2026年5月11日月曜日

20260511 株式会社早川書房刊 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・ロビンソン著 鬼澤忍訳「国家はなぜ衰退するのか」ー権力・繁栄・貧困の起源ー下巻 pp.192-195より抜粋

株式会社早川書房刊 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・ロビンソン著 鬼澤忍訳「国家はなぜ衰退するのか」ー権力・繁栄・貧困の起源ー下巻
pp.192-195より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4150504652
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150504656

負のフィードバックと悪循環
 富裕国が豊かなのは、主として、過去三〇〇年のいずれかの時点で包括的な制度を発展させることができたからだ。こういった制度は好循環のプロセスを経て生き残ってきた。そもそも非常に限られた意味で包括的であっても、またそれがときとして脆いものであっても、これらの制度は正のフィードバックのプロセスをつくる原動力となり、制度の包括性を徐々に高める。イングランドは一六八八年の名誉革命後に民主主義国になったわけではない。それとは程遠かった。正式な議員は国民のごく一部にすぎなかったが、それでもイングランドはきわめて多元的だった。多元主義が貴いものとして大切にされると、制度もしだいに包括的になる傾向があった。たとえそれが困難で不確かなプロセスであったとしても。
 この点でイングランドは好循環の典型例だ。包括的な政治制度が、権力の行使や強奪に制約を課すからである。また、包括的な政治制度は包括的な経済制度を生み出す傾向もあり、それが今度は包括的な政治制度を継続させる可能性を広げるのだ。
 包括的な経済制度の下では、経済的な力を使って政治権力を過度に高めようとする一握りの人々に、富が集中することはない。さらに、包括的な経済制度の下では、政治権力にしがみついてもうまみが少ないため、国家を支配しようともくろむ集団や野心満々の成り上がり者にとってはインセンティブが弱い。一般に、決定的な岐路で到来したチャンスやピンチが既存の制度と相互作用するなど、決定的な岐路でさまざまな要因が重なって、包括的な制度が生まれる。それは、イングランドの事例から明らかなとおりだ。しかしいったん包括的な制度が誕生すると、その存続のために同じような要因が重なる必要はない。依然として大きな偶然性に左右されるにせよ、好循環によって制度が継続し、往々にして社会により大きな包括性をもたらす力が解き放たれることさえあるのだ。
 好循環が包括的な制度を存続させるように、悪循環は収奪的な制度の存続へ向けて強い力を発生させる。しかし歴史は運命ではないので、悪循環は断ち切れないものではない。これについては第一四章で詳しく見ていく。とはいえ、悪循環はなかなかしぶとい。負のフィードバックの強烈なプロセスをもたらし、収奪的な政治制度が収奪的な経済制度をつくりあげる。すると今度は、収奪的な経済制度が収奪的な政治制度が生き残るための基盤を整える。これが顕著だったのがグアテマラだ。同じ種類のエリートが、最初は植民地統治下で、次に独立後のグアテマラで、実に四〇〇年以上も権力を握っていた。収奪的な制度はそうしたエリートを豊かにし、彼らの富が支配の継続の土台となった。
 悪循環の同じプロセスは、合衆国南部のプランテーション経済の存続においても明らかだ。ただし、これは難局に直面した際の悪循環のしぶとさの格好の例でもある。合衆国南部のプランテーション所有者は、南北戦争敗北後、公には政治・経済制度の支配力を失った。プランテーション経済を支えていた奴隷制は廃止され、黒人は平等な政治的・経済的権利を与えられた。しかし、南北戦争はプランテーションを所有するエリートの政治権力やその経済基盤を破壊しなかったので、彼らはシステムを再構築することができた。表面は変わったよう見えたが、それは相変わらず地元の政治権力の支配下にあり、同じ目的を達成するためのものだった。つまり、プランテーション向けに低コストの労働力を豊富に用意することだ。
 収奪的な制度を支配し、そこから利益を得ているエリートが存続するがゆえにその制度も存続するというこの悪循環の形態は、唯一の形態ではない。最初はいっそう不可解に思えるが、同じように現実的で堕落した形態の負のフィードバックが、多くの国家の政治的・経済的発展を形成したのだ。その顕著な例がサハラ以南の大半のアフリカ諸国、とくにシエラリオネとエチオピアだった。社会学者のロベルト・ミヒェルスが寡頭制の鉄則として理解していた形態では、収奪的な制度を支配している政権を転覆させても、同じく悪質な一連の収奪的制度を利用する新しい主人が登場するだけなのだ。
 この種の悪循環の論理は、あとから考えるとわかりやすい。収奪的な政治制度のもとでは権力の行使に対する抑制がほとんどないため、前の独裁者を打倒し、国家の統治を引き継いだ人々による権力の行使と乱用を抑える制度は事実上皆無だ。また収奪的な経済制度のもとでは、権力を掌握し、他人の資産を搾取し、独占事業を設立するだけで、莫大な利益と富が得られることになる。
 もちろん、寡頭制の鉄則は本物の法則ではない。物理学の法則とは意味が違う。イングランドの名誉革命や日本の明治維新のケースのように、必然的な経路を示すわけではないのだ。
 包括的な制度への大きな転機となったこれらの事例のカギは、広範な連合が力を得たことだった。この連合が専制政治に立ち向かい、絶対君主制を包括的で多元的な制度に転換したのだ。広範な連合による革命のほうが、多元的な政治制度を登場させる可能性が高い。

20260510 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳「NEXUS 情報の人類史 : 下 AI革命」 pp.212-216より抜粋

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳「NEXUS 情報の人類史 : 下 AI革命」
pp.212-216より抜粋 
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309229441
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309229447

 ジョージ・オーウェルが「一九八四年」で描いているように、全体主義の情報ネットワークはダブルスピーク(訳註:本来の言葉を別の言葉で言い換え、受け手の印象を変えたり、実態を隠したり偽ったりする方法)に頼ることが多い。これは特筆に値する。ロシアは権威主義国家でありながら、民主主義国家であると主張する。ロシアによるウクライナ侵略は、一九四五年以降でヨーロッパ最大の戦争でありながら、公式には「特別軍事作戦」とされてきた。そしてそれを「戦争」と呼べば犯罪とされ、最長三年の懲役刑あるいは最高五万ルーブルの罰金を科される。
 ロシアの憲法は、「何人も思考と言論の自由を保障する」(第二九条第四項)ことや、「何人も自由に情報を求め、受け取り、伝え、生み出し、広める権利を有する」(第二九条第四項)こと、「マスメディアの自由は保障される。検閲は禁止される」(第二九条第五項)ことなど、たいそうな約束をしている。この約束を額面どおりに受け止めるほどおめでたいロシア国民はほとんどいない。だが、コンピュータはダブルスピークを理解するのが苦手だ。ロシアの法律と価値観を固守するように指示されたチャットボットは、憲法を読んで、言論の自由がロシアの核心的な価値観であると結論するかもしれない。それから数日間、ロシアのサイバースペースを過ごし、ロシアの情報空間で起こっていることを観察した後、言論の自由というロシアの核心的な価値観を侵害しているとしてプーチン政権を批判し始めるかもしれない。人間もそのような矛盾には気づくが、恐れから、それを指摘するのを思いとどまる。だが、有罪を証明するパターンをチャットボットが指摘するのを、いったい何が引き止めるのか?そして、ロシア憲法はすべての国民に言論の自由を保障し、検閲を禁じているものの、チャットボットは実際にはその憲法を信じるべきでなく、また、理論と現実の間の隔たりにはけっして触れるべきでないことを、ロシアのエンジニアたちはいったいどうやってチャットボットに説明するのか?チョルノービリ(旧チェルノブイリ)でウクライナ人のガイドが私に語ってくれたのだが、全体主義国家の人々は成長するうちに、質問はトラブルにつながると考えるようになるという。だが、「質問はトラブルにつながる」という原則に基づいてアルゴリズムをトレーニングしたら、そのアルゴリズムはどんなふうに学習し、進歩するだろうか?
 さらに、もし政権が何か破滅的な政策を採用し、それから考えを変えたときには、たいていその惨事を誰かのせいにして責任逃れを図る。人間は、トラブルに巻き込まれる原因となりかねないような事実は忘れるべきであることを、苦い経験から学ぶ。だが、いったいどうやってチャットボットをトレーニングし、今日悪しざまに言われている政策が、じつはたった一年前には公式の方針だった事実を忘れることを学ばせるのか? チャットボットのアルゴリズムがますます強力で不透明になるなかでは特に、これは独裁社会には対処が難しい、テクノロジー上の大問題となるだろう。
 もちろん民主社会も、ありがたくないことを言ったり、危険な疑問を提起したりするチャットボットに関して、同じような問題に直面する。マイクロソフトやフェイスブックのエンジニアたちが最善の努力をしてもなお、彼らのチャットボットが人種主義的な中傷を撒き散らし始めたらどうなるのか?民主社会の長所は、そのような悪質なアルゴリズムに対処する上で、はるかに多くの余裕がある点だ。民主社会は言論の自由を重視しているので、知られては困る秘密が格段に少ないし、非民主的な言論に対しても比較的高い水準の寛容性を発達させてきた。数限りない秘密を隠し持ち、批判は断じて許さない全体主義政権に対して、反体制派ボットは民主主義政権に対してよりも桁違いに大きな難題を突きつけてくる。

アルゴリズムによる権力奪取
 長い目で見ると、全体主義政権はいっそう大きな危険に直面する可能性が高い。アルゴリズムによって批判されるどころか、支配権を奪い取られるかもしれないからだ。歴史を通して、独裁者に対する最大の脅威はたいてい配下がもたらした。第5章で指摘したように、民主的な革命によって倒されたローマの皇帝やソ連の書記長は一人もいないが、彼らはつねに自らの配下によって権力の座から引きずり下ろされたり傀儡にされたりする危険につきまとわれていた。二一世紀の独裁者は、コンピューターに権力を与え過ぎたら、コンピューターの傀儡にされてしまうかもしれない。独裁者がなんとしても避けたいのは、自分よりも強力なものや、制御の仕方がわからない勢力を生み出すことだ。
 この点を際立たせるために、ボストロムが描いたペーパークリップの大惨事の全体主義版とも言える思考実験を使わせてほしい。突飛なものであることは認めるが、こんな筋書きを想像してもらおう。時は二〇五〇年、ある全体主義社会の頂点に立つ「グレートリーダー」が、午前四時に監視・治安アルゴリズムの緊急通報で眠りを破られる。「グレートリーダー閣下、非常事態です。何兆ものデータポイントを処理したところ、紛れもないパターンが検知されました。国防大臣が今朝、閣下を暗殺して政権を奪うことをもくろんでいます。暗殺部隊が準備を完了して、大臣の命令を待っています。ですが、私に指令をいただければ、精密照準攻撃で大臣を粛清します」
「だが、国防大臣は私の最も忠実な支持者だ」とグレートリーダーは応じる。「ついきのうも言っていたがー」
「閣下、大臣が何と言ったかは私も承知しています。すべて聞いていますから、ですが、その後で大臣が暗殺部隊に何を命じたかも知っています。それに、過去何か月にもわたって、データの中に不穏なパターンが現れているのです」
「ディープフェイクに騙されたりはしていないだろうな。確かなのか?」
に騙されているだけだ。私はよく知っている。確かなのか?」
「それが、拠り所としているデータは一〇〇パーセント正真正銘のものなのです。」とアルゴリズムは言う。「特製のディープフェイク検知サブアルゴリズムでチェックしました。どうしてディープフェイクではないとわかるか、正確に説明することもできますが、その説明には二週間かかるでしょう。確信が持てるまで閣下に危険を知らせたくありませんでしたが、データポイントがみな、避けようのない結論を揃って指し示しています。クーデターが進行中なのです。ただちに行動を起こさなければ、暗殺部隊が一時間後にはここにやって来ます。ですが、命令をいただければ、あの裏切り者は私が粛清します」
 グレートリーダーは、監視・治安アルゴリズムに絶大な力を与えたために、自らをのっぴきならぬ状況に陥れてしまった。もしアルゴリズムを信用しなければ国防大臣に暗殺されるかもしれないが、もしアルゴリズムを信用して国防大臣を粛清すればアルゴリズムはどうやってグレートリーダーを操ればいいか、知り尽くしている。アルゴリズムには意識はないが、そのような策略を使うためには、意識を持った行為主体である必要がないことに留意してほしい。ボストロムのペーパークリップの思考実験が示しているーそして、GPT-4がタスクラビットで労働者に嘘をついた事実がささやかな形で証明したーように、意識を持たないアルゴリズムが、強欲や利己性といった人間の衝動はいっさい持ち合わせていなくてもなお、しだいに権力を掌握し、人々を操作しようとすることは考えられる。