また、この記事においては読了した書籍内容に対しての感想はあまり書かず、主に書籍の種類による読み易さ、およびその効果といったことを書きましたが、本日はこれに対する補足を少し書いてみようと思います。
さて、ある程度学術的な内容の書籍、論文などに関しては比較的明瞭にその書籍が頭脳・感性のうちの頭脳の運動を促すものであると認識することが出来るのでしょう。
一方で、たとえばある程度史実に沿い、時代考証が為された小説・物語の体裁の著作であれば、それは頭脳・感性双方の運動を促すものとなり、そして継続的な読書により、そうした体裁あるいは文体に慣れていきますと、徐々に感性の運動の方が優位となり、それに伴い感性的なものとして作中にて述べられているさまざまな知見・考えなどを吸収・受容することが出来るようになるのではないかと思われます・・
(これは実際に書いてみますと、自身の筆力の不足もさることながらなかなか微妙で伝わり難い感覚であるのかもしれませんが・・)。
私事にて恐縮ですが、自身に関しては、さまざまな歴史小説、物語などの読書を通じて初期の段階における歴史・人文社会科学知識全般を得てきたと云えます・・。
しかし、こうした知識獲得の仕方とは必ずしも(学校教育的に)効率的なものではなく、それ故にか、学校の成績に関しては悪い方ではなかったですが、ずば抜けて良いというわけでもありませんでした・・(無駄なことをよく知っているといった評価が多かったように思います・・(苦笑))。
そうしたことから、このかなり非効率的な自分の勉強(?)方法およびそれを敢えて行ってしまう変に頑固な性格を呪うこともありましたが、その後20代にてさまざまな良い先生方に出会うことを直接的な契機として、こちらの方の才能に関してはどうにか、こうしてある程度の期間、ブログ記事を書き続ける程度までは開花したのではないかとも思われるのです(・・はたしてそれは開花なのであろうか?)(笑)。
いや、何れにしましても、それはさきの先生方からして頂いたことに比べれば、あまり大したことではないといえますが・・(苦笑)。
ともあれ、自身はこのあまり大きな緊張を心身に対して強いらない緩やかな感性方面の経路からの比較的長期間にわたる知識・知見の流入にて、これまでどうにかやってきたのではないかと思われるのです・・。
このことは、特に卑下することもありませんが、一方でもちろん自慢に値するものなどでもありません・・。
単純に自身の元々の性格・性情がそうした方面に進ませ、そしてある程度どうにかなってしまったということになります・・(苦笑)。
しかし、ここに至るまでに失ってきたものもまた少なからずあるようにも思われますので、結局のところそれは、プラス・マイナス差し引きゼロであったのかとは、今現在はよく分からないところです・・(笑)。
とはいえ、今後もまた何かした面白い書籍を見つけ読んでみようと思いますが・・。
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年より現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った地域における諸インフラの復旧・回復そして、その後の復興を祈念します。」