2020年7月17日金曜日

20200717 潮書房光人社刊 エルンスト・ハスハーゲン著 並木 均訳 「Uボート、西へ!」pp.17‐20

「人間世界は変わるが自然は不変である。自然は永遠であり海もまた同じである。風は太古より西から東へ、東から西へ吹きすさぶ。世代は移りゆくが、海は人智を超えて悠久にして広漠である。

船乗りは幾千年前と同様、今日においてなお戦士である。

船は形を変えたが海は昔と変わらない。白い帆が消えても風は消えない。海岸には標識灯が置かれ、信号も発明された。海はなお相変わらず奔放で力強く、人間のあらゆる発明や技術を嗤い、無数の船を毎年のように浜辺に打ち上げる。それに勝つことはできない。海を渡ろうとする者は闘わねばならない。

歴史が教えるところによれば、陸戦は国家と民族の大変革を引き起こし得る。その影響は数千年を経てなお辿ることが可能である。海は征服というものを知らない。留置や横奪を許さない。海はあらゆる痕跡を消し去り、太初より日々新しく無垢である。
 陸戦の本質は常に変わる。海戦の基礎は永久に不変である。海は断固として権利を要求する。今日は友だが明日は敵だ。何をしでかすか分からぬ気分屋で凶暴でもある。せいぜい中立的といったところだが、捉えどころがないことからして敵である。それゆえあらゆる海戦には昔からの共通項がある。武器とその使用法も変わった。だが、基本は変わらない。すなわち、海戦は「海と船、人間、民族の間の相互作用」であるということだ。

海は運命そのものである。

海の恒久的な法と「海の自由」に関する人間の概念が海の状態を決したのである。それが1914年に始まった世界大戦だ。「海の自由」は言論界においては有名な概念であり、それが真実だと本心から信じた者もいただろう。彼らは歴史書を紐解いたことがないのだろうか。海は平時においては自由だが、戦時においては強国にのみ自由である。一民族が自らの存亡を賭けて戦うのなら、自力で海を自由にせねばならない。

だからこそ英国は海上封鎖を宣言したのである。外国からドイツに到着する船はもはや一隻もなくなった。アルゼンチン産小麦もアゾレス諸島産バナナも「禁制品」だったからである。概念や規則に何の価値があろうか。これは戦争だ。そのために拿捕規定があるのだ。それを少しだけ拡張して適切に使用する必要があった。それからじきにドイツは飢餓に苦しんだ。要するに海上封鎖だ。だが、それは海戦法規が規定したほどの効果的な海上封鎖ではなかったため、敵はわれわれの港湾や沿岸を厳に監視し、これを封鎖したのである。これを実施することは危険であり、不可能ではないにせよ困難だった。それで英国は封鎖を宣言するだけで我慢し、ドーバー海峡を通過あるいはスコットランドの北を迂回してドイツに向かおうとする船を全て拿捕したのである。実際に戦時中、西から来る商船は一隻たりともドイツに辿り着けなかった。ドイツにとって状況は絶望的だった。わが国民はいつまでこのような飢餓状態に耐え得るだろうか。それへの効果的対策を知っている者など一人とていなかった。

答えを出したのは戦争自体だった。新兵器の潜水艦(Uボート)が登場したのである。U17は1914年10月20日、ノルウェー沖で英汽船グリトラ号を臨検してからこれを撃沈した。禁制品を運んでいたからである。戦争勃発直前に諸国で議論されてきたこと、つまり潜水艦による通商破壊戦が突如として現実のものとなったのだ。英国の海上封鎖に対抗するドイツ潜水艦!これぞ現実的な対抗措置であり、かくしてUボート戦が始まったのである。

 英国が宣戦布告するや、Uボートはただちにフォース湾に潜入した。日中は潜望鏡で敵艦船の動向をうかがい、夜には吸気のため海面に浮上した。ドイツ海軍軍人は度肝を抜かれながらも英軍艦を見つめ、スコットランドの深く切り立った海岸を背にして自らの姿を隠し、無言の影のごとくそのそばを通過したのだった。それ以外の時間は海底に沈座し、乗組員が睡眠と休養を取った。敵地の真っ只中で信じがたいような静寂に包まれる。これは夢か現か?

 遠くの物音が鋼鉄の船殻を時たま叩く。艦が海底を静かに擦った。ここなら安全であり、敵に攻撃されることもない。翌朝、磨き込まれた小さな鏡が用心深く海面に上げられ、朝日を捕らえた・・。

少し考えてみれば、Uボートからのこの第一報が故国にいかなる影響を与えたかを想像することはさほど難しくないはずである。大胆な哨戒は今までのほかの戦争でもあった。だが、こんなことがあり得ただろうか。やすやすと敵中に入り込み、敵を丹念に監視し、空気がある限り留まり、再び跡形もなくその場から消え去る。今ではこれら全てが容易で当り前のように聞こえる。だが、当時の我々は驚きのあまり絶句したのだった。Uボートは死をもたらす兵器でありながら、自らは不死身であるように思えた。

 かくして初の経験が得られたのである。Uボートの戦果は急上昇した。哨区はドーバー海峡とその北へと拡大された。英国は包囲された。ヘルズィング英巡洋艦パスファインダーを撃沈したが、これはUボートによって破壊された初の英軍艦だった。さらにヴェディゲンは装甲巡洋艦ホーグ、クレッシー及びアブキールを沈めた。ドイツは覚醒し、英国は括目した。乗組員2000人が乗った巨艦を一度に3隻も撃沈したのである。乗組員20人の小さな船がそれを成し遂げたのだった。」
潮書房光人社刊 エルンスト・ハスハーゲン著 並木 均訳
「Uボート、西へ!」
ISBN-10: 4769831390
ISBN-13: 978-4769831396