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2025年11月5日水曜日

20251104 黎明期の試作機である私について

 当記事を含めて、残り2記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、以前にも当ブログで述べたことがありますが、私は2007年に修士(経済学)を取得後、歯科技工専門学校に入学し、歯科技工士としての専門教育を受け、2009年に歯科技工士免許を取得して、歯科生体材料学を専攻分野として大学院博士課程に進学、2013年に博士(歯学)を取得しました。

 現在では、国内に4年制の歯科技工士養成課程を有する大学が2つあり、広島大学が2005年、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)が2011年に、それぞれ設置されています。それ故、私が博士号を取得した2013年当時、仮に最初の学士課程の入学生が順調に進学されていたとしても、博士課程3年目にあたる段階であり、修了には至っていなかったと見込まれます。つまり、その時点で修士課程を経て課程博士を修了した歯科技工士の事例はほとんど存在せず、私の修了は、ごく初期、あるいは日本初であった可能性もあると考えています。

 キャリアパスが整備される以前に、異分野の修士課程を経て、歯科技工士として進学が妥当と云える歯学分野の博士課程に進み、どうにか修了にまで至ったことは、巨視的に見れば、我が国の歯科技工士教育と歯学分野の学術研究とを結節する、ごく初期の試みであったと云えます。

 現在では、4年制大学での課程を卒業された歯科技工士の方々が、大学院修士課程、さらに博士課程へと進学する事例も聞かれます。そうした整備された道を歩まれてきた方々と比べますと、私などはまるで、黎明期の試作機、あるいは不格好な多砲塔戦車のような存在と云えるかもしれません(苦笑)。しかし、そうした時期であったからこそ、特有の創意や自由闊達さもまたあったのではないかと思われます。

 とはいえ、その過程には以前にも述べました通り、さまざまな困難があり、決して順風満帆なものではありませんでした。そうしたなか、2012年、教授(師匠)も准教授の先生もおられない状況で、担当させていただいた鋳造および鑞付けの歯科理工学実習では、研究室の先生方からご許可を頂き、人文的な話題を随所に交えながら実習を進めることができましたが、これは余程、自分の性質に合致していたのか「それまでの人生がこのためにあったのだ!」と感じられるほどの経験であり、それだけに、今なお強く記憶に残っています。

 それでも、学位取得後の道のりもまた、決して平坦なものではなく、まさに紆余曲折を経るものでした。黎明期の人間として、その不完全さなどネガティブな面全てを含めて、まあ自分らしい経路であったのではないかと思われるところですが、今後は、これまで培った経験を活かしつつ、若い世代の医療専門職の方々が、より自然に人文書に興味を持ったり、臨床と研究とを往還出来るような環境の整備に微力ながら関わりたいと考えています。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2020年4月12日日曜日

20200411 おかしくなれる時期と(非典型的)知性について

先日の投稿記事にて書きましたが、今後、1300記事に到達出来たとしても、この数値自体あまりキリが良いものではないため、その後、1500記事あたりまで継続した方が良いのではないかとも思われますが、そうしますと、ほぼ毎日1記事ずつ作成したとしても7ヶ月程度かかることになりますので、年内での到達は困難であると予想されます。他方、2日毎の新規投稿であれば、来年の夏前頃には達成出来る目算が立ちます。そうしますと、およそ6年で1500記事を作成したことになり、また、その期間、10日のうち6~7日は新規の記事投稿を行ってきたことになります。とはいえ、こうしたハナシは、未だ自身としては、かなり先の雲を掴むようなハナシであり、1500記事への到達については未だ現実感といったものが皆無です・・(苦笑)。

それよりも、当面の目標である、1300記事そして、5年間のブログ継続がどうにか上手く行けば良いと考えています。そして、その先に、さきの1500記事また、6年間のブログ継続が見えてくるのだと云えます・・。とはいえ、これも、何度か述べたことではありますが、これまでの1000記事以上の到達、そして4年間のブログ継続も、自身としては、あまり明確に自覚しないで進めてきたと云えますので、その間(1000記事・4年間と1500記事・6年間)には、あまり大きな違いといったものは存在しないのではないかとも考えています・・。

いや、あるいは、その間には何らかの深い断層があるのかもしれませんが、そうしたものを経験し自覚するのは、結局、自分自身であり、こうしたことに関しては、経験された方々のご意見であっても、自身については、そこまでは参考にはならないのではないかと思われるのです・・。そして、こうしたことを書いていますと、かつて歯科生体材料学分野での研究で、ひたすら試料作製を行っていた時期が思い起こされます・・。この時期は、さまざまな工作機器、分析機器を用いて作業を行い、また、試料作製の間は主に(関連分野の)論文を読んでいました。そして、この論文読みがエスカレートし、後には音読をするようになっていました・・(苦笑)。この時期については、現在考えてみますと、多少おかしくなっていたのではないかとも思われるところですが、しかし、同時に、こうした、おかしくなる(なれる)時期があるからこそ、成長出来る人間も少なからずいるのではないかと私は考えます・・。
昨今、典型的知性と非典型的知性と云うコトバを聞くことがありますが、後者の非典型的知性については、特に、さきの「おかしくなる(なれる)時期」があるからこそ(どうにか)知性と呼ぶに値するものを獲得するまでに成長出来るのではないかと考えます。また、同時に人文社会科学分野の研究については、芸術家や文筆家と同様、そうした経験は、半ば必須であると考えます。

そして、こうした(おかしい)行為を、傍目をあまり気にせずに出来るのは、相対的に(他者から見られるという意味での)社会性が乏しい男性が多いことから、古来から思想家や芸術家そして、それらの近現代版とも云える人文社会科学分野の研究者は(変わり者の)男性が多いのではないでしょうか・・(笑)。

佐藤秀明編 新潮社刊『三島由紀夫の言葉 人間の性』pp.100-101
『はっきりいってしまうと、学校とは、だれしも少し気のヘンになる思春期の精神病院なのです。これは実に巧みに運営されていて、入院患者(学生)たちは、決して「私は頭がヘンだ」などと気づかせない仕組みになっている。先生たちも何割か、学生時代のまま頭がヘンな人たちがそろっていて、こういう先生は学生たちとよくウマが合う。何千人という人間のいる学校のなかで、ほんの何人かの先生がこの秘密を知っていて、この秘密を決して洩らさぬように学校経営をやっていく。』
「おわりの美学」(「女性自身 昭和41〈1966〉年2月14日~8月1日)

そしてまた、こうしたことを肯定することにより、社会は徐々に変化していくのではないでしょうか。しかし、この「肯定」については、おそらく、社会における恒常性の多く担っている女性からの強要されたものでない肯定が必要であると考えますが、おそらく、こうしたものは、戦争の敗北などで、社会構造や価値観に大きな変化が生じると、何と云いますか、悪い循環のメカニズムが作動してしまい、緩徐的な自国内部における「カチンの森」のような動きが生じ、その国の文化は衰亡していってしまうのではないかと思われるのです。また、そうした視座から、私にはテレビなどに出演されている多くのお笑い芸人やコメンテーターの方々が、無理をして美々しい制服を着用されている赤軍の政治将校のようにも見えます・・(苦笑)。

・・いやしかし、完全犯罪的に、時間をかけて、ある国の文化を滅ぼすのであれば、これはなかなか良い方法であるのかもしれません・・。

*ChatGPTによる要約に手を加えたものです☟
以前、歯科生体材料学分野で研究していた時期を思い出すと、当時は、様々な機器を用いて試料を作製し、実験をしていた。そして、それら作業の隙間時間は関連論文を読むことが多かった。やがて、この論文読みがエスカレートして音読するようになった(笑)。思い返すと、この時期には多少おかしくなっていたかもしれないが、同時に、こうした「おかしくなる(なれる)時期」があるからこそ、人は成長できるとも云える。昨今、典型的な知性と非典型的な知性という言葉を耳にすることがあるが、後者の非典型的な知性は、「おかしくなる(なれる)時期」があるからこそ、成長して知性を身につけることができるのではないかと考える。また同時に、人文社会科学の分野においても、芸術家や文筆家のように、このような経験は必須であると考える。そして、こうした「おかしい」と見える活動・行動は、他人から見られるという意味での社交性が乏しい男性において、よく多く見られることから、思想家や芸術家、そして現代の人文社会科学分野の研究者は、変わり者の男性が多いのではないかと思われる(笑)。そしてまた、こうした考えを肯定することにより、社会は徐々に変化していくことができるのだと考える。しかし、この肯定とは、その社会の恒常性の多くを担う女性からの強制されたものでない、自発的なものが必要と云える。そのため、戦争の敗北などで社会構造や価値観に大きな変化が生じると、悪い循環のメカニズムが駆動し始め、社会内部での緩慢なカティンの森のような動きが生じ、その国の文化は徐々に衰退してしまうのではないかと考える。また、この視点からは、テレビ出演の多くのお笑い芸人やコメンテーターの方々は美しい制服を着用している赤軍の政治将校のようにも見える(笑)。とはいえ、もし完全犯罪的に時間をかけて、ある国の文化を滅ぼすことを目指すのであれば、これはかなり良い方法と云えるかもしれない。

ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。




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2020年1月19日日曜日

20200119 昨日の続き、歴史の理解・認識について

さて、昨日投稿分の記事にて「歴史の理解・認識」について書きました。その主旨は、歴史など手に触れたり、見ることが出来ない、所謂「抽象的」なものに対しては、それについて書かれたさまざまな著作を読み続け、油絵の重ね塗りのようにして、その様相を理解・認識していくといったものでしたが、それと同時に、その歴史と同時代に作成されたさまざまな物を通じた理解・認識もまた、重要であると云えます。

そして、それら双方による理解・認識を通して、はじめて明瞭・クリアな歴史像を得ることが出来るように思われます・・。たとえば、具体的なハナシとしては、和歌山県和歌山市の紀ノ川北岸に立地する大谷古墳から、我が国では出土が珍しい戦闘時の馬に装着する「馬冑」というものが出土しています。この「馬冑」は、古来から乗馬文化を持っていた北東アジアを淵源とするものであり、中国北部や朝鮮半島の墳墓からも出土、さらに墳墓内壁画での描写、副葬品陶俑での表現などが見受けられます。

我が国における「馬冑」の出土は、さきの和歌山県、その他は福岡県、埼玉県の古墳からの3例のみであり、それらの時代はいずれも5~6世紀代とされています。また同時に、この時代は、記紀が伝えるように朝鮮半島内部での国々の争いに、ヤマト朝廷が派兵していた時期でもあり、そこから、おそらく上記3古墳の埋葬者は、この朝鮮半島への派兵に強く関与していたと考えるのが妥当と云えます。

つまり彼等は、ヤマト朝廷の朝鮮半島派兵に従って渡海し、現地にて「馬冑」を入手したのではないかということです。とりわけ、さきの大谷古墳に関しては、5世紀後半に在地豪族である紀氏に属する紀小弓また、その子である紀大磐が朝鮮半島での軍事活動に従事したという記録があることから、その信憑性は高いと云え、あるいは大谷古墳に前記二者(紀小弓・大磐)のいずれかが埋葬されていなくとも、同時期に朝鮮半島派兵に従った紀氏に連なる誰かが埋葬されているとも十分に考え得ることから、さきの「馬冑」の出土と、その背景にある記録されている歴史像は、整合性を持ち結節することが出来ると云えます。

そして、そのようにして抽象的な歴史像と同時代における作成物を重ね合わせますと、そこには、単に抽象的とは云いきれない、具体的なイメージを伴った歴史像が形成され得るのではないでしょうか。また、こうしたことは、歴史を扱ったマンガ・映画などにおいてはその評価をも左右する極めて重要な要素であると云えます。とはいえ、欧米で製作された歴史を題材とした映画と、我が国のそれを比較しますと、我が国の場合、製作された時代が現在に近づくにつれ、その描写が「必ずしも妥当とは云えない」といった作品が多くなっているという印象を受けます。あるいは端的に、我が国の歴史を題材とした映画作品は、全体的に過去と比べ、背景となる歴史への考証が必ずしも適切に為されていないといった感じを受けます。

この意見には、おそらく異論を持たれる方々も少なからずいらっしゃるとは思いますが、それでも、いくらか、そうした作品を読み、観てきた私からしますと、どうしても、そのような印象を受けるのです・・。さて、皆様、こうしたことについて、どのようにお考えになるでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。


日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設
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2019年9月29日日曜日

【20190929】太平洋戦争について述べた著作を読んで思ったこと「シビュラの書」

先日来からいくつかの著作を読み進めていますが、そのうちの一つは、内容的には専門書に近いと云えますが、同時に以前読了した司馬遼太郎著「翔ぶが如く」とまさに同時代を扱っているものであることから、難解と感じられる部分は多々ありつつも、どうにか読み進め、そして年内に読了に至れば御の字と考えています・・(笑)。

また、他の読み進めている著作については、昨日、一昨日でいくつか読了しました。それら著作では、太平洋戦争における複数戦場地域を、記録されたその様相を踏まえて述べていることから、ある意味において大変痛ましく、読んでいて自然に眉間にしわが入り、目が細くなってきます・・。

ここ最近になり実感することは、こうした著作は、その記述の大半が事実を述べたものであることから、心身を消耗させ、何やら絶望的に気分にさせられます。しかし、それは近現代において大規模な敗戦を経験した国々であるならば、同様であるはずなのに、我が国については、母国であることから、その生活文化をある程度理解していると感じられるところに根差すものと云え、その程度は相対的に深いと云えます・・。

つまり、自身の理解している我が国の生活文化と、それら太平洋戦争戦場について述べた著作の記述との間に、連続性・近しい関係が多いに認められることから、必然的にやるせなさ、そして絶望感を感じさせられるのだと云えます。

そのように考えてみますと、夏目漱石著「吾輩は猫である」そしてロバート・グレーヴス著「この私、クラウディス」双方に記述がある「シビュラの書」についての説話の持つ意味合いが理解され、そしてまた同時に、当説話の背景である古代ローマ帝国の後裔を自認する西欧諸国くわえて、その派生と評し得る米国において、単なるゼスチャーとしてでなく「歴史」が学問として重んじられている意味合いの輪郭をボンヤリと理解することが出来るのではないかと思われます。

そして少なくとも、その点において我が国は、他の敗戦国であるドイツをはじめ、西欧諸国そして米国と比べ、低い段階にあるか、あるいは、違った認識の方向の先にあると云えます・・。

我が国においては、未だ先進国並みと評し得る理系学問分野を基盤とする諸技術と比して「歴史」をはじめとする人文社会科学分野が前述の状態であることには、やはり生活文化に大きな挫折を負った太平洋戦争後からではなく、それよりはるか古くから続く、何らかの原因があると考えます。そして、この原因が、これまた何らかの原因によって、大きく変わること、あるいは今後ある程度の年月を経て、漸進的に変化していくことがない限り、おそらくまた我が国は直截的な流血は伴わないにしても、太平洋戦争終盤における各戦場地域であったような悲劇、否、惨劇を繰り返してしまうのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか。

そういえば、ここまで書いていて不図、思い出したことは文系の師匠が仰っていた「歴史の女神様はとても嫉妬深くてね、この女神様に好かれると、他の女性はどうしても近寄って来れなくなるんだよ(苦笑)。」といった冗談めいたコトバですが、当時は「何をカッコ付けているのだろうか?」と割合冷やかにこれを眺めていましたが、現在になりますと、何となくその意味、そしてそれ以上に、その背景にある悲哀のようなもののが理解出来るように思われます・・(苦笑)。


今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。





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2019年9月21日土曜日

20190921 東京創元社刊 ウンベルト・エーコ著「薔薇の名前」上巻pp.30-33

 『私たち主従が行動を共にしていたあいだは、規則的な生活を送る機会があまりなかった。とりわけあの僧院に着いてからは、真夜中に目を覚ましたり昼間から疲れて眠りこんでしまったり、規則的に聖務日課に加わることはなかった。けれどもまだ旅から旅を続けていたころには、終課の後にまで師が目を覚ましていたためしは滅多になく、つねに節度ある習慣を保っていた。それが、あの僧院に入ってからは、しばしば生じたように、一日中薬草園を歩きまわって、緑玉や翠玉を探すみたいに、植物を調べていることがあった。あるいは地下聖堂の宝物庫を歩きまわって、朝顔の茂みを除きこむみたいに、緑玉や翠玉の鏤められた手箱に見とれていることもあった。あるいはまた、一日中文書館の写字室に籠って、自分の楽しみ以外の何ものも求めていないといわんばかりに、写本をめくっていることがあった。(私たちのまわりでは、日一日と、身の毛よだつばかりの殺され方をした修道僧の死体が殖えていったというのに)。ある日など、師は自分の没頭している仕事のために神さまへの務めなど気にかけていられないと言わんばかりに、やたらに僧院の中庭を歩きまわっていた。私が学んだ修道会ではこういう師の行動とはまったく違ったやり方で日課が定められていたから、思いきってそう言ってみた。すると師は、宇宙のすばらしさは多様性のうちの統一性にあるばかりでなく、統一性のうつの多様性にもあるのだ、と答えた。そういう返事は無教養な経験論に基づくもののように思えてなっらなかったが、後になってから、理性の働きはあまり重要な働きはしないという言い方で、師と同郷の人士たちが事物を規定することを知った。
 あの僧院では共に日夜を過ごしていたあいだ、師のほうは書物に積もった塵や、仕上がったばかりの細密画の金粉や、セヴェリーノの施療院で触れた黄色い物質などで、いつも両手を汚していた。それはまるで両手を使わなければ考えは進まない、と言わんばかりの態度であり、当時の私の目に師はときおり機械職人そのもののように映った(そして私がそれまでに受けてきた教育では、機械職人とは〈不倫ナ者〉であり、本来は貞節な結婚で知的生活と結ばれるべきなのに、いわば不倫を犯している者なのであった。)師の手が非常に壊れやすいものを、たとえば細密画を施し終わったばかりの手写本や、古くなって無酵母パンのようにもろくなり、崩れかけたページなどを取り扱うときには、少なくとも私の目には、師が並はずれて繊細な触角の持主であり、職人が自分の機械仕掛けに触れるときとまったく同じ手つきをしているように見えた。じじつ、いずれ述べることになろうが、このように風変りな人物であった師は、旅行用の袋のなかに、当時は私などが見たことも聞いたこともなかった道具類を所持していて、これを大切な機械類と称していた。機械とは技工の現れであり自然の模倣である、と師はいつでも言っていた。また、機械によって再生されるのは自然の形態ではなくて、作用そのものであるとも。こうして師は、時計の仕組みや天体観測器や磁石の秘密などを、私に説き明かしてくれた。しかし初めのうち、私はそれらを魔術のように恐れていたので、晴れた夜に師が(奇妙な三角形の道具を手にして)しきりに星座の観測を繰り返していたときなどには、眠っているふりをした。私がイタリアの各地や自分の故郷で知りあったフランチェスコ会修道士はみな素朴で単純な人たちばかりで、なかには文盲の人も少なくなかったから、師があまりにも博学の士であることに驚いてしまった。けれども師は微笑みながら、彼の故郷の島に住むフランチェスコ会修道士たちも自分とはまったく別種の人間だ、と私に言った。「ただしロジャー・ベーコン、この方を私は師とも仰いでいるのだが、この巨匠の説かれた言葉によれば、神の意図はやがて聖なる自然の魔術すなわち機械の科学となって実現されていくであろうという。また、人はやがて自然の力を用いて航海のための装置を造りあげ、船舶は〈人ノ力ノ支配ニヨッテノミ〉進むことができるようになるであろう、帆や櫂で進むよりはるかに迅速に航行できるようになり、さらには地上を走る車も別種のものになるであろうという。〈動物ニ牽カレナクトモ猛烈ナ勢イデ動ク車、サラニハ空飛ブ機械。人ハソノ機械ノ真中にスワリ、何ラカノ装置ヲマワスト、巧ミニ作ラレタ翼ガハバタイテ、鳥ミタイニ空ヲ飛ブデアロウ〉そしてごく小さな装置で非常に重いものを持ち上げるようにようになり、海底を進む乗物さえ造りだされるときが来るであろう」
 どこへ行けばそのような機械にお目にかかれるのかとたずねると、師はすでに古代において造られた例がある、そして私たちの同時代にはいくつか造られている、と答えた。「ただし、例外は空飛ぶ機械だ。これだけはわたしもまだ見たことがないし、見たという話を聞いたこともない。だが、その装置の考案にたずさわっている博学の士ならば、私は知っている。また、支柱を立てなくとも支点がなくても河川に橋梁を架けることができたり、それ以外にも、まだ聞いたことのない機械装置さえ造られているという。いままで存在しなかったからといって、疑いを抱くには当たらない、将来にも存在しないとは限らないからだ。そこで、おまえに言っておくが、神はなによりもそのような事物の存在を望んでおられるのだ。それが神慮のうちにすでにあることは疑いを入れない、たとえオッカムのわたしの親友〔ウィリアム〕がそのような形での思念の存在を否定しようとしても。なぜなら、わたしたちには神の性格が決定できるからではなく、そこに何らかの限界をも設けることができないからだ」このように矛盾する命題を師の口から聞いたのは、そのときに限らなかった。それにしても、すっかり年老いてあの当時よりはるかに賢明になったはずの私に、いまなお完全に理解しがたいのは、どうして師がオッカムの親友にあれほどまでの信頼を寄せていたのかという点であり、と同時にまた口癖の一つでもあったベーコンの言葉に、師があれほどまでに全幅の信頼を寄せていたのかという点だ。ともあれ、確かに言えるのは、あれが暗い時代の渦中の出来事であり、いかに賢明な人物であっても矛盾のうちに思索を進めなければならなかったということである。』
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2019年2月10日日曜日

20190209 対話形式1998年のこと【イノベーションに関連して】

おかげさまで、昨日投稿分の記事も投稿翌日にしては多くの方々に読んで頂きました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

また、今回の記事投稿により、総投稿記事数が1170に到達します。そして当面の目標としている1200記事まで残り30記事となりますが、これはあまり急がず、具体的には四月くらいまでに到達出来れば良いと考えています。

そういえば、先日投稿した記事である『「イノベーション」について思ったこと』も多くの方々に読んで頂けましたが、ここで述べたことには特に新しいことはなく、歴史・戦史などの分野では通俗的な知識であると云えます。とはいえ、こうした「イノベーション」の背景とは思いのほかに重要であり、以下に、それに関連すると思しき対話形式の文章を示します。
時代:1998年6月頃
場所:小田急線下北沢駅近くの喫茶店
A「そうですか、Bさんも***に就職が決まりましたか、それはおめでとう。それで勤務地はどこになるのですか?」

B「ええ、どうもありがとうございます。つい先日、内定者の集まりがありましたが、勤務地が決まるのはもう少し後になるとのことでした。会社は北海道から九州まで事業所がありまして、勤務地がどこになるかはまだ分かりません・・。それでも一応希望勤務地は首都圏と書いて提出しました。・・多分難しいとは思いますが・・。」

A「はあ、そうですか・・。まあ初めの勤務地は勝手知ったる場所ではない方が良いと思いますよ・・(笑)。」

B「・・そんなものですか・・しかし、私は元々首都圏の人間ですからね。出来るだけ早いうちにこっちに戻ってきたいと思うのですが、どうなのでしょうか?」

A「うん、多分まだ分からないと思うけれども、君くらいの年の頃は、色々な地域に行った方が良いと思うよ。それで、その後になってから、また大学院に進みたいと考えるのであれば、その時の方が良い選択が出来るのではないかな・・。」

B「ええ、そのあたりが未だ経験がなくて、よく分からないので何とも云えませんし、それでも先日説明を聞きにいった**大学大学院のヨーロッパ文化専攻はとても興味深く、面白そうで自分に合っているようにも思われたのですが・・。」

A「まあ、数年後になって君がまだ**のヨーロッパ文化専攻に行きたいのであれば、またその時は相談に乗りますが、でも、とりあえずはそうですね・・三年くらいは会社で働いてみるのが良いと思いますよ・・。」

B「・・しかし、先生はストレートで院に進まれたのですよね?先生はそれで良かったのですか?」

A「うん、私も当時は色々と悩みましたし、結局違う大学の院に行くことなったことは、君も知っていると思うけれども、私の場合、あまり他の選択肢は考えませんでしたね・・。それで、そうであったから君はとりあえず数年働いてみるのが良いと思うのです・・。ストレートで院に行くのは、正直なところ、あまりツブシが利かないので、おススメできませんよ。」

B「ふーん、そんなものですか・・。そういえば先日、大学院進学について親に話したところ『文系分野の院に行ったってツブシが利かなくなるだけだから、ちゃんと会社に就職した方が良い。』と云われまして、それでA先生のことを話したところ『ああいう人はそれで良いんだ。それにその分野の研究者で食べて行ける人なんて本当に少ないのだから、それはそれでA先生も苦労しているはずだ・・。』というようなことを云われました・・。そうするとA先生の専攻分野の方々は、研究者以外でしたら他に何になることが出来るのですか?」

A「うーん、たしかに現在の日本では、大学の研究者以外にあまり道はないかもしれないけれども、私が留学していた国では、この専攻分野の院を出て普通に企業に就職することもあったし、あとは軍や政府機関に就職した方もいましたね・・。それに向こうの企業には企業参謀といった私のような背景を持った人々が結構いるのです。しかし、たしかにそういった社会環境は日本の企業文化にはないかもしれませんね・・。ここ日本ですと、歴史とか国際関係論などはあまり実用的な学問とは見做されていないようですが、本質的にはそれは間違いなのです・・。向こうの連中は歴史や思想とか哲学があるからこそ、企業や組織が機能して、さらには発展することが出来ると考えているようなところがありますね・・。」

B「・・はあ、そんなものなのですか・・そうすると、向こうでは先生のような背景を持った方々が企業や組織で参謀のような仕事をしているのですか・・。それはたしかに日本の会社とは違うかもしれませんね・・。」

A「うん、ですから、そういったことを確かめるためにも、とりあえずは良い会社に就職出来たのだから数年間はそこで働いてみなさいよ。多分そこで勉強になることも沢山あるだろうし、そして、その時になって考えが変わったら、また相談に乗りますよ。」

B「ええ、そうですね。どうもありがとうございます。それで先生はこの後どうされるのですか?」

A「ああ、今日は仕事が少し早く終わったから**の実家に帰ります。ですから、ここからは井の頭線で渋谷に出てから**線ですね。・・あ、そういえば、今度うちのゼミ生を連れて外務省外交史料館に見学に行く予定なのですが、君も就職が決まって時間があるのでしたら、ご一緒にどうですか?」

B「はあ、外務省外交史料館ですか・・。それは面白そうですね。空いている日でしたら是非行きたいと思います。」

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2018年4月6日金曜日

20180405 永遠回帰・シューシュポスの神話? 議論よりも上意下達が効率的と考える社会・・

一昨日から読み始めた中央公論社刊 吉田 裕著 『日本軍兵士』をさきほど読了しました。やはりこの分野の著作に関しては比較的スムーズに読むことが出来るようです。

また、この著作を読んでいて思い出されたのは同じく中公新書の高田里恵子著『学歴・階級・軍隊ー高学歴兵士の憂鬱な日常』であり、内容の陰惨さ、もしくは我が国社会が持つどす黒い部分への言及については後者の方がよく描かれていたと思われます。

しかし一方で、前者に関しては、新書にて戦地における我が国の歯科医療を扱ったという意味で大変意義深い一冊であると考えます。

また、昨日投稿分記事にて述べましたが、前者は現在この時期に刊行されたということ、さらには、それが数多く売れていることもまた、何かしら示唆するものがあるのではないかと思われるのです。

しかしながら、昨今時折見聞します我が国近現代史に関する声高にして強気なご意見とは、さきに挙げた二著作あたりを読むことにより、少なくとも懐疑的にはならざるを得ないと思われるのですが、そうした現象もあまり見受けられないことから、前者は数多く売れているにもかかわらず、そこからの直接的な影響は思いのほかに少なく、さらには思想や読まれる著作もまた、居心地が良いように棲み分け、あるいは、体よく分断されているのが現代のインターネットを基盤とする情報化社会が持つ特徴と云えるのかもしれません。

あるいは、当ブログが幸運なことにこれまでに炎上しなかった原因もまた、そうした状況にあるのではないかとも思われます。また、これらのことを総合的に考えてみますと、古くから我が国社会は議論が好まれない社会であると云われ、また近代初期においては、そうした状態を改める試みも行われましたが、結局のところそれらは広く社会に根付き、自転運動を起こすには至らず、時代を経るごとに徐々に衰退し、そして顧みられなくなっていったと云えます。

そしてまた、おそらく1945年以降の戦後期においても同様の動きがあったと思われるのですが、現代の我が国社会を省みるに、またさきの近代化以降における試みと同様、その動きも衰退し現在に至っているのではないかと思われるのです・・。

おそらくこれは偶然などではなく、我が国社会が持つ傾向・特徴を端的に示すものであると考えます。そして今更再び議論出来る社会を上からの意向(威光)によって構築・醸成することは、おそらくコスパに合わない(笑)ため、その代わりに、あまり無理のない、我慢強い日本人ならば耐え切れなくもない上意下達システムの洗練の方向へと収斂していくのではないでしょうか(笑)?

また、こうした社会においては、当然の如く文学などよりも、より多くの人々が楽しめるマンガの方が価値あるものとして見做されるようになると思われます・・(苦笑)。

しかし、果たして本当にそれで良いのだろうか・・?

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

近年から
現在までに、列島各地において発生したもしくは現在も継続し発生している地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模自然災害により被災された(されている)諸地域の安全の確保そして復興を祈念しています。




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昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5























2018年2月26日月曜日

20180226 現時点で分からないことにも『意味』があることが多いのかもしれない・・【物語から】

おかげさまで昨日の記事投稿により総投稿記事数が910に到達しました。これまで読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

さて、これはあまり区切りの良い数字ではありませんが、これにより残り90記事にて1000記事に到達することになりました。また、今月二月内も引き続き記事の作成・投稿をすることにより、来る5月内での1000記事到達の可能性がより高まります。

とはいえ、以前にも少し触れましたが、ここに来てあまりブログ記事の着想が得られない状態となり、現在もまた、多少逡巡しながら、かように記事作成を行っている次第です・・(苦笑)。

さて、そうするうちに、こうした時には比較的読まれているブログ記事を題材として文章を先に進めれば良いのではないかと思い付き、現在のそうした記事を調べてみますと、それは『地域特性≒在地土着女性の性質・・?』となっていましたが、その理由とはよく分かりません・・(苦笑)。

記事作成を継続していますと、こうしたことは度々生じるのですが、その理由について考えてみても、さきのように適当と思しき考えが浮かぶことは殆どなく、また同時に記事作成に対しても前向きな効果は乏しいと思われることから、こうした考察とは生産的ではないのかもしれません・・。

しかし同時に、こうした経時的な区切りにて読まれている記事の傾向に全く意味がないということではなく、それは単に現時点の自身では理解することが出来ないものの、何らかの(あるいは大きな)『意味』があるのではないかとも考えます。

そして、そうした『意味』の存在を心のどこかで認めつつも、同時にそれをあまり気に留めないで現在の記事を作成し続けるといった一種鈍感とも云える『感覚』とは、案外重要ではないかと思われます。

その感覚とは、たとえば、ある著作を当初は意味が分からないながらも読み進めていくことにより、徐々にその意味を理解出来るようになり、そして、ある程度にまで至ると、その意味を概ね理解出来るようになり、さらに進んでは、その著作の理解・読解の仕方とは、それで良かった・正しかったのではないかとも感じられるに至るといった感覚です。

そして、この感覚に近いものを描いている作品が方向性は異なりますが夏目漱石著の短編集『夢十夜』の第三夜ではないかと考えます。

この作品は自身の見解としては怪談に分類されると考えますが、一方において、そのハナシの構造自体はおそらく怪談のみに適応されるものではなく、さきに述べた(太字部分)ことに対しても応用可能な構造を持っているのではないかとも考えます。

それは、暗中模索から徐々に周囲の状況が明らかになっていき、そして最終的に全体の状況の認識に至るといった感じであり、類似した構造を持つ他の作品としてシェイクスピアの『マクベス』が挙げられるのではないかと考えられます。

当初三人の魔女からの予言を受けたマクベスとバンクォーがその予言に翻弄され、そしてコトバとしてはまさしくその予言通りになっていくといった構造は、さきの夏目漱石の『夢十夜』の第三夜とは若干筋が異なるものの、当初は予言といった暗示にはじまり、そこから徐々に周囲の状況が変化し、明らかになっていき、そして最終的に全体の状況の認識に至るといった経過自体については共通しているのではないかと思われます・・。

また、こうした構造とは怪談もしくは悲劇などにおいては効果的に共感を呼ぶのであるかもしれませんが、逆にこの構造を成功物語などに応用した場合『あまりにも出来過ぎている感じ』を受けてしまうことから、そうした構造を持つと思われる成功物語とはバーネット夫人による『小公女』ぐらいしか思いつきません・・。

とはいえ、何れの方向(悲劇・成功)であったとしも、こうした構造自体は全体性の認識を希求する我々の精神が持つ一つの普遍的傾向を示しているのかもしれません・・。
【さて、我々日本人もまた果たして同様であるのか・・?】

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年
、列島各地にて発生した地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模自然災害によって被害を被った諸地域の復興を祈念しています。


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ISBN978-4-263-46420-5










































2016年9月29日木曜日

20160929 昨日投稿のブログ記事に関連して・・主に書籍からの抜粋引用

昨日投稿した記事(主に書籍からの抜粋引用)と関連しているのではないかと思われる記述を以下に示します。
そして、ここまで記していて、昨日の抜粋引用部の著者である丸山眞男と本日のそれの著者である橋川文三とは師弟関係であるこが想起され、これは必然であるのかもしれませんが、なかなか面白く思われました・・(笑)。
さて、以下、抜粋引用部です。

岩波書店刊 橋川文三著 中島岳志編 「橋川文三セレクション」pp.2ー5より抜粋引用 

『われわれ日本人の生活意識もしくは文化形成契機として、「歴史意識」とよばれるものの作用はむしろ希薄であるというのが「通説」のようになっている。そのことは、卑近な日常の思考・行動様式においても、理論形成の内面的契機の問題としても、あるいは芸術的な様式活動の領域においても、同様に指摘しうるものとされている(たとえば上原専禄・加藤周一の対談「歴史感覚・歴史意識と歴史学」を参照―「思想」昭和三十二年五月号)。しばしば一種の通俗的な文化類型学的思想として、日本人の意識形態を古代ギリシャ人のそれに類推することが行われるが、その場合にも、芸術的感性の優越ということとならべて、「歴史」に対する無感覚ということが共通性の一つとされるのが普通である。ともあれ、「歴史意識」の欠如を説き、それを「持たなばならぬ」とするたぐいの発現は、われわれがしばしば耳にするところでもあり、そこにはさまざまな政治的評価もからんで、複雑な思想問題があらわれている。しかし、他方、「日本人は歴史観の上に生きることの強い国民である」(折口信夫「民俗学」-「歴史教育」昭和七年十一月、臨時増刊号)というような発言も、ごく当然のこととしてうけいれられるような状態があることも否定できないであろう。とくに戦前の教育をうけた世代にとっては、その内容がいかなる意味をもったにせよ、「歴史」からはなれて、思考や行動の意味をとらえるということはなかったともいえるのである。(そのもっとも極端な例をいえば、「八紘一宇」といった古代的イデオロギーが、少なくともたてまえとして、国民の行動原理として機能しえたのは、つい昨日のことである。)ここには明らかに概念規定における矛盾ないし困難がある。
日本人に「歴史意識」が薄いというのが真理であるならば、他方で歴史観における強さをいうことは虚偽でなければならない。(あらかじめいえば、私はそのとおりだと考える。)

そして、私は、折口のいう意味での歴史観を、コリングウッドにならって、擬歴史意識(Quasi-history)として区別することにしたい。

それなら、いわゆる「歴史意識」とは何か、このことを、予備的に検討しておくことがやはり必要であろう。まず明らかなことは、それは歴史という学問のことでもなく、歴史の知識ということでもないということである。
わが国においてもっともさかんな学問の一つが「歴史学」であることはこれまた「通説」であるから、そこに「歴史意識」が欠如しているということはありえないことになる。
また、当然のことながら、それはあくまで「意識」のことであって「歴史過程」そのものではない。
どこの国、いつの時代にも、それが存在したことは明らかである。三木清の用語にしたがえば、学問としての歴史は「ロゴスとしての歴史」、即自的な歴史過程は「存在としての歴史」ということになるが(「歴史哲学」参照、「歴史意識」はそのいずれのことでもない。
 それは「歴史感覚」というか、あるいは歴史経験というか、直接感じ方の問題として、現象の背後にある歴史的厚みを感じる実感」「その実感があるから、物事の歴史的発展が論理的にとらえられ・・・専門化して歴史学にもなる」(加藤周一、前掲対談)という、そういう性質のものにほかならない。つまりそれは「歴史学」はもとより、「歴史的認識」「歴史的思考」「歴史的態度」「歴史的立場」等々とよばれるすべてのものの根底にあって、それらと関連しながらも、基本的にはそれらと異なる『一種の精神的能力』のことである。それは、あたかも感性のアプリオリな諸形式が、人間認識の前提として与えられているのと同じように、意識に内在する、ある基本的な様式として考えられるものであろう。
したがって、心理的実質に即していえば、それは「感覚」のある作用とも考えることができる。たとえば、マイネッケがその著作の一つにVom geschichtlichen Sinn und vom sinn der Geschichte(「歴史感覚と歴史の意味について」―邦訳名「歴史主義の立場」)と題した場合などは、そこにいわれる「歴史感覚」は「歴史の意味(ジン)を感覚しうる精神作用のことであり、そのまま「歴史意識」と同じ意味で用いられたものである。それなら、本来の「歴史意識」とは何か?われわれはここで、端的にトレルチュが、それに与えた美しい規定を見ることにしよう。「・・・そういう気持(歴史的関心」もしくは歴史意識―引用者)は、人類の歴史的生活を出来る限り広く観察しようとする気持ちであり、またなんら一定の実践的目的を立てることなしに、ただ、人間存在の豊富・充溢・活発さを眺めて感激するような気持であるのです。この多種多様なる歴史的世界に現れて居るもの、またその多種多様な姿を現すことによって歴史的世界を観察する人の心に神の如き広さと大きさを注ぎ込んでくれるもの、それは尽くる所なき神の生命であり、働きである、という風に私共には見えるのです。」(歴史主義とその克服」邦訳一〇四頁)

マイネッケが歴史主義の根底にある歴史的感覚(=歴史意識)について「この新しい感覚のもっとも生命ある根元」は『人間および人間の形成物における個性的なものへの帰依』であると表現した場合にも、およそ「歴史意識」についていだかれている観念は、ほぼ同様といえるであろう。つまり、そこに共通していわれていることは、マイネッケがその名著「歴史主義の成立」の巻頭に掲げたゲーテの言葉に示されるあの個体的なるもの(Individuum est ineffabile―個体的なるものは語りつくせぬ)への意識、それが歴史意識であり、歴史主義の母胎だということである。』

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。







2016年5月29日日曜日

20160529 「Obsession」20200419加筆

おかげさまで昨日初めて、当ブログの1日の閲覧者数が1000人に到達しました。

さて、昨日、久しぶりに神保町に行き、古本屋の店頭にて何気なく目に入った「少女怪談」という様々な作家による短編集をパラパラと立ち読みしていますと、期せずして、その中の森村誠一による「青の魔性」という作品を読み入っていました・・。


私は特に「少女が好き」という傾向を持っていませんが、この作品の内容は、それが少女でなくともハナシのスジにはそこまで支障がないと思われます。


ともあれ、その上で、この作品の内容に関しては、何となく「分かる」といった感じを受けました。


そして、当作品冒頭部にて描かれている『憑りつかれる』といった感覚は、物理的現象としては認識し難いものの、良くも悪くも実際に存在するのではないかと思われます。


また、こうしたことを書くと「この人は少しおかしいのではないだろうか・・?」と思われる方々もいらっしゃるのではないかとも思われます・・(笑)。


しかしながら一方で、それはプラスな意味合いでは、自分以外の誰かから『元気をもらう』あるいは『癒される』などと普通に言い表される現象の逆をも含めたものであると考えていただければ、多少は納得していただけるのではないでしょうか?


また、私個人の経験に即して考えてみますと、良い意味でのそれは、私の九州在住時においても生じていたのではないかと考えています・・。


そして、現在の私は、まさに、そのことにより、これまでブログ記事の作成を継続することが出来、さらには生きている(生かされている)のではないかとも思われるのです。

いや、あるいはまた、そうした現象をどうにか客体化・対象化して認識するために、これまで一連のブログ記事作成を行っているのではないかとも思われます・・(笑)。

そして、こうした現象をマクロレベルにて考え、さらに歴史を遡上して考えてみますと、我が国が倭国と呼ばれた時代、女王が統治する邪馬台国というクニが、九州あるいは畿内の何れかに存在していたことが実感を以って感覚的にも理解・認識できるのではないかとも思われるのです・・。


その意味において、以前数回当ブログにて引用したローレンス・ヴァン・デル・ポストの「The seed and the sower」に記されている我が国の特質についての記述は、かなり興味深いものであると云えます。


とはいえ、そうであっても、こうしたことは畢竟、単なる思い込み・迷信の類であると批判される方々も少なからずいらっしゃるのではないかとも予想されます。


そして、そのような批判がなされた場合、私は『ええ、たしかにそうであるかもしれませんが、しかし、そこで私と同様な経験を彼の地ですることになれば、私以上に敬虔にそうしたことを信じるようになるかもしれませんよ・・。』と返答とすると思います・・(笑)。


ともあれ、この『憑りつかれる』と表現される内容も前述のとおり様々であり、それが生じた時の自身の心持、就中、邪気の有無がかなり精確に反映され、後になり自身に返ってくるのではないかと思われるのです・・。


そして、そういった、いわば単純且つ原始的な観念こそが様々な神話そして道徳的意味合いを持つ神話、さらには地域、国レベルの倫理、道徳観念の基礎あるいは枠組みへと変化そして精製されてゆくのではないでしょうか?


しかし、それでも現在記しているこの記事は、実際問題として、幾分迷信的ともとられ、また自身の今後、保身においても何かしらおかしな影響をおよぼしかねないと考え、投稿することを多少躊躇しておりましたが、それでも、どうしたわけか、この記事を投稿することにしました・・(笑)。


『他方では女友達のいるときの祖父を、理解していなかったにしても、理解するかもしれないと予感していたにすぎない。予感が私のなかで実現したのは、はるか後になって、私自身がひとりの女の眼のなかにすべてをみ、その一刻が世界の全体よりも貴重だと思われるような瞬間を、経験した後でのことである。その経験は、事の善悪について語ることを、全く無意味にみせる・・』
岩波書店刊 加藤周一著「羊の歌」-わが回想ーp.9より抜粋
ISBN-10: 4004150965
ISBN-13: 978-4004150961


さきの熊本での大地震によって被災された地域の諸インフラの早急な復旧、そしてその後の復興を祈念しております。

また、ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。

皆様のおかげでここまで書き続けることが出来ております。
そして最後にゲーテ曰く『迷信的であることは詩作の妨げにはならない』しかしながら、私は詩人ではありません・・(笑)。






          




2016年5月5日木曜日

20160504 昭和について

先日より読み進めている野上彌生子著の「迷路」下巻はもうじき結末に至ろうとしています。

同著下巻においては、舞台背景となる時代の大きな変転から否応なく登場人物達の運命に対しても影響をおよぼし、また、読者たる私に対しても様々な感情・想念を惹起させます・・。

また、以前にもブログ記事にて記しましたが、前掲著作と類似するような物語のスジを持った著作・映画作品として「戦争と人間」が挙げられます。

原作となった五味川純平著の小説に関しては、これまでに読む機会がありませんでしたが、これも相当な長編であると思われますので、もし読む機会があるとすれば、大分先になるのではないかと思います・・。

ともあれ、映画作品に関しては、東京でのリバイバル上映を含めて、以前に何度か観たことがあります。

映画作品の方も小説と同様、かなりの長編ではありましたが、この時代(昭和初期)に興味を持ち、あるいは、この作品自体に多少なりとも興味を持たれた方々は是非一度観ることをおすすめします。

私見ではありますが、様々な環境に関しては当時と比べ(大きく)変化しましたが、その背景にある精神的な部分に関しては、昨今のニュースなどを見聞きしておりますと「この時代(昭和初期)からあまり大きく変化【進化】していないのではないか?」と考えさせられます。

また、さらにそこから「では、そうしたあまり変化が見られない精神的な部分とは、果たして我が国特有のものであろうか?」とも考えさせられます・・。

私は日本近現代史を自身の専攻分野とした経験は持っておりませんが、周囲の環境および自身の興味から、多少の知識は持ち合わせているのではないかと考えております。

そして、そのことを前提として、当時(昭和初期)のことを扱った人文社会科学的な文献を読んでおりますと、たしかにこの時代には、我々日本人にとって「やるせない何か」が明瞭に刻印されているのではないかと考えております。

そして、戦後から現在に至るまでの様々な文化、流行一般とは、考えようによれば、この「やるせない何か」を必死に忘れる、蓋をするといった、いわば無意識的な意図が根底にあったのではないかとも考えさせられるのです・・。

そして、その「やるせない何か」あるいは「良心の呵責を生じさせるもの」の起点、原点とは「明治維新から西南戦争の間に生じた大きな価値観の変化ではないだろうか?」と、ほぼ直観的にではありますが考えさせられるのです・・。

このことをより精密に考えてみると、簡単にはいかないとは思われますが、こうしたことの根底には、どの国、地域そして時代の文化においても「男性的な要素と女性的なそれの抗争?」があるのではないかと考えさせられます。

そして『その何れか要素の過剰、均衡の崩壊などが、様々な大乱、天変地異などを引き起こしてきた要因、あるいは、そうしたものと「必然的」に同調するような性質を持つのではなかか?』とも考えさせられるのです・・。

このことは迷信的であると考えられますが、私はこうした要素は何らかの影響を歴史の進行に対し与え続けているのではないかと考えております・・。

また、最近不図思ったことは、国、地域の文化を荒廃させるには、その国、地域の女性に対して『何かしらの仕掛け』を施すことが、もっとも完全犯罪的にそれを成し遂げる方法ではないかということです・・。

これは戦前の日本を舞台としたものがたり、小説を読んでいて思ったことです・・。
さて、皆様はどうお考えになるでしょうか?」

ここまで興味を持ってこのブログ記事を読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

今回の熊本の大地震で被災された地域の方々の生活インフラが早期に復旧し、同時に今後の復興そして、さらなる発展をされることを祈念いたします。




 

2016年4月10日日曜日

20160410 時代精神の認識について★★★★★

数日前に投稿したブログにより投稿記事数が260に達しました。また、それと関連するものであるかわかりませんが、昨日のブログ閲覧者数もいつになく伸びました。

これまでブログ記事を読んでくださっている方々に支えられ、記事を書き続けることが出来ましたが、ここ最近、過去に作成したいくつかの記事を読んでみますと、それらの中で、私が世間の動向(の一側面)をある程度理解しているのではないかと思わせるような内容も見受けられます・・(笑)。

とはいえ、無論、私はそうしたことを精確に理解しているわけではなく、単に読んでいる本、様々な場所にて得た直感、感覚に従い、記事を書き続けている次第です。

その意味において、現在再び読み進めている野上弥栄子著「迷路」とは、かなり面白く、また、そこに描かれている内容とは、現代の我が国の社会においても通じる要素が少なからずあるのではないかと思われます。

そのように書きますと、その著作内の現代社会に通じると思われる具体的な内容を抜粋したいという強い誘惑にかられますが、この著作につきましては、興味を持たれた方々がご自身で実際に読まれ、その指摘および判断をなさっていただきたく思います(私もまだ上巻のみしか読了しておりませんし・・)。

また、これも前掲著作を読んでいる際に不図思い出したことではありますが「一つの国が堕落、衰退してゆく過程とは、ほとんどの場合、上層部の方から堕落、腐敗してゆく」といわれております。

このことは、現在の様々なレベルの組織を考える上において、なかなか示唆するものがあるのではないかと思われます。

そして、おそらく様々な国々における歴史の変わり目、転換の契機とは、こうしたことが否応なく生じていると社会において広く認識されはじめることから生じるのではないかと思われます。

また、我が国の場合、社会における同調圧力・凝集性が強いことから、ある程度の段階までは堕落・腐敗として(表立っては)認識されないのですが、一度そのような認識が社会において共有されるようになりますと、そこから一気に大きな変化に至る傾向があるのではないかと思います。

このことをたとえてみますと脆性材料における応力‐ひずみ曲線の特徴と類似したような特徴を示すのではないかと思いますが、如何でしょうか?」

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。



2016年3月3日木曜日

20160302 歴史力・予言力と合理性?・・

A「相変わらずブログを続けているようですね。
あと、最近閲覧者数も増えたようで良かったですね(笑)。」


B「・・どうもありがとうございます。
お陰さまで、最近閲覧者が増えましたが、しかし、これはこれでプレッシャーらしきものもありますよ・・(苦笑)。また、求職活動でも相変わらず動いておりまして、昨日も夜半に応募書類を作成し、一番近い24時間空いている郵便局まで行き、発送してきました・・。そういえば、ここ最近数ヶ月は応募書類を発送する際に心の中で「頼むよ神様、こんな人生だったんだ、どうか幸せな夢を見させてください・・」と心のなかでつぶやくようになりました(苦笑)。ともあれ、今後また何か動き、変化がありましたらお知らせいたします。」

A「・・・そうですか、わかりました。
そういえば、これまでBさんが作成した対話形式のブログ記事での登場人物で「これは私のことかな?」と思える人物が出てきますが、あれは何人かそのモデルの方々がいるのですか?」

B「ええ、そうです。私のブログ記事での登場人物は概ねA、Bですが、このうちの片方は私自身がモデルであり、他方には、そのモデルの方が何人かおります。とはいえ、この登場人物キャラクターとは、そのモデル一人一人から抽出したものではなく、毎回それらを適宜複合、合成したものとなっています。まあ、それでも、さきほどのAさんと同様、モデルとなっている方々は読んでいらっしゃれば「これは多分、私のことかもしれない・・。」となっているのではないかと思いますが・・。」

A「はあ、なるほどねえ・・。何だかそうしたキャラクターの表現、書き方とは「記紀」に描かれているスサノオ、オオクニヌシ、ヤマトタケルのようですね・・。それは編纂者から見て類似したような複数の人格を一人の人格にまとめ上げて物語の登場人物とすることです。しかしまあ、こうしたことは、おそらく世界各国の神話、伝承などにおいて類例が少なからずあるのではないかと思いますが・・。」

B「・・なるほど、それはこれまでに気が付きませんでした・・。また、たしかにそういわれてみますと、ほぼ無意識ではあったと思いますが、そうした要素はあるかもしれません。そうしますと、私はそれを知らずに「記紀」あるいは、その他の神話、伝承のような表現方法、書き方を採っていたということになるのですね・・(笑)。それに加えて、こうした経緯の可能性を示唆されると「そのようなことは、ある程度合理的に考えれば、大体共通した方法を採るであろうから、まあ当然といえるのではないか。」と考えるか、あるいは「そうした時間・空間を越えた共通、類似性の間には何らかの原因、あるいは関連性があるのだろうか?」と考えるかにより、その後の考えとは、ずいぶん変わってくるのではないかと思います。そして、一般的な意味における合理性に基づいて考えると、おそらく前者の考えに近いものに落ち着くことが多いのではないでしょうか?」


A「・・うん、まあ多分そうでしょうね(苦笑)。さきほど私も自分の思ったことをいったわけですが、それに対してBさんからそのような反応がくるとは思っていませんでした(笑)。
しかし、多分、おっしゃる通りこうしたことは案外重要ではないかと思います・・。
たしか柳田國男がそうした能力のことをどこかで「予言力」と書いていたように思います・・。「予言」といいますと非科学的であり「怪しい」と思われそうですが、それは過去の歴史に対する様々な深い理解、知識に基づいた、これから起こる出来事への理解および対応の仕方ともいえるのではないかと思います・・。我々日本人のこうしたことに対する認識、理解の仕方については、かねてより多くの研究者、著述家が記しておりますが、全体的な傾向としては、たしかにBさんの仰る通り、まあ、前者つまり合理性に基づいてなされているのではないかと思います・・。とはいえ、この「予言力」とは、前者的な考え方も重要でしょうが、おそらく後者的な考えを思考の熱により煮詰めることによって精製、生成されるのではないでしょうか?」

B「・・はあ柳田國男が「予言力」と記していたのですか・・。また、そうした考えとは、今現在の様々な情報が錯綜して存在している我が国であるからこそ特に重要であるのかもしれません。加えて、さきほどAさんが私のブログ登場人物キャラクターに関して指摘されたことは、一種の「抽象化」であると思います。そして「様々な歴史的出来事に対する抽象化の仕方の傾向」などにおいても国あるいは地域毎に特徴があるのかもしれません・・。」

A「・・ええ、そういったことは、たしかにあるかもしれませんね。また同じ国、地域などにおいても、時代が変わるとそうした傾向はまた変わってくるのではないかとも思います・・。これはブログの文章を書く際においても同様であるかもしれませんが、どういった深度あるいは高度から事象を眺めるかによって、眺望が異なり、それにより書く文章も変化してくると思いますので、時代、国、地域における「抽象化の仕方の傾向」の相違とは、そうしたことに因っているのではないかと思います。そして、そうした「眺望」が何故、その時代、その場所において成立したかということを考えてみるのもなかなか面白いのではないでしょうか(笑)?」

一連の私のブログ記事を読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。