2022年11月11日金曜日

20221110 ダイアモンド社刊 小室直樹著「危機の構造 日本社会崩壊のモデル」pp.80-82より抜粋

ダイアモンド社刊 小室直樹著「危機の構造 日本社会崩壊のモデル」pp.80-82より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4478116393
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4478116395

最近、軍国主義の復活が話題になっている。「司法の危機」や四次防も軍国主義の復活と結びつけて論ずる人もあるようである。したがって、現在の危機といえば、だれしも軍国主義の復活に結びつけて考える。だが、軍国主義の復活とはなんだろう。あまり体系的には考えられてはいないようである。人びとの考え方を要約すると、スケープ・ゴート(scape goat)主義すなわち優越要因主義(dominant factor theory)の一種に帰着する。つまり、簡単にいうと、一群の腹黒い軍国主義者があって、彼らの陰謀によってデモクラシーは転覆させられ、軍国主義は復活するというのである。もとより、学者や評論家は、こんな簡単な議論はしない。平易なことでも難しく表現しないと彼らの商売は成り立たない。しかし多くの場合、彼らの論旨は、せんじつめればここに帰着する。すなわち、絢爛豪華な表現と持って回った言い回しをはぎとり、論理の骨格だけを抽出してみると次のようなタイプが析出されよう。まず、彼らの議論は友敵二分論から始まる。敵となるのは、特定の個人のこともあるし、集団、制度、イデオロギーにもなる。ここが、商売がら、ソフィスティケイト(sophisticate)されたところである。この「敵」が、デモクラシーの制度を掘り崩し、アンティ・デモクラシーの宣伝をなし、味方を陥れようとしているから断固として戦わなければならないというのである。そして、この努力が足りなければ、昔のような軍国主義が復活するとして、反軍国主義キャンペーンが義務づけられることになる。

 しかしこのような考え方は、それがどれほどソフィスティケイトされた修飾語でかざられようと、科学的にはあまり重要な議論であるとは思えない。科学的推論の特色は、全体的パースペクティヴのもとにおける諸要因間の複雑な相互作用を考慮に入れ、体系的分析によって常識では知られないような情報を提供するにある。「予期せざる結果」の説明、これこそ科学的推論のメリットでなければならない。

 スケープ・ゴート主義に対しては、まず、次のような疑問が浮かぶ。デモクラシーの没落は、腹黒い軍国主義者の陰謀によるものではなく、自らの内部に没落の萌芽を内包していることによるのではないのであろうか。もしそうだとすれば、自称デモクラートが努力すればするほどデモクラシーの没落は早まり、軍国主義の復活を助けることにならないのだろうか。戦後デモクラシーのチャンピオンと自任している人びとの思想と行動が、その本質においては、おそろしく反デモクラシー的であり、彼らが意識において誠実であろうと努めれば努めるほど欺瞞も再生産され、デモクラシーの墓穴を掘ることにはならないであろうか。

 社会現象を科学的に分析する場合に留意しなければならない重要なことは、社会で行動している人びとの意図が、そのままストレートに実現されるとは限らないということである。一般に社会現象は、無限に波及を繰り返し、フィードバックしてくるから、思いも及ばない結果を生じることが多い。したがって、行動者の意図よりも行動のパターンそのもの、波及過程の連関システムの分析が重要になってくる。したがって、軍国主義者復活の問題を論ずるに際しても、人びとがどのような意図を持っているかという問題だけでなしに、行動のパターン、社会構造などがまた、重要な分析対象となる。さて、このように分析の視点を設定してみると、注目すべき事実に導かれる。行動のパターン、社会構造に関する限り、戦前のいわゆる軍国主義者も、戦後の日本人もほとんど変わってはいない。この発見は、ある人びとにはショッキングかもしれないが、科学的分析の結果による、まぎれもない事実である。もし、この分析が誤りないとすれば、現代の危機も、戦前の破局と同型のものではなかろうか。それは一部の人びとの陰謀や心構えの結果生ずるのではなく、行動のパターンとその連関メカニズム作動の結果として、いわば思いもかけなかった結果として発生するのではなかろうか。