潔さ)
⑦ 口腔清潔(食渣、歯垢、臭気)
⑧ 痛み・不快感(咀嚼時の表情、拒否行動)

 これらの項目を0〜2点の3段階で評価し、合計点から口腔内の健康状態を数値化します。数値化することにより経時的な変化が把握しやすくなり、定期的な観察を通じて、改善の兆候や悪化の兆しにも早期に対応することが可能となります。

 OHAT-Jは、外来受診が難しいご高齢の方々の歯科訪問診療においても有効です。ご本人が不調を訴えにくいことも多く、周囲の「気づき」が診療の出発点となる場合が少なくないためです。

 そのため、在宅・施設の介護スタッフ、リハビリ職、訪問看護師の方々が日常的にOHAT-Jを活用して観察を行うことにより、わずかな異常にも早期に気づくことができ、歯科医師や歯科衛生士が訪問する際には、すでに有益な初期情報が蓄積されていることになります。

 また、OHAT-Jで得られる評価スコアは、口腔衛生管理(口腔ケア)の効果測定や治療の優先順位の検討にも活用でき、記録や報告、さらには他職種との情報共有の基盤としても大変有用といえます。

 加えて、OHAT-Jの価値は、歯科と介護の専門職の橋渡しにとどまらず、異なる職種間で共通の評価指標を持つことにより、多職種連携をより円滑にし、ケアの方針や意思決定の統一の促進にも寄与します。

 たとえば、「OHAT-Jの評価が2点上昇した」といった変化を歯科・医科・介護の各職種が同じ視点で共有できれば、それは「具体的な健康リスクの高まり」を意味し、必要な専門職の介入タイミングや対応の優先順位についても、一致した理解のもとで速やかに実施することが可能となります。

 このように、OHAT-Jは現場での混乱や多職種連携の不調を防ぐ共通言語(リングア・フランカ)として機能する、非常に実用的で信頼性の高いツールと云えます。

 すでにご存じの方々も多くいらっしゃるとは思われますが、現在、我が国で推進されている「地域包括ケアシステム」では、「住み慣れた地域で、人生の最期まで自立して暮らす」ことが大きな目標とされています。そして、その前提として、「食べる」「話す」といった日常生活の基盤である口腔機能の維持が不可欠といえます。

 その意味でも、OHAT-Jのような評価ツールが地域に広く普及することにより、ご高齢の方々へのケアに関与する各専門職の方々が、口腔内に関する情報を共通の視点で評価・共有できるようになり、より高度な多職種連携が実現可能となります。

 また、将来的には、電子カルテや専用アプリとの連携、さらにはAIによる変化の自動予測など、近年発展を遂げているデジタル技術との融合によって、活用の幅がさらに広がることも期待されています。さらに、OHAT-Jの継続的な活用を通じて、地域における口腔保健の重要性そのものが可視化され、地域包括ケアの基盤強化にも寄与することが期待されます。

 OHAT-Jは、単なる口腔内の状態の評価ツールにとどまらず、ご高齢の方々の健康を守るために、小さな変化を見逃さず、多職種が連携して活動するための「気づきのインフラ」として、今後ますます重要な役割を果たしていくことが期待されています。

今回も、最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。おかげさまで本日で当ブログ開始から丸10年となりました!

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20250621 阿部先生との対話から推測される我が国の高等教育改革、および私見、専門職大学の展望について

 近年、少子高齢化の進展とAI・デジタル技術の飛躍的発展により、我が国の高等教育は根本的な転換を迫られています。こうした状況に対応して、2025年2月21日、中央教育審議会は『我が国の「知の総和」向上の未来像―高等教育システムの再構築―』と題する答申を発表し、文部科学省がこれを正式に受理しました。本答申は、我が国の高等教育の質と価値を社会全体で底上げするための、抜本的かつ構造的な政策転換を提示するものと云えます。

 本答申において示される「知の総和」とは、「学修者数」×「個々の学修能力」によって算出される、国家的な知的資源の総体を指します。また、これによると、2022年度時点で約63万人であった大学進学者数は、2035年には約59万人、2040年には約46万人にまで減少するという推計が示されており、約言すれば、2040年には現状より約27%大学進学者数が減少することになります。こうした大学進学者数の急激な減少のなかで、もはや量的な拡大のみでは社会の知的基盤を維持することはできず、いかに個々人の学修成果の質を高めていくかが喫緊の課題となっています。

 また、本答申では、学修者の資質向上のためのカリキュラム改革、学位授与の厳格化、大学間連携の強化、そして博士課程における実践性の高い人材育成の推進が提言されています。くわえて、大学の情報公開の徹底により、高等教育の透明性と信頼性の確保を図る方向性も示されています。

 そして、本答申では、専門知識と技能を備えた専門職人材の養成についても言及しており、そこには歯科医師や歯科衛生士などの歯科医療専門職も含まれます。これらの職種はかつて、口腔領域での専門職と認識されていましたが、近年の多くの研究により、口腔機能が全身の健康状態、栄養摂取、言語能力、そして認知機能の維持にも関与していることが明らかになってきました。

 具体例を挙げますと、要介護状態のご高齢の方々を対象に、訪問看護サービスを併用した歯科訪問診療を行ったパイロット研究では、OHAT-J(合計16点満点)のスコアが介入前平均4.5(SD 2.3)から、1週間後に3.7(SD 2.0)、4週間後に3.6(SD 2.2)へと有意に改善し(p < 0.001)、口腔内環境の改善が定量的に裏付けられました。さらに、一年にわたる歯科訪問診療を実施した介護施設での追跡研究では、舌・歯肉・粘膜・義歯・口腔清潔の各項目に関するOHAT-Jの各サブスコアが有意に改善され、長期的な口腔内状態の安定維持が確認されています。

 これらの研究成果や、近年の我が国高等教育における潮流(コメディカル職種養成機関の四年制大学化)を背景として、歯科衛生士などパラデンタル職種の養成機関にも変化が生じており、従来は三年制短期大学および専門学校が主流であった歯科衛生士の養成課程の四年制大学化およびその新設が進みつつあります。さらに、大学院段階においては、臨床現場の知見を研究に昇華させる「実践的博士人材」の育成が、文部科学省の中長期的な教育政策に位置づけられています。

 こうした社会の流れを受け、医療・介護系の専門職大学の新設も現実的な選択肢となります。専門職大学は、2019年の制度施行以来、2025年4月の時点で全国に19校が設置されており、その多くが看護、保育、福祉、そして情報など、社会的需要が高い分野を対象としています。また、文部科学省は、地域医療や在宅ケアに資する人材養成の拠点として、地域密着型の医療・福祉系専門職大学の制度的支援を強化しており、歯科衛生士や理学療法士、介護福祉士等の医療・介護系専門職を複合的に養成する大学および専門職大学の構想の実現可能性は、今後さらに高まることが見込まれます。

 さらに、2024年の診療報酬改定では、多職種連携と口腔衛生管理の重要性が強調されており、そのなかで歯科衛生士が在宅医療・介護の現場で果たす役割は拡大の一途を辿っていると云えます。こうした社会状況を鑑みますと、歯科衛生士など歯科医療専門職もまた、単なる一専門職にとどまらず、地域社会の持続性を支える社会基盤職としての性格を強めつつあるとも云えます。

 結論として、歯科医療をはじめとする医療・介護系専門職種全般は、社会のニーズに対応しつつ、高度な技能や専門性を涵養することが可能な将来性のある職種であると云えます。それ故、進路選択に悩む高校生の方々や、転職やリスキリングを検討されている既卒の方々にとって、歯科医療専門職を養成する大学は、一考の価値がある選択肢となると云えます。そしてまた、継続的な研鑽により、比較的安定した生活と、確かなやりがいが得られる領域であることには異論の余地は少ないと云い得ます。

 これからの社会を支えるのは、歯科医療に限らず、専門性と技能を併せ持ち、自律的に課題を発見・解決できる人材であると考えます。そして、こうした人材養成のために、我が国の高等教育は転換点を迎えていると云えます。

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