2017年4月12日水曜日

20170411 蓄積した疲労と能動的、創造的行為について・・(温故知新?)

本日の首都圏は終日の降雨であり、また気温も上がらず肌寒い一日でした・・。

そして、こうした日とはあまり活性が上がらず、記事作成を開始しても、イマイチ滑らかに行きません・・(苦笑)。

また、それに加え600記事到達が現実のものとして認識されるようになった現在、これまでの蓄積している疲労もまた、あらわれ易くなっているようです・・。

具体的には、気が抜ける時間が少し続くと、すぐに睡魔が襲ってくるという現象であり、これは昨今に至るまで認められなかった現象です・・(苦笑)。

それ故、今後600記事に到達しましたら、再度ある程度の期間、断筆を行い、これまでにブログ記事作成に充ててきた時間を読書や早寝あるいは応募書類の作成に充てようと思います・・。

そしてまた、ほとぼりが冷めてきましたら、能動的に文章が書きたくなり、再度何かを書き始めるのではないかと思われます・・。

そして、こういったことを考えてみますと、文章作成などを含む能動的、創造的な行為全般とは、熱中し取り組んでいる最中には特に感じることはないのですが、やはり生命、活力を消耗、削りつつ行っているのではないかと思われるのです・・。

また、我々の行うさまざまなこうした(能動的、創造的)行為とは、一面においては概ねそうした性質を持っているのではないでしょうか・・?

しかし、であるからといって何もしない方が良い、生命、活力を保持出来るというわけでもなく、能動的、創造的な行為とは、たしかに一面において生命、活力を消耗するといった性質を有しながららも、他面において、まさにそのこと(生命、活力を消耗する行為)によって、新たな生命、活力を吸収、得ているのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、こうしたことを上記のように文章にて著してみますと平凡、陳腐なことのように捉えられがちですが、それでもなお、我々の生きている社会には、そうしたことまで思い至らずか、いたずらに生命、活力の保持のため活動を躊躇していると見られることも少なからず認められるのでないでしょうか・・?

実はそうしたことは、本末転倒であるにも関わらず・・。

また、そうしたこと(能動的、創造的行為)は、さまざまな時代の事物を観察することによっても認識することが出来るのではないでしょうか・・?

具体的なそうした事例として弥生時代につくられた銅鐸、そして古墳時代に造営された巨大古墳などを想起してみても理解することが出来るのではないかと思います・・。

弥生時代につくられた銅鐸とは、現在においても同様の原理にてつくられる鋳造によるものであるのであるのですが、弥生時代の銅鐸の身の金属(青銅)の薄さ(2㎜程度)とは、現在の鋳造技術においても、その身の金属の薄さとは、再現が困難であると云われております・・。

また、古墳時代に造営された巨大古墳も、重機など存在しない古代において、一体如何なる手法によって造営されたものであるかとは、完全には理解されておりません・・。

しかし、それらはいずれも間違いなく、我々の遠い先祖のつくったものであり、また、それを為さしめた要因とは、当時の技術であると共に端的に当時の人々つまり我々の遠い先祖の生命、活力であるのです・・。

こうしたことはあまり考えられることはありませんが、そこには何か大変深いものがあるのではないかと思われるのです・・。

そして、歴史などを知る、考えるうえでの面白さ、興味深さとは、一つに、これら目に見える遺物から、当時の人々の生命、活力つまり心、魂を(内面から)理解しようとすることではないかとも思われるのです・・(温故知新とはまさにそういった意味ではなかろうか?)。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」






2017年4月11日火曜日

20170410 自身の文体が認識出来るようになるには・・

A「本日の首都圏は先週末に比べ若干気温が低く、肌寒く感じられました・・。

また、明日に関しても、あまり気温は上がらないとのことでした。
おそらく三寒四温と一言で云っても、幾つかの段階において、そうした現象(数日レベルでの気温の上下)を繰り返し、徐徐に平均気温が上昇していき、そして季節が変わっていくのかもしれません・・。

また、たしかに急激な数日レベルでの平均気温の上下とは、身体に対する負担も大きいことから、上記の緩徐的な季節の移り変わりとは、我々の身体にとって上手い具合に出来ているのかもしれません・・。

とはいえ、春も盛んな五月頃になりますと、五月病といったものが見受けられますが、これもその多くの場合、冬から本格的な春に移行した際の一種の体調の変化に因るものではないかと自身の経験からも思うところがあります・・(苦笑)。

また、こうしたことも、あるいは、このように事前にそうした危惧を文章化することによって、ある程度未然に防ぐことが出来るのではないかとも思われるのですが、この検証とは実際その時期になってから改めて行うことにします・・(笑)。

さて、昨日は休日ということもあってか、思いのほか、作成記事に対する閲覧者も増加しました。

しかしながら、自身は昨日投稿の記事を含め、これまでに作成した記事ほぼ全てに対し、どうも『自信』といったものを持ち得ることが出来ません・・(苦笑)。

どちらかというと書籍抜粋引用の記事の方がより『センスが良い』『面白い』のではないかと未だに思われるのですが、一方、それでも自身の文章にて記事を作成した方が良いと思われるのです。

そしてそれは、これまでに書いた記事に対し『御自分で作成された記事の方が**さんらしさが出ていて読んでいて面白いですよ。』といったご意見を頂戴することも時折あり、そのことから、ある時点(おそらく200記事あたり)から、ここに至るまで概ね自身の作成文章にてブログ記事を継続して作成することが出来ているのではないかとも考えます・・(笑)。
(この点、自身とは至極都合が良く出来ているようです・・)

また、それに加えて面白いと思うことは、そうしたご意見の中で『作成者(自身)の文体が認められる』という指摘であり、これをさらに問うたところ『上手く表現することは出来ませんが**さんの文体はありますよ・・』といった曖昧な返答ではありましたが、こうしたもの(文体)とは、作成者自身では明瞭に認識出来ないこともあるものの(ある程度そうした経験を持つ)他者が読むことにより認識出来るような性質であるのかもしれません・・(苦笑)。

また、そのことから想起されたことは、先日お目に掛かった文系師匠との会話にて出た『ある作曲家が楽曲作成の途中にて亡くなり、その後の未作成の楽章を他者が作成し楽曲完成に至った場合、その二者による作成部分とは完成された楽曲全体を聴くことにより明瞭に区別することが出来る』というハナシであり、このことは、あるいは前述のことに多少なりとも関連があるのではないかとも思われましたが如何でしょうか・・?

ちなみに自身はこの会話にて、それに適応する事例としてモーツアルトのレクイエムを想起し、そのことを師匠に話しましたが、この楽曲も、その作風の相違とは分かるものであるらしいです・・。

また、その会話の続きとして、そうした故事(ジュスマイヤーによる補作)から、後年(20世紀後半!)よりオリジナルの作曲者であるモーツアルトの作風様式に近いものが改訂版として複数出版(楽譜)されたとのことです・・。

こうしたハナシを聞きますと、欧州人のクラシック楽曲に対する情熱を感じると共に、我々日本人にはあまり見受けられない一種のリゴリズム(厳格主義)らしきものを感じさせます・・。

加えて双方文化の相違にも気が付かされます・・(笑)。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に生じた熊本、山陰東部そして福島県周辺における地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」














2017年4月10日月曜日

20170409 文章の作成により分かってくること・・

昨日投稿の記事は投稿翌日の割りには多くの方々に読んで頂いたようです。

こうしてみますと、同じ自身が作成した記事ではあるものの、それらを読んでみた際の面白さとは、自身が感じる以上に違うものであるのかもしれません・・。

とはいえ、自身が作成した記事間における面白さの相違とは自身ではイマイチよく分かりません・・(苦笑)。

これがもう少し分かるようになれば、より多くの方々に読んで頂ける記事が作成出来るのかもしれませんが、一方そこで変な欲心を出すようになるのもまた如何なものかと思われますので、とりあえずは、そうしたことをあまり考えず、今後も記事作成を継続しようと考えています。

さて、昨日投稿記事は主に学問分野毎に認められる服装、格好の特徴、傾向について書きましたが、これに関しては、その後、さらに地域性などを加味して考えてみますと、もう少し面白いことが分かるかもしれないと思われましたが、こうしたことも、今後折を見て観察し、考えていこうと思います・・(笑)。

また、ここまで書いて不図気が付いたことは、現在私は首都圏に在住し、仕事は概ね東京でありながら、そこで多く目にする、いわゆる先端的あるいは凝った格好、服装の方々に対し、あまり以前程の興味を示さなくなったことです・・(むしろ全体的な傾向などについては興味を持つようになったといえます)。

そのことから「これは一種の精神的な老化現象ではあるまいか?」と続いて思いましたが、その他の書籍についての興味などは、微妙にその嗜好などは変化はしているものの、特段減衰はしていないと自覚しておりますので、これは格好、服装に対しての興味に限局しているのではないかと思われる次第です。

そして、それがどのような原因により、何時頃生じた変化であるかとは、さきに述べたブログ記事間の面白さの相違のようにイマイチよく分かっていません・・(苦笑)。
(これも今後追々考えてみます・・。)

このように、あくまでも自身のことであり恐縮ではあるのですが、文章の作成を通じ、これまで、あまり意識していなかったことが意識上に顕れ、明示され、何と云いますか疑問、問題意識といったものを持たせてくれるところが文章作成ひいては創造全般の持つ面白い要素の一つではないかと思われます・・。

そして、それは試料作製からはじまる、さまざまな実験においても同様、類似の過程、経路を有しているのではないかとも思われるのです・・。

また、それに加え、そうであればこそ、そうした創造の際の視座を得、またそれを吟味、洗練させるため、過去の歴史、思想といったものを外部の道具ではあるものの、同時に血肉化された自家嚢中の道具として用いることが出来るようにする意味があるのではないかとも考えられます・・。

とはいえ、これらは本来上記のような目的意識に始原を持つものではないのですが・・(苦笑)。

むしろそれは、どちらかと云うと、内発的、能動的な、ある種の内奥より発する、やむにやまれぬ欲求といったものに基づくものであると思われるのです・・(笑)。

また、それはまさしく自身がこれまでに作成している一連のブログ記事について云えることでもあるのですが・・(笑)。

しかしながら、そうは書きましても、現在に至るまで『自身の文体を得た』という実感はありませんが・・(苦笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

人工知能による加筆修正☟
昨日投稿した記事は、投稿翌日としては比較的多くの方々に読んで頂けたようです。こうして振り返ってみますと、同じ自身が作成した記事であっても、その「面白さ」の感じ方には、どうやら自分が思っている以上の差異があるのかもしれません。しかし、その違いがどこから生じているのかについては、正直なところ、自分自身でも明確には把握できていないのが現状です。もしこの点がもう少し見通せるようになれば、より多くの方に読まれる文章を書くことも可能になるのでしょうが、一方で、そうした意図が前面に出過ぎることにも、どこか違和感を覚えます。したがって当面は、過度に意識することなく、書き続けていくことが適当であろうと考えています。さて、昨日の記事では、学問分野ごとに見られる服装や身なりの傾向について触れましたが、この点については、地域性といった要素を加味することで、さらに興味深い示唆が得られる可能性があります。この点も、今後の観察の対象としておきたいところです。また、ここまで書いていて一つ気づいたのですが、現在、首都圏に居住し、日常的に東京で仕事をしているにもかかわらず、かつて関心を持っていたような、いわゆる先端的あるいは凝った服装に対する興味が、以前ほど強くなくなっていることに思い至りました。一瞬、それを精神的な老化の兆候ではないかとも考えましたが、書籍への関心などは依然として維持されていることを踏まえると、この変化は服装という対象に限局したものと考えるのが自然でしょう。もっとも、その変化がいつ、どのような契機によって生じたのかについては、これもまた明確には分かっていません。このように振り返ってみますと、文章を書くという行為は、自身の内側にありながら、これまで意識されていなかった事柄を浮かび上がらせ、それを問いとして提示する働きを持っているように思われます。言い換えれば、書くことそれ自体が、一種の認識の生成過程であるとも言えるでしょう。そして、この過程は、試料作製から始まる各種の実験においても、ある種の類似性を持っているのではないかと感じられます。さらに言えば、こうした創造的営為においては、過去の歴史や思想といった蓄積を、単なる外部の知識としてではなく、自身の内に取り込まれた「道具」として活用できるかどうかが重要になるのではないかとも考えられます。もっとも、これらの営為は、当初から明確な目的意識に基づいて始まるものではありません。むしろ、それは内発的で、どこか抗いがたい衝動に近いものに導かれているように思われます。そしてそれは、これまで書いてきた一連のブログ記事についても同様です。とはいえ、現在に至るまで、いまだに「自身の文体を得た」という実感はありません。


去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」

2017年4月9日日曜日

20170408 分野毎に見られる格好の傾向から思ったこと・・

今回作成投稿する記事により、総投稿記事数が590に至り、目標とする600記事到達まで残り10記事となります。
とはいえ、現今に至っても未だ実感、感興などは湧かず、ただただ一記事ずつ書き続けているといって良い状態ではあるのですが・・(苦笑)。

さて、先月以来、これまでにお世話になった師匠、先生方にお目にかかる機会が幾度かありましたが、そこから思うことの一つは、特に衛生環境が重視される歯科医療分野にて働いている方々は、概ね普段着においても、どちらかというと、こざっぱりとした格好、服装をされていることが多いのに対し、文系の中でも歴史、思想関係の学問分野にて研究活動をされている方々とは、決して不潔ではありませんが、着用しているジャケット、セーターなどに継ぎがあったり、あるいは箇所によっては多少擦れていることなどが往々にして見受けられました(見方によれば味がある、深みがある)。

自身としては歯科医療従事者に多く見られる衛生的、こざっぱりとした格好であっても、文系学問研究者に多く見られる継ぎや擦りがある格好であっても構わないのですが、自身の好みでいいますと後者の文系学問研究者に多く見られる格好に強い親近感をおぼえると云えます・・(笑)。

ともあれ、双方分野における、そうした格好、服装の傾向とは、おそらく各分野毎での職務内容、環境といったものが大きく関与しているのではないかと思われます。

また、この点(格好、服装の傾向)に関しては、特に分野における女性勤務者の割合といった要素が少なからぬ影響を及ぼしているのではないかとも考えられます・・(笑)。

その意味において工学部などは、学科などによって多少の偏差はあるものの、概ね男性社会といっても良く、構内においては作業ジャンパーを着用されている率が高く、これにジーンズを組み合わせた格好が最も一般的であったと思われます・・。

また、それに加えて、この構内(工学部)におけるスカート着用率とは、かなり低いのではないかとも考えられます・・(笑)。
(これは実際に統計をとってみても大きく外れることはないと考えます。)

ともあれ、いずれの格好であっても、その分野にてある程度の練達に達すると、やはり何かしら内から発する、輝く(それは頭部のみを指す現象ではない)ものがあるようであり、それが格好といった外見をも包括し『ひとかど以上のもの』に見える、映るのではないかと思われます・・。

また、そうしたことは、ある程度の期間(数年以上)接し続けることによって、はじめて知覚、認識されるようなものではないかと、冒頭に述べた経験を通じて思うに至りました・・。

そして、こうした知覚、認識とは、おそらく各々個別的な経験に依拠するものでありながら、同時にそれらの中には最大公約数的な要素もまた存在するのではないかと思われます・・。

その一方で『こうしたことを科学的に分析し、公式化、開示することによって困るのは一体どういった人々なのであろうか?』と考えてみますと、面白いような、怖いような感じを受けます・・(苦笑)。
(以前のブログ記事に述べた創造的行為の公式化にもつながる)

やはり、人間とは人間にとって古くから最も興味深い対象でありながら、それを(科学的に)簡単に判断出来るようになるということは出来るだけ避けた方が良いのかもしれません・・(笑)。

いや、案外やってみたら面白いのかもしれませんが、途中から(未熟な魔法使いのように)制御がきかなくなるのではないかと思われます・・(笑)。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。おかげさまで590記事に到達します。

昨年に生じた熊本、山陰東部そして福島県周辺における地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。














2017年4月8日土曜日

20170407 ある程度の期間のブログ記事作成によって感じること・・

あまり意識して書いたわけではありませんが、昨日分の投稿記事もまた投稿翌日の割りには多くの方々に閲覧して頂けました。

さて、これまで継続してきたブログ記事作成により総投稿記事数600到達に徐徐に近づきつつあります。

これに対し、実感らしきものは湧きませんが、一方においてブログ記事作成の継続により時折強く感じることは、何かしら偶然ともいえない不思議と感じられる出来事が生じることがあります。

それは他者による自身のブログ記事に対する表層的、仄めかし的な言動、反応などといったもの(我々日本人とはこうした表現をことのほか好む・・(笑))ではなく、より必然的に深層から生じたと感じざるを得ないような出来事のことです・・。

そしてまた、こうしたこととは、以前投稿したブログ記事においても書きましたが、そうした出来事の具体的内容を言語、文章化することはあまり行うべきではないと考えます・・。

とはいえ、そうした出来事を通じ、一連のブログ記事が読まれている、あるいはわずかであるとしても、それらが何かしらの影響、効果を持っていると感じ得ることから、これまで記事を書き続けていることが出来ているのではないかとも考えるのですが・・。

ともあれ、そこで考えることは「では、こうした感知し得る影響、効果とは、ブログ記事を公開して閲覧されている方々がいることによって生じているのか?あるいはそれら影響、効果とは、文章を書き続けるという行為そのものに付随するものであり、それ故、公開の有無とは、感知し得る影響、効果に対し、大きくは関与しないのではないか?」ということであり、このことは、なかなか興味深いことであると考えます・・。

そして、自身がそのように考えるに至った原因とは、具体的には、2007年の修士課程修了の直後、さらに2013年の博士課程修了の直後もまた、そのような感覚を持っていたことが記憶されているからです・・。

また、さらにその詳細を述べますと、それら修了に至るまでに作成された文章とは、当ブログ記事のように公開されつつ作成されたものでないにも関わらず、さきの感覚を得たことは、要するに続的な文章の作成そのものに何かしらの影響、効果を生じせしめる要因があるのではないかとも考え得るということになるのです・・。

そうしますと、それらを感知し得る不思議な出来事とは、記事を閲覧された方々による直接的な反応ではなく、文章の継続的な作成を通じ、ある出来事を不思議なものとして自身が感知することが出来るようになった評するべきであるのかもしれません・・。
(一種の遷移、相変態?)

こうしたことは、おそらく当記事を読まれている方々においても、少なからず身に覚えのあることではないかと思われますが、その一方で、そうしたことは必ずしも科学的には解明されていないのではないでしょうか・・(笑)?

しかし、こうしたことの科学的な検証が為され『創造の為される一つのメカニズム』として開示されますと、それに基づいた逆算、検算式な行為を行うといった、いわば『マニュアルに沿った創造?』が為されるに至り、結果、原始以来我々が行ってきた手法による(到底)効率的とは云えない創造行為およびそれに付随する精神が駆逐されていってしまうのかもしれません・・(苦笑)。

果たして、こうしたことは悲劇であるのか喜劇であるのでしょうか・・(笑)?

とはいえ、今回もまたここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」












2017年4月6日木曜日

20170406 高等教育における文系学問と実学系学問との正反合・止揚の具体案・・?

以前より続く不景気の影響によってか、あるいはそれ以前からの文化的土壌によるものか、我が国の高等教育における文系諸学問の価値とは、軽視されがちであると云えます・・。

こうした状況の直接の淵源とは、近代以降の我が国において、欧米文化が大々的に流入、そしてそれ以前の社会に接ぎ木されたことではないかと思われます・・。
現代日本の開化

さらにそこから、実学系の一部の分野を除き、高等教育にて為される学問、研究の内容が、実際の日常生活から縁遠いものとなり、卒業後においては、実質的にその学問に接する機会は限局され、そしてそれに対する興味とは減衰してゆくものと思われます・・。

しかし一方、そこで為される教育が、近代以前から連綿と続く、接ぎ木ではなく、一枚岩的なものであったとすれば、さきに述べたような高等教育と実際の日常生活との乖離は生じなかったのでしょうか・・?

これに対しても簡単に返答することは困難であり、あるいは我が国において高等教育として位置づけられる学問(実学、実務的なもの以外)とは、古来より日常生活を基盤とする感覚、観念から必然的に乖離するような(普遍的な)性質を持っているのではないかとも思われることがあります・・。

いや、こうしたことは世界においても少なくない類例もしくは傾向があるのかもしれませんが・・。

ではそこで特に我が国において何が問題であるかと考えてみますと、文系諸学問の高等教育にて得たことが、その後に接する実社会において役立てられることなく打ち捨てられ、忘れ去られ、単に学歴を示す指標となることではないかと考えます・・。

しかしながらその一方で、自身はこれまでの経験から、何らかの技術体系の習得を要する実学的な学問もまた極めて重要であると考えております。

また、それは同様に自身の経験から文系諸学問とも何らかのカタチで結節することが可能なものではないかと考えます。

さて、そのような状況、考えを正反合、止揚させてみますと、具体的にはどのような考えが浮かぶのかと申しますと・・。

我が国の文系学問を主軸とする諸大学と端的に実学系といえる医療、介護系の諸専門学校とが合併し、ある個人が一つの学部、学科での四年あるいは六年間の科目履修を通じ、双方を融合させたような学問体系を会得し、そして医療、介護系の資格を得ることが出来るようにすることです

これは現時点においては荒唐無稽ではあるかもしれませんが、同時に来たるべき時代情勢に対する一つの創造的そして持続可能性のある対応の仕方、方法ではないかと考えますが、さて如何なものでしょうか・・?

とはいえ、その前提として極めて重要なことは、双方共にホンモノを感知し学問に対する能動性を得ること(それがまさしく持続可能性の基盤、原動力となる)ではないかと思われます・・。

そしてまた、このことはイギリスの経済学者が云う『経済騎士道』あるいは『冷静な頭脳と温かな心』の礎になるのではないかとも思われるのです・・。

また、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


去る2016年に発生した熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして復興を祈念しております。



2017年4月5日水曜日

20170405 ブログ記事作成の継続と矢数俳諧について・・

A「昨日の投稿記事は概ね書籍からの抜粋引用ではありましたが、思いのほか多くの方々に閲覧して頂いたようです・・。

また、これまで22カ月(660日)程度にて600記事近くの投稿を行ってきたことは、概ね10日のうち9日は何かしら記事を作成してきたことになります・・。

これもあまり自慢できることではありませんが、それでもこうしたことは以前の自身では行うことが叶わなかったと思われますので、多少大げさに表現すれば『現時点あるいは毎日の記事更新においても、その都度、新たな境地に踏み入れている』といった感があるのです・・。

とはいえ、こうした感興に浸ることは、これまでの経験から必ずしも文章作成にとって良いものではなく、むしろ、そうした感興が無い、あるいは抑えた状態の方が、どうやら文章作成においては、適しているようです・・。

また、こうしたことは、他のさまざまな精神が関与する我々の為す作業においても類似、同様の傾向が認められるのではないかと思われます・・。

しかしながら、こうした傾向『だけ』が良いというわけでもなく、場合によっては内在、蓄積された創造を伴う精神を一気に放出した方が良い場合、場面もあるとは考えますが・・。

そしてまた上記の考えに加え、一連の当ブログとも、いくらかの関連が示唆されるものとして、想起されるものは『矢数俳諧』です。
これはおそらく17世紀末頃、大阪の井原西鶴がその記録を保持しているのではないかと記憶しております・・。

とはいえ、その記憶が不確かであることから、本日も以下に書籍からの抜粋引用を行います・・。

筑摩書房刊 加藤周一著 「日本文学史序説」上巻 P.527より抜粋引用

俳諧について
 「連歌の形式をとって、諧謔風刺を内容とし、主題・語彙ともに平安朝貴族趣味を離れて民衆の日常生活に即する傾向は、十六世紀に流行して、その専門家を生むに到った(俳諧師)。
十七世紀に入ると、専門家たちは忽ち技巧的となり、文献をふまえ、暗喩を多用し、言葉の奇抜な結びつけを貴んで、謎めいた句を多作するようになった、その代表的な作家が、西山宗因(一六〇八~八二)である。熊本出の元浪人で、その一派の作風は、「談林風」とよばれる。「談林風」の言葉の遊戯をもっとも徹底させた制度は、おそらく、一定の時間内に独りでどれほど多く連歌の句をつくるかを競う「矢数俳諧」であろう。
 その名手が、大阪の俳諧師、井原西鶴(一六四二~一六九三)であった。西鶴は、一六七七に、二十四時間一六〇〇句の独吟に成功して有名となった。(「俳諧大矢数」)。二年後にその記録は、仙台の俳諧師に二十四時間三〇〇〇句によって破られる。そこで西鶴は、翌年(一六八〇年)、二十四時間四〇〇〇句で、さらに記録を更新し(「大矢数」)、一六八一刊)、その四年後には、遂に二十四時間二万三五〇〇句の記録を樹てたといわれている(摂津住吉の神前興行、一六八四年、その独吟が残らなかったのは、平均一分間に一六句の早口を記録することができなかったからであるらしい)。」

一分間に一六句を作成する、そしてそれを二十四時間継続することが可能な精神あるいは頭脳の状態とは一体どのようなものであったのでしょうか・・(笑)?

また、それに付随し、これまでブログ記事作成を継続して時折感じることは、長編小説などを執筆出来るその精神あるいは頭脳とは一体どのようなものなのであろうかということです・・。

とはいえ、当ブログを開始する以前は、そのようなことも現在ほど実感を以って感じ、考えることが出来なかった(純粋に読者の立場でいた)ことから、おそらくブログ開始以前の自身と比べた場合、現在とは、多少の進歩はしているのかもしれません・・。

それでも、いま少し先、伸びしろがあるとは考えますが・・(笑)。

ともあれ今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」