2020年12月8日火曜日

20201208 年内目標の1430記事を過ぎて思ったこと

 さきほど見たところ、これまでに1434記事作成していました。また、以前、(20201108)「年内に1430記事投稿することを目標とする」と書いていましたので、それはどうにか達成されていたようです。そして今後は、その目標を1440記事に更新しようと思います。そうしますと、あと当記事を含めて6記事の投稿により達成されることになりますが、それは、これまでの投稿頻度からしますと、そこまで困難ではないように思われます。他方で、ここ最近は、また多少スランプ気味であると云え、しばらく記事作成を休もうと考えています。

そしてまた、休息後には再度書き進めていきたいと考えていますが、その背景にある「意欲」は明らかに以前、1000記事を目指して作成していた頃と比べますと減衰していると云えます・・。かつて設定した、ある程度大きな目標(1000記事)の到達後、また新たに目標を立て、そこに向けて進める際は、当初と同様の「意欲」ではなくなるようです。また同時に、おそらく今後、ある程度の時間を掛かければ、1500記事に到達することは不可能ではなく、それなりに現実味があるとは思われるのですが、しかし、これが2000記事になりますと、決してそのようにはなりません。それは現在の私にとって未だ現実味に乏しく、あるいは「そこまでは作成しないのでは?」といった思いの方が強いと云えます・・。しかしまた他方で、それは実際に今後1500記事にまで到達した際に変化する可能性も十分にあるため、あくまでもそれは現時点でのハナシにはなるのですが・・。

ともあれ、如上のようにして、これまでどうにか記事作成を継続してきましたが、未だに自分の書いた文章に自信が持てる、あるいは自身の文体を獲得したといった、ある種、充実を伴う感覚や認識を得るには至っていません。それでも、これを継続している理由は、記事作成を行っていますと時折「楽しい」と思われることがあったり、あるいはまた、面白い偶然のような出来事が生じるからであると云えますが、他方で、それらをあまり考えずに、とりあえず記事作成を行っている方が、変に注意過多にならず継続し易くなるのではないかとも思われるのです。そして、そうした言語による意識の層のようなものに慣れることが、思いのほかに重要であるように思われるのです・・。

くわえて、それと同時に、自身の知見を上回るような記述がある書籍に慣れておくことも重要であると思われます。自身に即してみますと、それは現在読み進めている宮地正人著「幕末維新変革史」であり、読んでいますと昔の日本語での記述があるかと思いきや、来航してきた外国使節からの通達文の抜粋などもあり、それらの関連性などを理解しながら読み進めていくのは、自身にとっては多少骨が折れることではありますが、それを通じ、何となく、その記述が「理解出来た」と思えるようになりますと、漠然とではありますが、これまでとは異なった歴史像のようなものが見えてくるように思われるのです・・。

おそらく、こうした経験は、どの分野であれ、ある程度共通しており、またこれこそが、そこまでお手軽ではないものの、一つの重要な何かであり、そしてまた、さきに書きました自身の文章作成に対してボディ・ブローのように徐々に効いてくるのではないかとも思われるのです・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



ISBN978-4-263-46420-5

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2020年12月4日金曜日

20201204【架空の話】・其の52

到着口から半ば屋外の鉄道駅までの連絡通路を歩いていると、既に陽も落ちているということもあってか、Kよりも強く寒さが身に沁みてきた。

成田空港からは特急に乗っても自宅までは約2時間はかかり家に帰着したのは21:00過ぎであった。家にはいつも通り両親がおり、それぞれの流儀でくつろいでいた。そして私の帰宅をみとめると母が「どう、いい部屋は見つかったの?」と訊ねてきた。それに対して「うんBのおかげで割と良い物件が見つかったと思うよ。」と答えると重ねて母は「それで家賃はどのくらいで、どのくらいの広さなの?」と訊ねてきた。概容をもらった資料を示して説明すると、母は「ふうん、その広さでその家賃・・地方といったって割に高いのね。」と云われた。それに対しては立地の利便性(二つの大学に近い)から反論しようと思ったが、こうしたことで口論をしても不毛であると思い、またそれなりに疲れていたことから「まあ、そんなものだよ。それでも、Bが口をきいて少し安くなったんだよ・・」と返事をして「それじゃ。」と云って部屋に戻り、旅装を解いて、その中からT文館のお茶屋さんにて購入したお茶を一つ両親に渡し、そして風呂に入るため一階に行った。

両親はなおもリビングに居たが、父の方は既に若干眠たそうであった。最近は地方支社への出張が多く疲れ気味であるのかもしれない。ともあれ、土産のお茶の来歴を母に手短に説明してから渡すと、早速「一つ飲んでみよう」となったが、父は「kのお茶は美味しいのは知っているけれども、今飲んでしまうと眠れなくなってしまいそうだから今日は止めておく。」とのことであった。それにつられてか母も「そうね、折角だから明日美味しく頂きましょう。」とのことで落ち着いた。

私からすると、緑茶よりもコーヒーの方が効果が余程強く、緑茶を一杯飲んだ程度では、あまり変わらないのではないかと思われたが、ここは両親がそういうのだから、それで良いのであろう。

そして風呂に入ってみると、やはり昨日のKのビジネスホテルで入ったそれと、肌に感じるお湯(水)が微妙に異なるように感じられた。しかし、こうしたことを有意なこととして感じ取れるようになったのは、年齢による感覚の変化によるものなのだろうかと思われた。たとえば、子供の頃であれば、そうした事を感じ取るようなセンサーはなく、他の何かを強く感じ取っていたのだと思うが、いずれにしても、それは比較に基づく相対的なものではなかったと思われる・・。

そうすると、今後、私はkに住むことにより、否応なく、いや半ば楽しみでもあるのだが、生活のなかで、そうした経験を積んでいくことになるのだろうと思った。その意味では指導教員にしろBにしろ、既にそうした経験を積んでいるわけだ・・。また、それは自分の修士課程での研究テーマであったイギリスへ帰化したポーランド人の作家ジョーゼフ・コンラッドが述べるところとも多いに関連があるように思われることから、ある意味、今回のKへの進学(編入)に伴う移住とは、自分が修士課程で研究した内容の実地応用あるいは検証であるとも云えるのかもしれない・・。

湯船に浸かりつつ、そのようなことをぼんやりとしばらく考え、やがて「さてと!」と仕切り直して風呂から上がることにした。体を拭き、髪を乾かして冬の寝間着であるスウェット上下を着てタオルを首に巻いて再び両親のいるリビング横を通ると父親が「それで、今回はKのどのあたりに行ったのか?」と少し眠たそうな声で訊いてきた。私はタオルを肩から頭に乗せて「ああ、T文館の方に行って、あとはK市の南の方に行ったよ。」と再び頭を拭きながら答えた。すると「・・そうか、じゃあ今度Kに行くまでにウチのご先祖の墓があるところを教えるか・・。それと、向うにいる遠い親戚にも、お前がそっちに行くことになったことを伝えておくか・・。」とのことであり、それだけ云うと再び続きの読書に戻った。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




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2020年12月3日木曜日

20201202【架空の話】・其の51

こうしたことはBには云わず、黙って食べた。ともあれ、あまりそればかりを偏重するのもどうかと思われるが、やはり、地域の食文化とは大変面白いものであると感じられた。

私が食べ終わる頃には既にBは食べ終えており、隣で二杯目のお茶を啜っていた。そして私も食後のお茶を飲みつつ、残っていた大根の浅漬けを口直しとして齧っていると、周囲の会社が昼休憩に入ったのか、店の出入り口が慌ただしくなってきた。そこで、それぞれ会計を済ませて店から出て、再びT文館商店街の方に向かって歩きつつBは「どう、ここもTと比べて悪くないでしょ。」と訊ねてきた。すると丁度、すぐそこに以前訪問したTが見えてきた。私はそれを指さしつつ「ああ、この時間だとTの方も混んでいるようだね。まあ、それぞれ味は多少違うけれども、たしかに両方とも美味しかったよ。」と返事をし、さらに「それに、これで本来のKラーメンというものが少し分かったような気がするよ。ありがとう。」と付け加えた。

Bはそれに対して返事をしなかった。そして、アーケードの商店街をさらに少し歩いた頃「じゃあ、そこの*トールでコーヒーでも飲もうか?」と、おもむろにまた訊ねてきた。

丁度そこは、さきほど参拝したT国神社の参道沿いであり、また、交差点の向いには首都圏にもある大型書店があった。私はBの問いに頷き、店内に入ると、一階部分はあまり広くなく既に満員であった。そこで二階に上がると、こちらは奥に仕切られた喫煙可能スペースがあり、手前側の二人掛けのテーブル席が空いていたため、財布のみ取りだして荷物を置き、Bに「じゃ、買ってくるから、普通のブレンドでいい?」と訊ねると、少し間を置いて「うん、ありがとう。それでお願いします。」との返事であった。この*トールもさきの書店同様、首都圏にも多く店舗があり、先日指導教員と入ったのも、ここのチェーン店であったことが思い出された。

やがて二つのコーヒーカップが載ったトレーを階段をのぼり持って行くとBはスマホを操作していた。私の姿に気が付くと、スマホをポケットに戻して「どうもありがとう。」と座りつつも少し姿勢を正して云った。私はトレーをテーブル上に置いてから双方がコーヒーカップを取り易いように少しその位置を動かした。

寒い時期の食後のホットコーヒーは安定して美味しいものであり、そこにはあまり地域性のようなものはないことを悟った。ともあれ、そこでも学食や大学近くの喫茶店と同様、Bと進路のことや、洋服や映画のハナシをしたが、そうしているうちに周囲に座っていた他の客がこちらを少し気にしている風に感じられた。また、その後もこうしたことはこれまでに何度かあったが、おそらくそれは異なったイントネーションで話していること自体が少し気になったのだと思われる。

いつの間にか時刻は14:00過ぎとなり、また、二杯目のコーヒーも残り半分くらいになっていた。Bは何やら頃合を認識したのか「お、こんな時間だ。それじゃあ15:00少し前にここを出て16:00頃に空港に着くようにしようか。」と云い、それまでの話題であったマーティン・スコセッシ監督の映画「タクシードライバー」でベトナム帰還兵という設定の主人公トラビスが着用していたタンカース・ジャケットは、主に1940年代、第二次世界大戦時に配給された型のものだと聞いているが、映画の舞台となっている1970年代頃の軍隊でも支給されていたのか?」に戻り、結局は「あれは現行の市販用モデルに軍隊時代のワッペンを着けたのではないか?」といった結論に落ち着いた・・。

私からの影響であろうか、Bは映画を観る際、そうしたことに着目する傾向があり、また我が国の所謂アメカジファッションにおいても、そうしたアイテムが結構人気があり、レプリカなどが少なからず販売されている。そういえば、以前Wに訪問した際、兄が着用していたのもスティーブン・スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズにて主人公が着ていたレザージャケットのレプリカであった。

そのようなことを他方で考えつつなおも会話を続けていると、時刻は15:00まで残り10分程度となっていた。そこで私が「じゃあ、そろそろ行こうか?」と会話の節目に訊ねてみると、Bはスマホで時刻を確認し「そうだね。じゃあ行こうか。あ、その前にトイレ行ってくる。」と云って席を立った。私はBの背中に向かい「トレーは片付けておくから。そのままおりてきて。」と云うと後ろ向きのまま、右手を少し上げて返事をした。

やがてまた外に出てみると、寒さが少し堪えたが、ホテル駐車場に戻り、そこから空港に向けて発った。今度も市街を抜けて、海際の道を走り、そして高速道路に乗って空港に向かったが、そこでも話題は、さきと同様に映画に登場する気になる衣装についてであった。やがて周囲に緑が多くなって、そしてまた陽も少し翳ってきた頃に空港に着いた。16:00少し前であり、その後に搭乗手続きなどを行うため適当な時刻であったと云える。

Bは「じゃあ、またこっち来るがあったら連絡して、あと歯科医院に行ったらCさんとD先生によろしく伝えておいて」と自分の歯を指して云った。私は「うん、分かったよ。今回も色々どうもありがとう。また修了式で会うと思うから、その時にまた会おう。」と返事をすると「あれ、云ってなかったっけ・・。指導教員にはもうご挨拶を済ませていて、あと修了証は後日、学生課から送付してくれるようにお願いしてあるから、もしも年度内で東京に行くとすれば、Cさんに会いに行く時だろうな・・。」との返事が来た。

なるほど、たとえLCCを使ったとしても、Kから東京行くのは、色々と面倒があるため、そのようにしたのだと思われ、それに対してはあまり突っ込むことは出来なかった。ともあれ、今度は私の方がKに移り住み、そして近いうちにBと再会することが予測されるため、そこでは特に感傷のようなものはなかった。

こうしてBと空港で別れ、搭乗手続きを済ませて搭乗し、K空港を離陸した私の乗る飛行機が成田空港に到着したのは19:00頃であった。到着口から半ば屋外の鉄道駅までの連絡通路を歩いていると、既に陽も落ちているということもあってか、Kよりも強く寒さが身に沁みてきた。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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2020年11月30日月曜日

20201130 岩波書店刊 宮地正人著「幕末維新変革史」上巻 pp.392-393より抜粋

岩波書店刊 宮地正人著「幕末維新変革史」上巻

pp.392-393より抜粋

ISBN-10 : 4006003919
ISBN-13 : 978-4006003913

 長州藩過激派は江戸において尊王攘夷運動を加速すべく、11月13日、横浜近郊の金沢において外人襲撃計画を企てた。薩藩は生麦にて攘夷の実を挙げた、ととらえていたからである。しかしながら警備が厳重のため実行は断念された。この時は、後述の別勅使(大原勅使と区別するための表現)で長州過激派を熟知している三条実美姉小路公知両名が滞府しており、右の挙を阻止するため、勅命伝達直前に「横浜斬夷等の挙」ありては、一時に事の敗れと相成る故、「折角の大志暫時猶予」すべしとの書状を急派している。宛先は「久坂殿始」である。また世子毛利定広も行動阻止のため馬で途中まで出向く事態になった。

 この際のメンバーは、久坂高杉井上馨品川弥二郎大和弥八郎長嶺内蔵太寺島忠三郎有吉熊次郎白井小助赤根武人山尾庸三の11名である。

 この挙の直後、彼らは「百折不撓、夷狄を掃除し、上は叡慮を貫き、下は君意を徹する外他念無之、国家の御楯となるべき覚悟肝要たり」と誓い、御楯組を結成、その後山田顕義吉田稔麿野村靖らも加わり、総計25名となった。

 御楯組の面々は、将軍家茂が奉勅攘夷を誓い、両勅使が12月7日江戸を出立した後の12月12日、品川御殿山の英国公使館を焼打ちし、その上で政局の中心地となる京都に上るのである。

202011129【架空の話】・其の50

会計を済ませた丁度のところで携帯電話が鳴った。時刻は既に11:00をまわっており、おそらくはBからであろうと思い確認してみると、果たしてそれはBからであった。

Bは「今そちらに向かっていて信号待ちだけれども、あと10分くらいでホテルに着くから、それじゃ。」と云い、それに私が返事をしようとすると既に通話は切れていた。ともあれ、そこから再度ホテルに戻り、フロントに一声かけてから隣接する駐車場に行き、Bの着くのを待っていると、駐車場スタッフの方に「何番に駐車ですか?」と訊ねられたため事情を説明すると「ああ、聞いてますよ。」と云いメモを見てから確認するように頷かれた。

陽はさしているとはいえ、この時季は動かないでいるとすぐに寒くなってくる。もう少し暖かい服装で来るべきであったかななどと思っていると、昨日見た白の軽バンが通りの向こうから見えてきた。私が少し通りに出てこちらに手招きすると、気が付いたようでスムーズにホテル駐車場の方に入って来た。そして駐車の後、整理券を受け取り、ホテルロビーを通ってT文館の方に向かった。

Bは「いやあ、思ったより早く着いたよ。それで、今日の昼は何を食べようか?」と聞いてきた。私は今朝、専門職大学に行って、ファーストフード店で少し重めの朝食を摂ったことを手短に伝えた。」すると、しばらく黙ってから「そうか、ええと、前こっちに来た時は、どこのラーメン屋さんで食べたの?」と重ねて聞いたきたため「ああ、Y形屋っていうデパートのすぐ近くにある、たしかTって云うお店だったかな。」と返事をすると、すぐに「ああ、あそこは老舗だね。じゃあ、そのすぐ近くにもう一軒Fっていうラーメン屋さんがあって、こっちも美味しいし、普通のラーメンなら、そこまで量も多くないから、そこにしようか?」と聞いてきた。

特に異論はないためすかさず同意すると「じゃ、そこに行こうか。」と云い、そのまま歩き続けた。そして、さきのお茶屋さんも過ぎ、さらに市電が曲がるところもそのままアーケードに沿って歩き、一つ目の電停とも接続している横断歩道を渡り、そこからさらに市電沿いに歩いていると、その横にはBが内定した銀行のかなり大きな支店か本店営業部らしい趣の建物があったため、歩きながら聞いてみると「ああ、本店ではないかれど、ここには営業統括部があるんだ。それと、近いうちにこちらに本店が移転するとも聞いているよ。」とのことであった。

やがてその建物を過ぎたすぐの角を右側に曲がりしばらく行くと、以前のラーメン屋さんとは感じが異なるが、これまた味のある佇まいのお店が見えて来た。開店後あまり時間は経っていないようだが、店内にはお客さんが少なからずいて、見たところ、こちらも地元客が多いように思われた。暖簾をくぐり店内に入りメニューを見てみると「ラーメン専門」と謳っているだけありラーメンと大盛とライスのみの構成であった。

Bと一緒にラーメンを注文すると、すぐに暖かいお茶と、かなりの量と云える大根の浅漬けが出て来た。この浅漬けの量はさすがに驚いたが、Bにそれを聞いたところ「まあ二人分だからね。」とのことであってが、これには私の質問の意図が上手く伝わっていないように感じられ少し歯がゆかった・・。やがてラーメンがやってきたが、その見た目はさきのTと似ているように感じられた。そして味の方も系統としては似ているが、こちらの方がスープが澄んではいるものの、その味にパンチがあり、少し脂が勝っているように感じられた。また全体的にはTと甲乙つけがたいくらいに美味しく、さらに大きな発見であったのは、同じ九州といっても、Kのラーメンは、北部の福岡や久留米や熊本のそれと比べ、スープが澄んで淡く、あまり強い「豚骨」感がないということであった。

これと近いものとして思いつくのは「沖縄そば」と云える。しかし、それとは麺が大きく異なり、共通する要素と云えるのは「澄んで淡泊な豚骨スープと」いったところであろうか・・。

また、そのようなことを考えていて、不図思い出したのは、以前に台湾からの留学生と都内町場にある中華料理店に行った時に漢族系本省人と云っていた彼が「日本の中華料理は美味しいけれども全部しょっぱい、塩辛いね。」と云っていたことである・・。考えてみると沖縄はKの先であり、さらに台湾は沖縄の先とも云えることから、それらには通底、共通する味覚に対する嗜好のようなものがあるのかもしれない・・。そして、さらには昨日Bが云っていた鳥刺しなどの生食文化についての見解とも関係があるのではないかと思われた・・。

こうしたことはBには云わず、黙って食べたが、あまりそればかりに傾き過ぎるのもどうかと思われるが、やはり、地域の食文化は大変面白いものであると感じられた。

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2020年11月29日日曜日

20201128 【架空の話】を49話まで続けて思ったこと・状況の整理

 去る4月末から断続的にではあれ、現在に至るまで書き続けている【架空の話】もおかげさまで49話まで書き進めることが出来ました。しかしながら、そのモデルとなっている自身の経験全てから考えてみますと、これまでの文量は、その全体の10%にも至っておりません。それ故、今後、当【架空の話】を書き進めるに当たり、その書き進め方については、今しばらく検討する必要があるのではないかと考えています。

具体的には、物語の進行の速度であり、これまで夏頃から物語が始まり、そして現在翌年の1月末頃を描いていることから、期間的には半年程度を49回に分け、さらにその焦点を当てている時期は編入試験とWへの旅行およびその後の時期であり、出来れば、今後2話程後にはKでの新生活が始まるようにしたいと考えてますが、こういったものを書いていて面白いと感じることは、書いているうちに、その物語の筋を即興にて変えることがあるのですが、その筋にて書いていると、再度興に乗り、ある時期・場所の描写を念入りに書いてしまうことであり、これが続くと当初の漠然としたものであれ、予定と噛み合うことが困難になり、本格的に「脱線」していくことになります。たしかにそれはそれで、その時書いていて面白いとは感じているのですが、他方でやはり、さきに述べた「全体の筋・予定」も同様に重要であると思われることから、今回このような文章を作成して、自身としても状況の整理を促し、また今後の物語進行の方向性を大まかなものであれ、読んで頂いている皆様に対し提示することにより、その路線にて書き進める必要性が生じると思われますので、これはこれで意味があると自身としては考える次第です。

また、これまでの経緯からしますと、蛇足気味にはなりますが、当【架空の話】をしばらく継続して作成し、その他については書籍からの抜粋引用文を記事としていますと、他のこれまでに作成してきたような記事を書く”コツ”のようなものを忘れてしまったような感覚を覚えるのです。そして、そうした状態にて作成することが出来る、自身オリジナルの記事とは、こうした【架空の話】にまつわるものであり、自身としても多少驚くところです。

とはいえ、それ以外にて記事作成が出来ないというわけではなく、おそらく自身内部の異なる記憶の相には、これまである程度の期間、継続的に作成してきた雑文記事のような文章を作成するための「記憶の相」が存在するはずであると思われ、また感じられることから、もし、それを強く望むのであれば、しばらく時間を必要とするとは思われますが、再度、そうした雑文系の記事を書き続けることは出来るのではないかと思われます・・。あるいは、そうしたところは、もっと疑問視すべきところであるのかもしれませんが・・。

ともあれ、現在の私はそうした状況であり、そして次回からは【架空の話】の先を作成して行こうと考えています。

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2020年11月26日木曜日

202011126【架空の話】・其の49

その後、ホテルに戻ったのは9:50頃であり、無事にチェックアウトも終えた。とはいえ、Bが着くまではまだ少し時間があることから、腹ごなしも兼ねて、また少しT文館を散策しようと思い立った。

そこで、財布など貴重品以外の荷物をフロントに預け、再度街に出てみると、週末ということもあり、人通りは朝よりも大分増えていた。してみると、さきほど覗いた専門職大学は国家試験が集中する期間ということもあってか、週末にも直前の講義を行っていたのだろう・・。

ともあれ、私の方は再びT文館の電停を挟む交差点から、今度は名君と謳われた旧藩主を祀った神社の方に出向いてみた。この神社は特に古い由緒を持つわけではないが、社叢はキレイに整備され、また社殿は時代を感じさせるものではないものの「丁寧且つ重厚に造られた」といった感じを受けた。こうしたところは、以前兄と参拝したW市に鎮座する国造家が代々神主を務めるあの神社とは、異なった印象を受けたが、こちらの方が南国ということもあってか、大胆な豪壮さが目立ち、対してW市の神社は、社叢などでも出来るだけ「自然のまま」を大事にした、詫び・寂びにも通じる感覚があるように思われた。

あるいは、こうしたところにも地域性は発露するのであろうかと思いつつ、これからお世話になるKの神社に参拝をして今度はその表参道を通り、再びT文館に戻ることにした。表参道とは云っても東京のそれとは感じが異なり、その神社側奥の景色には、Wとはまた異なった様相の山なみが控えていた。また参道左手には大きな公園があり、既に家族連れなどで賑わいつつあったが、そこを過ぎて交差点を渡ると、再びアーケード街に入った。このあたりは映画館やアウトドア・ショップ、また比較的大きな遊戯施設などが並んでおり、街並みは参道ということもあってかキレイに整備されていた。そして、そのあたりを過ぎて再び市電が走る通りに出るあたりに、味のある構えのお店が目に入ってきた。なおもお店に近づくと、日本茶の薫りがしてきて、また、店内には一休み出来るように野点の茶会に用いる緋毛氈をかけた床几台も置かれていた。日本茶のお店であったが、その薫りは首都圏でのそれと若干異なるように感じられたことから、店内の方を少し気にしつつ歩いていると、店内から「どうぞ一服されてみてはいかがでしょうか?」と声を掛けられた。おそらく50代くらいの、これまた元気な感じの女性であったが、促されるまま店内に入ると店内に置いてあるお茶の説明をしてくれ、さらに小さな丼のような形の煎茶茶碗に注がれたお茶を出して頂いた。「あの歌」でも分かるとおり、この時期はお茶の旬の季節ではないが、ここ南国ともいえるKでは、もうじき四月初旬には新茶が出回るので、その時も是非飲んでみて欲しいとのことであった。ともあれ、そこで飲んだお茶は淹れ方も良かったのだろうが、これまでに飲んだお茶の中で最も味や薫りが濃厚に感じられた。お茶も作物・植物であることから蜜柑などの柑橘と同様、産地によって味が異なるということが、ここで初めて体感として理解できた。とはいえ、お店の方はあまりそうしたことに頓着しない様子で、商品の説明を続けられていたが、その中でスティック状の小袋に入った粉末状のお茶が手軽で良さそうであると思い。「すいません、あのスティック状の袋に入ったお茶を少し頂けますか?」と訊ねてみると、気安く応じて頂いた。その味や薫りもさきと同様であり、尚且つ手軽であると思われたことから、実家やD先生や指導教員へのお土産に良いと思い10本入りのものを三つ購入させて頂いた。

昨日の鶏の肝刺と云い、このお茶と云い、やはり異なった地域には、異なった種類の美味しさがあるものだと実感しつつ、会計を済ませた丁度のところで携帯電話が鳴った。時刻は既に11:00をまわっており、おそらくはBからであろうと確認すると、果たしてそれはBからであった。

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