そして、そうした現場において近年注目されているのが、「OHAT(Oral Health Assessment Tool:口腔健康評価ツール、通称オーハット)」と呼ばれる、比較的簡便な評価手法です。このOHATは、オーストラリアの歯科医師チャルマーズ(Chalmers)らによって開発されたものであり、ご高齢や要介護の方々の口腔内の状態を、歯科専門職でなくても観察・評価できるように考案された実践的なツールです。
我が国ではこれを基に日本語版「OHAT-J(オーハット・ジェイ)」が作成され、現在では医療・介護の現場において広く活用されています。OHAT-Jを用いることで、特別な機器や高度な専門知識を必要とせず、以下の8項目を視診や触診により評価することが可能となります。
① 唇(乾燥、ひび割れ、潰瘍の有無)
② 舌(白苔、赤み、潰瘍など)
③ 歯肉・粘膜(腫脹、発赤、出血)
④ 唾液(量、粘性、乾燥)
⑤ 天然歯(破折、動揺、汚れなど)
⑥ 義歯(適合状況、清潔さ)
⑦ 口腔清潔(食渣、歯垢、臭気)
⑧ 痛み・不快感(咀嚼時の表情、拒否行動)
これらの項目を0〜2点の3段階で評価し、合計点から口腔内の健康状態を数値化します。数値化することにより経時的な変化が把握しやすくなり、定期的な観察を通じて、改善の兆候や悪化の兆しにも早期に対応することが可能となります。
OHAT-Jは、外来受診が難しいご高齢の方々の歯科訪問診療においても有効です。ご本人が不調を訴えにくいことも多く、周囲の「気づき」が診療の出発点となる場合が少なくないためです。
そのため、在宅・施設の介護スタッフ、リハビリ職、訪問看護師の方々が日常的にOHAT-Jを活用して観察を行うことにより、わずかな異常にも早期に気づくことができ、歯科医師や歯科衛生士が訪問する際には、すでに有益な初期情報が蓄積されていることになります。
また、OHAT-Jで得られる評価スコアは、口腔衛生管理(口腔ケア)の効果測定や治療の優先順位の検討にも活用でき、記録や報告、さらには他職種との情報共有の基盤としても大変有用といえます。
加えて、OHAT-Jの価値は、歯科と介護の専門職の橋渡しにとどまらず、異なる職種間で共通の評価指標を持つことにより、多職種連携をより円滑にし、ケアの方針や意思決定の統一の促進にも寄与します。
たとえば、「OHAT-Jの評価が2点上昇した」といった変化を歯科・医科・介護の各職種が同じ視点で共有できれば、それは「具体的な健康リスクの高まり」を意味し、必要な専門職の介入タイミングや対応の優先順位についても、一致した理解のもとで速やかに実施することが可能となります。
このように、OHAT-Jは現場での混乱や多職種連携の不調を防ぐ共通言語(リングア・フランカ)として機能する、非常に実用的で信頼性の高いツールと云えます。
すでにご存じの方々も多くいらっしゃるとは思われますが、現在、我が国で推進されている「地域包括ケアシステム」では、「住み慣れた地域で、人生の最期まで自立して暮らす」ことが大きな目標とされています。そして、その前提として、「食べる」「話す」といった日常生活の基盤である口腔機能の維持が不可欠といえます。
その意味でも、OHAT-Jのような評価ツールが地域に広く普及することにより、ご高齢の方々へのケアに関与する各専門職の方々が、口腔内に関する情報を共通の視点で評価・共有できるようになり、より高度な多職種連携が実現可能となります。
また、将来的には、電子カルテや専用アプリとの連携、さらにはAIによる変化の自動予測など、近年発展を遂げているデジタル技術との融合によって、活用の幅がさらに広がることも期待されています。さらに、OHAT-Jの継続的な活用を通じて、地域における口腔保健の重要性そのものが可視化され、地域包括ケアの基盤強化にも寄与することが期待されます。
OHAT-Jは、単なる口腔内の状態の評価ツールにとどまらず、ご高齢の方々の健康を守るために、小さな変化を見逃さず、多職種が連携して活動するための「気づきのインフラ」として、今後ますます重要な役割を果たしていくことが期待されています。
今回も、最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。おかげさまで本日で当ブログ開始から丸10年となりました!

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