数日間ブログ記事作成を休み、再度記事作成を開始するにあたって思うところは特にはありません。
ただ、さきほどの記事作成再開に際し、あらためてこれまでに作成した一連の記事を眺めたところ『これら記事の作成を継続してきたエネルギーとは一体どこに由来しているのか?』といった漠然とした疑問が湧いてきました。
ほぼ毎日記事作成を行っていますと、あまりそうした疑問とは内面にて顕在化することはなく、それは各々作成記事に対し、何らかの考えが浮かぶというカタチを取ることが圧倒的に多いと云えます。
そのことから、数日間にわたる記事作成の休息を経て、わずかではあれ、新たな視点にて、これまでの作成記事を眺めたところから、さきのような疑問が生じたのではないかと思われます。
ともあれ、そうした疑問の由来はさておき、これまで顕在化することがなかった疑問自体について考えてみますと、一連の投稿記事を継続的に読んで頂いていた方々はお分かり頂けるかもしれませんが、それは陽気とは決して言い難い、ある種の屈折した情熱によって為されていると云えます・・。
また、それと同時に体感的に理解し得たと感じたことは、概して継続的な活動とは、陽気にして直接的な情熱によるよりも、さきに述べたような、ある種屈折した情熱により為されていることが多いのではないかということです(これには国民性・地域性などがあるのかもしれませんが)。
それ故、『会社の常識は社会の非常識』というコトバが想起されるような出来事が継続的に生じるのではないかとも思われます。
こうした出来事が表沙汰になることは少ないものの一般的に認められる社会とは、おそらく古来より続く最大公約数的な職業意識と、社会において発展を遂げてきた道徳・倫理観念が適合することが困難となりつつある社会であると考えます(おそらく我が国とは、本質的にそれらの起源が別々にあるところに大きな問題があるのかもしれない・・)。
そして、現今の我が国社会にて、顕著にそうした傾向(職業意識と道徳・倫理観念の不適合)が認められるのであれば、その主たる原因とはインターネットおよびその端末となる機器の進化発展により、さまざまな道徳・倫理観念に基づき発信される情報と各々の日常的な職業意識に基づき発信される情報がインターネット空間上にて刺激し合うところにあるのではないかと思われます。
おそらく今後も情報機器の大規模な退化はありえないことから、それに付随するさきのインターネット空間上での刺激のし合いもまた、なくなることはなく、ある種の飽和状態に至るまで、それは続くものと考えます・・。
そしてまた、その際に必要である重要なものは、ありきたりではありますがキチンと考えられ構築された思想もしくは哲学であり、そしてその意味あいを自分の経験、見識に基づいて内面から理解(インカーネーション)することではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?
近年、列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。
昨年より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に宣伝となりますが、昨年暮れに師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
2018年1月6日土曜日
2018年1月2日火曜日
20180101 言語と事物の対応関係について・・【新年あけましておめでとうございます。】
新年あけましておめでとうございます。
本年もまた、しばらくは記事作成を継続しようと考えていますのでどうぞよろしくお願いします。
さて、昨日投稿した記事は、大晦日であるにもかかわらず、かなり多くの方々(100以上)に読んで頂き、そこから本日元旦であるにもかかわらず新たに記事作成を開始しました。
そして次の具体的なブログにおける目標は来月二月中の900記事への到達とします。
また、これまでの総投稿記事数は855記事ですので、今月・来月中に45記事を投稿することによりそれは達成され、また特に無理をすることもなく、時には休息を入れつつ記事作成を継続することにより十分に為し得るものと思われます。
そのように考えてみますと900記事への到達も以前より、かなり現実味を帯びてきたと云えますが、当ブログを始めた当初においては正直なところ、この程度まで継続できるものとは考えていませんでした・・(笑)。
くわえて、昨年の丁度この時期に500記事到達後の再スタートをしたと記憶していますが、そうしますと昨年中におよそ355記事を作成・投稿したことになりますが、これは年内ほぼ毎日1記事ずつ作成・投稿してきたことになりますので、記事の質はともかくとして、またあまり達成感もありませんが『とりあえずやり抜いた』といった感じはあります。
また、それに関連するものであるか分かりませんが、これまでの記事作成の継続により、自身の作成する文章に自信を持てるようになってきたという感覚はあまりなく、硬軟双方の我流の文体にて記事を作成していますが、未だそれらから『自己の文体の獲得』といった感覚を得るには至っていません・・。
あるいは、1000記事程度まで作成し続けると、何かが分かってくるのかもしれません・・。
また他方で、先日から過去に作成した記事をいくらか見ていますと、そこで述べられていることが時折、何らかのカタチで未来とつながっているのではないかと考えさせられることがありました・・。
具体的にはボブ・ディラン、カズオ・イシグロ両氏のノーベル賞受賞の発表がされるかなり前に、自身のブログ記事にて両氏をそれぞれ取り上げていたことであり、無論それらは偶然ではあるのでしょうが、しかし、こうしたことが継続的に文章を作成する際に(無意識ではあれ)時折生じる面白い現象であるように思われます(これを数値的に分析・表現すると、果たしてどの程度の偶然・確率となるのであろうか・・?)。【あるいは、これを『やり当て』と云うのかもしれません。】
しかし、であるからといって自身のみの欲得を動機とする恣意的な内容の文章を作成し続けても、それはどのようなメカニズムによるものか分かりませんが、さきのようには行かないのではないかと思われます。
そして、そういった意味からも、その根底にある言語と事物の対応関係があらためて重視される必要があるのではないかと思われるのです・・。
おそらく現今の我が国社会とは、もちろん自身も無縁ではありませんが、そうした言語と事物の対応関係が、さまざまな情報機器の急速な進化発展によってか、多少混乱しているのではないかとも思われるのです・・。
いや、あるいは、さきの情報機器云々がなくとも、ある程度大きな歴史規模にて考えてみますと、社会においてそうした言語と事物の対応関係が混乱する時代・時期といったものが定期的にあるのかもしれません・・。
また、こうしたこととは、迷信と重なる部分も少なからずあるのでしょうが、同時に全てが迷信であるとも思われず、そして時代を遡れば遡るほど、人々は、こうしたことに対する感性が鋭かったのではないかとも思われますが、さて如何でしょうか?
【允恭天皇御代にて盟神探湯が行われた経緯を考えてみると、あるいは当時の社会においてもまた、こうした混乱があったのではないかとも考えさせられます・・。】
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
近年、列島各地において発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った諸地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。
昨年より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
本年もまた、しばらくは記事作成を継続しようと考えていますのでどうぞよろしくお願いします。
さて、昨日投稿した記事は、大晦日であるにもかかわらず、かなり多くの方々(100以上)に読んで頂き、そこから本日元旦であるにもかかわらず新たに記事作成を開始しました。
そして次の具体的なブログにおける目標は来月二月中の900記事への到達とします。
また、これまでの総投稿記事数は855記事ですので、今月・来月中に45記事を投稿することによりそれは達成され、また特に無理をすることもなく、時には休息を入れつつ記事作成を継続することにより十分に為し得るものと思われます。
そのように考えてみますと900記事への到達も以前より、かなり現実味を帯びてきたと云えますが、当ブログを始めた当初においては正直なところ、この程度まで継続できるものとは考えていませんでした・・(笑)。
くわえて、昨年の丁度この時期に500記事到達後の再スタートをしたと記憶していますが、そうしますと昨年中におよそ355記事を作成・投稿したことになりますが、これは年内ほぼ毎日1記事ずつ作成・投稿してきたことになりますので、記事の質はともかくとして、またあまり達成感もありませんが『とりあえずやり抜いた』といった感じはあります。
また、それに関連するものであるか分かりませんが、これまでの記事作成の継続により、自身の作成する文章に自信を持てるようになってきたという感覚はあまりなく、硬軟双方の我流の文体にて記事を作成していますが、未だそれらから『自己の文体の獲得』といった感覚を得るには至っていません・・。
あるいは、1000記事程度まで作成し続けると、何かが分かってくるのかもしれません・・。
また他方で、先日から過去に作成した記事をいくらか見ていますと、そこで述べられていることが時折、何らかのカタチで未来とつながっているのではないかと考えさせられることがありました・・。
具体的にはボブ・ディラン、カズオ・イシグロ両氏のノーベル賞受賞の発表がされるかなり前に、自身のブログ記事にて両氏をそれぞれ取り上げていたことであり、無論それらは偶然ではあるのでしょうが、しかし、こうしたことが継続的に文章を作成する際に(無意識ではあれ)時折生じる面白い現象であるように思われます(これを数値的に分析・表現すると、果たしてどの程度の偶然・確率となるのであろうか・・?)。【あるいは、これを『やり当て』と云うのかもしれません。】
しかし、であるからといって自身のみの欲得を動機とする恣意的な内容の文章を作成し続けても、それはどのようなメカニズムによるものか分かりませんが、さきのようには行かないのではないかと思われます。
そして、そういった意味からも、その根底にある言語と事物の対応関係があらためて重視される必要があるのではないかと思われるのです・・。
おそらく現今の我が国社会とは、もちろん自身も無縁ではありませんが、そうした言語と事物の対応関係が、さまざまな情報機器の急速な進化発展によってか、多少混乱しているのではないかとも思われるのです・・。
いや、あるいは、さきの情報機器云々がなくとも、ある程度大きな歴史規模にて考えてみますと、社会においてそうした言語と事物の対応関係が混乱する時代・時期といったものが定期的にあるのかもしれません・・。
また、こうしたこととは、迷信と重なる部分も少なからずあるのでしょうが、同時に全てが迷信であるとも思われず、そして時代を遡れば遡るほど、人々は、こうしたことに対する感性が鋭かったのではないかとも思われますが、さて如何でしょうか?
【允恭天皇御代にて盟神探湯が行われた経緯を考えてみると、あるいは当時の社会においてもまた、こうした混乱があったのではないかとも考えさせられます・・。】
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
近年、列島各地において発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った諸地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。
昨年より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
2017年12月31日日曜日
20171231 今年最後の記事【ジルコニアについて】
近年歯科医療において注目されているジルコニアであるが、このジルコニアとは金属であるジルコニウムの酸化安定状態にあるものを指す。
一方において、ジルコニアとはホワイト・メタルと称されることもあるようだが、あくまでも金属酸化物であるアルミナなどと同様セラミックスに分類されるものである。
しかしながら、ジルコニアがさきのように称されることにも理由がある。
それは機械的強度が非常に強く、耐摩耗性においても優れているという点である。さらに金属歯科材料と比して優れている点とは、金属特有の金属光沢を呈せず、多少の光透過性をも有し、そして既に酸化安定状態であることから生体為害性を持たない点であると云える。
最後に述べた点とは、生体材料として用いるうえにおいて、特に考慮すべきことであると云える。
それ故、さきの記事においても少し触れたが、ジルコニアとは整形外科領域における人工股関節の材料としてアルミナと並び用いられているが、昨今においてはその優れた機械的性質(破壊靭性はアルミナの約2倍)から徐々にジルコニアに置換されつつある。
さて、このジルコニアとは三種の結晶構造を持ち、それぞれ単斜晶・正方晶・立方晶と云う。単斜晶とは結晶構造が全体に斜めに傾き、正方晶は直方体による結晶構造であり、そして立方晶とは立方体による結晶構造を持つ。
これら三種の結晶構造とは温度により変化(相変態)し、焼結後に冷却すると立方晶から正方晶へ、そして正方晶から単斜晶へと変化(相変態)する。
そしてこの変化(相変態)が生じる際に収縮・膨張が生じ、正方晶から単斜晶への変化の際は4%程度の体積膨張が生じ、これにより脆性化・機械的強度の低下が生じる。
こうしたことは安定した機械的強度が求められる生体材料としては望ましくないことから、これに微量(数mol%程度)の安定化材(イットリア・アルミナなど)を添加することにより立方晶を保持した状態にて結晶構造が安定化し、さきの温度変化による機械的性質の低下を防ぐことが可能となる。
しかしながら、この安定化ジルコニアとは結晶構造が安定してはいるものの、その機械的強度とは各種生体材料として用いるには弱すぎることから、さきの安定化材の添加をさらに減らすことにより、単斜晶・正方晶が混在し部分的に結晶構造が安定した部分安定化ジルコニアが開発された。
この部分安定化ジルコニアこそが現在医療・歯科医療分野において用いられているものであり、とりわけ3~4mol%程度のイットリアを安定化材として添加したジルコニアは常温下においてほぼ全てが正方晶の結晶構造を成し、機械的強度に優れ、正方晶ジルコニア多結晶体(Yttria-stabilized tetragonal zirconia polycrystal:Y-TZP)と呼ばれている。
さて、この部分安定化ジルコニアは応力を加えることにより結晶構造が変化する。
これを異言すると、正方晶状態の部分安定化ジルコニアに応力が加わることにより単斜晶へと変化(相変態)し、その際、さきに述べた4%程度の体積膨張が生じるということである。
そして、この体積膨張により、応力によって生じた微細な亀裂の更なる進展が妨げられるといった部分安定化ジルコニア特有の機構がある。【応力誘起相変態強化機構】
この機構とはセラミックス材料において稀有とも云えることから、現在においても更なる実用化を念頭に置いた研究が為されているが、とりわけ天然歯に置換する歯冠材料として用いるための工夫・研究とはここ数年程度で大きく進展したと云える。
自身がかつてこの分野において研究活動に従事していた時期、あくまでもジルコニアとは、むき出しのままにて口腔内に用いられる材料とは考えられてはおらず、これをコア材料として用い、その上に歯科用陶材の築盛、成形そして焼成といった工程が不可欠であると考えられていた。
それ故、ジルコニアと歯科用陶材の接着強度およびその接着メカニズムの解明が重要であったのだが、これらは現在においては考慮を要しないものとなった。
何となれば、その組成等の工夫によりジルコニア自体の発色が天然歯のそれに近いものとなってきたからである。
もとより絶え間のない進化発展により、科学・技術の研究とはこうしたものであるのだが、ただし、そこで重要であると思われることは、何れかの分野の研究において世界規模での最先端を体感することではないかと思われるのだが、さて如何でしょうか?
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
そして来年もまた、しばらく記事作成を継続しようと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまにとって来年が良い一年となりますように。
昨年より現在までに列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
一方において、ジルコニアとはホワイト・メタルと称されることもあるようだが、あくまでも金属酸化物であるアルミナなどと同様セラミックスに分類されるものである。
しかしながら、ジルコニアがさきのように称されることにも理由がある。
それは機械的強度が非常に強く、耐摩耗性においても優れているという点である。さらに金属歯科材料と比して優れている点とは、金属特有の金属光沢を呈せず、多少の光透過性をも有し、そして既に酸化安定状態であることから生体為害性を持たない点であると云える。
最後に述べた点とは、生体材料として用いるうえにおいて、特に考慮すべきことであると云える。
それ故、さきの記事においても少し触れたが、ジルコニアとは整形外科領域における人工股関節の材料としてアルミナと並び用いられているが、昨今においてはその優れた機械的性質(破壊靭性はアルミナの約2倍)から徐々にジルコニアに置換されつつある。
さて、このジルコニアとは三種の結晶構造を持ち、それぞれ単斜晶・正方晶・立方晶と云う。単斜晶とは結晶構造が全体に斜めに傾き、正方晶は直方体による結晶構造であり、そして立方晶とは立方体による結晶構造を持つ。
これら三種の結晶構造とは温度により変化(相変態)し、焼結後に冷却すると立方晶から正方晶へ、そして正方晶から単斜晶へと変化(相変態)する。
そしてこの変化(相変態)が生じる際に収縮・膨張が生じ、正方晶から単斜晶への変化の際は4%程度の体積膨張が生じ、これにより脆性化・機械的強度の低下が生じる。
こうしたことは安定した機械的強度が求められる生体材料としては望ましくないことから、これに微量(数mol%程度)の安定化材(イットリア・アルミナなど)を添加することにより立方晶を保持した状態にて結晶構造が安定化し、さきの温度変化による機械的性質の低下を防ぐことが可能となる。
しかしながら、この安定化ジルコニアとは結晶構造が安定してはいるものの、その機械的強度とは各種生体材料として用いるには弱すぎることから、さきの安定化材の添加をさらに減らすことにより、単斜晶・正方晶が混在し部分的に結晶構造が安定した部分安定化ジルコニアが開発された。
この部分安定化ジルコニアこそが現在医療・歯科医療分野において用いられているものであり、とりわけ3~4mol%程度のイットリアを安定化材として添加したジルコニアは常温下においてほぼ全てが正方晶の結晶構造を成し、機械的強度に優れ、正方晶ジルコニア多結晶体(Yttria-stabilized tetragonal zirconia polycrystal:Y-TZP)と呼ばれている。
さて、この部分安定化ジルコニアは応力を加えることにより結晶構造が変化する。
これを異言すると、正方晶状態の部分安定化ジルコニアに応力が加わることにより単斜晶へと変化(相変態)し、その際、さきに述べた4%程度の体積膨張が生じるということである。
そして、この体積膨張により、応力によって生じた微細な亀裂の更なる進展が妨げられるといった部分安定化ジルコニア特有の機構がある。【応力誘起相変態強化機構】
この機構とはセラミックス材料において稀有とも云えることから、現在においても更なる実用化を念頭に置いた研究が為されているが、とりわけ天然歯に置換する歯冠材料として用いるための工夫・研究とはここ数年程度で大きく進展したと云える。
自身がかつてこの分野において研究活動に従事していた時期、あくまでもジルコニアとは、むき出しのままにて口腔内に用いられる材料とは考えられてはおらず、これをコア材料として用い、その上に歯科用陶材の築盛、成形そして焼成といった工程が不可欠であると考えられていた。
それ故、ジルコニアと歯科用陶材の接着強度およびその接着メカニズムの解明が重要であったのだが、これらは現在においては考慮を要しないものとなった。
何となれば、その組成等の工夫によりジルコニア自体の発色が天然歯のそれに近いものとなってきたからである。
もとより絶え間のない進化発展により、科学・技術の研究とはこうしたものであるのだが、ただし、そこで重要であると思われることは、何れかの分野の研究において世界規模での最先端を体感することではないかと思われるのだが、さて如何でしょうか?
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
そして来年もまた、しばらく記事作成を継続しようと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまにとって来年が良い一年となりますように。
昨年より現在までに列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
最後に宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
20171230 自身の歯科理工学の系譜から分かったこと・・【新刊著作の御案内】
2017年も余すところ1日となりました。
自身の作成しているブログは年内の目標であった850記事の投稿を既に終え、年内は記事作成を休もうと考えていました。
自身の作成しているブログは年内の目標であった850記事の投稿を既に終え、年内は記事作成を休もうと考えていました。
一方、昨日よりこれまでとは異なった方法にて投稿記事をSNSと連動させたところ、思いのほか多くの方々に読んで頂いているといった事態が生じました。
この連動の仕方が何故、多くの閲覧者数に結節したものかは分かりませんが、何であれ、こうした事態が生じますと『やはり新たに何かしら書いておいた方が良いのでは・・?』と思うに至り、そしてつい先ほどより新たな記事を作成している次第です・・(笑)。
くわえて面白かったことは、昨日投稿分の書籍からの抜粋引用部もまた、多くの方々(60以上)に読んで頂いていたことであり、どのように読んで頂いているかは不明ではありますが、何であれ自身としては興味深い現象であると思われました。
とはいえ、この書籍は2013年に刊行されたものであり、当時はセラミックス製のコア上に各種歯科用陶材を焼付け、より天然歯に近い補綴物の作製していたのですが、現在においては歯科用陶材の焼付け工程は省略されつつあり、その代わりにコアであるセラミックス自体の色合いがより天然歯に近づいていると云えます。
また、自身の研究テーマとはこのコアとなるセラミックスと焼付ける歯科用陶材の接着強さの概要およびその接着メカニズムを解明することを目標とするものであったのですが、この研究はその後さらに進展し、接着界面の透過型電子顕微鏡像をも得られていることから断定とは行かないまでも、概ね結論らしきものには至っていると云えます。
ちなみにその結論を学会発表・論文を通して発表されたのが自身の師匠であるのですが、つい先日訪問した医院の歯科医師より伺ったところによると、この師匠は先日12月15日投稿分の記事『ロストワックス鋳造法・鋳造収縮などについて』にて述べました金竹哲也氏の孫弟子にあたるということであり、そうしますと自身も曾孫弟子ということになります・・(笑)。
この連動の仕方が何故、多くの閲覧者数に結節したものかは分かりませんが、何であれ、こうした事態が生じますと『やはり新たに何かしら書いておいた方が良いのでは・・?』と思うに至り、そしてつい先ほどより新たな記事を作成している次第です・・(笑)。
くわえて面白かったことは、昨日投稿分の書籍からの抜粋引用部もまた、多くの方々(60以上)に読んで頂いていたことであり、どのように読んで頂いているかは不明ではありますが、何であれ自身としては興味深い現象であると思われました。
とはいえ、この書籍は2013年に刊行されたものであり、当時はセラミックス製のコア上に各種歯科用陶材を焼付け、より天然歯に近い補綴物の作製していたのですが、現在においては歯科用陶材の焼付け工程は省略されつつあり、その代わりにコアであるセラミックス自体の色合いがより天然歯に近づいていると云えます。
また、自身の研究テーマとはこのコアとなるセラミックスと焼付ける歯科用陶材の接着強さの概要およびその接着メカニズムを解明することを目標とするものであったのですが、この研究はその後さらに進展し、接着界面の透過型電子顕微鏡像をも得られていることから断定とは行かないまでも、概ね結論らしきものには至っていると云えます。
ちなみにその結論を学会発表・論文を通して発表されたのが自身の師匠であるのですが、つい先日訪問した医院の歯科医師より伺ったところによると、この師匠は先日12月15日投稿分の記事『ロストワックス鋳造法・鋳造収縮などについて』にて述べました金竹哲也氏の孫弟子にあたるということであり、そうしますと自身も曾孫弟子ということになります・・(笑)。
・・しかし、こうしたことは笑いごとではないらしく、そのことを仰った歯科医師の先生はごく真面目に、あたかもタイプ別金合金の組成およびその主たる用途を説明する時のような調子にて話してくださいました・・。
これまでのブログ記事にて多く歴史を主題とする記事を作成してきましたが、あまり興味を持つことのなかった自身の歯科理工学における師匠の系譜を辿ってみますと、期せずして、なかなか立派なものであることが分かりました・・。
とはいえ、そうした一連の師匠・弟子達のなかにて臨床・研究分野に属せず、こうしたブログ記事を作成し続けているモノはいないのではないだろうか・・(苦笑)。
とはいえ、そうした一連の師匠・弟子達のなかにて臨床・研究分野に属せず、こうしたブログ記事を作成し続けているモノはいないのではないだろうか・・(苦笑)。
このことは多少恥ずかしくも思うところではありますが、同時に歯科理工学分野ではないと思われますが、それら記事の中において、ひとつ程度は古今初の言及が為されている記述もあるのではないかと考えています。
くわえて、自身としては脱抑制のスタンスを取りながらも、そうしたことをどこかで狙いつつ書き続けることが大事ではないかと考えています。
今回もここまで興味をもって読んで頂き、どうもありがとうございます。
近年、列島各地にて生じた地震・大雨・水害などの大規模自然災害により被害を被った諸地域の復興を祈念しています。
昨年から再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
宣伝となりますが、先日師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
昨年から再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
宣伝となりますが、先日師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたので、ご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5
2017年12月29日金曜日
20171229 Published by Springer Written by Carlos-Bergmann and Aisha-Stumpf Dental Ceramics: Microstructure, Properties and Degradation pp.15-16より抜粋引用
Published by Springer Written by Carlos-Bergmann and Aisha-Stumpf
『Dental Ceramics: Microstructure, Properties and Degradation』
Chapter 3
『Ceramic Materials for Prosthetic and Restoration Use』
ISBN:3642382231
『Dental Ceramics: Microstructure, Properties and Degradation』
Chapter 3
『Ceramic Materials for Prosthetic and Restoration Use』
ISBN:3642382231
pp.15-16
『The first uses of ceramics as dental
material date from the early XVⅢ century.
Today, Ceramics are being used on a large scale as
restorative materials in Dentistry.
This includes materials for dental crown,
prosthesis cementation and total and partial dentures.
The increase in the use
of ceramic restorations has virtually removed the use of metal restorations,
since they do not meet the esthetic demands of patients.
Ceramic materials are best suited to replace metal, especially in erosive and corrosive environments.
Ceramic materials are best suited to replace metal, especially in erosive and corrosive environments.
Dental ceramics allow regular and diffuse
transmission, as well as diffuse and specular reflectance of light, and
therefore have the potential to reproduce the depth of translucency, depth of
color, and texture of natural teeth.
In addition, dental ceramics have a
relative good resistance to degradation.
The oral cavity is biologically
compatible, and has a coefficient of thermal expansion that is similar to that
of tooth structure.
The first dental ceramics had their use
limited to the front teeth because of their low flexural strength.
New
technologies and manufacturing techniques have allowed the development of
different ceramic systems for dental use with higher resistance, expanding the
options available to dentists and allowing the manufacture of prostheses for
posterior teeth.
Ceramics have been used to fabricate a wide
variety of restorations including inlays, onlays, implant, crowns and fixed
partial dentures on account of their biocompatibility, were resistance and
better esthetics. Due to their better esthetics, in particular, patients have
become more demanding regarding the appearance of their restorations.
The use of all-ceramic crowns has been
questioned because of their lack of strength.
Their counterparts, the
metal-ceramic crowns, have been used successfully; the majority of all full-coverage
restorations and fixed prostheses are fabricated from metal-ceramic systems
that have a failure rate of only 1-3% over 5 years.
Metal-ceramic systems (MSC)
have come under scrutiny, however, because of (1)potential alloy corrosion
leading to toxicity and allergy concerns; (2)esthetic problems such as lack of
translucency, discoloration of some ceramics from silver in the alloy, and
excessive value in the cervical third; (3)the amount of tooth reduction
necessary, and associated tendency to overcountour the restoration; and (4)incompatibility
between metal and ceramic, and the difficulty in establishing standard test for
bond strength and thermal compatibility.
Fixed prosthodontic treatment, whether
involving complete or partial coverage and natural tooth or dental implant
abutments, commonly relies on indirect fabrication definitive prostheses in the
dental laboratory.
Historically, the necessity for provisional treatment has
been primarily derived from this methodological process.
The importance of interim treatment,
however, is more far-reaching than is portrayed by this procedural necessity
and the requirements for satisfactory provisional restorations differ only
slightly from the definitive treatment they precede.
In the last few decades,
ceramic materials for restorative.
Dentistry have evolved significantly, and
esthetic restorations, such as all-ceramic crowns and veneers, are routinely
used in practice.
Different materials and production systems
are available for all-ceramic dental restorations; a single layer ceramic that
is attached to the tooth structure or a two-layered structure with a high-strength
ceramic core material, which supports the more fragile veneering ceramic.
Some high strength materials are designed
for computerized milling techniques (CAD/CAM) where the core structure is
milled from the presintered block of an oxide ceramic.
A relative recent dental ceramic is
yttria-stabilized zirconium oxide polycrystals.
These materials are manufactured
from fine particles of ZrO2 and 3-5% Y2O3, which
from a partly stabilized tetragonal structure at room temperature after heat
treatment.
Due to the optical opacity of these materials, they are covered with
veneering ceramic, usually feldspathic types, with esthetic characteristics
similar to the natural tooth substance.
The veneering
process involves a firing procedure at high temperatures(750-900℃)and subsequent cooling of
the restoration.
This process is performed at least once, usually two to five
times.
It is not fully known what effect this thermal history has on the
properties of the core ceramic.
Patients have become more and more demanding
regarding the esthetic and biocompatibility of their dental restorations,
ceramic as material for inlays, onlays, crowns and bridges has become a main
goal for scientific interest especially from the material point of view.』
2017年12月27日水曜日
20171227 ものごとの理解へと至る進め方とは・・
昨日の投稿記事もまた投稿翌日にしては多くの方々に読んで頂けました(120以上)。
また、その内容にも関連することであると思われますが、時折どちらかというと理系方面への才能が長けていると思われる歯学分野の方々からの御意見にて『何故、君等文系と称する人々は現在のこの世界、国内のことも完全には理解していないのに、昔のことを分かったように話すことが出来るのかね?』といったことを聞くことがあります。
たしかに幾度にもわたる綿密な実験を通して、データを得てから一歩ずつ推論・論証していくといった過程による理系的な考え方・ものごとの進め方とは、まさしく科学的であると云えます。
しかし、それと同時に、ものごとの理解へと至る進め方とは、それのみではなく、さきに述べた理系的な考え方・ものごとの進め方とは、おそらく我が国においては早くとも18世紀後期以降からのものであり、それ以前の我が国においては、書かれた書物等の読解を通じて得る観念的な知見であったり、詩歌に拠って心情・情緒あるいはその思想などを表現するといった手法により知的作業が為されていたと云えます。
つまり多少の時代のブレはありますが、我が国における理系的な考え方・ものごとの進め方の流入と西洋文明の流入とは概ね軌を一にしていると云えます。
くわえて、その際に西洋的にして文系的な考え方・ものごとの進め方もまた、さまざまな哲学・思想として我が国に多く流入してきたのですが、そうしたものとは、他方において我が国が概ね独自で育んできたさまざまな文化・伝統といった歴史の生命と評し得るものに対しても、否応なく改変・解釈の変更を余儀なくさせるものであったとも云えます。
とはいえ、当時の多くの人々は、そうしたことをも致し方ないこととして概ね受容したと思われますが、同時に西洋化が国是とされ、同時にそれ以前の歴史文化が色濃く残る時代の社会にて活動した我が国の思想家・研究者にこそ古今を通じて偉大とも云える方々が多く見受けられるということには、なかなか興味深い何かがあるのではないかと思われます・・。
また、そのことからも、ものごとの理解へと至る進め方とは決して単線的なものではなく、さらには我が国が今後も独自の文化を持つ国であり続けるためには、やはりこうした文化・伝統を含む歴史全般を(具体的にしてある程度の知識を以て)視野に備えた考え方・ものごとの進め方とは、憎らしいと思われることも多いのかもしれませんが、やはり大事ではないかと思われますが、さて如何でしょうか?
そして案外と、このポイントに何かしら別々の後世へと通じる大きな分水嶺があるのではないかと思われます。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年より現在までに列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
また、その内容にも関連することであると思われますが、時折どちらかというと理系方面への才能が長けていると思われる歯学分野の方々からの御意見にて『何故、君等文系と称する人々は現在のこの世界、国内のことも完全には理解していないのに、昔のことを分かったように話すことが出来るのかね?』といったことを聞くことがあります。
たしかに幾度にもわたる綿密な実験を通して、データを得てから一歩ずつ推論・論証していくといった過程による理系的な考え方・ものごとの進め方とは、まさしく科学的であると云えます。
しかし、それと同時に、ものごとの理解へと至る進め方とは、それのみではなく、さきに述べた理系的な考え方・ものごとの進め方とは、おそらく我が国においては早くとも18世紀後期以降からのものであり、それ以前の我が国においては、書かれた書物等の読解を通じて得る観念的な知見であったり、詩歌に拠って心情・情緒あるいはその思想などを表現するといった手法により知的作業が為されていたと云えます。
つまり多少の時代のブレはありますが、我が国における理系的な考え方・ものごとの進め方の流入と西洋文明の流入とは概ね軌を一にしていると云えます。
くわえて、その際に西洋的にして文系的な考え方・ものごとの進め方もまた、さまざまな哲学・思想として我が国に多く流入してきたのですが、そうしたものとは、他方において我が国が概ね独自で育んできたさまざまな文化・伝統といった歴史の生命と評し得るものに対しても、否応なく改変・解釈の変更を余儀なくさせるものであったとも云えます。
とはいえ、当時の多くの人々は、そうしたことをも致し方ないこととして概ね受容したと思われますが、同時に西洋化が国是とされ、同時にそれ以前の歴史文化が色濃く残る時代の社会にて活動した我が国の思想家・研究者にこそ古今を通じて偉大とも云える方々が多く見受けられるということには、なかなか興味深い何かがあるのではないかと思われます・・。
また、そのことからも、ものごとの理解へと至る進め方とは決して単線的なものではなく、さらには我が国が今後も独自の文化を持つ国であり続けるためには、やはりこうした文化・伝統を含む歴史全般を(具体的にしてある程度の知識を以て)視野に備えた考え方・ものごとの進め方とは、憎らしいと思われることも多いのかもしれませんが、やはり大事ではないかと思われますが、さて如何でしょうか?
そして案外と、このポイントに何かしら別々の後世へと通じる大きな分水嶺があるのではないかと思われます。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年より現在までに列島各地にて発生した地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された諸地域のインフラの復旧・回復および復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。
20171226 作成したブログ記事に対しての反応から思ったこと・・
最近投稿した記事と関連性の深い内容を持つ、さらに以前に投稿した記事が読まれていることを発見しますと、多少複雑な感じを受けます。
これを一歩下がって考えてみますと、それは意識して為された行為であるかどうかも不明ではあるのですが、しかし、そうした反応とは無意識にて行うことは困難ではなかろうかとも思われますので、これらの反応とは意識して為されたものであると見做します。
そうしますと、冒頭にて述べた複雑な感じとなるわけですが、これは特に嫌悪感をおぼえるといった類いのものではなく『やるなぁ・・』といった一本取られたような感じに似ていると云えます。
くわえて、こうしたブログ記事への反応とは以前より度々あったことから、現在においては特に驚くことはありませんが、しかしそれを知覚した当初においてはそれなりに驚異もしくは脅威と感じていました・・(苦笑)。
また、正直に書きますと『こうした反応をある程度の速度にて為し得る能力・才能とは、あるいはこうしたブログ記事を作成する能力よりも優れたものではあるまいか?』とも思われるのです・・。
くわえて、これら反応を為し得ている背後にある論理とは、わたしがその意味・論理を知覚するまでは、ある意味無駄なものであるとも云えます。
そして、それら反応が誰により為されているかは不明ではありますが、反応の速度、的確さにバラつきのようなものを感じることはあるものの、概ねかなり気長な方(々)であり、且つ、どちらかと云うと人文社会科学系であるよりも理系的なセンスを強く感じさせられることが多いと云えます。
こうしたセンスもしくは才能に関しては、おそらく自身の内部にて乏しいため、そうしたセンス、才能を感じさせられますと現在でもやはり、それなりの驚きがあります。
しかし、これまでにブログ記事を作成している間にも、その反応の仕方の傾向とは多少は変化しており、多少憶測気味とはなりますが、当初に比べ、文系的な内容を述べた記事に対しての反応が的確、鋭くなってきたのではないかとも感じられるのです。
あるいはそれらは別の方によるものであるのかもしれませんが、しかし何れにせよ、こうした反応を認識しつつ記事を作成することはブログ記事作成における決して小さくないやりがいになると云い得ます。
さらに以前、しばらくブログ記事作成を休息すると述べておきながら、ここに新たに記事作成を行っている原因もまた少なからずここにあると云えます・・(笑)。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年より現在までに日本列島各地にて起きた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った諸地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。
これを一歩下がって考えてみますと、それは意識して為された行為であるかどうかも不明ではあるのですが、しかし、そうした反応とは無意識にて行うことは困難ではなかろうかとも思われますので、これらの反応とは意識して為されたものであると見做します。
そうしますと、冒頭にて述べた複雑な感じとなるわけですが、これは特に嫌悪感をおぼえるといった類いのものではなく『やるなぁ・・』といった一本取られたような感じに似ていると云えます。
くわえて、こうしたブログ記事への反応とは以前より度々あったことから、現在においては特に驚くことはありませんが、しかしそれを知覚した当初においてはそれなりに驚異もしくは脅威と感じていました・・(苦笑)。
また、正直に書きますと『こうした反応をある程度の速度にて為し得る能力・才能とは、あるいはこうしたブログ記事を作成する能力よりも優れたものではあるまいか?』とも思われるのです・・。
くわえて、これら反応を為し得ている背後にある論理とは、わたしがその意味・論理を知覚するまでは、ある意味無駄なものであるとも云えます。
そして、それら反応が誰により為されているかは不明ではありますが、反応の速度、的確さにバラつきのようなものを感じることはあるものの、概ねかなり気長な方(々)であり、且つ、どちらかと云うと人文社会科学系であるよりも理系的なセンスを強く感じさせられることが多いと云えます。
こうしたセンスもしくは才能に関しては、おそらく自身の内部にて乏しいため、そうしたセンス、才能を感じさせられますと現在でもやはり、それなりの驚きがあります。
しかし、これまでにブログ記事を作成している間にも、その反応の仕方の傾向とは多少は変化しており、多少憶測気味とはなりますが、当初に比べ、文系的な内容を述べた記事に対しての反応が的確、鋭くなってきたのではないかとも感じられるのです。
あるいはそれらは別の方によるものであるのかもしれませんが、しかし何れにせよ、こうした反応を認識しつつ記事を作成することはブログ記事作成における決して小さくないやりがいになると云い得ます。
さらに以前、しばらくブログ記事作成を休息すると述べておきながら、ここに新たに記事作成を行っている原因もまた少なからずここにあると云えます・・(笑)。
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年より現在までに日本列島各地にて起きた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を被った諸地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。
昨今再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。
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