A「先日投稿のブログ記事に書きましたが、文系院時代の知人が来京し、久しぶりに一緒に食事を摂ることになりました。
この時も相変わらずに快活であり、またハナシも盛り上がりましたが、もしかすると、彼と久しぶりに話す機会を持つことによって、またラッセル著『西洋哲学史』を少しずつ読み進めることになったのかもしれません・・。
そして、過去の私がこの著作内に引いた朱線部を現在になり読んでみますと、そのうちの多くに当時自身が考えていたことの骨子となるような内容が含まれていたことが理解出来ます・・。
不思議なことに、しばらく前の私ではこうしたことは理解出来なかったように思えるのですが、これは進化であるのでしょうか、それとももっと違う何かなのでしょうか・・(笑)?
ともあれ、そのことから、おそらく当時の私とは、自身の論法のみにて研究テーマに対して推論を進めること、すなわち(ある程度論理的な)文章を書き進めることが困難であり、こうした思想、哲学系の著作から『思考モデル』を援用(借用まではあからさまでない)したのだと思われます・・。
つまり、現在になり思うことは、当時の私とは、民俗学、考古学分野などの直接参考とした文献と同程度あるいはそれ以上に、こうした思想、哲学系の著作から、その『思考モデル』を抽出していたということです・・。
あるいはこれを別言すると、当時の自身が書いたものとは、民俗学、考古学等の文献から得られた現象、遺跡、遺物などに対する知見、記録の一つ一つがそのフィラー(充填材)であり、それらを包含し一塊の考え、文章と成すマトリックス(母材)のようなものが、さきの思想、哲学系の著作から得られた『思考モデル』であると云えます。
そして、そのように考えてみますと、そこには特段新しい要素は無いことになりますが、しかし開き直るわけではありませんが、ある程度ウラの取れた確からしく、さらに新しい知見、記録のみで文章、論文を作成することは、たとえ博士課程の研究であってもなかなか難しいのではないかと思われます・・。
それよりも、ある程度確からしい既知ともいえる知見を組み合わせ文章と成し、それにより新しい考えを述べる方がまだ現実的であるのではないかと思われますが、如何でしょうか・・?
もちろん、一方において、そうした方法論に安住してしまうのも如何なものかとは考えますが、それでも、こうした手法にて文章を書いている方が少なくとも長く書き続けることは出来、また、その中で大きな発見とまでは行きませんが1%、5%、10%程度の中から新たな知見、考えらしきもの、あるいはそのヒントが誰かに見つかれば、それはそれで多少は意味があることなのではないかと考える次第です・・。
さて、今回の記事は、本来であれば、この後にコンラッドとラッセルとの関連を知った経緯を書こうと考えておりましたが、これまでの文章が思いのほか長くなってしまいましたので、それはまた後の機会に書かせて頂くことにします・・。
ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」
2017年6月5日月曜日
2017年6月4日日曜日
20170604 能動的な読書の『意味』とは・・先日投稿の記事から
A「昨日投稿分の記事は、正直なところ、多くの方々には読んで頂きたくないものであり、またそうした事情もあってか投稿以降これまでにいくらか手を加え、加筆修正を行っております。
とはいえ、全体的な内容に関しては特に変わってはいないと思われますが・・。
何れにせよ、一度ブログ記事として作成、投稿したものは、少なくとも削除はしないという方針ですので、それにはこれまで通りに従おうと考えた次第です・・。
また、これまでにある程度のブログ記事を作成、投稿してきて、各々投稿記事の内容に対して見受けられるさまざまな反応にて『この反応は誰々からのものである』と判断、断定できるものは、これまでに皆無でしたが、先日投稿の『ラッセルにはじまりコンラッドに至るまで・・M2病の妄想?』に対しての反応にて『・・この反応は**さんからのものではないか?』と思われるものがありましたが、こうしたことを本人に聞いてみるのも、どうも無粋、空気を読まないようですので、わざわざ尋ねてみることは止め、今後何かの機会があった際にでも聞いてみようかと思った次第です・・(笑)。
それはともかく、この記事に関しては、投稿数日にしては、ここ最近かなり珍しいほど多くの方々に読んで頂けたことから、そのもととなった小説の文章、実際の会話の雰囲気を残しつつも、より読み易く、伝わり易い文章とするため、投稿以降、何度か手を加え、加筆修正を行いました・・。
また、それに加え、こうした加筆修正を行っておりますと、更なる着想も湧いてくるようであり、それらは今後機会を見つけ、記事として書いてみようかと考えております・・。
そして、そのように考えてみますと『能動的に』精読、深く読んだと自覚できるような著作が幾つかあるということは、案外と大事なことなのではないかと思われるのですが如何でしょうか・・?
また、それは、ある程度感受性が成熟した20~30代前半あたりが良いのではないかと思われますが、このあたりの年代において、どのような著作を『能動的』に選び読むかに、何といいますか、その人の本質に迫る『何か』があるのではないかと思われるのです・・。
それはあたかも、偶然に選び取られたタロットカード一枚一枚に固有の『意味』があるように・・。
とはいえ、その『意味』とは、占術によるものではなく、より必然的あるいは普遍化し得る『意味』であるように思われるのです・・。
こうした考えとは、もしかすると当然であるのかもしれませんが、その一方において『書籍、読書に関しても、その他の文化的事物と同様、何だかよく分からない表層的なものにのみ関心が払われ、こうした(それぞれの主体にとって)本質的とも云える『何か・意味』といったものには、あまり価値、注意が払われていないのではなかろうか・・?』とも思われることもまた、少なからずあるのです・・。
昨今我が国のさまざまな分野において席捲そして浸透している市場原理主義が個人の能動性、いや、それ以前にある、日常の行為態度に対して与える影響とは、こと学問(理系・文系含む)、芸術に対しては良いことばかりでもないのかもしれません・・。
ただ、こうしたことは、その判断までには、もうしばらくの観察期間が必要であるようにも思われますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺を襲った地震により被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」
とはいえ、全体的な内容に関しては特に変わってはいないと思われますが・・。
何れにせよ、一度ブログ記事として作成、投稿したものは、少なくとも削除はしないという方針ですので、それにはこれまで通りに従おうと考えた次第です・・。
また、これまでにある程度のブログ記事を作成、投稿してきて、各々投稿記事の内容に対して見受けられるさまざまな反応にて『この反応は誰々からのものである』と判断、断定できるものは、これまでに皆無でしたが、先日投稿の『ラッセルにはじまりコンラッドに至るまで・・M2病の妄想?』に対しての反応にて『・・この反応は**さんからのものではないか?』と思われるものがありましたが、こうしたことを本人に聞いてみるのも、どうも無粋、空気を読まないようですので、わざわざ尋ねてみることは止め、今後何かの機会があった際にでも聞いてみようかと思った次第です・・(笑)。
それはともかく、この記事に関しては、投稿数日にしては、ここ最近かなり珍しいほど多くの方々に読んで頂けたことから、そのもととなった小説の文章、実際の会話の雰囲気を残しつつも、より読み易く、伝わり易い文章とするため、投稿以降、何度か手を加え、加筆修正を行いました・・。
また、それに加え、こうした加筆修正を行っておりますと、更なる着想も湧いてくるようであり、それらは今後機会を見つけ、記事として書いてみようかと考えております・・。
そして、そのように考えてみますと『能動的に』精読、深く読んだと自覚できるような著作が幾つかあるということは、案外と大事なことなのではないかと思われるのですが如何でしょうか・・?
また、それは、ある程度感受性が成熟した20~30代前半あたりが良いのではないかと思われますが、このあたりの年代において、どのような著作を『能動的』に選び読むかに、何といいますか、その人の本質に迫る『何か』があるのではないかと思われるのです・・。
それはあたかも、偶然に選び取られたタロットカード一枚一枚に固有の『意味』があるように・・。
とはいえ、その『意味』とは、占術によるものではなく、より必然的あるいは普遍化し得る『意味』であるように思われるのです・・。
こうした考えとは、もしかすると当然であるのかもしれませんが、その一方において『書籍、読書に関しても、その他の文化的事物と同様、何だかよく分からない表層的なものにのみ関心が払われ、こうした(それぞれの主体にとって)本質的とも云える『何か・意味』といったものには、あまり価値、注意が払われていないのではなかろうか・・?』とも思われることもまた、少なからずあるのです・・。
昨今我が国のさまざまな分野において席捲そして浸透している市場原理主義が個人の能動性、いや、それ以前にある、日常の行為態度に対して与える影響とは、こと学問(理系・文系含む)、芸術に対しては良いことばかりでもないのかもしれません・・。
ただ、こうしたことは、その判断までには、もうしばらくの観察期間が必要であるようにも思われますが・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺を襲った地震により被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」
2017年6月3日土曜日
20170603 昨日投稿記事の閲覧者数が多かったことおよび黒い羊について・・
A「昨日投稿分の記事は、一昨日の投稿記事以上に多くの方々に読んで頂けました・・。
これは一見『閲覧者数が順調に上昇している』ともとらえられますが、現象としては、おそらく週末ということもあり、偶然に閲覧者数が伸びたのではないかと思われます・・。
とはいえ、その具体的な閲覧者数が投稿翌日にしては、これまでになく多かったことには、やはり何かしら別の要因があったのではないかとも考えられます・・。
そして、その要因が一体何であるかは今現在のところよく分かりませんが、何であれ(この程度で)慢心することなくキリの良いところまでは記事作成を継続します。
また、そのようなことを書いておりますと、このブログ記事作成を始めたのが、丁度二年前の今月後半であったことが思い出されました・・。
つまり、あと3週間程度記事作成を継続すれば、ブログ記事の作成を二年間継続したことになりますが、これは平均にして均すと、大体10日のうち9日は記事を作成、投稿したきたということになります・・。
そして、この間に『何かが大きく変わったのか?』と考えてみますと、決してそのようなことはなく、以前に比べわずかに記事の作成が容易にはなりつつあることは感じ取れますが、それは大したことでも何でもなく、むしろこの程度継続していれば、それは自然と生じる、ごく当たり前のように思われるのです・・。
・・いえ、実はこの自然と生じるようなことの蓄積こそが案外重要なのであり、また、その積み重ねこそが、何かしら相対的な意味での有意差といったものを生むのかもしれません・・。
とはいえ、今現在の私には、そうしたことを考える必要も余裕もなく、ただ、さきに書いたように目標としている650あるいは700記事への到達を目指すことにします・・(笑)。
そして、その間にまた突発的に(多くの方々に)面白いと感じられる記事が幾つか(出来る限り多く)投稿することが出来れば、それはむしろ『望外の僥倖』であることにしようと思います・・(笑)。
そういえば、それに関連するのかしないのか、先日知人と話していた際『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバが出てきました・・。
このコトバは自身もこれまでに聞いたことがあり、また幾分馴染みもあるのですが、何故、我々の社会では『いじめは良くない』という言説が一般的に聞かれる一方において『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバもまた普通に存在するのでしょうか・・?
つまり、この『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバには、少なからず、いじめられても仕方のない存在、あるいは全体の和、統一を守るための生贄のような存在といった意味あいがあるのではないかと思われます。
また、こうした我々の心的傾向とは、意外と根深いところまで達しており、いくら『いじめは良くない』といってみたところで、それは本当に単なるコトバであって、あまり実効性、内容そして意味といったものはないのではないかと思われるのです・・(苦笑)。
あるいは、それは家族という集団の最小単位においても見受けることも出来、時折耳にするそうしたハナシにおいて、どうしようもなくいたたまれない気分になることがあります・・。
(しかし、そうしたハナシは決してあからさまには語られない、むしろ聞いているハナシのなかから、そうした関係性を見出す、感知するのです・・。)
とはいえ、そうしたこととは、考えてもキリがないことであり、最も単純にそうした問題を解決する方法とは、それぞれのそうした立場にいる方々が、その環境から離脱する、抜け出すのが平和的で良いのではないかと考えますが如何でしょうか・・?
おそらくこればかりはキレイごとではどうにもならず、また今後も社会におけるそうした考えが進化し、高尚になることはないものと考えます・・。
しかし、そうなると思想や哲学といった、いわば文系学問(あるいは理系学問をも含め)の価値およびその基礎とは、一体どこに求めることになるのでしょうか・・・(苦笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」
これは一見『閲覧者数が順調に上昇している』ともとらえられますが、現象としては、おそらく週末ということもあり、偶然に閲覧者数が伸びたのではないかと思われます・・。
とはいえ、その具体的な閲覧者数が投稿翌日にしては、これまでになく多かったことには、やはり何かしら別の要因があったのではないかとも考えられます・・。
そして、その要因が一体何であるかは今現在のところよく分かりませんが、何であれ(この程度で)慢心することなくキリの良いところまでは記事作成を継続します。
また、そのようなことを書いておりますと、このブログ記事作成を始めたのが、丁度二年前の今月後半であったことが思い出されました・・。
つまり、あと3週間程度記事作成を継続すれば、ブログ記事の作成を二年間継続したことになりますが、これは平均にして均すと、大体10日のうち9日は記事を作成、投稿したきたということになります・・。
そして、この間に『何かが大きく変わったのか?』と考えてみますと、決してそのようなことはなく、以前に比べわずかに記事の作成が容易にはなりつつあることは感じ取れますが、それは大したことでも何でもなく、むしろこの程度継続していれば、それは自然と生じる、ごく当たり前のように思われるのです・・。
・・いえ、実はこの自然と生じるようなことの蓄積こそが案外重要なのであり、また、その積み重ねこそが、何かしら相対的な意味での有意差といったものを生むのかもしれません・・。
とはいえ、今現在の私には、そうしたことを考える必要も余裕もなく、ただ、さきに書いたように目標としている650あるいは700記事への到達を目指すことにします・・(笑)。
そして、その間にまた突発的に(多くの方々に)面白いと感じられる記事が幾つか(出来る限り多く)投稿することが出来れば、それはむしろ『望外の僥倖』であることにしようと思います・・(笑)。
そういえば、それに関連するのかしないのか、先日知人と話していた際『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバが出てきました・・。
このコトバは自身もこれまでに聞いたことがあり、また幾分馴染みもあるのですが、何故、我々の社会では『いじめは良くない』という言説が一般的に聞かれる一方において『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバもまた普通に存在するのでしょうか・・?
つまり、この『黒い羊、スケープ・ゴート』というコトバには、少なからず、いじめられても仕方のない存在、あるいは全体の和、統一を守るための生贄のような存在といった意味あいがあるのではないかと思われます。
また、こうした我々の心的傾向とは、意外と根深いところまで達しており、いくら『いじめは良くない』といってみたところで、それは本当に単なるコトバであって、あまり実効性、内容そして意味といったものはないのではないかと思われるのです・・(苦笑)。
あるいは、それは家族という集団の最小単位においても見受けることも出来、時折耳にするそうしたハナシにおいて、どうしようもなくいたたまれない気分になることがあります・・。
(しかし、そうしたハナシは決してあからさまには語られない、むしろ聞いているハナシのなかから、そうした関係性を見出す、感知するのです・・。)
とはいえ、そうしたこととは、考えてもキリがないことであり、最も単純にそうした問題を解決する方法とは、それぞれのそうした立場にいる方々が、その環境から離脱する、抜け出すのが平和的で良いのではないかと考えますが如何でしょうか・・?
おそらくこればかりはキレイごとではどうにもならず、また今後も社会におけるそうした考えが進化し、高尚になることはないものと考えます・・。
しかし、そうなると思想や哲学といった、いわば文系学問(あるいは理系学問をも含め)の価値およびその基礎とは、一体どこに求めることになるのでしょうか・・・(苦笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」
2017年6月1日木曜日
20170601 640記事 昨日の偶然の読書から思ったこと【書籍からの抜粋引用あり】
A「昨日ある書類を探していたところ、以前に購入していたラッセル著『西洋哲学史』全三巻が目につき、就寝前に第一巻を読みはじめてみたところ、どうしたものか大変面白く感じられ、そのまま10頁近く読んでいしまいました・・。
では『何故この著作を読み面白いと思ったのか?』とは、おそらくこの著作に現在自身が日常生活において接することがない考えが、流れるように、あるいは理路整然と述べられていたからではないかと考えます・・。
たしかにこうした文章を書くことが出来る人は先ず間違いなく凡人ではないと思われます・・。
また、おそらく現在の我が国において西洋哲学に対して、こうした文章を書くことが出来る研究者、著述家とは少ないのではないかと思われます・・。
とはいえ、多少これと類似する読後の感覚に持つに至る日本人研究者は、粘菌、民俗学の南方熊楠、アジア史の宮崎市定、解剖学、考古学の金関丈夫、そして近いところになりますと、数年前に亡くなられた考古学の森浩一あたりではないかと思われます・・。
もちろん、他にもそうした研究者、著述家はいるとは思いますが、あくまでも自身のこれまでの経験から述べることが出来るのは概ね以上の方々です。
また、丸山眞男、加藤周一などもその文章は大変優れたものであるとは思われるのですが、これらの方々は、それと同時に当時の政治情勢などとも、幾分浅からぬ関係があると思われるため、何と云いますか、その述べるところには、スンナリとは肯定、納得させない何かがあるのです・・。
とはいえ、それもまた特に思想などを扱う研究者においては大変重要な要素ではあるのですが・・。
そして、そのようなことを述べると『南方熊楠も少なからず当時の政治に対する言及があるのではないか?』と考える方々もいらっしゃるとは思いますが、南方熊楠の場合、自身が住み、慣れ親しんだ熊野、南紀の自然を守るための論陣であり、何と言いますか、その背景にある土俗的精神が、さきに挙げた二者とは大きく異なり、私見とはなりますが、それは西郷隆盛の土俗精神とも相通じる何かがあるのではないかと思われます・・。
そして、このように考えてみますと、近代以降の我が国とは、現在に至るまで、その意図の有無に関わらず、無意識的ではあれ、こうした地域毎の土俗精神を減衰させ、骨抜きにしてきたのではないかとも思われるのです・・。
また、こうした視点とは、実際に幾つかの地域に数年程度住むことにより、はじめていくらか実感を以って理解出来ることであり、その点において現在の自身とは、以前と比べると、多少内面が複雑になってしまったのではないかと思われるのです・・。
そして、さらには、こうした経験があることから、現在の自身とは、どうにか継続的にブログ記事の作成を行うことが出来ているのではないかとも思えるのです・・。
また、このようなことを書いていて、不図思い出したのは、冒頭に挙げた著作からの一部分であり、以下にその抜粋引用を示します。
みすず書房刊バートランド・ラッセル著 市井三郎訳 『西洋哲学史』
1古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 P.3より抜粋引用
アリストテレスにいたるまでのギリシャ思想は、都市に対する宗教的で愛国的な献身に支配されていて、その倫理の諸大系は市民の生活に適応させられ、政治的な要素が大きかったのである。
しかしギリシャ人が最初はマケドニア人に、次いでローマ人に従属することとなった時、ギリシャ人が独立していた頃にはふさわしいものであった倫理的諸概念は、もはや通用し得ないものとなった。
このことは一方では、伝統と訣別することによる旺盛な力の欠如を産み出し、また他方では、より個人的であまり社会的ではない倫理を産み出した。
ストア学派のひとびとは、有徳な生活というものを、市民の国家に対する関係というよりは、魂の神に対する関係として考えるにいたった。このようにして彼らは、キリスト教への道を準備したのである。』
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震により被害を被った地域の出来るだけ速やかな諸インフラの復旧、さらにその後の復興を祈念しております。
では『何故この著作を読み面白いと思ったのか?』とは、おそらくこの著作に現在自身が日常生活において接することがない考えが、流れるように、あるいは理路整然と述べられていたからではないかと考えます・・。
たしかにこうした文章を書くことが出来る人は先ず間違いなく凡人ではないと思われます・・。
また、おそらく現在の我が国において西洋哲学に対して、こうした文章を書くことが出来る研究者、著述家とは少ないのではないかと思われます・・。
とはいえ、多少これと類似する読後の感覚に持つに至る日本人研究者は、粘菌、民俗学の南方熊楠、アジア史の宮崎市定、解剖学、考古学の金関丈夫、そして近いところになりますと、数年前に亡くなられた考古学の森浩一あたりではないかと思われます・・。
もちろん、他にもそうした研究者、著述家はいるとは思いますが、あくまでも自身のこれまでの経験から述べることが出来るのは概ね以上の方々です。
また、丸山眞男、加藤周一などもその文章は大変優れたものであるとは思われるのですが、これらの方々は、それと同時に当時の政治情勢などとも、幾分浅からぬ関係があると思われるため、何と云いますか、その述べるところには、スンナリとは肯定、納得させない何かがあるのです・・。
とはいえ、それもまた特に思想などを扱う研究者においては大変重要な要素ではあるのですが・・。
そして、そのようなことを述べると『南方熊楠も少なからず当時の政治に対する言及があるのではないか?』と考える方々もいらっしゃるとは思いますが、南方熊楠の場合、自身が住み、慣れ親しんだ熊野、南紀の自然を守るための論陣であり、何と言いますか、その背景にある土俗的精神が、さきに挙げた二者とは大きく異なり、私見とはなりますが、それは西郷隆盛の土俗精神とも相通じる何かがあるのではないかと思われます・・。
そして、このように考えてみますと、近代以降の我が国とは、現在に至るまで、その意図の有無に関わらず、無意識的ではあれ、こうした地域毎の土俗精神を減衰させ、骨抜きにしてきたのではないかとも思われるのです・・。
また、こうした視点とは、実際に幾つかの地域に数年程度住むことにより、はじめていくらか実感を以って理解出来ることであり、その点において現在の自身とは、以前と比べると、多少内面が複雑になってしまったのではないかと思われるのです・・。
そして、さらには、こうした経験があることから、現在の自身とは、どうにか継続的にブログ記事の作成を行うことが出来ているのではないかとも思えるのです・・。
また、このようなことを書いていて、不図思い出したのは、冒頭に挙げた著作からの一部分であり、以下にその抜粋引用を示します。
みすず書房刊バートランド・ラッセル著 市井三郎訳 『西洋哲学史』
1古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 P.3より抜粋引用
ISBN-10: 4622019019
ISBN-13: 978-4622019015
『スパルタにおいては、個人はほとんど自由を持たなかったし、アテナイにあっては、時として迫害がありはしたが、市民はその最良の時期には、国家の制約からの異常なほどの自由を持っていた。アリストテレスにいたるまでのギリシャ思想は、都市に対する宗教的で愛国的な献身に支配されていて、その倫理の諸大系は市民の生活に適応させられ、政治的な要素が大きかったのである。
しかしギリシャ人が最初はマケドニア人に、次いでローマ人に従属することとなった時、ギリシャ人が独立していた頃にはふさわしいものであった倫理的諸概念は、もはや通用し得ないものとなった。
このことは一方では、伝統と訣別することによる旺盛な力の欠如を産み出し、また他方では、より個人的であまり社会的ではない倫理を産み出した。
ストア学派のひとびとは、有徳な生活というものを、市民の国家に対する関係というよりは、魂の神に対する関係として考えるにいたった。このようにして彼らは、キリスト教への道を準備したのである。』
今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
昨年2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺において生じた地震により被害を被った地域の出来るだけ速やかな諸インフラの復旧、さらにその後の復興を祈念しております。
2017年5月31日水曜日
20170531 文章作成を向上させるものは・・不可知な感覚?
A「昨日投稿分の記事は前二記事ほどではなかったものの、割合多くの方々に読んで頂けました。
また、これまでに気にしていなかったことですが、自身の苗字を著名な検索エンジンにて調べてみますと、ほぼ1頁目に、このブログが掲載されていることが分かりました。
とはいえ、こうしたことは普段使用しているパソコンが使用者の検索のクセなどを加味して、さきの結果になっている可能性もありますので、今後更なる検証が必要であるのかもしれませんが・・。
またそれに加え、もとより自身の苗字はあまり多く見受けられるものではないことから、その検索結果の1頁目に当ブログが掲載されているからといっても、それは特に喜ぶほどのことではないのかもしれません・・(苦笑)。
ともあれ、今後もあまりそういったことを気にせず、考えずに書き続けて行こうと思います・・(笑)。
また、そうこうするうちに、あと数記事の作成、投稿によって総投稿記事が640に到達し、とりあえずの目標である650記事も、あまり先のことではないように思えてきます・・(笑)。
そして、もしも首尾よく650記事まで到達することが出来たなら、その次は700記事目を指すことになるのでしょうか・・?
また、それに関連して時折思うことは『自身の場合、どの程度記事を作成し続ければ、あまり苦もなく1000~2000字程度の(ある程度中身がある)文章を作成することが出来るようになるのであろうか?』ということであり、これに関しては、以前よりかは、多少楽になりつつあることを感じますが、それでも決して簡単というわけでもなく、時折は半ば朦朧としながら作成しているのが現状であるといえます・・(苦笑)。
そして、それに関連して思い出したことは、以前文系の師匠と話していた際に『そうだね、調子の良い時は一晩で4000~5000字程度書けることがあるね・・。」と聞き、それに対し『どうしたらそのように文章がスラスラと書けるようになるのですか?』と尋ねたところ『・・う~ん、決してスラスラというわけではないれれども、他の似たような作業を行う職種の方から聞いたところによると、どうやら創造の神ミューズ、ムーサのようなものがいるのかもしれない・・とのことであるから、自分なりにそういったことを考えてみれば良いのではないかな・・?』とのことであり、あまり明確な回答ではありませんでしたが、こうしたことは、あくまでも個々で異なることから、各自で色々と試みるのが良いのだと思われます。
また、たしかに自身の場合においても、さきに述べた通り、以前よりかは文章が書き易くなっている感はありますので、未だコトバにならない、いわば『不可知な感覚』といっても良いものであるのかもしれませんが、それでも多少は何かを掴みつつあるのかもしれません・・(笑)。
そして、こうしたことを書いておりますと、今度は以前に読んだ森見登美彦著『恋文の技術』という書簡体の小説を思い出します・・。
この作品においても主人公がさまざまな手紙をはじめ文章の作成に呻吟する様子が描かれており、これは概ね笑いながら読んだ記憶がありますが、その主題とは、なかなか深いものであったと現在となっては思われる次第です・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」
また、これまでに気にしていなかったことですが、自身の苗字を著名な検索エンジンにて調べてみますと、ほぼ1頁目に、このブログが掲載されていることが分かりました。
とはいえ、こうしたことは普段使用しているパソコンが使用者の検索のクセなどを加味して、さきの結果になっている可能性もありますので、今後更なる検証が必要であるのかもしれませんが・・。
またそれに加え、もとより自身の苗字はあまり多く見受けられるものではないことから、その検索結果の1頁目に当ブログが掲載されているからといっても、それは特に喜ぶほどのことではないのかもしれません・・(苦笑)。
ともあれ、今後もあまりそういったことを気にせず、考えずに書き続けて行こうと思います・・(笑)。
また、そうこうするうちに、あと数記事の作成、投稿によって総投稿記事が640に到達し、とりあえずの目標である650記事も、あまり先のことではないように思えてきます・・(笑)。
そして、もしも首尾よく650記事まで到達することが出来たなら、その次は700記事目を指すことになるのでしょうか・・?
また、それに関連して時折思うことは『自身の場合、どの程度記事を作成し続ければ、あまり苦もなく1000~2000字程度の(ある程度中身がある)文章を作成することが出来るようになるのであろうか?』ということであり、これに関しては、以前よりかは、多少楽になりつつあることを感じますが、それでも決して簡単というわけでもなく、時折は半ば朦朧としながら作成しているのが現状であるといえます・・(苦笑)。
そして、それに関連して思い出したことは、以前文系の師匠と話していた際に『そうだね、調子の良い時は一晩で4000~5000字程度書けることがあるね・・。」と聞き、それに対し『どうしたらそのように文章がスラスラと書けるようになるのですか?』と尋ねたところ『・・う~ん、決してスラスラというわけではないれれども、他の似たような作業を行う職種の方から聞いたところによると、どうやら創造の神ミューズ、ムーサのようなものがいるのかもしれない・・とのことであるから、自分なりにそういったことを考えてみれば良いのではないかな・・?』とのことであり、あまり明確な回答ではありませんでしたが、こうしたことは、あくまでも個々で異なることから、各自で色々と試みるのが良いのだと思われます。
また、たしかに自身の場合においても、さきに述べた通り、以前よりかは文章が書き易くなっている感はありますので、未だコトバにならない、いわば『不可知な感覚』といっても良いものであるのかもしれませんが、それでも多少は何かを掴みつつあるのかもしれません・・(笑)。
そして、こうしたことを書いておりますと、今度は以前に読んだ森見登美彦著『恋文の技術』という書簡体の小説を思い出します・・。
この作品においても主人公がさまざまな手紙をはじめ文章の作成に呻吟する様子が描かれており、これは概ね笑いながら読んだ記憶がありますが、その主題とは、なかなか深いものであったと現在となっては思われる次第です・・。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」
20170530 20170527・28の続き
どうしたわけか、昨日投稿の記事もまた、投稿翌日にしては割合多くの方々に読んで頂けたようですが、それ以前に投稿した学会行きの連作記事が多くの方々に読まれていたことから本日投稿分の記事はまた、先日来の続きを書いてみようと思い立ちました・・(笑)。
ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。
案内されたホテルの部屋は、単身の宿泊客にとって聊か広すぎるものであり、またベッドもセミダブル程度のものが二つ置かれていたと記憶している。
部屋に入り荷物を自分なりに所定の場所に置き、旅装を解き、バスルームでお湯が十分出ることを確認した後、旅の垢を落とすつもりで割合長時間入浴した・・。
11月とはいえ、当地では少し以前より雨季に入っており、夜間であっても決して涼しいとは云い難く、どちらかというと蒸し暑いくらいであった。
入浴を終え、歯を磨き、空港にて購入したミネラルウォ―ターを飲みながらしばらく呆然として、少し我にかえり、テレビを点けてみたものの、あまり意味が分からないことからすぐに消し、独り予演を二回くらい行った頃に適度に眠くなり床に就いた。
この時、はじめての慣れない土地での就寝にもかかわらずスムーズに寝入ったと記憶していることから、やはりそれなりに旅の疲れがあったものと思われる・・。
翌朝、ホテルロビーの待ち合わせ場所に行ってみると装飾が施された鍵盤打楽器の演奏が行われており「なるほど、ガムランの国に来たというわけか・・。」と一人合点したものの、どうしたわけかそこで思い出されたのは、アニメ映画の「AKIRA」の冒頭シーンであった・・(苦笑)。
ともあれホテル食堂にて朝食を摂り、大学側が用意してくれたバスに乗り、学会場に向かった。
学会場は大学の大会議室のような場所であり、歴代の学長らしき方の肖像画が壁面に並んで掛けられていた。
また、階下のホールでは、いくつかのグループの学生さん等が石製の床に直接座り話し合ったり、ノートパソコンを操作していた。
おそらく気温の高いこの地では、ヒンヤリとした石製の床は心地よく、勉学も捗るのかもしれない。
しかしまた、我々がその床に靴のままにて入ってしまうことに多少の戸惑いをおぼえたことを憶えている・・。
学会初日は一般発表はあまりなく、招待講演などが多かったと記憶しているが、また我々の発表本番がその翌日であることから、この日、他の方々の発表は、あまり余裕を持って聞くことができなかったのかもしれない・・(苦笑)。
それでも、この日に先日空港にて声を掛けてこられた先生の講演が為され、自身には分からない専攻分野であったにもかかわらず、その講演内容説明の上手さに秘かに感銘を受けたことは憶えている・・。
学会初日の発表が終わり、次は宿泊ホテルにてレセプションが開催されるとのことで、来た時と同様にバスにてホテルに帰り、一通り身支度を済ませ、会場に向かった。
会場には既に開催地であるインドネシアをはじめ、インド、東南アジア、韓国、中国といった、まさしくアジア各国からの参加者が集まっており、壮観と評して良い景色であったと思う。
我々は日本からの出席者が集まっているテーブル区域の一つのテーブルに着いた。
テーブル上には招待状が置かれており、そこにはインドネシアの宮廷式料理が供され、また伝統的なが舞踊が演じられる旨が英語にて記されていた。
概ね出席者も席につき、開宴時刻になると、先方大学の男女の学生さんが、見事な英語で、招待客一つ一つのテーブルに廻り『何処から来たのか、何を楽しみにしてるのか、このレセプションを楽しんでください』といったことを述べて各々の紹介とした。
正直この時の料理のことは憶えていないが、その後で演じられた舞踊が見事であり、またその踊り手が皆、開催大学の学生さんであったことには驚かされた。
そして、この時、かつて師匠がインドネシアを招待講演にて訪れた際に見た踊りの踊り手が開催大学の学生さんであったことを驚きをもって我々に話されたことが想起された。
レセプションは夜半過ぎ(21:00頃)閉会となったが、はじめて飲んだ現地のビールに気をよくした私は、閉会後に独りでホテルから出て、近隣のコンビニ?何でも屋?のようなお店に行き、ペットボトルの飲料を数本購入し、部屋に戻り風呂に入って少し酔いを醒ましてから、昨日と同様、独り予演を何回か行った後、歯磨きをして床に就いた。
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
ホテル到着後、我々は早々にチェック・インを済ませ、用意して頂いていた夕食代わりの軽食を食べ、明朝の朝食会場に行く時刻を決め、各自の部屋に入り休むことにした・・。
案内されたホテルの部屋は、単身の宿泊客にとって聊か広すぎるものであり、またベッドもセミダブル程度のものが二つ置かれていたと記憶している。
部屋に入り荷物を自分なりに所定の場所に置き、旅装を解き、バスルームでお湯が十分出ることを確認した後、旅の垢を落とすつもりで割合長時間入浴した・・。
11月とはいえ、当地では少し以前より雨季に入っており、夜間であっても決して涼しいとは云い難く、どちらかというと蒸し暑いくらいであった。
入浴を終え、歯を磨き、空港にて購入したミネラルウォ―ターを飲みながらしばらく呆然として、少し我にかえり、テレビを点けてみたものの、あまり意味が分からないことからすぐに消し、独り予演を二回くらい行った頃に適度に眠くなり床に就いた。
この時、はじめての慣れない土地での就寝にもかかわらずスムーズに寝入ったと記憶していることから、やはりそれなりに旅の疲れがあったものと思われる・・。
翌朝、ホテルロビーの待ち合わせ場所に行ってみると装飾が施された鍵盤打楽器の演奏が行われており「なるほど、ガムランの国に来たというわけか・・。」と一人合点したものの、どうしたわけかそこで思い出されたのは、アニメ映画の「AKIRA」の冒頭シーンであった・・(苦笑)。
ともあれホテル食堂にて朝食を摂り、大学側が用意してくれたバスに乗り、学会場に向かった。
学会場は大学の大会議室のような場所であり、歴代の学長らしき方の肖像画が壁面に並んで掛けられていた。
また、階下のホールでは、いくつかのグループの学生さん等が石製の床に直接座り話し合ったり、ノートパソコンを操作していた。
おそらく気温の高いこの地では、ヒンヤリとした石製の床は心地よく、勉学も捗るのかもしれない。
しかしまた、我々がその床に靴のままにて入ってしまうことに多少の戸惑いをおぼえたことを憶えている・・。
学会初日は一般発表はあまりなく、招待講演などが多かったと記憶しているが、また我々の発表本番がその翌日であることから、この日、他の方々の発表は、あまり余裕を持って聞くことができなかったのかもしれない・・(苦笑)。
それでも、この日に先日空港にて声を掛けてこられた先生の講演が為され、自身には分からない専攻分野であったにもかかわらず、その講演内容説明の上手さに秘かに感銘を受けたことは憶えている・・。
学会初日の発表が終わり、次は宿泊ホテルにてレセプションが開催されるとのことで、来た時と同様にバスにてホテルに帰り、一通り身支度を済ませ、会場に向かった。
会場には既に開催地であるインドネシアをはじめ、インド、東南アジア、韓国、中国といった、まさしくアジア各国からの参加者が集まっており、壮観と評して良い景色であったと思う。
我々は日本からの出席者が集まっているテーブル区域の一つのテーブルに着いた。
テーブル上には招待状が置かれており、そこにはインドネシアの宮廷式料理が供され、また伝統的なが舞踊が演じられる旨が英語にて記されていた。
概ね出席者も席につき、開宴時刻になると、先方大学の男女の学生さんが、見事な英語で、招待客一つ一つのテーブルに廻り『何処から来たのか、何を楽しみにしてるのか、このレセプションを楽しんでください』といったことを述べて各々の紹介とした。
正直この時の料理のことは憶えていないが、その後で演じられた舞踊が見事であり、またその踊り手が皆、開催大学の学生さんであったことには驚かされた。
そして、この時、かつて師匠がインドネシアを招待講演にて訪れた際に見た踊りの踊り手が開催大学の学生さんであったことを驚きをもって我々に話されたことが想起された。
レセプションは夜半過ぎ(21:00頃)閉会となったが、はじめて飲んだ現地のビールに気をよくした私は、閉会後に独りでホテルから出て、近隣のコンビニ?何でも屋?のようなお店に行き、ペットボトルの飲料を数本購入し、部屋に戻り風呂に入って少し酔いを醒ましてから、昨日と同様、独り予演を何回か行った後、歯磨きをして床に就いた。
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺の諸地域において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年5月29日月曜日
20170529 エピソード記憶と意味記憶、音声言語と文字言語などについて・・
A「直近ここ二回の投稿記事は思いのほかに多くの方々に読んで頂けました・・。
また自身としても、かつての記憶に基づいた記事を作成している方が、あまりハナシの展開などを気にせずに書くことが出来ることから、そうした記憶が何らかの契機、刺激によって励起されている状態であれば、かなり書き易いと云えます・・(笑)。
また、こうした記憶とは、先日聞いたハナシによりますとエピソード記憶というものに分類され、それは情動を伴う、かなり具体的な記憶であるとのことです・・。
それに対し、意味記憶というものもまた存在するとのことですが、これは意識して憶えた事柄、つまり学習などによって培うといった性質が強いものであるとのことです・・。
その意味において、冒頭にて述べた直近二回の投稿記事とは、たしかにエピソード記憶に基づく傾向が強いといえますが、自身の場合、おそらくそれ以前に、根本においてエピソード記憶優位といった性質を持っているのではないかと思われます・・(笑)。
そして、このことから多少敷衍して考えてみますと、少なくとも個人レベルにおいて、あるいは一般的な見地からにおいても、エピソード記憶とは、音声言語あるいは口語と親和性があり、意味記憶とは文字言語あるいは文語と親和性があるのではないかと考えられますが、如何でしょうか・・?
さらに文系学問でのさまざまな領域において、ある程度まとまった歴史(思想史、軍事史、文学史など・・)を扱う分野においては、基本的に、エピソード、意味双方の記憶(知識)を持つことが重要ではあるのですが、それをまとめ上げ、モノガタリと為す場合について考えてみますと、されはやはり音声言語、口語、エピソード記憶的な要素の方がより重要であるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?
そして、そのように考えてみますと、歴史とはいくら洗練、抽象化し、公式のような普遍性を持った図式にて展開することを説明することが可能になった場合においても、その根本、基層にあるものが、さきに述べたような情動を伴うような記憶であることから、国内地域間、国際間にて共有、認識され得る通史的なもの、モノガタリとは成立が困難ではないかと思われるのです・・。
とはいえ、そうしたこと(国内地域間、国際間における通史の編纂)を実際に試みることによって、さまざまな地域、国レベルでの歴史認識の相違といったものが明瞭化され、それによってはじめて、明瞭化された相違点を包括し説明し得る歴史像の編纂が可能になるとも思われますので、とりあえず専門家、研究者レベルにおいて、そうした試みを為すことは有意義ではないかと考えます・・。
また、そのような経緯を経て、はじめて国レベルでのエピソード記憶とも云えたものが地域、国際間にて通じる意識化された、意味記憶に転化することが出来るのではないかと思われるのです。
さらに、そうしたことから、ある意味我々とは、日常生活におけるさまざまな刺激からも半ば無意識的にではあるかもしれませんが、エピソード記憶を意味記憶に転化する作業を行っているのかもしれません・・・。
今回はとりとめのないハナシではありましたが、以降また、記憶が励起される契機を得次第、これまでの記事の続きを書いてみようと考えています・・。
『口承から、それを筆記、そして筆記されたものを更に洗練し、簡潔な文章にする作業』
また、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」
また自身としても、かつての記憶に基づいた記事を作成している方が、あまりハナシの展開などを気にせずに書くことが出来ることから、そうした記憶が何らかの契機、刺激によって励起されている状態であれば、かなり書き易いと云えます・・(笑)。
また、こうした記憶とは、先日聞いたハナシによりますとエピソード記憶というものに分類され、それは情動を伴う、かなり具体的な記憶であるとのことです・・。
それに対し、意味記憶というものもまた存在するとのことですが、これは意識して憶えた事柄、つまり学習などによって培うといった性質が強いものであるとのことです・・。
その意味において、冒頭にて述べた直近二回の投稿記事とは、たしかにエピソード記憶に基づく傾向が強いといえますが、自身の場合、おそらくそれ以前に、根本においてエピソード記憶優位といった性質を持っているのではないかと思われます・・(笑)。
そして、このことから多少敷衍して考えてみますと、少なくとも個人レベルにおいて、あるいは一般的な見地からにおいても、エピソード記憶とは、音声言語あるいは口語と親和性があり、意味記憶とは文字言語あるいは文語と親和性があるのではないかと考えられますが、如何でしょうか・・?
さらに文系学問でのさまざまな領域において、ある程度まとまった歴史(思想史、軍事史、文学史など・・)を扱う分野においては、基本的に、エピソード、意味双方の記憶(知識)を持つことが重要ではあるのですが、それをまとめ上げ、モノガタリと為す場合について考えてみますと、されはやはり音声言語、口語、エピソード記憶的な要素の方がより重要であるのではないかと思われますが如何でしょうか・・?
そして、そのように考えてみますと、歴史とはいくら洗練、抽象化し、公式のような普遍性を持った図式にて展開することを説明することが可能になった場合においても、その根本、基層にあるものが、さきに述べたような情動を伴うような記憶であることから、国内地域間、国際間にて共有、認識され得る通史的なもの、モノガタリとは成立が困難ではないかと思われるのです・・。
とはいえ、そうしたこと(国内地域間、国際間における通史の編纂)を実際に試みることによって、さまざまな地域、国レベルでの歴史認識の相違といったものが明瞭化され、それによってはじめて、明瞭化された相違点を包括し説明し得る歴史像の編纂が可能になるとも思われますので、とりあえず専門家、研究者レベルにおいて、そうした試みを為すことは有意義ではないかと考えます・・。
また、そのような経緯を経て、はじめて国レベルでのエピソード記憶とも云えたものが地域、国際間にて通じる意識化された、意味記憶に転化することが出来るのではないかと思われるのです。
さらに、そうしたことから、ある意味我々とは、日常生活におけるさまざまな刺激からも半ば無意識的にではあるかもしれませんが、エピソード記憶を意味記憶に転化する作業を行っているのかもしれません・・・。
今回はとりとめのないハナシではありましたが、以降また、記憶が励起される契機を得次第、これまでの記事の続きを書いてみようと考えています・・。
『口承から、それを筆記、そして筆記されたものを更に洗練し、簡潔な文章にする作業』
また、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」
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