pp.3‐5より抜粋
ISBN-10 : 412160153X
ISBN-13 : 978-4121601537
ISBN-13 : 978-4121601537
この時にあたりてわが邦は正に議会閉会中にして、衆議院は例により政府に反対するもの多数を占め種々の紛争を生じたれども、政府はなるべく寛容して衝突を避けんことを試みたりしに、六月一日に至り衆議院は内閣の行為を非難するの上奏案を議決するに至りたれば、政府は止むを得ず最後の手段をとり議会解散の詔勅を発せられんことを奉請するの場合に至り、翌二日、内閣総理大臣の官邸において内閣会議を開くこととなりたるに、たまたま杉村より電信ありて朝鮮は援兵を清国に乞いしことを奉じ来たれり。これ実に容易ならざる事件にして、もしこれを黙視するときはすでに偏傾なる日清両国の朝鮮における権力の干繋をしてなおいっそうはなはだしからしめ、わが邦は後来朝鮮に対しただ清国のなすがままに任するのほかなく、日韓条約の精神も、ために或は蹂躙せらるるの虞れなきにあらざれば、余は同日の会議に赴くや、開会の初めにおいてまず閣僚に示すに杉村の電信をもってし、なお余が意見として、もし清国にしてなんらの名義を問わず朝鮮に軍隊を派出するの事実あるときは、わが国においてもまた相当の軍隊を同国に派遣し、もって不虞の変に備え、日清両国が朝鮮に対する権力の平均を維持せざるべからずと述べたり。閣僚みなこの議に賛同したるをもって、伊藤内閣総理大臣は直ちに人を派して参謀総長熾仁親王殿下および参謀本部次長川上陸軍中将の臨席を求め、その来会するやすなわち今後朝鮮へ軍隊を派出するの内議を協え、内閣総理大臣は本件および議会解散の閣議を携え直ちに参内して、式により聖裁を請い、制可のうえこれを執行せり。
かく朝鮮国へ軍隊を派遣するの議、決したれば、余は直ちに大鳥特命全権公使をして何時たりとも赴任するに差支えなき準備をなさしめ、また海軍大臣と内議して、同公使を軍艦八重山に搭じ、同艦には特に海兵若干を増載し、かつ同艦および海兵はすべて同公使の指揮に従うべき訓令を発せしむることとなし、また参謀本部よりは第五師団長に内訓し同師団中より若干の軍隊を朝鮮に派するために、至急出師の準備をなすべき旨を命じ、またひそかに郵船会社等に運輸および軍需の徴発を内命し、急遽の間において諸事もっとも敏捷に取り扱いたり。かかる廟算は外交および軍事の機密に属するをもって世間未だ何人もこれを揣測する能わず。而して政府の反対者は廟議すでにかく進行せしを悟らず、しきりにその機関新聞において、もしくは遊説委員をもって朝鮮に軍隊を派遣するの急務なるを痛論し、はげしく政府の怠慢を責め、もって議会解散の余憤を洩らさんとせり。
廟議すでにかくのごとく決定したり。然れどもこれを実地に執行するにおよんでは、時に臨み機に投じ国家の大計を誤るなきを期せざるべからず。ゆえに政府は慎重の議を尽くし、さらにその方針を確定せり。すなわち、日清両国がおのおのその軍隊を派出する以上はいつ衝突交争の端を開くやも計り難く、もしかかる事変に際会せばわが国は全力を尽くして当初の目的を貫くべきは論を待たずといえども、なるべく平和を破らずして国家の栄誉を保全し日清両国の権力平均を維持すべし、またわれはなるたけ被動者たるの位置をとり、つねに清国をして主動者たらしむべし、またかかる一大事件を発生するや、外交の常習として必ず第三者たる欧米諸国のうち互いに向背を生ずることあるべきも、事情万已むを得ざる場合のほかは厳に事局を日清両国の間のみに限り、努めて第三国の関係を生ずるを避くべし、とはその要領なりき。この廟算は初め伊藤総理と余との熟議に成り、特に多くは伊藤総理の意見に出て当時の閣僚はみなこれを賛襄し、聖裁を仰ぎたるものなれば、日清交戦中わが政府は始終以上の主義をもって一貫せんことを努めたり。
かく朝鮮国へ軍隊を派遣するの議、決したれば、余は直ちに大鳥特命全権公使をして何時たりとも赴任するに差支えなき準備をなさしめ、また海軍大臣と内議して、同公使を軍艦八重山に搭じ、同艦には特に海兵若干を増載し、かつ同艦および海兵はすべて同公使の指揮に従うべき訓令を発せしむることとなし、また参謀本部よりは第五師団長に内訓し同師団中より若干の軍隊を朝鮮に派するために、至急出師の準備をなすべき旨を命じ、またひそかに郵船会社等に運輸および軍需の徴発を内命し、急遽の間において諸事もっとも敏捷に取り扱いたり。かかる廟算は外交および軍事の機密に属するをもって世間未だ何人もこれを揣測する能わず。而して政府の反対者は廟議すでにかく進行せしを悟らず、しきりにその機関新聞において、もしくは遊説委員をもって朝鮮に軍隊を派遣するの急務なるを痛論し、はげしく政府の怠慢を責め、もって議会解散の余憤を洩らさんとせり。
廟議すでにかくのごとく決定したり。然れどもこれを実地に執行するにおよんでは、時に臨み機に投じ国家の大計を誤るなきを期せざるべからず。ゆえに政府は慎重の議を尽くし、さらにその方針を確定せり。すなわち、日清両国がおのおのその軍隊を派出する以上はいつ衝突交争の端を開くやも計り難く、もしかかる事変に際会せばわが国は全力を尽くして当初の目的を貫くべきは論を待たずといえども、なるべく平和を破らずして国家の栄誉を保全し日清両国の権力平均を維持すべし、またわれはなるたけ被動者たるの位置をとり、つねに清国をして主動者たらしむべし、またかかる一大事件を発生するや、外交の常習として必ず第三者たる欧米諸国のうち互いに向背を生ずることあるべきも、事情万已むを得ざる場合のほかは厳に事局を日清両国の間のみに限り、努めて第三国の関係を生ずるを避くべし、とはその要領なりき。この廟算は初め伊藤総理と余との熟議に成り、特に多くは伊藤総理の意見に出て当時の閣僚はみなこれを賛襄し、聖裁を仰ぎたるものなれば、日清交戦中わが政府は始終以上の主義をもって一貫せんことを努めたり。