2020年6月11日木曜日

20200610【架空の話】・其の26

【架空の話】
高速道路は、少し先の温泉で名高いS浜で終わり、我々は9:30頃に終点に着いた。このあたりは昨日の県北部W市街と比べても、さらに大気に自然の薫りが濃厚であり、久しぶりに深呼吸をしてみたくなった。兄の方はこの先の予定を見越し「じゃあ、このあたりで一休みしようか。」と、さらに車を走らせS浜の市街地(温泉街)に入った。


S浜温泉街は閑散としており、いくつもある旅館・ホテルなどの宿泊施設周辺は、どこも人の気配に乏しかった。兄は温泉街メイン通りのどん突きにある観光ホテルの駐車場に車を停め、私と連れ立って入っていった。すると入って早々、フロントの若い男性が「あ、**さん、どうも今日はどうしたんですか?」と訊ねてきた。兄は「ええ、実家から弟が来ましたので、このS浜の温泉を知ってもらおうと連れて来た次第です。それで、こちらは日帰り入浴もやっているとお聞きしていましたので、お願いしたいのですが、たしか一人1000円でしたよね・・。」と聞いてみると、フロントの男性は少し周囲を見てから「分かりました。上司に聞いてきますので、ちょっと待ってもらえますか?」と丁重な様子でその場を離れ、フロント奥にある事務所に入っていった。1分も経たずに男性は戻ってきて「今、支配人に聞いてみたところ、1時間後の11:00になれば浴場に清掃が入り使えなくなってしまうから、お金は頂かなくて良い代わりに1時間程の入浴時間でよろしいですか?」とのことであった。兄は「そうですか・・じゃあ、1時間は入浴出来るのですね・・なんだか逆に申し訳ないです・・。あと支配人によろしくお伝えください。」と兄は男性に頭を下げてから、少し後ろに控えていた私を指し招き、二人してホテル館内に入って行った。この頃丁度、宿泊客のチェックアウトが重なる時刻であったが、フロントスタッフがこちらにも即座に対応出来る程に館内は閑散としており、宿泊客らしき人はあまり目にすることはなく、逆に制服を着たホテルスタッフとは、よくすれ違った。ホテルは玄関を入るとすぐ右手にフロントがあり、玄関正面の先には比較的ゆったりとしたラウンジがあり、その手前で左右二手に通路が分かれ、左手側には地元の産品などお土産を扱う売店。他方の右手に行くと、客室に通じるエレベーター、そして大浴場があった。大浴場に近づくにつれて、磯の薫りが入り混じったような、この地の温泉特有の薫りが強くなり、いわば地域の体臭とも云い得るものを感じ、いよいよ異郷の温泉地に来た感を強くした。

脱衣場に入ってみると我々の他に誰もいなく、また、あまり多くの人が使用した痕跡もなかった。あるいは、この時季のS浜の温泉宿は、大体このような状況であるのかもしれない・・。

ともあれ、久しぶりに兄と大浴場に入ってみると、風呂というよりも、アミューズメント・プールに来たような感じになり、めいめいで好みの種類の風呂に浸かりに行った。この露天風呂からの景色はなかなかのものであり、S浜の代名詞とも云われるS良浜、そして右手の海の方にはE月島を一望することが出来た。このような光景を風呂から見たことはなかったため「これはすごい景色だね!」と云うと「うん、この景色は日中も良いけれども、夜もまたなかなか良いんだよ。去年の会社の忘年会は、このホテルを使わせてもらってね、料理がとても美味しくて、それと、この大浴場の露天風呂がとても良かったんだ・・。まあ、それで今日来てみようと思ったんだよ。」と返事が来た。料理に関しては、ホテルフロントから進んで右に曲がる際、かすかに魚を焼く臭いと、白檀ベースの高級なお香が混ざったような、何というか、高級和食旅館のような匂いがしたことが思い出された。


そこで「へえ、ここの料理はやっぱり和食なの?」と聞くと「うん、ここは地の魚を積極的に使っていてね、冬場はクエという魚の鍋を提供しているけれど、これは本当に美味しかったよ・・。」とのことであった。その後、露天風呂から上がり、それぞれ室内浴場の打たせ湯やミストサウナを楽しんだ後、大浴場から出た。時刻は既に10:50を回り、清掃が始まるまで余すところ10分程度であった。


脱衣所で服を着て自前で用意していたタオルを肩にかけつつ館内を歩いていると、入浴による効果であるのか、またしても、昨日夕食後のフワフワするような感じがしたので兄の方を見ると、私と同様タオルを肩にかけ、館内通路壁に設えた地元陶芸家のミニ作品展の陳列作品を順番に眺めていた。そして「ふうむ、これはなかなかスゴイ・・。」などと独り言を云っていたが、私の知る兄は、こうしたことに疎い人間であったはずであるのだが、こちら住んでから、こうしたことも分かるようになったのか・・と、疑念と感心が混ざったような感情が湧いてきた。そこで「え、そこに置いてある陶器は全部同じ人が作ったものなの?」と聞いてみると「うん、地元のWでは結構有名な陶芸家の先生でね、この先生は昔からK州藩で伝えられていた陶器の作成法を復活させて、それと同時に技術の勉強のためもあって、色々なタイプの陶器も作るんだよ・・。で、これは三島手の茶碗だし、その隣のこれは備前焼、いや、色からすると伊賀あるいは信楽かな・・。それでもって、あっちにあるのは、典型的な京都のぼってりとした黒の楽焼だから、こういうのも見ているとなかなか面白いよ。」といった返事が返ってきた。こうした様子を見ていると、私もヨーロッパ文化で学位を取得出来たが、こうした国内の文化を深めてみるのも面白そうだな・・。と、見事に兄の情念引力のフックに引っ掛った次第である・・。

そして、11:10頃フロント前に戻ってくると、さきほど兄に声をかけたフロントスタッフが再度こちらにやって来て「本日は折角の日帰り入浴ですが、なんだか急かしているようで申し訳ないです。」と兄に云って、こちらもチラリと見た。兄は「いえ、入浴させて頂けただけでも大変ありがたいです。この後は少しS良浜を案内してから、また出発したいと思います。」と返事をした。すると「かしこまりました。ではまた新年会や他の宴会などのご相談がありましたら、是非ご連絡ください。」と元気な声で云われ、兄は頭を下げて「ええ、その際はまた、どうぞよろしくお願いします。」と笑顔で答え、さらに「すみませんが、そこのラウンジで少し休憩しても良いですか?」と聞いたところ「ああ、いいですよ。しかし、申し訳ないですがラウンジのスタッフは現在、休憩に入って居ませんので、ご注文をお聞きすることは出来ませんが・・。」とのことであった。そこで我々はラウンジの椅子に座り、しばし休むことにした・・。

その後、11:40頃まで、ラウンジで休息し、ホテルを後にしてS良浜に出た。行ってみると、本当に文字通りの「S浜」であり、砂浜が白かった。また、遥か沖合には航行している大型船が見え、ここでも少し、現実とは異なるような感覚を味わい、名残惜しさはあるものの、S良浜を後にして駐車場の車に戻り、再度出発した。運転をしつつ兄は「つぎの目的地はね、本州最南端のK本の少し手前にある、S町というところで、ここからはまた、1時間以上は掛かると思うから、近くのコンビニで何か買って行こうか。」と云った。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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