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2018年3月23日金曜日

20180323 主に二著作からの抜粋引用 冷戦後の世界規模での宗教の興隆と我が国の場合・・

其の1 
集英社刊 サミュエル・ハンティントン著『文明の衝突』上巻 pp.163-164より抜粋引用
『(冷戦後の)グローバルな宗教復興をもたらした最も顕著で重要な、そして最も強力な原因は、まさしく宗教に死をもたらすとされていたものにほかならない。すなわち、二十世紀後半の世界に巻き起こった社会、経済、文化の近代化の嵐である。これにより、長いあいだ確立されていたアイデンティティの基盤と権威の体制とが崩壊した。人びとは農村部から都市へと流入し、故郷との絆を断って、新しい仕事についたり、職を失ったりした。彼らは見知らぬ多くの人びとと接触するようになり、新しい人間関係のなかにおかれた。彼らはアイデンティティの新しい根拠、新しい安定した社会、新しい道徳律の体系を求め、そこでみずからの存在意義と目的とを見つけようといたのである。宗教は、主流の宗派であれ原理主義であれ、これらの欲求をみたしてくれた。リー・クワンユーは、東アジアについてこう説明している。

われわれは一、二世代のうちに工業化をなしとげた農業社会である。西欧では二百年、あるいはそれ以上の年月をかけて行われたことが、ここでは五十年あるいはそれよりも短期間のうちに起ろうとしている。非常に短い期間に、すべてが押しつぶされそうに詰めこまれているのだから、混乱や誤作動があるのはやむおえない。韓国、タイ、香港、シンガポールなどの成長いちじるしい国々を見ると、一つの驚くべき現象に気づく・・・宗教の興隆である。祖先崇拝、シャーマニズムといった古い習慣や信仰だけでは、もはや完全な満足は与えられなくなった。人間の存在意義、なぜわれわれはここにいるのかといった疑問に対し、より高いレベルの答を求める動きがある。これは人びとが社会のなかで周期的に大きなストレスを経験していることと関係がある。

人間は、理性のみによって生きていくものではない。彼らは自己の利益を追求するうえで計算し、合理的な行動をとる前に、まず自身を定義づけなければならない。利益追求の政治を実施するには、まず自己の存在を規定する必要がある。社会が急速に変化するとき、確立していたはずのアイデンティティは崩壊し、自己を新たに定義しなおし、新しい自己像を構築しなければならなくなる。自分は何者か、自分はどこに帰属するのかといった問いへの答えを求める人びとに、宗教は魅力的な答えを与えてくれる。宗教集団は、都市化によって失われた地域社会にかわって、小さなコミュニティを新たに創出してくれるのである。』

其の2
講談社刊 加藤周一著 『日本人とは何か』 pp.116-117より抜粋引用
『では(戦後)日本の田舎ではどうか?
きだみのる氏は「部落には宗教はない。宗教の屍があるだけだ」と断定し、次のような注目すべき観察をした。

それは村のお彼岸会であり、檀家たちがお経を聞き、読経料二百円ずつ出した後で、きだみのる氏が住職や総代たちと酒を飲んだ時に考えたことである。


『彼岸の今日の儀式、費用、それらはすべて今日の部落の生活の現実に対して何の意味も持ってはいない。住職も部落の連中も懲罪の場としての地獄も亡霊の存在も信じていはしない。住職は生活のためにそれを信じている振りをしているかも知れない。しかも他のものは全く意味をもたない伝統の歯車のまにまにこのような儀式を行っているのだ』と(「群像」一九五六年十一月号)。


田舎では、仏教も天皇崇拝も、まだほんとうに生きているという考えは、日本人の観察者の中にも少なくない。

しかし、そういう観察者の大部分は都会の住人であって、部落の人々にとってはよそ者である。

部落の事情をほんとうに理解することがむずかしいのは、外国人にとって日本の事情を理解することが困難なのと似ているかもしれない。外からの観察者にとっては、田舎に宗教がみえ、内からの観察者にとっては宗教の屍がみえる。ということは、田舎には都会よりも、宗教殊にその信仰ではなく、その儀式的な面がよく保存されているということなのであろう。「住職は生活のためにそれを信じている振りをしているかもしれない。」―ときだみのる氏はいう。それを見破るためには、氏のように長い間部落に住みこむ必要があるだろう。調査票を配布して、回答を集めるやり方で、それを見破るのは、むづかしい。ところが政治・社会・文化現象の全体にとって、宗教が何らかの影響をもつか、もたぬか、もつとすればどういう影響であるかは、信じているのか、信じているふりをしているのかということによって、決定的に左右されるはずである。しかもそれだけではなく、この信じるのでもない、信じないでもない、「信じるふりをする」という態度のうちには、宗教と関連しての日本的なものの典型があらわれているかもしれないのである。』

近年から現在に至るまでに列島各地にて発生した、もしくは今現在も継続して発生している地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模自然災害により被害を被った(被っている)諸地域の安全そして復興を祈念しています。



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ISBN978-4-263-46420-5







2018年1月31日水曜日

20180131 昨日投稿の記事についての補足:用いる言語の普遍性?

驚くべきことに昨日投稿分の記事は120人以上の方々に読んで頂けました。

読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

しかし、この記事は投稿時の感覚では、あまり多くの方々に読んで頂けるとは考えていませんでしたので、その理由(多く読まれた)について考えてみますと、それは記事末尾近くの記述・・

『たしかに文系の学問は重要であるのですが、おそらくその更に基層・内奥にあるものとは、実際に存在する事物と、それらに付与されている名称の対応関係が明確な体系ではないかと思われるのです。そして、そうした体系の代表例がさまざまな理系学問ではないかと思われるのですが、その対応関係がアイマイなままにて文系学問を重ねていくと、おそらく変に感覚的なものとなり、よく分からないオリジナルとは離れた感受性の鋭さを競うようなものとなってしまうのではないかと思われるのです・・。』

にあるのではないかと考えました。
そこで、この記述についてもう少し考えてみますと、ここで述べたい要点とは『実際に存在する事物と、それらに付与されている名称の対応関係が明確な体系』を個々人が認識、内在化(インカーネーション)することの重要性です。

つまり、それが為されるのであれば、その発端、取掛りとは、特に文系・理系の何れであれ構わないと考えます。

では、何故、事物と名称の対応関係にて明確な対応体系を持つ代表例として理系学問を挙げたのかというと、先ず、理系学問とは概ね、現実の世界に存在する、知覚し得る具体的な何かを対象とした学問であり、少なくとも、その根本においては目に見えない、触れることの出来ない思想・概念といったものの存在はないと考えるからです。

理系学問にて、概念・形而上的な要素が表出されるのは、多くの事物の観察結果から、ある種の普遍性の抽出を試みたことによると云えます。

ともあれ、そうしたこと(事物から普遍性の抽出)を行う為にも、具体的な事物に対する名称が厳密に定義される必要性があり、また、まさにそれが為されていることにより、それら学問とは普遍性が担保されているとも云えます。

一方、文系学問においては、もちろんそれぞれ大変重要ではあるのですが、さきの事物と名称の対応関係が、その先もしくは背景にある概念・思想的なものの性質によってか、同じ文系学問間においても随分異なることが多いのではないかと思われるのです・・。

しかし、であるからといって文系学問に用いる言語をより精選し、共有化、少なくしようとする試みは、それが良心的な意図によるものであったとしても、実際にそれを取り組む段において、当初の意図からは外れた焚書的な行動・結果になってしまうことの方が普通ではないかと思われるのです・・【『政治は可能性の芸術ではない』と云われる所以とはこういったところに具現化しているようにも思われる。】(ガルブレイスVSビスマルク(笑))

あるいは、こうした現象については、現在の国際・国内社会などを見ますと、その実状あるいは背景などを理解することが出来るのではないかとも思われます・・。
ともあれ、そこから思うことは、これまでにも幾度か当ブログにて述べてきたことではありますが、自然なカタチでの文系・理系を横断する交流の重要性です。

また、以前に抜粋引用した荒俣宏著『理科系の文学誌』によりますと『極言すれば、東洋は観念として自然科学的事実と神秘的承認とを融合させることができたのである。』(一方で、こうした見解に対して加藤周一あたりからは反論が為されるのではないかとも思われる・・)とのことであり、くわえて東洋においても我が国は、元来そうした『融合』などが得意な文化土壌であると思われますので、そうした状況が自然に醸成されるような環境整備を行えば、感性が生き生きとした若い方々は、思いのほかに早くに馴染んでいくようにも思われるのですが、さて如何でしょうか?【おそらくそれは基礎研究のさらに基礎の部分となるのではないだろうか?】

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年、列島各地において生じた地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模な自然災害によって被害を被った諸地域の復興を祈念しています。


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20180131 【再投稿】加藤周一著「日本文学史序説」下巻 筑摩書房刊 pp.124-127より抜粋

十八世紀の初めから人形浄瑠璃と密接な関係を保ちつつ発達した歌舞伎芝居は、同じ世紀の後半に町人文化の中心が次第に江戸に移るとともに、対話劇の性質を強め、人気役者を中心とした見世物として多数の観客を集めるようになった。

このすぐれて町人的な芝居=見世物は、多くの点で、能や狂言と異なり、また十六世紀以来の西洋の近代劇とも根本的に異なる。

その特徴は、人形劇としても役者の芝居としても成功した「仮名手忠臣蔵」(初演一七四八)や「菅原伝授手習鑑」(初演一七四六)や「義経千本桜」(初演一七四七)に、早くもあらわれていた。

全曲が互いにほとんど独立した挿話と場面の連続から成り、その全体を一貫するすじには大きな意味がない。

各幕は大詰へ向って収斂するのではなく、それだけで一種の盛り上がりをみせる。

「仮名手忠臣蔵」の場合には、すでにふれた。敵討ちのすじは、その芝居の前提であって、眼目ではない。「菅原伝授手習鑑」の全体も、菅原道真の失脚を中心としてまとめられてはいない。

「義経千本桜」に到っては、義経伝説と平家の武将を背景とする場面をほとんど何らの脈絡もなくよせ集めただけで、各場面を一貫するすじも、論理も、思想もなきに等しい。

観客がこのような大作の一幕だけを、独立の見世物としてみるのは当然であり、現に人形劇でも芝居でも、部分を全体から切離して上演する独特の習慣が生じた。
また座附作者の側でも、その数人(普通は二、三人、しかし四、五人に及ぶこともある)が、手分けして、それぞれの部分を書く。
かくして出来上がった脚本が、たとえば近松門左衛門の浄瑠璃、殊にその世話物の緊密な劇的構造と著しい対照をなすことはいうまでもないだろう。
科白劇としての歌舞伎は、浄瑠璃の語りの部分を抑えて、各場面を役者の科白で進行させる。

しかしそのことは、浄瑠璃の美文の魅力が、役者の科白に移された、ということではない。

それどころか科白劇の成立は、同時に歌舞伎が「言葉の力」を失うことでもあった。

歌舞伎の科白は、状況の説明か、人物の感情の単純で日常的な表現にすぎず、どういう意味でも雄弁の力を示さない。

また一般化や逆説や抽象的な命題を含まず、その知的な内容の極度に貧しいものである。

たとえば有名な科白として人口に膾炙する文句をみよう。

そのほとんどすべては、特定の状況における特定の人物の特殊な感情に係っていて、人間一般の感情を語らず、人間についての知的考察を加えない。

したがってその大部分が固有名詞を含むものである。(「由良之助はまだか」から「今頃は半七さん」まで)。

これはたとえば英語国民によく知られているシェイクスピアの有名な科白とは、鋭い対照をなすだろう。

「世界はどこでも一種の舞台だ、男や女は誰でも役者にすぎない」(As You Like It, Act Ⅱ, Scene 7)というような一般化を、歌舞伎の役者は決して行わないのである。

なぜ行わないのか。おそらく徳川時代の町人がその日常生活において、特定の人物について語ることが多く、人間一般(「男や女は誰でも」)について語ること稀だったにちがいない。

彼らの関心は特殊な対象に向い、普遍的な洞察には向わなかった。

また小さな所属集団内部での情意伝達に慣れた人々が、長い間「以心伝心」を理想としてきたということもあろう。

言葉による伝達には限界があり、大切なことはすべて言葉によらずに伝達されるという考え方は、日本文化のなかに浸透していた。


伝達の内容の特殊な状況との密接な係り、また伝達の手段としての言葉の相対的な非重要性、一般に日本社会の、殊に徳川時代の社会の、現実の会話を特徴づけていたであろうこの二つの性質は、歌舞伎の舞台の会話にも反映せざるをえなかったはずである。

しかし特殊な状況における特殊な感情の表現に科白を限定することは、芝居から知的興味を奪い、登場人物の人格の大きさを制限する。

赤穂浪士の一団を率いた大星由良之助の性格は、敵討ちの目的そのものを問いなおすほどに複雑ではなかった。

菅原道真や義経には、彼らの置かれた不幸な境遇だけがあって、性格らしい性格はほとんどない。

しばしば登場する忠臣たちは、しばしば彼らの主人に対する忠誠と人情との間に引裂かれていたが、彼らのなかの誰一人として、みずからの感情的経験によって既存の社会的秩序を批判し、再解釈しようとする者はなかった。

外在的な理性的秩序と内在的な恋情的欲求との対立緊張は、決して合理的秩序の内在化と恋情の合理化=外在化へみちびかれず、したがって異なる感情的経験にもとづく異なる法解釈の対立は生じ得ない。

歌舞伎に法廷の場面が少なかったのは、おそらくそのためである。

日本の芝居の悪玉と善玉とは、シャイロックとポーシャのように公的な法廷において対立するのではなく、金や腕力や陰謀だけがものをいう私的な場面において出会っていた。

また歌舞伎の主人公は公衆に向って訴え、彼らを説得しようとはしない。

彼らの正義は、当事者だけのものであり、彼らには第三者を説き伏せる論理がなかったからである。

将軍たちは、ブルータスやマーカス・アントーニアスのように広場の演説で自己の立場を正当化する手続きをとらずに、いきなり戦闘に入る。問答無用。科白は当然貧弱にならざるをえなかった。
「日本文学史序説」下巻
「日本文学史序説」下巻
ISBN-10: 4480084886
ISBN-13: 978-4480084880
加藤周一



2018年1月29日月曜日

20180129 文章の作成などに作用する地域由来の要素について思ったこと・・

本日の首都圏もまた大変寒い一日でした。さらに今週は半ば過ぎより再び降雪の可能性があるのとことで、屋外にいることが比較的多い自身としては、多少気が重くなるハナシです・・(苦笑)。

また、そのように考えてみますと鹿児島在住の後半の期間は、ほぼ毎週末温泉に浸かっていましたが、おそらくそれらの機会で自身に取り込まれた当地風土の『何か』が、おそらく現在においてもまだ体内の何処かで生きているのではないかとも思われるのです・・(笑)。

何故ならば、以前の首都圏在住時の自身であれば、寒い状況よりも暑い状況の方をより耐え難いと感じていたからです(あるいは単純にそれは加齢による基礎体温の低下によるものであるのだろうか?)。

しかし一方で、現今においては(悔しいことに)ほぼ首都圏での生活に慣れつつあり、くわえて一連のブログ記事もまた(悔しいことに)ほぼ此処首都圏にて作成されたと云えます・・。

そのように考えてみますと意識・無意識を問わず日常的に刺激に事欠かないとも評し得る首都圏とは、一面においてこうした文章作成には適しているのかもしれません・・。

以前にも書きましたが鹿児島在住時、SNSのミクシィにて週に一回程度、こうした記事らしきものを作成していましたが、その当時において作成頻度を増やすことが出来たかどうかとは不明ですが、おそらく当時の自身ではそれが限界に近かったのではないかと思われます・・。

そうしますと、では何故、現在の自身とは、書籍からの抜粋引用もありますが、ほぼ毎日、このように記事作成を行うことが出来ているのでしょうか?そして、それを為さしめている能力とは如何なるものなのでしょうか?
否、より精確には、それは能力と表現されるものではなく『視野』と表現されるものであるのかもしれません・・。

つまり、ある種の視野にて世界を認識することにより、こうしたブログ記事の文章とは特に苦もなく作成することが出来、そしてまた、その視野を保持するためには、首都圏などにおいて特有な、ある種の刺激が効果的に作用するのかもしれません。

そのように考えてみて想起されることは、加藤周一が述べていた『都市部に文章作成・文学などに対して興味のある層が集中する我が国の傾向』であり、あるいはそれと何かしらの関連性があるのではないかとも思われるのです・・【多少自意識過剰気味ではあるものの(苦笑)】。

次いで想起されたことは、これまた以前のブログ記事にて述べた『近代以降の我が国における都市部、就中、東京出身の長編小説執筆者の少なさ』であり、長編小説の執筆といった息の長い創作活動を行うためには、我が国の都市、特に首都圏とは向いていないのかもしれません。これを換言しますと、長編作品を生じさせるためのある種の『土性骨』といったものは都市部にて得ることは困難であるということであるのかもしれません・・。

あるいはそれと同様の事情が、我が国のノーベル賞受賞者の出身地が首都圏文化圏とは異なる西日本に偏在している一つの原因であるようにも思われます・・。

それ故、おためごかしではなく、やはり我が国にて現在進行しているとされる東京・首都圏への一極集中とは、長い目で考えてみますと持続可能性・発展持続性が乏しくなってしまうのではないかと思われるのですが、さて、如何でしょうか?

ともあれ、今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年来、国内各地にて発生した地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模な自然災害によって被害を被った諸地域の復興を祈念しています。



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2017年9月21日木曜日

20170920 感興を以って文章を書くこともまた大事であると思います・・

A「昨日の記事投稿によって総投稿記事数が750記事に到達しましたが、自身の内外において特に変わったことが生じることもなく、またここで新たな記事を書きはじめるに至るまで、そのことはほぼ忘れていました・・(苦笑)。

しかし、思い出してみますと、以前500記事到達の際は、それなりに高揚し、あまり寝付けなかったほどであったのですが、そうしますと、この250記事作成の間に生じた変化とは、一体どのようなものであったのでしょうか・・(笑)。

それは一つ一つの記事作成における『思い入れ・感興』といったものが(より)少なくなり、本格的に日常的・ルーティンな作業と化していった過程を示しているのではないかとも思われます・・。

そして、ブログ記事作成をも含めた創造的な行為全般とは、こうしたいわば、はじめの上り調子の後に訪れるプラトー・停滞の状態になった後にこそ、本当の工夫、創造といったものが求められ、そして生じていくのではないかとも思われるのです・・(より詳細に観察すると数段階程度あるのかもしれません)。

とはいえ、こうした状態(プラトー・停滞)とは、単に記事作成時の思い入れ・感興が少なくなったことにより、総じて記事作成が困難になるのみでもなく、その代わりに何やらよく分からないのですが『記事、文章を書き始めますと、どうにかある程度までは書くことが出来る』といった状態にまで(ある程度安定的に)至ったということを以って、思い入れ・感興が減衰した分を相殺し、どうにかなっているのではないかと思われるのです・・(笑)。

とはいえ、それでもやはり時には何かしら大きな感興を以って文章を書いてみたいとも思うところです・・。

たとえ、いかに技術的に高度なものを得たとしても、人が能動的に文章を著すといった行為の起源には、やはり感興が大きく作用しているのではないかと考えます・・(笑)。
(詩などはよりその傾向が強いのではないだろうか・・?)

さて、感興といえば、先日所用にて御茶ノ水周辺、駿河台下(靖国通り沿い)を歩いておりますと、軒を連ねている古書店の一つの前にて不図足が停まり、屋外にある書棚から、状態の良い箱付きの加藤周一著「日本文学史序説」(上下巻)を見つけました・・。
(このような時の私のセンサーとはなかなかのものかもしれません・・(笑)。

この著作を手に取り、しばらく頁を広いておりますと、これまで所持している文庫本の同著よりもサイズが大きいことから、かなり読み易く感じられました・・。

そこで値段を見ようと思い、古書にて値札がよく貼ってあるカバー・裏表紙裏を見ましたが見当たらないため、尋ねてみようと、比較的明るい店内に入り、奥のカウンターにて何やら作業をしている店主らしき方に著作を渡しつつ値段を尋ねてみますと、しばらく著作を手に取り眺めた後、どちらかというとぶっきら棒に値段をいわれました。

その値段とは、私にとってかなり破格であったことから、しばらくその場にて考えた結果、購入することにしました・・。

この間およそ三分間足らずの出来事であり、また、それがごく最近生じた感興が生じた、高まった場面です・・(笑)。

今回もまたここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。


昨年から現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された地域における諸インフラの復旧・回復そして、その後の復興を祈念しています。」




2017年8月27日日曜日

20170826 次に読む書籍に関して思ったこと【文体に慣れる】☜これが大事かもしれない

先日下巻を購入した著作はこれまでで半分程度にまで至りました・・。

下巻の方が個人的には興味深いことが多く書かれているようであり、もしも修士課程院生時代にこの著作に出会ってたら、おそらく参考文献のひとつに加えていたことでしょう。

ともあれ、近日中にこの著作を読み終えたならば、どうにか通史的な著作を読める(頭の)準備が整ったということで、次は他のこうした著作をあたり読んでみよう思います。

また、ここで『通史的』著作ということで不図思い出されたのがこれまでに数多くその抜粋引用を行ってきた加藤周一著『日本文学史序説』上下巻であり、これを現在頁を開いてみると如何なる感じを受けるのかと思い、手に取り見てみますと、その文体は簡潔・精緻であり分析は論理的であり『過去の自分はこの著作をよくも複数回にわたり通読したものだ・・。』とも思われるのです・・(苦笑)。

またそれと同時に『これこそ母国語で書かれた知的な著作である。』と一種有無を言わさないような実感が湧いてくるのです・・(笑)(加藤周一や大西巨人の文体より生じるあの迫力とは一体なんであろうか・・?この迫力とは邦訳された通史的な著作からはほぼ感じることは出来ないように思われるのだが。)。

ともあれハナシを戻し、これも先日ブログ記事にて書いたことではありますが、かつて自身が著作内に線引き、書き込みをしたいくつかの部分をあらためて開き読んでみますと、そうした部分に関しては、不思議なことに実際に読んでみると記憶がよみがえり、また著作文章と書き込み部分との関連も(ほぼ即座に)理解されるのです・・。

それ故、この次はあらためて『日本文学史序説』上下巻を通して読んでみようかとも思いましたが、この著作に関しては、もうしばらく寝かせておく方が良いと思われますので、新たに別の面白いと思われる通史的な著作を物色してみようと思います・・(笑)。

また、ここまで書いてきて強く思ったことは『書籍を読むということは、往々にしてその文体に慣れるということではないか?』ということであり、その意味において、決して多くはないにしても私はある程度の種類の文体には接してきたのではないかとも思われます・・。

しかしながら、そうであっても自身が文章を書く段となりますと、その文体とは未だ確立されたという自覚に至らず、かように何やら書き続けてはいますが、その出来上がった文章に対して心底より満足のいったものはこれまで皆無であると云えます・・。

時折、知人よりブログ記事に対して批評のコトバを頂戴することがありますが、それは文体に対してでなく、専ら記事の内容についてであり、そうしたことから『文体とはどうやら自分一人で練り上げて行く以外にないのだな・・』と思われます・・(苦笑)。

とはいえ、それと同時にブログ記事であれ、さすがに1000記事程度まで書き続けていると何か少しは変わり、分かってくるのかもしれないとも思われるのです・・。

さて、次に読む著作の選定の前に現在読んでいる著作の続きを読み進めます(笑)。

そして今回も、ここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに発生した一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害により被災された地域での諸インフラの復旧・回復および、その後の復興を祈念します。」











2017年7月18日火曜日

20170718 新たに面白い著作を見つけ出した経緯から思ったこと・・シンクロニティあるいはセレンディピティ?

一昨日投稿の記事冒頭において野上彌生子著『迷路』を取り上げましたが、この著作上巻を昨日就寝前に読んでおりましたら、思いのほか面白く感じられ、なかなか寝付くことができませんでした・・(苦笑)。

その影響からか、本日仕事の合間を利用して書店に入り、文庫本コーナーを徘徊していると、さきの『迷路』と(ほぼ)同時代を舞台とした小説を見つけ、しばし立ち読みし、面白いと思われたことから、これを購入しました。

その後、帰宅時の電車等を利用し、これまでに60頁ほど読み進みましたが、やはり、その描かれている世界とは『迷路』と近接し、またその一方で、異なると思われたところは、地方社会の描写が見受けられないことです。

そうしますと、この著作が戦前期(1930年代)の東京を舞台としたことが分かると思われますが、この時代とは、世界規模でキナ臭い動き、動乱への前触れといったものが多く見出されるようになったという意味で、あるいは現在とも似ているのではないかと思われます・・。

また、別件ではありますが、ここまで書いており不図、不思議に思ったことは、昨日の就寝間際の『迷路』の読書を伏線として、本日の短い仕事の合間での時間(10分程度)にて、ほぼ無意識ながら、類似した時代背景を持つこの著作を見つけ出し、手に取ったことであり、こうした書籍を選ぶ時の感覚もまた経験と共に磨かれていくものであるのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、こうしたことはあまりたいしたことでもなく、あるいはさまざまな学問分野において自然に為されていることであるようにも思われます。

そして、ここまで書いて、一度休憩すべくミネラル・ウォーターを飲み、続いて無造作に床上に積み重ねられている書籍の一冊を手に取り、開いた頁に以下の記述が見受けられたこともまた、ほぼ偶然ではあるのでしょうが、さきと類似した現象であるように思われます・・(笑)。

講談社刊 加藤周一著 『日本人とは何か』pp.205-206より抜粋引用
ISBN-10: 4061580515
ISBN-13: 978-4061580510
『『近代文学』同人に典型的なように、学生時代に特高警察に追い回された経験がこの世代に共通の経験である。
それは戦時中および戦後の彼らの立場を考えるときに、重要な要素だ。明治の文学者が自然主義小説のなかに近代文学そのものをみたように、あるいはみざるをえなかったように、大正から昭和へかけての日本の知識人がマルクシズム理論のなかに社会科学そのものをみた、みざるをえなかったという事情を、想起する必要があるだろう。
しかしそれはマルクシズムとの接触を最後に経験した世代、戦時中の知識人のいちばん若い世代に、固有のことではない。
彼らがそのまえの世代から本質的にちがっていたのは、現実社会のすべての体験が、彼らにとってははじめからファッシズムの体験にほかならなかったということである。
われわれはすでに、頭で理解された外来の思想や科学的なものの考え方が、「生活」に屈服し、「日本」に屈服し、容易に天皇制国家を超えることができないという実情をみてきた。
しかしその場合の「生活」が巧妙に組織された小集団相互のつり合いの上に成り立ち、一定のコンフォルミズムが確実に一定の快適さを保証するような具合にできあがっていたこと、また「日本」が明治以来の帝国の膨張の歴史に支えられ、また中野好夫流にいえば、先進国に「追いつき追いこせ」の原理に鼓吹された国民教育によって支えられていたということを、みおとすことはできない。
そういうことのすべてが「本心からの思想などというものはない」と呟くときの「本心」を形成したといえるだろう。
戦時中に四十歳以上の世代では、思想が身についていなかったばかりでなく、身についていない思想に復讐する本心が彼らの「日本」と強く結ばれていたのだ。社会的に責任のある地位にいたということも、そのむすびつきを強めたにちがいない。またすでに享受していた便宜を失いたくないという動機をも生んだに違いない。』

さて、如何でしょうか・・?
また、現在読んでいるこの著作については、また後日取り上げるつもりです。

そして、面白いことにこうした現象とは、自身の場合、夏に何故であるか割合多く生じるように思われます。
また、こうした現象とは、単なる自身の思い込みでなく、何かしらの根拠があるものであれば、それはシンクロニティあるいはセレンディピティと称されるものなのでしょうか・・(笑)?

ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年から現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害によって被災された地域での諸インフラの復旧および、その後の速やかな復興を祈念しています。』








2017年6月1日木曜日

20170601 640記事 昨日の偶然の読書から思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】

A「昨日ある書類を探していたところ、以前に購入していたラッセル著『西洋哲学史』全三巻が目につき、就寝前に第一巻を読みはじめてみたところ、どうしたものか大変面白く感じられ、そのまま10頁近く読んでいしまいました・・。

では『何故この著作を読み面白いと思ったのか?』とは、おそらくこの著作に現在自身が日常生活において接することがない考えが、流れるように、あるいは理路整然と述べられていたからではないかと考えます・・。

たしかにこうした文章を書くことが出来る人は先ず間違いなく凡人ではないと思われます・・。

また、おそらく現在の我が国において西洋哲学に対して、こうした文章を書くことが出来る研究者、著述家とは少ないのではないかと思われます・・。

とはいえ、多少これと類似する読後の感覚に持つに至る日本人研究者は、粘菌、民俗学の南方熊楠、アジア史の宮崎市定、解剖学、考古学の金関丈夫、そして近いところになりますと、数年前に亡くなられた考古学の森浩一あたりではないかと思われます・・。

もちろん、他にもそうした研究者、著述家はいるとは思いますが、あくまでも自身のこれまでの経験から述べることが出来るのは概ね以上の方々です。

また、丸山眞男、加藤周一などもその文章は大変優れたものであるとは思われるのですが、これらの方々は、それと同時に当時の政治情勢などとも、幾分浅からぬ関係があると思われるため、何と云いますか、その述べるところには、スンナリとは肯定、納得させない何かがあるのです・・。

とはいえ、それもまた特に思想などを扱う研究者においては大変重要な要素ではあるのですが・・。

そして、そのようなことを述べると『南方熊楠も少なからず当時の政治に対する言及があるのではないか?』と考える方々もいらっしゃるとは思いますが、南方熊楠の場合、自身が住み、慣れ親しんだ熊野、南紀の自然を守るための論陣であり、何と言いますか、その背景にある土俗的精神が、さきに挙げた二者とは大きく異なり、私見とはなりますが、それは西郷隆盛の土俗精神とも相通じる何かがあるのではないかと思われます・・。

そして、このように考えてみますと、近代以降の我が国とは、現在に至るまで、その意図の有無に関わらず、無意識的ではあれ、こうした地域毎の土俗精神を減衰させ、骨抜きにしてきたのではないかとも思われるのです・・。

また、こうした視点とは、実際に幾つかの地域に数年程度住むことにより、はじめていくらか実感を以って理解出来ることであり、その点において現在の自身とは、以前と比べると、多少内面が複雑になってしまったのではないかと思われるのです・・。

そして、さらには、こうした経験があることから、現在の自身とは、どうにか継続的にブログ記事の作成を行うことが出来ているのではないかとも思えるのです・・。

また、このようなことを書いていて、不図思い出したのは、冒頭に挙げた著作からの一部分であり、以下にその抜粋引用を示します。

みすず書房刊バートランド・ラッセル著 市井三郎訳 『西洋哲学史』
1古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 P.3より抜粋引用

ISBN-10: 4622019019

ISBN-13: 978-4622019015
『スパルタにおいては、個人はほとんど自由を持たなかったし、アテナイにあっては、時として迫害がありはしたが、市民はその最良の時期には、国家の制約からの異常なほどの自由を持っていた。
アリストテレスにいたるまでのギリシャ思想は、都市に対する宗教的で愛国的な献身に支配されていて、その倫理の諸大系は市民の生活に適応させられ、政治的な要素が大きかったのである。
しかしギリシャ人が最初はマケドニア人に、次いでローマ人に従属することとなった時、ギリシャ人が独立していた頃にはふさわしいものであった倫理的諸概念は、もはや通用し得ないものとなった。
このことは一方では、伝統と訣別することによる旺盛な力の欠如を産み出し、また他方では、より個人的であまり社会的ではない倫理を産み出した。
ストア学派のひとびとは、有徳な生活というものを、市民の国家に対する関係というよりは、魂の神に対する関係として考えるにいたった。このようにして彼らは、キリスト教への道を準備したのである。』

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震により被害を被った地域の出来るだけ速やかな諸インフラの復旧、さらにその後の復興を祈念しております。







2017年5月3日水曜日

20170503 思想、哲学と実際の経験・・活きたコトバとは?

A「600記事到達以降も記事作成を継続し、今回の投稿によって15回目の投稿となります。

この調子にて記事作成を継続すれば案外650記事程度までは、あまり苦もなく到達することが出来るのではないかとも思われますが、どうなるものでしょうか・・(笑)。

さて、昨日の投稿記事はあまり多くの閲覧者数を得ることが出来ないのではないかと思われましたが、その予想に反し、割合多くの方々に読んで頂けました・・。

一般的に思想、哲学といったものは、我が国においてはあまり面白いものとされておらず、また、たとえその種子を学生時代に蒔かれたとしても、社会人、実社会において、その興味を失ってしまうことが多いように思われます・・。

これは今もって不思議に思うところであり、また同時に、それが我が国の西欧文化の受容における一面の限界であるのかもしれません・・。

そして、正直なところ、こうした我が国の社会における傾向とは本質的に変わることはないと思われます。

あるいは変わるとしても、それは『角を矯めて牛を殺す』ような結果になると思われますので、案外、このままの方が我が国の場合は良いのではないかとも思われます・・。

とはいえ、自身の場合もまた、ほぼ独学、耳学問に基づくものであって特に思想、哲学といったものを専攻したわけでもありませんので、畢竟この意見もまた、単なる思い込みであるのかもしれませんが・・。

しかし他方、こうして考えてみますと、我が国における思想、哲学といったものの学校、社会での伝達の仕方、つまり教え方にも、また多少は問題があるのではないかとも思われます・・。

とはいえ、こうした思想・哲学といったものの知識あるいはその体系もまた、他の学問と同様、そう簡単に扱うことが出来るようになるものでもなく、むしろ、こうした形而上的なことがらを扱う学問とは、対象となるものの多くが、実体としては存在しないことから、ある程度の期間を要する学習、独学と、実際の経験を加味・化合することによってのみ、何といいますか、そうした思想、哲学のフィルターを通して事物・事象を観ることが可能となり、そして、それを能動的に言語化することが出来るようになるといった性質であるように思われます。

また、さきに述べたこととも関連するかもしれませんが、我が国の実社会においては、そうした思想、哲学のフィルターを通してものごとを観ることは、何故であるかよく分かりませんが(かなり)タブー視されている感がありますので、おそらく、その時点でも、そうした学問に対する興味の芽は概ね摘み取られるのかもしれません・・。

そういえば、このことは山本七平、加藤周一もどこかで述べていた記憶があります。

ともあれ、以上のような経緯によって我が国の文系学問分野においては大学にて得た知識・知見と実社会が大きく離れたものとなってしまっているのではないかと思われます・・。

そして、以前にもブログ記事にて書いたと記憶しておりますが、この点において、上記の文系学問一般とは、少なくとも医療介護系などとは、大きく背景にある価値観が異なると評しても良いのではないかと思われます・・。

また、我々日本人とは、伝統的に即物的な世界観、つまりモノとコトバの対応関係が比較的明確な世界については明るいといった傾向があると思われますので、敢えて文系であるからといって、そうした思想、哲学を教える学部、学科を持ちたがる、あるいは当初から教えるのではなく、医療、介護、社会福祉などの実習、経験を要する学習を通じ、自然にそうした思想、哲学に興味を持つような経路、システムに多少改めてみても良いのではないかと思うことが少なからずあります・・。

現在になって考えてみますと、自身の場合もまた、そのような感じであったと思われますので・・。

根本的に思想、哲学もまた活きたコトバで語られなければ、それは空虚なカタチだけのものとなってしまい、伝達の力を失います。
そして、活きたコトバによる思想とは、実際の経験から内発的に生じるものではないでしょうか・・?

今回も、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて生じた地震により被災された諸地域の出来るだけ早期のインフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」




2017年4月5日水曜日

20170405 ブログ記事作成の継続と矢数俳諧について・・

A「昨日の投稿記事は概ね書籍からの抜粋引用ではありましたが、思いのほか多くの方々に閲覧して頂いたようです・・。

また、これまで22カ月(660日)程度にて600記事近くの投稿を行ってきたことは、概ね10日のうち9日は何かしら記事を作成してきたことになります・・。

これもあまり自慢できることではありませんが、それでもこうしたことは以前の自身では行うことが叶わなかったと思われますので、多少大げさに表現すれば『現時点あるいは毎日の記事更新においても、その都度、新たな境地に踏み入れている』といった感があるのです・・。

とはいえ、こうした感興に浸ることは、これまでの経験から必ずしも文章作成にとって良いものではなく、むしろ、そうした感興が無い、あるいは抑えた状態の方が、どうやら文章作成においては、適しているようです・・。

また、こうしたことは、他のさまざまな精神が関与する我々の為す作業においても類似、同様の傾向が認められるのではないかと思われます・・。

しかしながら、こうした傾向『だけ』が良いというわけでもなく、場合によっては内在、蓄積された創造を伴う精神を一気に放出した方が良い場合、場面もあるとは考えますが・・。

そしてまた上記の考えに加え、一連の当ブログとも、いくらかの関連が示唆されるものとして、想起されるものは『矢数俳諧』です。
これはおそらく17世紀末頃、大阪の井原西鶴がその記録を保持しているのではないかと記憶しております・・。

とはいえ、その記憶が不確かであることから、本日も以下に書籍からの抜粋引用を行います・・。

筑摩書房刊 加藤周一著 「日本文学史序説」上巻 P.527より抜粋引用

俳諧について
 「連歌の形式をとって、諧謔風刺を内容とし、主題・語彙ともに平安朝貴族趣味を離れて民衆の日常生活に即する傾向は、十六世紀に流行して、その専門家を生むに到った(俳諧師)。
十七世紀に入ると、専門家たちは忽ち技巧的となり、文献をふまえ、暗喩を多用し、言葉の奇抜な結びつけを貴んで、謎めいた句を多作するようになった、その代表的な作家が、西山宗因(一六〇八~八二)である。熊本出の元浪人で、その一派の作風は、「談林風」とよばれる。「談林風」の言葉の遊戯をもっとも徹底させた制度は、おそらく、一定の時間内に独りでどれほど多く連歌の句をつくるかを競う「矢数俳諧」であろう。
 その名手が、大阪の俳諧師、井原西鶴(一六四二~一六九三)であった。西鶴は、一六七七に、二十四時間一六〇〇句の独吟に成功して有名となった。(「俳諧大矢数」)。二年後にその記録は、仙台の俳諧師に二十四時間三〇〇〇句によって破られる。そこで西鶴は、翌年(一六八〇年)、二十四時間四〇〇〇句で、さらに記録を更新し(「大矢数」)、一六八一刊)、その四年後には、遂に二十四時間二万三五〇〇句の記録を樹てたといわれている(摂津住吉の神前興行、一六八四年、その独吟が残らなかったのは、平均一分間に一六句の早口を記録することができなかったからであるらしい)。」

一分間に一六句を作成する、そしてそれを二十四時間継続することが可能な精神あるいは頭脳の状態とは一体どのようなものであったのでしょうか・・(笑)?

また、それに付随し、これまでブログ記事作成を継続して時折感じることは、長編小説などを執筆出来るその精神あるいは頭脳とは一体どのようなものなのであろうかということです・・。

とはいえ、当ブログを開始する以前は、そのようなことも現在ほど実感を以って感じ、考えることが出来なかった(純粋に読者の立場でいた)ことから、おそらくブログ開始以前の自身と比べた場合、現在とは、多少の進歩はしているのかもしれません・・。

それでも、いま少し先、伸びしろがあるとは考えますが・・(笑)。

ともあれ今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」

















2017年4月1日土曜日

20170331 本年度最後の投稿  さまざまな出来事の基層に流れる性質? 

本日の首都圏は一日を通じて降雨そして気温もあまり上がりませんでした。

また、天気予報によりますと、明日も気温はあまり上がらずに真冬日になるとのことです・・。

とはいえ、ブログ記事の方も580記事に至り、目標とする600記事まで残り20記事を切りましたが、先日の記事に書いた通り、あまりそうしたことを考えずに今後もとりあえず600記事までは書き続けようと思います・・。

また、先ほどブログ頁を開いてみたところ、昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの方々に閲覧して頂いたようでした。
読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

そういえば、本日の帰宅の途中、先日投稿した記事に書いた『大変面白く読ませて頂きました。』との評価を頂いた書籍の指摘箇所を書店にて読んでみますと、その箇所に前後する文脈が、あるいは現在の我が国にて生じているさまざまな出来事に対する評価ともとらえることが出来、あるいはそちらの方がその方のご意見であったのではないかとも思われた次第です・・(笑)。
多少飛躍、考え過ぎの感はあるものの・・。

また、その書籍の著者とは、これまでに当ブログ記事にて数多く、その文章を抜粋引用している加藤周一であり、この著者のことを何かのきっかけで話しますと
『いやあ、でも、あの人はサヨクでしょ・・?』あるいは『一番タチが悪い、いわゆる進歩的知識人てヤツだ。』
といった評価を聞くことがありますが、たしかに一面においてはそういった主張は自身も分からなくはないです・・。

しかし他方で『ではさきに示したような評価をされる方々とは、その著作にて述べられていることがらについて、どの程度能動的に考えたことがあるのでしょうか?』と云ってみたくなることも少なからずあるのです・・(自身もそこまで考えたとはいえませんが・・)。

これも見方によれば非生産的として社会的に日の目を見ることが少ない元文系院生の戯言、恨み言とも聞こえるのかもしれません・・(苦笑)。

さらに、そのようなところから、さきに述べたような飛躍、考え過ぎの感に結節したのではないかとも考えられます・・(笑)。

そして、そのようなことを書くと今度は『では、その前後する文脈とやらを述べよ』といった反応が生じる可能性がありますので、記憶を頼りに書いてみます。

それは著作内の戦前期のことを述べた箇所であり、そこで著者加藤周一の大叔父にあたる帝国海軍軍人が『急進的、狂信的な国家主義者・自称愛国者が台頭するようになると国がダメな方向に行く』という意味のことを述べていたことが記されています・・。

このことは現在の我が国での社会にて生じているさまざまな出来事を考える上においても示唆するものが多い、あるいは(少なくとも近代以降の我が国においては)普遍的な現象であるのかもしれないとも考えさせられます・・。

とはいえ、こうした現象の基層に流れている、ある種の性質とは、我が国が古来より保持しているかなり根強いものではないかとも考えさせられるのですが、さて如何でしょうか?

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」





2017年3月19日日曜日

20170318 書店にて思ったこと(装置と芸術の違い・・?)

A「気がついてみましたら、投稿記事数も570に近づいておりました・・。

この調子にて記事作成を行っていきますと、来月中には以前に書いた目標通り600記事に到達することが出来るのではないかと思われます・・。

とはいえ、これは未だ先のハナシですので、この先もただ、出来るだけ毎日何かしら書いていこうと思います・・。

そういえば、本日久しぶりにある程度の時間を書店にて過ごしました。

大型の書店に行きますと、いつものことですが、知らないこと、読んでいない書籍、知らない分野の多さに愕然とします・・(苦笑)。

さて、本日赴いた某書店内に掲示されていたポスターから再認識したことであり、また同時に自身は視聴していませんので、そのストーリーは分かりませんが、今年の大河ドラマは織豊・江戸初期の井伊家が題材となっているようです。

そして、そこから以前に投稿した昨年の大河ドラマ『真田丸』を扱ったブログ記事内において、偶然にも、わずかながら井伊家のこと(井伊の赤備え)を書いていたことを思い出しました・・(笑)。

また、それに加えて、これまでに投稿したブログ記事にて数度取り上げている野上彌生子著『迷路』に明治以降、華族となった井伊家当主兄弟をモデルとした人物が重要な役柄で登場することも思い出されました。

この登場人物については、加藤周一著『日本文学史序説』下巻においても解説されており、その部分はブログ記事として抜粋引用を行った記憶があります・・。

考えようによれば、これらもなかなか面白い偶然であるのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、ここまで書いていて不図思ったことは、この野上彌生子著『迷路』を大河ドラマに限らず映像化してみるというのは、なかなか面白く、且つ、これまで為されていない試みではないかと思いますが、如何でしょうか・・?

また、以前には山本薩夫監督『戦争と人間』という、部分的には多少史実と異なるものの重厚な長編映画がありましたので、同じ戦後期、現代とはいえ、数十年程度の単位にて文化水準といったものは大きく変化する性質のものであるとも考えられます・・。

その意味で、おそらく自身を含め現在の我々とは、小説も映画もドラマも『手軽に感激することを目的とした装置』のように認識しているのではないかと思われます・・。

一面においてそうした認識は間違っていないとは考えますが、しかし、本来それらが、芸術である所以とは『そこから有無を云わせない何かを提示され、考えさせられること』ではないかと考えます。

異言すると、そうした芸術作品とは、感激は残さずとも、不可解ではあれ『何かしら強い印象』を心に残すものであると思われます。

そして現在、そうした意味での重厚な作品とは、かつてに比べ少なくなっているのではないでしょうか?

そして、たしかにそうした作品がかつてに比べ少なくなっているのであれば、その大きな理由とは、小説、映画、ドラマといった、モノガタリを人に提示する様式全てが『マンガ』を基準とすることが最も効果的な集客、販売につながると考えられるようになったからではないかと思われるのですが、如何でしょうか?
(何でも分かり易ければ良いというものでもないらしいです・・。)

そしてそこから『(経済的な意味での)有用性の限界』および『文化水準とは何であろうか?』と考えさせられます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した大地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」














2017年3月14日火曜日

20170314 再び時間をかけて読んでみたい著作などについて・・

A「今回の記事投稿により総投稿記事数が565となります。
そして600記事まで残り35記事ということになり、この調子にて記事作成を継続すれば来月中に目標とする600記事に到達することが出来るのではないかと思います・・。

しかし600記事に到達した場合『その次はどうしようか・・?』といった先のビジョンは、これまでと同様、特に考えておりません・・(苦笑)。

また、その一方で先日の勉強会への参加から強く思ったことは『何か硬質な書籍』を通読、精読してみたいといったことであり、具体的にはバートランド・ラッセル著『西洋哲学史』全三冊に再チャレンジしてみたいと思います・・。

この著作は修士課程院生時代に知り、院修了に至る時点においても読んでいたのですが、結局読了には至ることが出来ませんでした・・。

とはいえ、この著作とは当時の感覚にて大変面白く、また、そのいささか断定的ともいえる高い見地からの論述には魅了され『このラッセルという人は天才であろう・・』と思い、また現在においても『少なくとも、こうした才能を持った人物は稀であろう・・』といった認識は保持しております・・。

今後、再度この書籍を手にして読んだ場合、一体どのような感慨が湧き、そして読了にまで至ることが出来るのでしょうか・・?

また、自身の感覚として、この著作に類似するものは加藤周一著『日本文学史序説』全二巻であり、これは幾度か集中して読む期間がありましたが、読了に至ったのは2013年冬であり、その後も折を見て読んでおりますが、それは当ブログ記事の特に初期の記事にて、そこからの抜粋引用が多いことからも理解されるのではないでしょうか・・?

この著作もまた、今後随時、再読、更なる精読を試み、また、この著作に関しては、特に英訳本での読了に至りたいといった願望もあります・・。

さらに、硬質な書籍として、小説ではありますが大西巨人著『神聖喜劇』全五巻が挙げられます。

この著作は文系の師匠に勧められたものでしたが、読了後、師匠にそのことを話しますと『君はあれを全部読んだのかね?』と多少驚かれた記憶があります・・(笑)。

この著作はその文体により、大変魅力的ではあるのですが、同時に読み進める速度が遅くなってしまい、読了に至るまで、半年程度の月日を費やしたことが思い起こされます・・。

(ちなみに、もし、この著作が英訳にて刊行されたら、それはそれで問題であるかもしれません・・。)

そして、私見として、この著作から内容的に類似したものを感じさせるのは作家ではありませんが南方熊楠、金関丈夫です・・。

ともあれ、現代の我々日本人の中で、これら方々の著作と比肩する程度の内容の緻密さ、独創性、博識さを示す文章を書くことが出来る人は果たして存在するのでしょうか・・?

しかし一方、かつては時代もまた現代に比べ、多少はのんびりしていてさまざまな著述には良かったのかもしれませんが・・。

また、そこから人間の創造的行為という点に関して考えてみますと、それは多少の負荷があるものの、全体的にはゆったり、のんびりしていた環境の方が長期的視野に立つ良い仕事が出来ることが多いのかもしれません・・。

そして、その意味から『近代以降、東京出身の長編を書ける作家が少ない』という意見の確からしさが再考され得るのかもしれません・・。

さらに、そのように考えてみますと、現在、自身が継続しているブログ記事の作成に対しては果たしてどのような分析が為されるのでしょうか・・(笑)。

また今後、記事を書く環境が変化した場合、書かれるものにどのような変化が生じるのでしょうか?

ともあれ、ただ自身が願うことは、ブログあるいは文章を書く時間を出来るだけ減じることなく、長い著作を精読さらにそれに付随する調べものが出来る環境を手に入れることでしょうか・・(苦笑)。

もちろん、困難であることは承知しておりますが・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


昨年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」











2017年3月12日日曜日

20170312 学問分野の違いから思うこと、今後の社会について・・

一連のブログ記事を読んで頂いている方々に『どのような記事を面白いと感じるのですか?』と尋ねてみますと
『院生時代の出来事を扱った記事に比較的面白いものが多い。』とのことであり、その理由とは『知らない分野での院生の様子が垣間見られるから。』とのことでした・・。

たしかに分野が異なりますと、院生達がめいめいの所属する分野にて、どのように研究が為され、また、どのように毎日を過ごしているのかといったことはなかなか分からないようです・・。

私も人文社会科学系の博士課程院生がどのような生活を送っているのかとは、知人等からのさまざまなハナシを聞くまでは見当も付きませんでした。

しかし、実際にハナシをしておりますと、やはり各々専門分野での知識がより深化、洗練されていることが感じられ、それは以前の修士課程在籍時での議論と比べますと、より本質的、突っ込んだ議論になっていることが実感されます。

その点、自身は修士、博士課程間で専攻が大きく変わり、それに伴い研究進行の仕方も人文社会科学系のそれとは大きく変化したため、しばしば、そこからの質問を受けることがあります・・。

自身の場合、そうした質問に対し、精確ではないにしても、大きな分野間の背景文化の相違に関しては、概ね的外れとは云えない返答をしているのではないかと考えます・・(笑)。

そうした中でもっとも疑問に思われることは『研究が行われる過程』についてです。

多くの理系学問分野の場合、研究の進行に際し、さまざまな実験、分析機器を扱う必要性が生じます。

また、そうした機器は必ずしも所属する講座に全て設置されているものではないことから、何処か他の講座、研究室、大学等で機器を使用させて頂いたり、あるいは試料の機器分析を依頼することになります。

そうしますと、その一連の実験とは、主体一人で為されるものではないことから、その発表に際し、協力頂いた方々の名前を連名することになります。

そして、それらを監督、統括するのが指導教員であることから、その顔の広さ、人脈とは、講座所属の院生達の研究進行に対し、少なからぬ影響を及ぼす要素であると云えます。

さらに講座所属の院生達は各々研究テーマがあるのですが、それらも部分的に重複していたり、あるいは機器分析の手法が類似していたり、または先行研究論文の抄読会、発表用のポスター、スライド作成、予演会に同席することから、概ね必然的に同じ時期に講座に在籍していた院生の研究テーマの内容に関しては理解を得ることが多いと云えます。

そして、そうした環境、背景文化とは、やはり同じ『院生』とは云っても、分野毎に大きく異なり、また文系、理系の間では、そう簡単に相互理解をはかることが出来る性質のものではないのかもしれません・・。

また、その意味から自身は『大変面白い経験をさせて頂いた』と云うことが出来るのかもしれません・・(笑)。

しかし同時に、そこで強く思うことは、院生時に自身の所属する分野とは異なる『興味を持てる』分野にて、ある一定期間研究に従事するというのは、研究に不可欠な創造性を養う上でかなり効果的ではないかということであり、さらには、出産休暇、育児休暇のように、企業等に在籍している状態を保持し、企業から一時的に離れ、大学にて研究に従事することが出来れば、大学、企業双方に加え、社会全体にとっても(中・長期的に見れば)有益ではないかと思われるのですが、如何でしょうか?

こうしたことは医歯薬看護分野においては、比較的それに近い状況にあると云えるのかもしれませんが、文系分野については、あまり(短期的に見て)実質的な効果が望めないことから、ほぼ為されていないように思われます・・。

『専門職大学院は?』と考えられる方々がいらっしゃるかもしれませんが、そうではなく、より『古来よりの文系』つまり思想、哲学、歴史学分野といった(到底)実利的とはいえない分野にて、それを学び、研究することを自ら(内発的に)望む方々が増えることが、社会に対し何かしらの良い変化、影響をもたらすのではないでしょうか?

あるいは医療系専門職にして、上記の文系分野にて本気で知見を深めたいというのは、大変意義のあることではないでしょうか・・?

また一方において、昨今さまざななハナシを聞いておりますと、今後は医師、歯科医師免許を持ったミュージシャン、学位を持った芸術家といったものが以前に比べ多く出てくると思われますので、それは多少期待が持てるように思います・・(笑)。

その意味でも森鴎外、夏目漱石、斎藤茂吉、金関丈夫、安部公房、山田風太郎、横溝正史、北杜夫、加賀乙彦、辻邦夫、手塚治虫、加藤周一、なだいなだなどは先駆者であったと云えるのではないでしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年熊本、山陰東部そして福島県周辺において生じた大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」






2016年11月17日木曜日

20161111 「楡家の人びと」から「迷路」「神聖喜劇」などの長編について・・☆☆

A「昨日は風が強く、またそこそこ寒いなか、屋外にいる時間が長かったためか、風邪をひいてしまい、今現在多少頭が重く、体全体が気怠い感じがしております。

それ故、本日の記事更新は止めにしようと考えましたが、これまでに培った習い性とは、意外と強いものであるようで、こうして本日分の記事作成に取り組んでいる次第です・・(笑)。

また、面白いもので、一旦記事作成に取り掛かりますと、多少頭の重さ、気怠さも忘れるか、軽減されるようであり、こうしていくうちに、何かしらの主題が見つかるのではないかと思われます・・。

さて、先日より読んでおります北杜夫著「楡家の人びと」は、残すところ第三部のみとなりましたが、これは明日早々に購入し読んでみようと考えております。

そして、おそらくこの調子にて読み進めますと、来週中には全巻読了に至るのではないかと思われます。
そうしますと、また久々に野上彌生子著「迷路」以来の長編読了ということになりますが、この比較的新しい読書記憶に基づき、両著(「楡家の人びと」、「迷路」)を比較してみますと、後者は前者に比べ思想的あるいは内面の情緒的な記述の分量が多く、そのことにより、著作内容の理解が多少困難となり、また、そのことから読み進む速度においても相違が生じるのではないかと思われます・・。

あるいは、これはあくまでも私見ではありますが、各々著作に対象年齢を設けるとすれば「迷路」の方が、多少その年齢層が高くなるのではないかとも考えます。

また、そのような視点にて考えてみますと、我が国の長編小説の一つの金字塔?ともいえる大西巨人著「神聖喜劇」は一体どのような扱い(対象年齢)となるのでしょうか・・(笑)。

この著作に関しては端的、一言にて感想を述べることが困難であり、ただ「面白く、大変勉強になると思いますので機会、興味がありましたら、是非読んでみてください。」といった感じになります・・。

また、私も機会がありましたら、この著作全巻をもう一度読み、そして、その面白いと思われる部分をタイムリーに抜粋引用してみたいとも考えております・・。

しかし「迷路」にても、そうした傾向はあると思われますが、特に、この著作(「神聖喜劇」)に関しては、そうしたことを行っていると「何かしら問題が生じるのではないか・・」といった危惧もまたありますが・・(苦笑)。

そして、その危惧を含めて、この著作を大変魅力的なものにしているとはいえますが・・。

また、何といいますか、我が国の社会、歴史の深層、古層からの問題点を作中にて抉り出し、あからさまに提示しているという意味において「神聖喜劇」、「迷路」とは類似した要素を持っているともいえます。

とはいえ、前者の方がより強烈であるとは思いますが・・(笑)。

そして、そこから正直なところ「神聖喜劇」は女性向けの著作ではないと考えます。

また、そのよう考えてみますと、不図疑問に思ったことは、加藤周一著「日本文学史序説」下巻にて野間宏著「真空地帯」という「神聖喜劇」と類似した主題を扱った著作に関して割合長く述べられているのに対し「神聖喜劇」には一行も触れられていないのは、一体何故であろうか・・?ということであり、これは単純に双方の出版年度によるものなのでしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

先日の博多駅前の道路陥没事故の復旧、さる熊本での大地震、山陰東部での大地震にて被災された地域の出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」