そして当時、私が住んでいたアパートにも来て頂き、室内のデスクおよび、その周辺に積まれた書籍を見て、いくつかを手に取り「いやあ、これは面白そうだね・・。」とか、積んであったいくつかの書籍の内容について質問をされましたが、その返答の様子から、いくらか納得されたのか、あるいは、この危なっかしい甥がどうやら、そこまで怠けることもなく書籍を読み、何やら考えている様を知り安心されたのか、修論のテーマなどについて、いくつかの質問をされた後「わかった。まあ首尾よくいくことを願っているよ。頑張りなさい。」と宣われ、そこからアパートを出立し、私の運転にて次の目的地である高野山に向かいました。
その後、無事に修士課程を修了し、実家に戻り、すぐに親戚宅に報告のために訪ねますと、ご自宅近くの飲み屋に連れて行ってくださり、お酒を飲みつつ「いやあ、本当に良かった。」と実家の家族よりも喜んでくださいました。この喜び様は、社交辞令的なものではなかったようであり、その後、何か機会がある際には度々自宅に呼んでくださるようになりました。
そして、そこから2年後の2009年、歯科技工専門学校を出て、鹿児島に移り住んでからは、先日投稿のブログ記事にて書きました柳川市にて開催された夏季勉強会後の松山訪問の際と、同年11月に兄が亡くなり、その葬式のために帰郷した際にお目に掛かってからは、しばらくお目に掛かる機会はありませんでした。しかし、電話やメールなどでは連絡を取り続け、とりわけ翌2010年に歯科理工学の師匠が退職されることになってからは、不安からか色々と連絡を取っていた記憶があります・・。
その後、この親戚と実際にお会いしたのは、2011年の2度めの松山市訪問の際であり、この時のことにつきましては、またあらためてブログ記事にしたいと考えていますが、そこから更に2年後、2013年9月に(どうにか)学位取得にまで至り、帰郷してからの報告の際には、2010年の出来事(歯科理工学の師匠の退職)の際に愚痴や不満などをぶつけたこともあってか、以前、2007年の修士課程修了の際よりもさらに喜んでくださり、少し泣かれていたと記憶しています・・。
また、2013年に帰郷してからは、市川市内にてアルバイトをしつつ、実家クリニックに隣接するアパートの部屋を利用したクリニックの書庫兼倉庫にて、しばらく暮らしていましたが、その頃、親戚宅のマンションの階下の部屋が丁度空き、また同時に親戚の体調が徐々に思わしくない方へ行っていたことから「何かあった時のために」と、私に階下の空いた部屋にしばらく住むことを提案され、そこからしばらくここに住まわせて頂きましたが、この時は、階下ということもあり、それまでで最も頻繁にお目に掛かる機会がありました。
それは、一緒に食事をとり、しばし雑談をするといったものでしたが、その時の会話は何故か印象的なものが多く、それらのうちのいくつかは、多少形を変え、当ブログ初期の対話形式の記事となっています・・。
また、不思議なもので、こうしたことをブログ記事として作成していますと、また他の記憶が想起されてきましたが、それらにつきましては、また後日、当記事を一つの材料、要素として作成してみたいと思います。
今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
日本赤十字看護大学 さいたま看護学部
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5
*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。
連絡先につきましては以下の通りとなっています。
メールアドレス: clinic@tsuruki.org
電話番号:047-334-0030
どうぞよろしくお願い申し上げます。