2022年6月10日金曜日

20220610 株式会社プレジデント社刊 ボリス・ジョンソン 著 石塚雅彦・小林恭子 訳 「チャーチル・ファクター」pp.198-199より抜粋

株式会社プレジデント社刊 ボリス・ジョンソン 著 石塚雅彦・小林恭子 訳 「チャーチル・ファクター」
pp.198-199より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4833421674
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4833421676

近年の調査で、長い間チャーチルの逸話と信じられてきたものの一部も根拠がないことが明らかになった。私のお気に入りだったナンシー・アスターについての逸話もどうやらこの類のようだ。米バージニア州生まれのアスターはのちに渡英し、イギリス初の女性国会議員(下院)となった。つねに自分の見解をはっきりと主張する人物で、英独開戦前の1930年代にはヒトラーのことを有能で立派な人物だと評していた。

 アスターはチャーチルにこう言ったといわれている。「ウィンストン、もし私があなたの妻だったら、コーヒーに毒を入れてやるわ」。チャーチルはこう答えたという。「ナンシー、もし私が君の夫だったら、そのコーヒーを飲むだろう」。この素晴らしい切り返しはチャーチルのものではないことはほぼ確実になっている。仮にそうだとしても、誰かの受け売りだったと思われる。

 チャーチルの伝記作家マーティン・ギルバードはこの発言はチャーチルではなく親友の元財相F・E・スミスのものだとしているが、その後の調査で、1900年に刊行されたアメリカのシカゴ・トリビューン紙の「今日のジョーク」というコーナーに書かれていたことがわかった。アメリカ滞在中の若きチャーチルがたまたまこれを見つけ、アスターへの反撃に使えるように取っておいたのだろうか。そういうことでもないだろう。たんに誰かがジョークを使いまわし、もっと面白くするためにはいかにもと思えるような有名人が言ったことにしたという可能性が高そうだ。

 これは私の両親から聞いた話だが、チャーチルは一度、文章を前置詞で終えることに対して苦言を呈した傲慢な公務員を叱責したことがあったという。この時チャーチルは、無理やり言葉の順序を変えて「これは英語の種類であるところの、私が我慢できない」(これは私が我慢できない種類であるところの英語だ)と言ったそうである。

 私はこれを実話だと思ってきたが、そうではなく、ストランド誌に掲載された、誰が書いたかわからないジョークの一つだった。チャーチルが言ったことにすれば、もっと面白くなると誰かが思ったのだろう。チャーチルの言葉として知られている「将来、ファシストたちは自分たちを反ファシストと呼ぶだろう」も実際は彼のものではない。

聞く人の政治的信条によっては間違いなく深い意味を持つ言葉ではあるが。

20200610 株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」 pp.172‐174より抜粋

株式会社 河出書房新社 三島由紀夫著 対談集「源泉の感情」

pp.172‐174より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309407811
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309407814

 三島 「思想の科学」の連中なんか言っていることだが、密教と顕教、あれは面白い教え方だね。そして、顕教では現人神であって、密教では天皇機関説だね。そして、東京帝国大学は密教を教えるところだ。支配者は、みんな成年過ぎて、いいこと悪いことが区別ついて、知性が非常に高くなった段階ではじめて密教を教える。例の国体論争が起きたときから、密教の問題が顕教のほうにはみ出してきちゃった。そして、たまたま密教の中で閉じ込めてあった天皇機関説が出てきちゃった。それで大問題が起きて、密教と顕教が混交しちゃったという考え方、あれは面白いと思った。それは軍部の教育でも、統帥参考書とか統帥綱領とか、戦前絶対の部外秘で将校も自分たちは単行本も持ってないわけです。陸軍大学でちょっとのぞくだけです。それには堂々と退却の話が長々と書いてある。それが、昭和十年ごろになってから、退却という字を改めて転進にしたらしいんですが、昔の原本には退却という字がはっきり書いてある。軍人には退却が必要ですから、密教的には教えていたわけですね。

 そういう教育の二重構造がなくなって、子供のときから、嘘をほんとうのことらしく教えちゃうのは、真実と嘘というのは福田さんの演劇論の中にもあるけど、そういう根本的な教育が間違っているんだね。それが全部左翼の謀略だとは思わない。日本人のバカ正直、実にバカ正直だ。

福田 どっちが嘘で、どっちがほんとうだと決めなければ気が済まない。

三島 紀元節問題でもそうです。左翼がどうのこうのいうより、実にバカ正直だ。バカな議論ですよ。天皇問題では、つまりいまは顕教と密教とが逆になっちゃった。顕教というのは、天皇が人間であり、象徴である。密教がいま学校で教えてないんだけど、現人神信仰というのが残っているのが密教だよ。教育とは問題離れるが、密教と顕教が逆になった形だと思うんだ。

福田 天皇の本質を純歴史的、純科学的に解明していけば、ただ象徴だったり、人間だったりするわけがないよ。祭司の代表だからね。祭司というものを農耕儀礼を追求していけば、天皇は人間であっていいという証拠はどこにも出てこない。

20220609 1800記事に到達出来たら、および文系の師匠について

今回の記事投稿により、総投稿記事が1795に到達し、そこから、さらに5記事追加することによって、当面の目標としていた1800記事に到達することが出来ます。2015年に当ブログを始め、2018年に1000記事に到達してから、更に800記事追加するのに、概ね4年間掛かってしまいましたが、しかしながら同時に、現時点において、ようやく1800記事到達までの具体的な目途が立ったように思われます。そしてまた、来る6月22日のブログ開始から丸7年になる前の出来るだけ早い時期に1800記事まで到達したいところですが、その到達後については、しばらくの間、当ブログやツイッターなどのSNSからも離れてみたいと考えています。

とはいえ、現時点においても、1800記事到達までは、未だ数記事の投稿を要するため、到達後のことを述べるのは、尚早であるのかもしれませんが、しかし、今回目前にある到達までは、ここ2年半、ツイッターとの連携を行い、それが常態化したものと認識している中での到達であることから、これまでと比べても相対的に感じる「圧」が強いと云えます。

おそらく、ここで感じる「圧」とは、端的には自縄自縛であり、自らの生み出した幻影のようなものであると「理屈」では考えられるのですが、しかし、いざ、記事作成の段になりますと、何だか萎縮するような感じのものであり、そして、最近に至り、ようやく、それに慣れてきたのか、多少は萎縮の度合いが弱くなってきたように感じられるのです。

それにより、ブログ記事の作成は、以前と比べ多少捗るようになりましたが、同時に、以前の1000記事への到達を目指していた時期と比べますと、全体的に、作成したブログ記事に込めた熱量が少なくなっているように感じられるのです。それ故、回復のためにも、今回1800記事まで(どうにか)到達出来たら、しばらくブログ記事の作成を休んでみようと考えているのです。「英気を養う」などと云いますが、そのような効果があればと願っています。

そういえば、ここ最近数カ月間に、どうした経緯か、あるいは当ブログでの記事を閲覧されたのか、相互には知人ではない複数の知人から「君の先生はどういう人なの?」と訊ねられました。私の場合、これまでの当ブログでの記事にて述べたとおり、歯系の師匠が一人と、文系の師匠については何人かいます。また、さきの質問では、それまでの文脈から、文系の師匠のことを指すと思われたことから「何人かいますが、どの分野のでしょうか?」と訊ね返しますと「歴史分野での先生です。」とのことであり、この分野での師匠については、当ブログにて何度か扱っており、また【架空の話】にも、この師匠をモデルとした人物が、指導教員として登場していますが、あらためて、そうした記述のあるブログ記事を読んでみたところ、自身が作成した文章ながら、たしかに多少キャラが立っているようにも感じられました・・。

そこから、さきの「君の先生はどういう人なの?」というご質問は、あるいは当ブログを読んで頂いたところから発生したものであったようにも推察されるのですが、これは実際のところ不明です・・。

ともあれ、この文系の師匠については、教員となられてからかなり早い時期にお目に掛かり「これはスゴイ・・」と思い師事させて頂きましたが、そしてそこから、現在に至るまでの師匠を眺めてみますと、やはり、その当時の私の感覚は、少なくとも間違ってはいなかったように思われるのです・・。

そこから、私には、そうした才能を見抜く才能のようなものが、ないわけではないのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

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どうぞよろしくお願い申し上げます。