pp.28-29より抜粋
ISBN-10 : 4121019555
ISBN-13 : 978-4121019554
社会学者の内藤朝雄は「いじめの社会理論」のなかで「中間集団全体主義」という考え方を提出している。要するに、学校や町内会などの中間的共同体が個人に参加や献身を強制するというかたちのファシズムなのだが、いまは、興味深いこの概念そのものではなく、内藤が概念を説明するさいに持ち出す物に注目したい。この例の二つともが、先ほどから問題にしているリベラルなインテリ層が戦争末期に下士官タイプの人間にいじめられるというものなのだ。
まず一つは、「女たちの太平洋戦争」と題された「朝日新聞」(1991年12月2日付)の読者投稿欄に載った一文で、「父が英字新聞を読んでいたり、娘二人がミッション系の私立学校に通っていること」で憎しみの標的となり、産後まもない母が防火演習に狩りだされ、商店のおじさんや在郷軍人に追いまわされ、ついには死んでしまったことを嘆く文章である。「ニコニコ愛想いいお店のおじさんを見ても「いつ、あのころのように変わるか知れない」と、いまだに心を開くことが出来ません」。
もう一つは、著名な精神医学者中井久夫(1934年生まれ)の「いじめの政治学」からのエピソードで、国民学校生の中井少年が大日本少年団のリーダーである上級生にいじめぬかれるという内容である。だが、その上級生も戦争が終わり大日本少年団も解散されると「別人のように卑屈な人間に生まれ変わった」と中井は報告している。