2026年8月11日火曜日

20260811 株式会社株式会社講談社 講談社学術文庫 竹山道雄著「歴史的意識について」 pp.150-151より抜粋

株式会社講談社 講談社学術文庫 竹山道雄著「歴史的意識について」
pp.150-151より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 406158622X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061586222

 いまさら言うまでもないが、1616年に、法王庁はコペルニクスの地動説を、「聖書の各所に言葉どおりに記してある説、また初期教会の教父たちの見解にあきらかに背いている故に」、異端と宣言した。そして、カリレイにそれを祖述することを禁じた。カリレイはいったんこれに従ったものの、なおつづけていたので、終身禁固刑を宣告された。

ところで、その聖書であるが、創世記をはじめ非合理的なことがいっぱい書いてある。現代の科学者はもとより、物を考える人で、あれをそのまま信じている人がどれほどあるのか。といつもふしぎに思う。すくなくとも学者には、歴史家であれ哲学者であれ心理学者であれ…いないように思われる。俗人にもほとんどいないようだ。ただアメリカでは、創世記信仰復活が大きな運動になっている由である。

昔ある国にああいう信仰が行われていたことは分るし、他人の信仰についてとやかくだ批判めいたことを言うつもりはない。

ただいかにも解しがたいのは、あの聖書に盛られている猛烈な妬み、憎しみ、呪い、復讐・・・・・について、いまだに何の自己批判がされていないことである。イエスは自分がユダヤ人でありながら、「汝らユダヤ人よ、汝らは悪魔の子である。云々」と説教をした。やはりユダヤ人の聖者マタイは、「ユダヤ人は神の子を殺した故に、子々孫々まで罪がある」という邪悪な創作をした。これらの言葉がその後もずっと生きていて、世界史に測るべからざる災厄(さいやく)を生むことになったが、しかもこれらを明記した聖書が神の啓示として、何の改訂もされないままに今でもベストセラーをつづけている。キリスト教国は戦争や侵略をつづけたが、それにはつねに神意がもちだされていた。しかも、キリスト教は愛の教ということになっている。

ヒットラーは「アルメニアの虐殺(ぎゃくさつ)をいま誰が覚えているか」と言ったそうであるが、社会の記憶は短く、年がたてば忘れられて問題ではなくなるというのも事実である。現に、ドイツ人の多くはあの大事件については考えることをやめてさながらなかったことのようにしているうちに忘れてしまって、自分は依然として昔ながらの深い内面性をもった高貴な個性ある人格だと思いこんでいる。フロイトは、不安や葛藤をよびさますような体験は抑圧され、忘れられる、と説明しているが、まさにそれである。キリスト教会も当時は反抗しなかったし、今もべつに贖罪をしていないようだ。戦後になって日本在住のカトリック神父で、われわれは固い信念をもっているが、日本人の宗教心は折衷主義で倫理性がないなどと説教した人もいた。

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