さて、昨日投稿分の記事も投稿翌日にしては割合多くの方々(33)に読んで頂けました。
読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
また、この記事をあらためて読んでみますと、そこに書かれている、いわば『議論の前提』については、あまり共通理解が得られずに議論が為されているのではないかと思うことが度々あります・・(自身も含めて)。
あるいは、そうした事情がこの記事を読んで頂くことに繋がったのではないかとも考えられます。
・・とは述べるものの、自身も以前はこうしたことを今現在以上にあまり考えずに議論を行っていたという(比較的明瞭な)記憶があります・・(苦笑)。
そして、それがどうにか是正、修正された(無論、現在でも十分であるとは思いませんが)のは、文系修士課程での継続的な議論によってであると考えます。
現在思い返してみますと、当時は本当にさまざまな議題で議論していた記憶があります・・。
しかし、このさまざまな議題とは、当初よりそれを企図したものではなく、あまり規模の大きくない文系の大学院とは、概ねごった煮状態で、さまざまな専攻内容を持つ院生が院生研究室という大部屋にて机を並べるといった状態により自然発生的に生じた議論がそうしたものであったということです・・。
くわえて(文系の)あまりお金にならなそうな専攻内容を敢えて研究しようとする方々とは、概して探求心が(きわめて)旺盛であり、さらに関西特有のボケ・ツッコミの文化が加味されると、自然、さきに書いたような議論に適した環境が醸成されたのではないかと思われます・・(笑)。
とはいえ、自身がそうした環境を経験することが出来たことは、かなりの幸運であったのではないかと考えます。
また、現在になり考えてみますと、何故、当時そうした議論をしながらも、同時に(自身としては)多量の書籍・文献を読むことが出来たのかとは、かなり不思議に思われるのです・・。
おそらくあの当時とは、多少おかしくなり、何と云いますか生命力の燃焼程度が有意に向上していたのではないかと思われます(M2病)。
その意味において歯系院生の頃もまた、それなりにおかしくなってはいたのでしょうが、少し年齢が上がっていたためか、文系院生の時ほどに(変な情熱をもって)無茶なことが出来なくなっていたように思われるのです(文系院生当時の自身を街中で見かけた場合、現在の私は一体どのような感想を持つのであろうか・・?)。
しかし文系、歯系いずれにおいても、どこかしらおかしくなっていた自身を鷹揚に(そして概ね親切に)対応して頂いた両都市そしてそれらの文化風土全般(無論大学をも含む)には大変感謝しています。
おそらく、これが首都圏、東京であったならば、さまざまな理由から半ば無意識的にではあれ生命力の燃焼程度を強化させることを抑制、躊躇していたのではないかと思われます。
しかしまた、これら(地方で)経験した生命力の燃焼程度の向上が可逆的に他方において生命力の増進を為さしめていたのではないかとも思われるのです。
それ故、これらの経験なければ、現在の自分自体がなかったようにも思えるのです・・。
ともあれ、今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年より現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨・水害の大規模自然災害によって被害を被った地域におけるインフラの復旧・回復そして、その後の復興を祈念しています。