pp.322-325より抜粋
ISBN-10 : 4150504652
ISBN-13 : 978-4150504656
フランス革命もまた、社会のより幅広い階層への権限委譲の一例で、そうした階層がフランスのアンシャンレジーム(旧体制)に向かって立ち上がり、より多元主義的な政治機構への道を開いた。だが、ことに革命の最中に生じたロベスピエールの弾圧的で血なまぐさい恐怖政治を見れば、権限委譲のプロセスには落とし穴があることは明らかだ。それでも結局、ロベスピエールとジャコバン派幹部は排除された。フランス革命が残した最も重要な遺産はギロチンではなく、革命によってフランスやヨーロッパで各地で成し遂げられた大幅な改革だったのである。
そうした権限委譲の歴史的過程と、1970年代以降、ブラジルに起こったことのあいだには多くの共通点がある。労働者党のルーツの一つは労働組合運動だったが、その最初期から、ルーラのような指導者たちは、党に協力する多数の知識人と野党の政治家とともに幅広い連合をつくることを目指した。そうした動きが、党による地方政府支配の広がりとともに、全国各地の社会運動と融合しはじめ、市民の参加を促し、全土に及ぶ一種の統治革命のきっかけとなった。ブラジルでは、17世紀のイングランドと18世紀初頭のフランスとは対照的に、政治制度を一挙に変える導火線となるような急進革命は起らなかった。それにもかかわらず、サンベルナルドの工場で始まった権限委譲のプロセスが有効だったのは、一つには軍政から民主主義体制への移行のように国政レベルで根本的に政治を変える動きとなったからだ。より重要なのは、ブラジルでは草の根レベルの権限委譲が、民主主義への移行と包括的政治制度への動きの同時進行を可能にし、公共サービス、教育の拡大、真に平等な機会の提供に取り組む政府を誕生させる最大の要因となったことだ。これまで見てきたように、民主主義は多元主義の誕生を保証するわけではない。それに関しては、ブラジルの多元的制度の発展と、ベネズエラの経験の対比が多くを物語る。ベネズエラも1958年から民主主義体制へ移行したものの、草の根レベルの権限の委譲を伴わず、政治権力の多元的な配分も生み出さなかった。その代わり、腐敗政治、利益供与のネットワーク、対立がはびこり、そのせいもあって、選挙の際、有権者はウゴ・チャベスのように独裁者になりそうな候補者でも喜んで支持した。おそらく、ベネズエラで地位を確立しているエリートたちに立ち向えるのは彼だけだと考えたからだろう。その結果、この国はいまだに収奪的制度を脱することができず、一方でブラジルは旧弊を打破できたのだ。