B「ええ、冬の寒さの底はどうにか過ぎたのではないかと思います。
丁度今頃か、もう少し後の時期が「三寒四温」といわれる春への過渡期ですから・・。
とはいえ、二月の半ば過ぎでも雪が降った記録もあります。
たとえば80年前の1936年(昭和11年)の2月26日は都心で大雪でしたし、また139年前の1877年(明治10年)の2月15日は鹿児島市で雪が降っていたと記録されていますから・・。」
A「ああ、はじめの1936年は2・26事件の日ですね、あとの方は西南戦争ですか?」
B「ええ、1877年の2月15日とは西郷隆盛の軍勢が鹿児島を出立した日です。
鹿児島といえば一般的に温暖な気候風土のイメージがありますが、それでも冬は普通に寒かったです。
しかし一方、不思議なのは鹿児島では丁度この先の春の時期に花粉症が発症しないことでした・・。
そのことから「花粉症は大気の状態によるものなのだ。」と痛感しました。」
A「ああ、そういえば寒さが過ぎると今度は花粉症に悩ませられるのでした・・。
それでBさんは鹿児島在住以前は花粉症持ちだったのですか?」
B「ええ、それはなかなかひどいものでした・・。
当時はいつも鼻をかんでいたために鼻の頭が赤くなっていました(苦笑)。
また、同じ原因で時折耳の調子もおかしくなっていたくらいです・・。
そしてこれは不思議なことに空気がキレイな和歌山、南紀においても同様でした。
ですから、一概に空気がキレイであるからといって、花粉症を発症しないというわけでもなさそうです。
あるいは他の個人的な要因が作用していたのかもしれませんが・・。」
A「はあ、なるほどそれはBさん御自身を実験材料にして得た感想ですので、そこには何かしらの原因はあると思います。
私の場合は何かの用事で一時的に首都圏の外に出る程度ですから、残念ながらあまりそういった感想はありませんね・・。
また、その他にそうした面白い話などはありますか?」
B「・・そうですね、そういえば鹿児島在住時は運動不足を補うために毎週末に5キロ以上10キロ未満程度歩いていました。
これは季節を問わず続けていたのですが、やはり鹿児島の真夏の日差しは強烈でして10分も歩かないうちに汗が吹き出てくるような感じでした・・。
こうした感覚は未だ上手く言葉にできないのですが、とにかく夏の暑さの次元、日差しの強さが少なくとも関東とは違うと思います・・。
私はそうした気候風土の中に身を置いた後、いきなり関東に転居することになったため、その後、少し心身に変調をきたしたのではないかと思います。
こうしたことはあまり我が国の社会において重要視されませんが、実は案外重要なことなのではないでしょうか?
また、それで思い出すことは最近時折耳にする腸内細菌の重要性ですが、私が鹿児島に転居してしばらくの間、便秘に苦しみましたが、これもそうした変調の一つなのではないかと思います。
しかし、しばらく我慢して地域特有の「何か」?を得ると、そのあとは徐々に楽になってゆくのではないでしょうか・・。
そして、年齢を重ねるごとにこの「何か」を得るために消費する体力が大きくなり、場合によっては転居が寿命を左右するということにもなりかねないのではないでしょうか?」
A「はあ、それは何だかBさんお気に入りのコンラッドの「闇の奥」に対する科学的な考察とも聞こえますが、たしかにそういった要素は少なからずあるかもしれませんね・・。
ともあれ、転居に伴う環境の変化により生ずる心身の変調とは、我が国ではあまり聞きませんが、今後重要視される可能性もあるかもしれませね・・。」
B「ええ、しかし、そうするとこれを腸内細菌といった細菌学、分子生物学などだけで判断することも出来ないと思います。しかしその一方、心療内科などでも判断することは難しいと思います。
それ故、こうしたことは包括的に見て考察、判断されるべきものであると思いますが、そうすると一歩間違えると疑似科学的なものと見做されてしまう可能性もあるのです・・。」
A「ううむ・・たしかにそうですね・・。
しかし、そうした観察、考察を続けて何かしらの普遍性を示すデータが継続的に出て来ることによって、また文系の社会学、あるいは医系の公衆衛生学などと関連性をもった新しい学問分野が出て来る可能性もありますね・・。」
B「ええ、そして、そうしたことの歴史的な裏付けとなるものが民俗学、地域学などではないかと思います。
しかし、難しいのは民俗学、地域学とは、あくまでも表層的な知識、あるいは地域における統計学的な傾向を得ることが目的ではないと私は考えています・・。
それは、その地域に暮らし、日常的な生活文化を知り、そこにとけ込むことにより、はじめてその真髄に近づくことができるのではないでしょうか・・?
そして、ここが難しいのですが、それが理系と文系の間にある学問に対する姿勢、スタンスの本質的な違いではないかと思います。」
A「・・なるほど、それは徹底的な合理化による生活の利便性の向上をよしとする理系学問分野と、判然とし得ない形而上的な事象の本質的理解といった観念性、あるいは理想を追求する傾向がある文系学問分野との間にある溝といったところでしょうか?」
B「実際的な生活に資するという意味においては、圧倒的に理系学問分野の方が重要視されるのですが、それがどういった目的、理想に立っているかを様々な歴史、文化的な文脈、系譜に基づき考察するのが文系学問分野ですので、やはり左右の両輪のように安定した社会の進化のためには双方重要ではないかと思いますが、こういったところでもまた、国民性などがあらわれるのかもしれません・・。」
A「まあ、左右でなくとも、前後両輪でも良いと思いますが、たしかにそのたとえは悪くないですね・・。
そしてそれが本質をとらえていると思いたいところですが、その実態とは実際のところどうなのでしょうかね?」
一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。